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496 :もしも遠野志貴が引き篭もりだったら ◆4OkSzTyQhY:2008/07/20(日) 21:33:44


 崩壊したホテルの現場。昨夜の出来事だというのに、周囲には人の姿が見えない。
 普通は救助活動が夜通し行われるのだろうが――そのホテルの現場は普通ではなかった。
 まるで一度崩落した後、その上で巨人達がダンスでもしたかのようだ。
 人の背丈を越えるようなコンクリート片は数えるほどしかなく、そのため救助活動は僅か一日で終了していた。
 見込みどおり生存者はいなかった。死体すら消えていた。怪事件だとワイドショーを賑わせている。

「随分とまあ、派手にやったもんですね」

 シエルはその惨状を見て冷や汗をたらしながらうめいた。
 教会の情報網、そして死体の消滅という現象から見て、間違いなくネロ・カオスがこの町に到着している。
 あれは殺しようの無い化け物だ。教会の保有する聖遺物、聖典をすべて注ぎ込んでも滅しきれるかどうか怪しい。
 だがそれに輪をかけて最悪なのは、混沌がいるのならば同時にアレもここにいるであろうという事実だった。

「――アルクェイド・ブリュンスタッド」

 噛み潰すように呟いた。彼女にとって、それは忌み名である。
 あの真祖は間違いなく最強だ。おそらく彼女に掛かれば今代のロアもすぐに潰えるだろう。
 だが、彼女の爪では無限転生者であるロアを完全に滅ぼすことは出来ない。
 だから何としてでもロアは自分が殺さなければならないのだ。
 その為に向うを出る際の準備は必要最低限、かなりの軽装できたのだが、どうやらあまり意味は無かったらしい。

「ですが、逆にこれはチャンスかもしれません。このまま放置しておけば……」

 アルクェイドと競い合って自分が勝てるかと問えば、きっぱりと無理である。
 だがネロとアルクェイドが潰し合ってくれれば両者は千日手に陥り、そうして時間を稼いでいる間に自分がロアを抹殺できる。
 ネロ・カオスの目的はおそらく白翼公の提案する真祖狩り。ならば放って置けば遠からずその構図は発生する――
 シエルは苦笑した。もとより冗談のつもりだった。混沌の手を借りるなど冗談にもならない。
 そもそも被害が大きくなりすぎる。そうすればこの国の退魔機関も動き出し、闖入者である自分は爪弾きにされるだろう。
 それに――

「……という訳には、行きませんか」
「ええ、その通りです。膝元での狼藉を見過ごせるわけが無いでしょう?」

 振り返る。そこにはいつの間にか、二人の少女が立っていた。
 シエルが張っていた人払いの結界を抜けて、である。つまりこの二人は決して真っ当な人間ではない。
 片方は艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、こちらを睨んでいる。対照的にもう一人はそれに傅く様にして空気のように佇んでいた。
 その内、黒髪の方には見覚えがある。とはいえ、知人というわけではない。
 遠野の家についての事前調査でその顔写真を見る機会があったのだ。確か、名前は、

「遠野秋葉さん、ですか」
「……自己紹介した覚えはありませんが?」
「すみません。実は貴女のファンなんですよ」
「――そうですか。サインは御入用? ならお名前くらいは聞かせてもらえるのかしら」
「墓碑に刻む、ですか?」
「まさか。そこまで悪趣味ではありません」

 そちらの対応しだいですが、と彼女は嫣然と微笑んだ。
 魅力的な笑みだ。猫科の動物のような気高さを含む笑い方。例えば獅子のような。例えば豹のような。
 ――つまりそれは、絶対に好意的なものではない笑いだった。

 遠野は混ざりモノの家系だ。そこまでは調べが付いている。
 その党首である遠野秋葉も何らかの異能は持っているのだろう。だがそれが何なのかまではしらない。
 シエルは秋葉の瞳を直視した。硝子のように透き通った黒目の底まで見通すように、奥へ、奥へ――

「あー……残念ですけど、名前は故あって持っていないんですよ。そうですね、『シエル』とでも名乗っておきましょうか」
「ならシエルさん。本日はどのような御用向きでここまでいらしたのかしら?」
「……あれ、次は順番的に私の質問じゃないですか?」

