514 :言峰士郎1-1:2008/01/10(木) 18:20:07
――目を閉じれば、俺の原風景はいつも其処にある。
黒い焔。黒い太陽。黒い死骸。生きている自分。死んでない自分。
生きろ生きたい死ななかったのだから生きなければならない。
そんな思考を塗り潰す罵声。
何故お前だけが生きているのか。
何故お前だけが死んでいないのか。
不公平を罵る声。公平こそが善。平等こそが正義。
耳の中で響く歌声。恨み声。判決。
始まりの刑罰は五種、生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、
様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ
『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』
『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』
死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、
内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、
過失致死、集団暴力、業務致死、過信による事故、護身による事故、隠蔽。
益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。得を得るために犯す。自分の為に■す。
窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い
償え償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え
『この世は、人でない人に支配されている』
罪を正すための良心を知れ罪を正すための刑罰を知れ。
人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。
罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。
人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。
百の良性と一の悪性。
バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為兄弟で凶悪な『悪』として君臨する。
始まりの刑罰は五種類。
自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す
自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す
勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、侵害、
汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力
あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『死んで』償え!!!!!!!
――煩い、ちょっと黙ってろ。
『Bright lights and your city rights...♪』
――カーステレオから聞こえるノイズ混じりの歌声が、
一気に俺を現実に引き戻す。クソッタレな現実に。
舌打ちを一つして、スイッチを切った。煩い。
カソックの内側から引っ張り出した紙巻を咥え、火を灯す。
きっと傍から見れば、さぞや不味い煙草なのだろうと思うような表情で。
ああ、そうだとも。昔の俺は何が何やらわからなかった。
黒い焔。黒い太陽。黒い死骸。生きている自分。死んでない自分。
なぁに、世界規模で見れば、あんなのは大した火災じゃあるまい。
実際……“ここ”に来るまでの間に通りがかった公園を見てみろ。
かつての町並みも、惨劇の影も、欠片も残っていない。
その程度の火事。
だが――其処で死んだ奴と、生き残った馬鹿にとっては。
あそこは掛け値なしの、煉獄だった。
笑ってしまう。生きながらにして地獄に叩き込まれた。
だが、生憎と今の俺は、自分が陥った地獄が何だったか知っている。
――昔々の話だ。
何人かの魔術師が、奇跡を起こしたいと思ったらしい。
彼らは日本に居を構え、儀式を準備し、そして完成させた。
聖杯。願望器。大工の息子が死んだ時、その血を受けたという杯――の模造品。
多少の手解きを受けたとはいえ、魔術に関しては完全に門外漢の俺だ。
詳しい理屈、理論は良くわからないい、知りたいとも思わない。
ともかく、魔術師どもは聖杯を餌に、根源から英雄を引き摺り出した。
『こっちに来れば願いが叶うぞ』と言って。
ところが聖杯は一つ。魔術師、英雄はそれぞれ七人。
結末なんぞ、わかり切っているじゃあないか。
――戦争が始まった。
五十年から六十年に一度。
七人の魔術師が集まり、七人の英雄を呼び出し、殺しあう。
巻き込まれる側は溜まったもんじゃない。
何に殺されるのか。何故殺されるのか。
わからないまま死んでいく。
「死に損なった馬鹿もいるんだが」
クッと喉の奥で軋むような声で笑った俺の上を、
飛行機が轟音と共に通り過ぎ、滑走路へと向かっていった。
フロントミラーにぶら下げた懐中時計を見る。
そろそろ時間だ。“お客様”を待たせちゃいけない。
俺は愛車からのんびりとした足取りで降りると、溜息を吐いた。
「……何だってこんなところに来ないといけねぇんだ」
関西国際空港。
それが、俺――
言峰士郎が今いる場所だった。
――聖杯戦争の兆しが現れたのは、ほんの数日前だ。
常の様相とは裏腹に、義父があっさりと逝ってしまったせいで、
戦争準備――下ごしらえは、現在監督役代行を務める俺の仕事になる。
教会への連絡。協会への連絡。
うっかり娘への連絡。痴呆老人への連絡。独逸のお偉方への連絡。
警察上層部への根回し。その他諸々の隠蔽工作の準備エトセトラエトセトラ。
予定される参加者の内訳。
遠坂から一人、間桐からの一人、アインツベルンから一人、協会から一人、外部参加者三人。
外部からの参加者、その把握を急ぐ。聖杯で名を上げたい馬鹿は考えもせずに無茶をする。
まあ良い。まあ良いさ。
どうせ俺が生きている内に、必ず一度はやらなきゃならん仕事だ。
本来の予定より、だいぶ早く仕事が来た。それだけのこと。
――教会と協会が馬鹿なことを言い出さなけりゃ、だ。
曰く。
『魔術師の家系でも名家中の名家、エーデルフェルトのご令嬢が聖杯戦争に参加したがっている』
ふーん。
『エーデルフェルトはトオサカの家系とは犬猿の仲――のようなものだ』
だから?
『彼女は前回の戦争において、君の義父、義祖父がトオサカを支援したことにご立腹らしい』
はぁ。
『教会と協会は揉め事を望まない。言峰士郎は彼女の支援に当たれ。監督役代行は此方から派遣する』
――地獄に落ちてしまえ、言峰綺礼。
「ったく、あの馬鹿親父は死んでからも面倒を残しやがる」
罵ったところで親父は応えない。応えるわけがない。
あいつは天国だか地獄だかにいるだろう。生きてたら困る。
――さて、本来ならこのまま真っ直ぐ到着ゲートへ向かっても良いんだが。
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最終更新:2008年01月27日 22:18