6 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/09/08(月) 00:38:33


「もっと深く身を沈めるのだ、セイバー。
 距離を空けているとはいえ、万が一発見されるということがあるかもしれん。
 奴等の視界から完全に姿を隠すんだ」
「…………」
「何をしている!
 このまま呆けていては見つかってしまうぞ! 早く藪の中に身を隠せ!」
「―――いえ、違います。私がするべきことは……」

 一瞬とはいえ生じた迷いを打ち消すよう、
 出来る限り堂々と、威勢良く膝を伸ばして立ち上がる。

「セイバー、急いで伏せるのだ! 俺は君を守る為にこの世界へ来た!」

 私は……この国を守る義理もなければ、
 王という責務から解放された今、民の為に身を捧げる義務もない。
 何処にでも居る知らない他人。
 でも、ここでの暮らしで触れ合った皇国の人々は、決して夢幻の類ではなかった。
 そして、彼等が内に秘める体温は、日々の中で互いを労わる為に存在した。
 迷いなどない。
 踏み出す一歩は生い茂る草をすり潰し、その下に敷かれた茶色い土を浅く掘り起こす。
 それ故に尚のこと重く強く、退くことなど出来やしないだろう。

「これより、トロール軍を追って皇都に戻ります。魔物が街を蹂躙し尽すより早く、私が彼等を倒す」
「……繰り返すが、今の私達に戦をするような魔力など残されていない。
 正気か? 今の君がやろうとしていることは単なる自殺行為に過ぎんのだぞ」

 今ならまだ、急いで駆けつければ開戦には間に合うかもしれない。
 駆け出した足は疲労により鈍くなろうともそれ以上に誇り高く、
 再度私が騎士として誰かを守れることに無上の喜びを感じる。
 これは騎士として剣を執ってから背負うことを課せられた宿痾?
 それとも、共に少年と過ごした日々により得た甘さ?
 誰よりも熱く、時に自身を省みず。私自身、形容し難い想いから。


「五体に流れる英雄としての血、か。
 だがセイバー。ヘヴィ過ぎる、状況が……。
 今、魔力は肉体の現界にしか使えない。
 もし攻撃するのなら、連中には純粋な筋力のみで立ち向かわねばならないだろう。
 常時魔力で強化して戦うタイプの君なら、それは致命的とも言える欠陥だ。
 くそっ、ヘヴィ過ぎるぞ……!」


――――――――。


 ――――北欧神話に、その名を轟かせる黒い狼がいる。
 フレキと共にオーディンに付き添う一対の狼の内の一匹。
 酒以外の食事を摂ることがない彼は、自分の前に出された肉を手ずから二匹に与えたという。
 嘗ての北欧の人々にとって、狼は神聖な動物であると信じられていた。
 名をゲリ。
 北欧の最高神に忠誠を誓い、
 冥府・ヴァルハラの戦士を擁するエインヘリヤルの門番を務めた狼の名である。



 アトルガン白門を抜けた先、目を向けた先には、既に戦が始まっていた。
 数多の傭兵が前衛後衛と別れて応戦し、
 剣戟を打ち鳴らす戦士やナイトが敵の足を止め、
 その間に魔道士が古代魔法の詠唱を完了させ、巨漢のトロールに致命傷を与えていく。
 数十秒に及ぶ詠唱の長さ。古代魔法、フレア。
 しかし、それでも小型の核に匹敵する威力をその程度の短時間で得られるというのなら、
 リスクに合う見返りが得られる限り、その行為は決して徒労ではないだろう。
 流派の違う世界の“魔法”が百に達そうかという術者の魔術回路に紫電を走らせ、
 若干のタイムラグを加えながら順に原子の崩壊を解き放つ。