 おどけるような台詞だったが、シエルの表情が僅かに険しくなる。
 それを見て、秋葉は浮かべていた笑みをさらに強めた。

「あら、奇妙な手管で人を篭絡しようとする方にそんな権利を認めるわけがないでしょう?」

 やはりか。シエルは黒鍵をすぐ取り出せるようにしながら警戒する。
 暗示が通じない。ならば平和的にこの場を切り抜けることは出来そうに無かった。

「……ばれていましたか。では謝罪の意味も込めてとりあえずそちらの質問に答えましょう。
 最近、この町を騒がしている不埒者を追っています。お心当たりはありませんか? 例えば――お兄さんが吸血鬼だとか」

 秋葉の顔から笑みが消えた。
 研ぎたての刃のように目つきを鋭くさせて、こちらを睨んでくる。
 してやったり、だ。仕返しに成功して、べ、とシエルは胸中で舌を出した。
 だが疑問も浮かんだ。遠野志貴は昨晩調べた限りでははっきりと白。ならば彼女の態度は何に起因するものなのか?

「どこまで、知っているのかしら?」
「それはこちらの台詞ですね。貴女はアレの何を知っています?」
「答える義理が?」
「まあ、ないでしょうね。こっちもないですし」

 次の瞬間、如何なる早業かシエルの両手には合計八本の黒鍵が握られている。
 秋葉もそれを見て取ると、こちらは明確な動きこそしなかったが、琥珀、と何か合図するように囁いた。
 すでに両者とも纏う雰囲気が変わっていた。交渉の余地のあるものではなく――単なる殺気に。

「交渉決裂、でしょうか」
「いいえ。続きは次回ということにしておきます――」

 琥珀を傍に従えながら、秋葉。ここまではまだ言葉に余裕があった。
 もっとも、次の言葉は毒薬のように激烈そのものだったが。

「そちらが、生きていれば」

 その言葉を合図に、彼女達は己が持つ殺害の手段を下した。
 双方共に、攻撃はまるでタイミングを打ち合わせたかのように同時。
 略奪の視線が身を焼き尽くし、黒塗りの細剣が頭蓋を穿ち――

「これこそそっちの担当ではないの?」
「まあ間違いではないですが――動物はあんまり専門ではありませんね」

 ――双方の背後で、今まさに飛び掛からんとしていた黒獣が消滅した。

 だが終わりではないようだ。まるでホテルの残骸から染み出すように、次々と獣が隆起していく。
 あっという間に構築される獣の布陣。黒い海の中に、彼女達が立っている場所が浮き島の如く取り残されている。

(奇妙ですね。数が多すぎる)

 シエルは次の黒鍵を取り出しながら、そんなことを思っていた。
 ネロ・カオスは体内に666の獣を宿しているという。ここには優にその三分の一以上が集結していた。
 無論、彼女の腕を持ってすればこの包囲を抜けることは容易い。
 だが問題はそんなことではなかった。アルクェイドを探そうとするのなら、むしろすべて町中に散らせるべきなのだ。
 ここで自分達を待ち受けるメリットなど、どこにもない。

(まあ、それは本人に聞けばいいですか)

「ふむ、代行者か。私を狙う者はこのところ居なかったが――よほど己が信仰に忠実か、あるいは自殺志願者か」

 猛る獣性の間をこともなげにすり抜けて、いつのまにか一人の巨漢が佇んでいた。
 無論、そんなものが人間であるわけが無い。
 ネロ・カオス。獣王たる混沌がそこにいた。

