263 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/04/07(土) 23:22:03

 それは、目を疑うような、美しい惨状だった。
 絨毯は輝きに引き裂かれて。
 長机は煌きに砕かれて。
 椅子は照り返しを受けて見るも無残。
 床から、壁から、天井から……屹立した紫の水晶が、居間を蹂躙していた。

「あ、え……? なんだ、これ……」

 あまりの光景に、頭が上手く回転しない。
 当たり前だ、だれがこんな光景を想像できるって言うんだ。
 ……いや。

「ふぅん……やっぱりそうだったのねぇ」

 水銀燈は特に驚くこともなく、散々な有様の居間を見回している。
 もしかして、この状況を予測していたのか……?

「水銀燈、これは一体……?」

「士郎、気をつけなさい。
 ……ここは、既にnのフィールドの中よ」

「な――――」

 驚く暇もあればこそ。
 足元から伝わってくる微細な振動、そして異音。
 ――嫌な予感が背筋を走る。

「――に、ぃ!?」

 床が抜けた。
 いや、床どころじゃない、根本的な異常事態。
 まるで今の今まで俺が見ていた空間が、ガラス細工だったかのように、壁が、床が微細な欠片に砕け散っていく。
 これは……お、落ちる!?
 咄嗟に目を瞑り、歯を食いしばる。

「く、うぅ……って、あれ?」

 てっきり落ちるだろうと覚悟してたのだが、その予想は外れた。
 どういうことか、床が砕け散った後の空間に、そのまま身体が浮いていたのだ。

「……そう、そういうこと。
 この館の領地に入った時点で、既にnのフィールドに入ってたってわけねぇ」

「……なんてこった……」

 nのフィールド。
 以前入った時は、雛苺に無理矢理付いていった結果だったけど。
 今回は、その逆。
 知らないうちに、無理矢理連れ込まれていたってことか。

「それにしても、これは真紅の力ではないわねぇ。
 だとすると、誰か他のドールが……」

「そ、それより水銀燈。
 ここは、前に来たところと随分雰囲気が違うぞ?」

 ぬいぐるみの山だった前回の場所とは違って、ここには何も存在しない。
 落ちる事は無いみたいだが、足場が無いという状況は、なんだかとても落ち着かない。
 だが、水銀燈から帰ってきたのは、呆れを主成分とした視線だった。

「……はぁ、お馬鹿さぁん。
 nのフィールドはどこでも在るしどこでも無いのよぉ。
 全てと繋がって、全てと断絶した狭間なの。
 繋げる鍵は、渡り手の無意識。
 貴方が行きたい場所への扉を見つけない限り、どこにも辿り着くことはできないわぁ」

「え? えっと……」

 いきなり真面目で難しい話をされて戸惑ったが、なんとか仕組みは理解した。

「つまり、ここから行きたい場所を探し出せ、ってことか?」

「そうよ。
 ここには他人の無意識も流れ込んでくるの。
 それを捕まえて、手繰り寄せる事が出来れば、扉に辿り着けるのよぉ。
 わかったらそんな無様をしてないで、さっさと見つけなさぁい」

「……わかった。けど、いきなりなんだから、上手くいかなくても恨むなよ」

 他人の意識、か……ええい、習うより慣れろだ。
 目を軽く閉じて、意識を集中させてみる。
 魔術回路を起動させるような感覚。
 撃鉄をなぞるように、何も無い空間に意識を這わせていく。
 すると……。

「…………あ。これ、かな?」

 ここから近いところから、ナニカ映像のようなものが流れ込んできている。
 それをゆっくりと、手繰り寄せていく。

 俺が掴んだ映像、それは――。


α:赤い薔薇と、紫の水晶がぶつかり合っている光景だった。
β:赤い弓兵と、黒いダレカがぶつかり合っている光景だった。

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最終更新:2007年04月08日 01:31