865 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/05/08(木) 23:34:58


 カレンを追う。それは最早何の躊躇いもない決定事項。
 正義の味方を志す衛宮士郎ならば、ましてや彼女の恋仲を自称する身ならば、
 一分の勝ちも見出せない戦であろうと背を向けることなど有り得ず、勇んで臨まずにはいられない。
 そう。喩え、剣で出来た身体が砕け、行き着く先には破滅しか待っていなくても……。
 だが……。
 ――――ゆっくりと、後方へ振り返る。

「シロウ……?」
「…………」

 立ちはだかるは生きた伝説。
 一万年前の古代人、ジラート。世界を救ったクリスタルの戦士。
 そして――――穏やかな光を秘めた、クリスタルの輝き。
 そんなモノ、たくさんだ。立ち向かうのは、俺一人でたくさんだ。

「サンキュな、莫耶。お前から借りていたクリスタル、今度こそ返すよ」

 ズタズタのズボンから、かろうじて破れずに残っていたポケットをまさぐり、確かな石の感触を引き当てる。
 冷たく硬い、鉱物の手触り。
 思えばコイツの起こした奇跡は、一見すると起こったことにさえ気付けない小さなモノで、
 決して大きな役に立った訳ではないけど……でも、今はそのことに深い感謝をしている。
 おかげで、俺達は自分の力でここまで成し遂げることが出来たのだから。
 ――――普段は凛々しく細められた碧眼が、この時ばかりは大きく見開かれる。
 差し出された手は不安定に震え、握る掌は力が定まらず頼りない。

「シロウ、まさか、貴方は…………貴方は、自分だけで……!」

 そんな彼女が果たしてきちんと受け止められるのか苦笑しながら見守り、
 おぼろげに霞む双眸で、莫耶、バタコ、巻菜と順に彼女らの顔を眺め、
 二度と忘れることがないようしっかりと網膜に焼き付ける。

「士郎……」
「シロウ!」

 正直、俺一人ではここまで頑張れなかった。苦悩する闇の王に語りかけることは、叶わなかった。
 身一つで見知らぬ異世界に放り出され、いずれは耐え切れず、心が折れていたかもしれない。

「クリスタルの戦士は二人居る。
 一人はギルガメッシュが相手をしているけど、後ろに控えている奴はいつ掛かって来るか分からない。
 どこまでやれるか自信はないけど、俺が引き付けている間に逃げるんだ」
「嫌だッ! どうして貴方がそんな役目を負わなければならないのだ!?
 何時、私達の誰がそれを望んだというのだ!?
 勝ち目があろうとなかろうと、貴方だけを置き去りにする真似だけは……出来ないッ!」
「ば、莫耶……」
「聞く耳持たない私に何度も綺麗事を語ったのは、士郎じゃない?
 そんな貴方が捨て身に走るなんて、いくらなんでもズルイよ。責任持って、私達を頼りなよ」
「巻菜……」
「貴方にも貸しがあったわよね?
 私が途中で抜けちゃったせいで迷惑かけちゃったみたいだし、
 みんなの足を引っ張ってばかりじゃカッコ悪いものね。やってみるわ」
「バタコ」

 激しい彼女らの訴えに、不動の覚悟は不覚にもぶれ、つい甘い誘惑にかどわかされそうになる。
 既に視覚を失いかけた瞳は涙で潤み、こぼしては情けないと、くだらない意地を張って耐えるばかり。
 けれど、駄目だ。この想いは、受け取ってはいけないモノだ。
 だって俺は…………誰かを守り続ける正義の味方なのだから。

「正直トラブルばっかりのパーティだったけど、楽しかったよ。ありがとうな。
 本当に……ははは、死ぬような目にも遭ったし、
 辛いこともたくさんあったけど……本当に、この旅は楽しかった!」
「シロウ!!」

 憤慨する彼女らから身を翻し相手となるクリスタルの戦士へ向き直るも、
 視界の端から覗く二つの黒い影。

「闇の王――ラオグリム、と、ザイド、か?」
「勝機はない。……だが、お前だけを行かせん。加勢しよう」
「三十年前の死より甦って以来、俺のしてきたことを謝るつもりはない。
 だが……本当の俺は三十年前に死んでいるのだ。今更命など惜しいものか」
「……感謝する。ただし、言っておくが、あんたを死なせるつもりは更々ないぞ」

