707 名前: 言峰士郎-32 [sage] 投稿日: 2006/04/25(火) 00:55:29
「待たせたな!」
――と、ポーズを決めても誰も見てくれないくらい今夜は寒い。
こんな寒い日の夜。女の子を独りで帰したりしたら、ジーザスの鉄拳は確定だ。
神様の罰ってのは、思いのほか痛い代物だ。
なんせジーザス自身が、他人様の罪を肩代わりした挙句に磔になって槍でブッスリ刺されたわけだ。きっと大工の息子さんは痛いのが好きな人だったんだろう。
信仰ってぇのはマゾヒズムの産物だー、とかいう意見もたまに聞くくらいだし。
そういや、『悟りを開くにゃ身体を痛めつけねーとなんねーだ』と仰ったどこぞの王子もいる。
人類皆平等を掲げつつ、この世の中に俺以上に尊い存在なんてありえねー、と生まれた直後に叫んだ王子様だ。どんな平等だおい。
どっかの寺に収められてる修行中らしい彼の像を見ればわかる。
断食やら何やらで、肋骨浮き出て胃袋ぺったんこで貴様何処の餓鬼だ、と言いたくなるくらいだから。
「つか、モドキでも痛いんだしな」
「――『モドキ』?」
影に潜んでいたハサンが声を出す。
彼女が自分の存在を表に出す、ってことは周囲に人がいない、という事。
こっちも気兼ねなく、裏の話題を出せるってもんだ。
「ああ。親父殿が俺のことを馬鹿だのヘッポコだのノータリンだのと仰られたんでな。
お礼として晩飯の親父用麻婆にC12H22O11を混ぜてやった。1kg」
サッカロース。二糖の一つ。甘味料として用いられる、水に溶けやすい白色の結晶。
つまりは砂糖。糖尿病でおっ死ね。
「したら、対吸血鬼用試作武器とかいうスタンガン付きのグローブつけて、ヒットマンスタイルでぶん殴ってきた。
まあ、クロスカウンターぶち込んでやったが」
テメエの息子に何しやがんだ糞親父。
いつかサッカリン死ぬほど食わせてやる。貪り尽くせ夜明けまで。そして死ね。
「…………随分と、仲が悪いようだな、代行者殿と父上は」
「いや? 仲は良いぜ、お互いに殺したいくらいには。
と、そうそう。悪いけど、晩飯はもちっと待ってくれ。
先輩送ってくからさ。物騒な世の中に女の子独りで放り出すのはマジヤバイ」
――ハサンからの返答はない。
ふむ。
思わず黙ってしまうほど腹が減ってたのか――?
「――代行者殿。その判断は正しいようだ」
「あン?」
と、思っていたら、違うらしい。
「聞こえるだろう?」
「この俺の声が――……って、オイオイオイオイオイオイ……ッ」
言われたとおり、耳を澄ませば聞こえてくる。
――金属音。
敵の肉を斬り、骨を断ち、屍山を築くための。
敵の喉笛抉り、心臓穿ち、血河を生むための。
激突する魂の音。
叫ぶ鉄鋼。唸る鋼。吼える刃金。
「……マイゴッド」
勝手に神を殺しやがったのは何処のどいつだ畜生。
――ニーチェはドイツ人か。
「聖杯戦争」
「だよなあ……」
こんなご時勢に剣とか槍とかで殺し合いする奴は、そうそういない。
英霊じゃなくてハイランダーだったら俺は喜んでサイン貰いに行くね……ッ!
思わず頭を抱え込む。
気の早い馬鹿と冗談が総動員だ。
コイツは最悪だ。何もかもぶち壊しじゃねえか。
「やれやれ、だぜ」
ため息を吐いて、ポケットから紙巻を引っ張りだす。
甘ったるい香りが、ほんの少しだけ俺を慰めてくれたような、くれないような。
――さて、現状整理と行こうか。
「奴さん達は、まだコッチには?」
「気が付いていないようだ。幸い――私も、代行者殿も、そう大きな魔力の持ち主ではない故に」
OKだ。それなら、まだ色々とやりようはある。
最重要事項は――イリヤ先輩。
あの人は、良い人だ。
あんな良い人を、こんな暗い世界に巻き込んじゃあ、不味いだろう。
つか、俺が嫌だ。
――久々に、頭に血が流れ込んでくる感覚。
「ったく……神秘は隠匿せよ、ってえのが大原則だろうが糞野郎。
ええ、おい……メイガスさんよ。
んな引きこもり根性だから他人様の迷惑を考えない屑野郎が蔓延るんだ」
だったら――。
い.そんな根暗な人達と知り合う前にイリヤ先輩を連れて逃げる。
ろ.イリヤ先輩に迷惑をかけない内に、お望み通り墓の下へ隠匿してやる。
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最終更新:2006年09月24日 18:52