「どちらでもありません。むしろ、こんな大層な歓迎に驚いているところです」
「真逆。餌如きに何故策を弄せねばならん。単に、貴様らが我が巣に踏み込んだに過ぎん」

 と、そこまで言ったところで、ネロの長身が紅蓮の炎に包まれた。
 シエルは何もしていない。ならば、これは、

「……あまり、私を無視して話を進めないで欲しいのだけど?」

 遠野秋葉。その黒髪を炎と同じ色に染めて、混沌を睨みつけている。
 異形の火に焼かれ、一秒も保たずにネロの巨体が崩れて落ちた。
 ――一体だけ。

「ほう。ただの熱量操作、という訳でもないらしいな」

 口を開いたのは秋葉の右前方に新たに現れたネロ・カオス。
 殺した程度では、死なない。この男の長年の成果は、こんなものでは打ち破れない。

「魔術ではないな。ノウブルカラー持ちという訳でもない様だが――いや、待て」

 気分を全く害した様子も無く、ネロはまるで検分でもするかの如く己を殺した少女を見つめている。
 そして何やら得心がいったようにふむ、と一度頷くと、

「よくよく異能に縁があると思えば、貴様、昨夜出会った混ざりモノと同じ血族か。
 蛇も見誤ったな。不効率な拒死性肉体などより、こちらの異能を選べばよかったものを」

 彼にしてみれば、それは何ということも無い発言だったのだろう。
 思ったことをそのまま口にしてしまうのは、この男の悪癖でもある。
 だが彼女達にとって、それは看過するに耐えないものだった。

「……貴方、まさか」
「ネロ・カオス、貴方は――ロアを?」
「――そうか。姫君以外にも蛇を追う者がいたか」

 その事実を知り。
 ただ囲むだけだった獣達の気配が、一斉に獲物を狙うそれに変じた。
 ネロ・カオスが号令する。それは咆哮するでもなく、ただ静かに紡がれたものだったが――

「ならば捨て置くわけにもいかん、な。――迅く、喰らい尽くせ」

 二百を超える幻想種すら含んだ暴力の群れは、瞬時にその命令を果たさんと彼女達に飛び掛かる。

 シエルは舌打ちをしながら黒鍵を構えた。これだけの数、待ち受けるのは得策ではない。
 ならば強行突破だ。彼女の体術と不死の肉体を持ってすれば、獣の津波ですら抜くのは容易い。

 遠野秋葉は琥珀を近くに引き寄せた。その顔には苦々しさが浮かんでいるが、絶望はない。
 すでに彼女は布石を打っていた。略奪呪界・檻髪による不可視の攻性結界。
 触れれば獣などひとたまりもない。すべてが彼女に触れる前に奪いつくされる。

 ネロ・カオス。シエル。遠野秋葉。
 三者共に、反則級の能力や技能を持った人外魔境である。

 ――故に。彼女達よりも早く動いたのは、それすら凌駕する処刑人。

 残影すら認識させない速度で、それはこれから行われるはずだった行動を悉く壊滅させた。
 檻髪の結界を腕の一振りで引き千切り、二百の獣をこともなげに瞬間蒸発させる。
 駆け出そうとしていたシエルはその鼻先を掠めた衝撃に立ち止まらざるをえず、苦々しげに再度その名前を吐き捨てた。

「……アルクェイド・ブリュンスタッド!」

 どこからとも無く舞い降りたそれは、まるで天使のように無垢で、そして悪魔のように凶悪だった。
 ふわりと、まるで月面に着地するような身軽さでアルクェイド・ブリュンスタッドがシエル達とネロの間に降り立つ。
 処刑人は言葉を用いない。ただ、まるで機械仕掛けのように無駄なく殺戮を行う。
 故に、口を開いたのはネロ・カオス。散った二百の混沌を再び体内に宿し、退かぬ事を誇示するかのように一歩を踏み出した。

「蛇の気配をここから追うであろうとは思っていたが――タイミングとしては、最悪の時に来てくれたものだ。
 否、もとより貴様という存在自体が我らにとっては最悪か」

 だが声をかけられた当の本人は意にも介さぬという風で、ただ怨敵の気配を探っていた。
 構わず、ネロが続ける。

「歯牙にもかけぬ、か。だがそれに反逆せぬわけにもいかんのでな――幻想の牙ならば、貴様にも届くであろう」

 ズ、と、ネロの体内から再び幾多の獣が這い出してくる。
 さすがに襲い掛かってくるそれらを無視するわけにもいかないのだろう。
 うるさげに――というのは錯覚かもしれないが、アルクェイドが危なげも無く獣を屠っていく。
 あとはそれの繰り返しだった。文字通りの千日手。鼬ごっこ。
 ネロ・カオスはその半数を使い、アルクェイドの邪魔をし続けるだけでいい。
 あとは町に放った残りの半数がいずれロアを見つける。そしてそれらすべてが一瞬で駆逐されない限り、ネロは滅びない。