 生きたい。
 全てをかなぐり捨て、無我夢中で束の間の生にしがみ付きたい。
 何の価値もなく、ただ浪費しているこの一分一秒が狂おしいほどにいとおしい。
 それでも。
 それでも、歩みを止めることなど許されない。
 これ以外の生き方を知らない。
 これ以外の愛し方を知らない。
 残滓となって在り続ける己の理性が、必死に肉体の停止を訴えかける。
 動くな。止まれ。もう何もするな。お前は限界だ。よくやった。
 手や肩の膚は剣が突き破り、腿は鋭い刃で縦に裂ける有様。
 もう上下するだけの力も残されてはいない。
 けど――――だけどさ。

「投影、開始」

 カレン、セイバー、桜、遠坂。
 世界には夢を織る機械がある。だろ?


Epilogue/


 最初に痛みを感じた。
 次に光。

「――――……」
「! 姉さん! ライダー、姉さんを呼んできて!」

 ドタバタとけたたましい足音が耳元に届き、それがあまりに喧しかったものだから、
 呆けた頭は瞬時に覚醒し、私は目にかかる靄に辟易しながら辺りを見回した。

「…………」

 目に入ったものは、長い髪で顔の端を少し隠した、大人しそうな女の子。
 ……気のせいか、髪を隔てた先に、こちらを睨むような、険の篭った視線を感じる。

「えっと……」
「ん……」

 どうしたものかと言葉に詰まり、多少の気まずさを感じながら頭を掻くも、
 それはどうやら眼前の少女も同様らしく、こちらはぎこちなく視線を大きく逸らしていた。
 いよいよ何をすべきか手に余り、行き場のない視線を辺りに漂わせ――――
 と、ここでようやく自分がどこかおかしな、見たことのない様式の部屋に居ることに気付き、
 次いで身体中に巻かれた包帯の存在に注意が向いた。

「貴女が、私の手当てをしてくれたのか……?」

 だが、少女の返事が寄越されるよりも先に、
 奥から響く再度の喧騒が折角掴みかけた交流に茶々を入れる。
 いったい何事かと視線を向ければ、続けて乱暴に開かれた横引き式の扉から、
 長いおさげを携えた少女と、それを更に長く伸ばした髪の眼鏡をかけた女性と、
 彼女らとは逆に短く髪を整えた凛々しい女性の姿。
 彼女らが有する雰囲気は、やはり最初に目に入った少女と同じく険が含まれたものだった。

「……一応聞いとくけど、貴女セイバーじゃないわよね?」
「セイバー? 剣のことか?」

 途端、部屋に満ちた空気が、はっきりと落胆の色に染まるのを感じた。
 何故だろう……? 私は何か、間違ったことを口にしただろうか?

「じゃあ、次に聞くけど、衛宮士郎って男のコト……知っているわよね?」
「え……」

 エミヤシロウ。
 その名を耳にした瞬間。
 ゆるやかに流れていた時が、ピタリと止まった。

「シロ、ウ……?」
「知っているわよね? あれだけシロウ、シロウとうなされていたんですもの。
 ……いえ、知らないなんて言わせない。お願い、教えて。
 衛宮君は……カレンは、アーチャーは、セイバーは、今、どこにいるの?」
「お願いします。私達には、先輩が必要なんです。みんな、先輩を心配しているんです。
 教えてください……。絶対に! 教えてください……!」

 僅かな間を経て、止まった時間が激流を以って加速し始める。
 何里もの距離を走り、初めて出会った時は、無謀にも丸腰で獣人と取っ組み合いをしていた彼。
 その後、孤独となった私を文句一つ言わずに引き取って育ててくれた彼。
 長い間離れていた私を温かく迎え入れてくれた彼。
 身を盾にして私達を守ってくれた彼。
 恋慕の情を寄せていた、彼。

「ちょっと! 貴女……?」

 知らずと、涙を流していた。
 無様と分かっていても、自分の意思では止められない。
 目尻を濡らす雫は頬を伝い、白いシーツに絶え間なく数多の黒い染みを作った。
 泣いた。咽び泣いた。
 かつて全てを失ったあの夜と同じくらい、激しく泣いた。

「お願い、だ…………助けて……」

 ――――耳を塞いでも、両手をすり抜ける真実は誤魔化せない。


――1st act closed.



Ⅰ:わかった
Ⅱ:信用できない


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最終更新:2008年08月19日 03:25