 だが、その古代魔法ですら、戦局を変え得る一撃には至らない。
 恐るべきはトロールの人を超えた頑丈さ、繁殖力の強さ。
 こちらの世界の魔法は、これまでの戦でその破格の脅威を嫌というほど熟知している。
 恐らく、威力という観点のみで比べるのなら、私の世界の魔術を遥かに凌駕しているだろう。
 だが、倒されても倒されても躯を踏み越えて都心へと進む彼等に肉の壁を僅かに削る程度の攻撃は通用しないのだ。
 惜しむらくは、度重なる連戦で枯渇を迎える傭兵達の底力か。
 常時の体調ならまだ余力を蓄える余地はあったろうに、
 死者の軍の時に消費した多くの力により、その差は確実に戦況へ響いてきている。
 そして、それはサーヴァントたるこの私とて例外ではない。

「く……」

 度重なる酷使に筋肉は脳からの指令を拒否し、
 それでも離さない剣の重さが腕を地面に縫い付ける。
 もう何体の敵を斬りつけただろう。
 自身の負うダメージを測ることすらままならないまま、
 尽きつつある魔力と消滅の危機に耐えかね、私は敵味方の魔法や矢の飛び交う只中に蹲った。

「だから、言ったのだ……! この状態で戦いを挑むのは無謀だと!」
「アーチャー……」

 二刀に構えた干将莫耶の宝剣を振りかざし、鏃の雨を払うのは、彼の卓越した技量と精神力の成せる技か。
 アーチャーが己の体で私を覆う盾となってくれている間、
 一刻も早くその役目から解き放つべく、だらしなく曲げた膝に手をついて真っ直ぐ引き伸ばす。

「す、すみません。しかし、アーチャー。
 加勢には感謝しますが、何も貴方まで私の戦いに付き合わなくて良かったのに……。
 貴方が苦しい思いをすれば、私も苦しく思います。それが私の責任だとすれば、尚更……」
「何言っている。俺が守ると言ったろう!
 文句や愚痴はこの戦を乗り切ってからだ」
「……はい」

 頭上を魔力の塊が飛び越え、次いで激しい爆破音が耳を刺激する中、
 彼に連れ添われながら、ゆっくりとした一歩を踏み出す。
 今は一時でも休んで魔力を補給し、肉体消滅の危機を乗り越えねば。
 だが――――。

 意識が薄れて視界がぼやける中、一つの異変が視界を捉える。
 戦場にあるというのに人気ない曲がり角の陰が、今はどうしてか妙に濃い。
 疲弊して尚機能する直感が、鼓動を、発汗を促し、
 甘く優しい思考の停滞に陥ろうとする私を厳しく問い詰める。
 隣に居るアーチャーはまだ知らず、気付いているのは私だけ。
 そう、ここは戦場だと分かっていたのに、今の今まで微塵も思おうともしなかった。
 命を狙われる側の慟哭。狩られる側の恐怖を。
 脇目に据えられた角地の影を、今度はしかと凝視する。
 ならば影は徐々に形を成し、黒い犬――――否、黒い狼と化したモノが、白く濁った眼でこちらを眺めていた。



Ⅰ:あきらめない
Ⅱ:考えることをやめる
Ⅲ:降参、捕虜になる


投票結果


Ⅰ:2
Ⅱ:0
Ⅲ:2


12 :FF ◆6/PgkFs4qM:2008/09/08(月) 22:12:33


全然票が集まらないですね……。
新スレの頭で申し訳ないですけど、
少し考えたいことがあるので、
残念ですがこの話は未完で終了とさせていただきます。

構想は既に完成していたので、正直面白くなると思っていたのですが……
読む側に立つ皆さんの反応はイマイチでしたね;
思えば、デッドエンドを踏んだ時に、素直に終了しておけば良かったかもしれません。
度々お騒がせしまして、大変申し訳ありませんでした。
このスレで学んだことは本当に一言で言い表せないほど多く、
これより、また違った場所でそれを発揮する機会に巡り合えたらと思います。

これまで目を通していただき、
また、票を入れてくださり、ありがとうございました。
皆様の真心、心より感謝いたします。

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最終更新:2008年10月08日 17:26