「――なるほど。すでに出会っていた、という訳ですか」

 その光景を眺めながら、シエル。図らずも考えていた通りの結果になってしまった。
 無論、彼女の元にも獣は向かってきた。
 だがネロは今や幻想種等の大物をほとんどアルクェイドへ集中させている。
 数頭の獣など、埋葬機関の誇る『弓』の敵には成り得ない。
 だが、状況は最悪といっていい。このままではネロ・カオスの一人勝ちになってしまう。

「とはいえ、出来ることは限られてますね……」

 偶然に期待して、数百の使い魔を擁するネロよりも早くロアを見つけ出す――
 笑えるほど絶望的だった。もとより、生来から運は良くない。
 だが何もしないわけにもいかないだろう。それに、先ほどの問答でいくつか気になったこともある。

「秋葉さん、すみませんがここはひとまず――」

 振り返って。
 まず最初に思ったのは、そういえば先ほどから嫌に彼女が静かだった、ということだった。
 いつの間にか、彼女の傍に付いていた琥珀という名の少女の姿は消え去り。
 そこには、どこか呆けた様な表情の彼女が芒の立っていて。
 次に思ったことはいくつかあったが、とりあえずの優先事項は――
 ――すでに避けようが無いほどまでに近づいた、血のように赤い刃をどうするか、という問題だった。

BAD END


500 :あとがき ◆4OkSzTyQhY:2008/07/20(日) 21:38:37


どうも、『もしも遠野志貴が引き篭もりだったら』の作者です。
拙作でしたが、暇つぶしにでもして下さっていれば幸いです。
本編は四季ルートBADENDになったわけですが、ぶっちゃけ四季ルートは想定してたルートの中でも最大難易度でした。
どのくらいの難易度かというと、
このあと志貴君はネロとアルクとロアの三人と同時決戦しなければならなくなるくらいの難易度です。
ちなみにそんなルートでも一応ハッピーエンドは用意してありました。原作秋葉トゥルーくらいのハッピーさですが。
さて、それでは次が最後の選択肢になります。
物語とは全く関係有りませんが、最後までお付き合い頂ければありがたいです。

【選択肢】
訊:作者へ質問。
次:さあ次回作を書く作業に移るんだ。
休:もういい、もういいんだ作者……!

あ、【訊】を選んだ方は、質問の内容も一緒にお願いします。先着五票分を答えますので。


投票結果


訊:5
次:3
休:0


質疑応答


Q:「つまり都古ルートが正解ですか?」
A:ロリ的な意味でならそうかもしれません。
 デッド選択肢の少なさで言うならネコアルクルートが一番でしたけど。

Q:「道場じゃなくて作者に直接質問なのは知恵留先生が死んだからですか?w 」
A:道場じゃないのは月姫だからです><
 という揚げ足取りは置いといて、前回の教えて!で、最初で最後と書いてしまっていたからです。
 あと書くのが面d(ry

Q:「 」
A:空気読めってことですね、分かります。

Q:「救済はないのですか? 」
A:四季の救済、という意味で聞いているのならハッピーエンドまで行けば微妙にありました。(結局死んでしまいますが。
 選択肢を再選択する、という意味ならありません。
 そういう選ばれなかった選択というのも選択肢スレの醍醐味のひとつだと思うので。といいつつ一回やりましたけど。

Q:「さっちんルートはあったんですか?」
A:ありました。投下してた時もちょっと言われてましたが、Kホテルの悲鳴上げてた少女云々は彼女です。

Q:「既に五票入ってるけど、質問が4つだったので書きます。
 どうして志貴を引き篭もりにしようと思ったのですか?」
A:六つ目になってしまいますが、一応。
 シエルが志貴に惹かれた理由が、
 「自分と同じように死を体験したのに平然としてるのは凄いなぁ」というものだったので、
 じゃあ平然としてない志貴を書いてみよう、という思い付きから始まりました。
 あんまり表現できなかったので、これからも精進していきたいと思います。


さて、最後までお付き合いいただき、真にありがとうございました。
このレスをもって『もしも遠野志貴が引き篭もりだったら』は完全終了です。
それではまたの機会にお会いしましょう!

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最終更新:2008年10月07日 21:55