509 名前: CASE:Holy Grail 3rd [sage] 投稿日: 2007/05/06(日) 12:07:34
港にに波が打ち寄せ、砕け、そして消えていく。
鈍い色合いの雲から降り注ぐ雨を受け、灰色の海がまま唸る。
嫌な景色だ、と男は思う。まるであの忌々しい六月三十日のようだ。
奇妙な姿の男だった。
擦り切れた黒革製のコートを着て、片腕に何やら大きな布包みを抱えている。
目深く鍔付帽を被っているが、その奥に隠されているのはゲルマン系の顔立ちだ。
薄く撫で付けた黒髪は日本人のようでもあるが、しかしその白い肌と碧眼はその印象を裏切っている。
長身痩躯の身体と黒い装束のせいか、男はまるで影のようだった。
いや、それだけではあるまい。
美男とは呼ばれないだろうが、女性が文句をつけることもない顔。
だが、その瞳は暗い色合いを秘めている。
彼について知らぬ者は深淵のような眼だと思い、
彼について知る者は、それを地獄を見てきた眼だと語った。
そういう瞳だった。
その暗い瞳で空を見上げて、彼は憂鬱そうに首を左右に振る。
この国の気候は、聞いていた以上に鬱陶しい。
空から降り注ぐ雨も、じめついた空気が肌に張り付いていく感触も。
何もかもが気に入らない。
幸いにも輸送船の乗組員が気前良く、蝙蝠傘を融通してくれたお陰で、
雨に全身を打たれるということは無かったのだが。
それにしても、この傘は二人で入るには小さすぎる。
結果として右肩を雨粒に晒すことになってしまった。
――そう、彼は一人ではない。
長身痩躯の体に隠れ、遠目からではわからなかっただろう。
そこには小さな人影があった。男と違い、純白の衣服を着ている。
白いのは衣服だけではなく、髪と、肌もだ。そして大きく美しい、紅色の瞳。
「この国は四季があって美しいと聞いたけれど、嫌な季節もあるのね」
「……まあ、そういうものでしょうな。全てが全て、美しいというわけでもありますまい」
憂鬱そうに顔をしかめるも、それでも少女が喜んでいることを彼は知っている。
何故なら少女は、男と出会ってこの地に来るまで、あの城から一歩も外に出たことはないのだ。
アーネンエルベからの指令で彼女と知り合ってから数ヶ月。
お互いにどういう人生を歩んできたかは知っても、本質を見極めるには短すぎる時間。
彼は彼女が嫌いではなかったが、しかし苦手だとは思う。
もう少しの時間があれば、もっと違う感情も生まれたのだろうか。
或いは、そうだったかもしれない。
だが――そうはならなかった。
単純な話だ、と男は結論付けた。
「さあ、それじゃあ早く行きましょう。こんな所に長くいたら風邪をひいてしまうわ」
「ヤー・ヴォール。フロイライン、荷物をお持ちしましょうか?」
「いいえ、結構よ。これくらいわたし一人でも持てるもの」
何がおかしいのか、くすくすと笑いながら少女はトランクを持ち上げる。
それに頷きを返すと、男は彼女を伴って歩き出した。
その小さな歩幅にあわせるのも、この数ヶ月ですっかり慣れてしまったものだ。
「ねえ、リヒャルト」
ふいに声をかけられ、男――リヒャルトは小さく首を傾げた。
だが、彼は理解している。彼女が次に何と言うのかを。
これもまた、すっかり慣れてしまったものだ。
だから、何と返答するかも、もう決めていた。
「勝ちましょう、ね」
「勿論だとも」
リヒャルトが頷くと、帽子につけられた髑髏の徽章が鈍い光を放った。
510 名前: CASE:Holy Grail 3rd [sage] 投稿日: 2007/05/06(日) 12:08:50
――時は1945年。
ナチスドイツという黒雲が世界を覆い尽くさんとしていた時代。
今日は昨日より暗く。明日はさらに昏い。
人々を絶望に陥れるほどに、戦争という名の嵐は強大だった。
だが、諦めない人々がいたのも事実。
止まない雨はない。明けない夜はない。
『最も永い一日』を乗り越えた彼らは、
暗雲を打ち払うべく、鉤十字の都へと突き進む。
そう、黒雲は払われ、其処に一筋の光が差し込み始めていたのだ。
だが!
しかし!
今、極東の地にて、もう一つの戦争が始まらんとしていた!
――その名を聖杯戦争……!
それは奇妙で奇怪で不可思議な争い。
神代の英雄が蘇り、神秘と幻想が入り乱れる夜。
求むるものはただ一つ。
神の血を受けたとされる黄金のポカール。
ありとあらゆる望みを叶える願望器。
――第七百二十六号聖杯。
集いしは七人の主と、七人の英霊。
始まるのは世界で最も小さな戦争。
聖杯を手に出来るのはただ独り。
奇跡を欲するのならば汝、
最強をもって、その資格を証明せよ。
アイン:『鉤十字の国から来た男』:アインツベルンサイド
ツヴァイ:『その男は二度死ぬ』:連合国サイド
ドライ:『冬木の一番永い日々』:本編開始
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最終更新:2007年05月13日 18:35