152 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/11(月) 01:46:28
「氷室、こっちこっち」
とりあえず、あっちの面子は放っておくことにしよう。
それより、丁度氷室がいることだし、色々と話したいこともある。
俺は氷室を手招きして、部屋の端、どかされたテーブルが置かれている側に連れてきた。
余っていた座布団を氷室に勧めて、座るように促す。
「ほら、ここに座っててくれ」
居間の先客には、とても声をかけらない……いや、むしろ話しかけると碌なことにならないと、俺の直感が囁いている。
……臆病チキンと非難しないでいただきたい。
しなくてもいい怪我はしないのが、俺の最近のマイブームだ。
「あ、いや、衛宮、それよりあちらの人たちは……?」
残念、氷室にはまだこの状況をスルー出来る技能は備わっていなかったか。
だが無理もない、なにしろ向こうは……。
「ふふ、『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』マスに止まったわ。
真実から出た行動は決して滅びることはない……。
桜、果たして貴女の作った『既成事実』は滅びずにいられるかしら?」
「甘いわイリヤちゃん、妨害カード『腕時計型麻酔銃』を発動!
これで真実はいつも一つ!!」
「あら、じゃあトラップカード『しまった! これは罠だ! オレが止めているうちに他に逃げろ!』を発動するわ。
この効果によって、桜のトラップ効果は私が指定した人に対して発動するの」
「なっ、一体誰に……?!」
「んー、じゃあ、凛あたりに」
「こんのロリっ子があああぁぁぁっ!?」
うん、確かに普通の人が見たら絶対に腰を抜かすな、これ。
なにしろ全員が美女か美少女と呼ぶに相応しい女性たち。
それが8人もいて、この勝負はまさに人生の勝敗と同義語よ、とでも言うかのような雰囲気で競っているのだ。
これを無視して雑談をしろ、と言うほうが無茶だ……って、ひょっとして、これに慣れちゃってる俺のほうがおかしいのか……?
「……衛宮?」
「……ハッ!?」
一瞬、自分の脳の正常さと順応性について深く考え込みかけるも、氷室の問いかけで現実に引き戻された。
と、とりあえず、自分の順応性については次の機会に取っておくとして、まずは氷室の問いに答えることにしよう。
「ええっと、まず、やってるのが何かってことなら、人生ゲームだな。
やってるのが誰かってことなら、うちの家族と準家族。
やってるのが何故かってことなら…………なんでだろうな?」
まあ、大体予想はつくけど。
十中八九、俺の担任であるところの藤村教諭が発端だし。
バゼットが来てからというもの、運動神経とか反射神経を使うゲームでは負けっぱなしだったからな。
これならバゼットさんとも十年は戦えるわようー、とか言ったんだろう、きっと。
「とにかく、あっちのことは余り気にしないでくれ。
それより座れよ、今、お茶を淹れるからさ」
「……では、お言葉に甘えて」
再度、俺が促すと、氷室はようやく座布団に腰を下ろした。
まっすぐ背筋を伸ばして正座するその姿は、なんというか、実に様になってる。
あっちで吼えているウチの虎にも見習って欲しいくらいだ。
そんな益体も無いことを考えながら、テーブルの上に置きっぱなしにしてあった急須を手に取った。
153 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/11(月) 01:47:23
「緑茶でいいか?」
「ああ、すまんな」
氷室の返事を聞きながら、急須の中を覗いてみる。
恐らくゲームを始める前、皆で飲んでいたためだろう、急須の中の茶葉は、もう出涸らししか残っていないようだった。
茶殻を捨てて、新しい茶葉を入れ替えていると、氷室がふと呟いた。
「……こうして衛宮の淹れた茶を飲むのは、初めてだな」
「ん、あんまり期待はしないでくれよ。
料理はともかく、上手い茶の淹れ方なんて知らないからな」
感慨深げに言う氷室に、あらかじめ釘を刺しておく。
もし俺が茶を淹れるのが得意だ、などと言ったら、アーチャーに鼻で笑われるに違いない。
悔しいが、まだまだ俺の淹れ方は未熟だ。
けど、氷室に茶を淹れるのはこれが初めて……なんだよな、思い返してみると。
昨日の朝飯では、慌しくってお茶を出す暇がなかったし。
なんだか、氷室には今までぞんざいな扱いで、悪いことをしたような気がする。
「……考えてみれば、不思議なものだな。
数日前までは、衛宮と二人で茶を飲むなど、想像もしていなかったというのに」
「む……そっか、そうだよな」
そうだった……三日前に、お互いにミーディアムだと知るまでは、ただの同級生だったんだよな、俺たち。
それが色々あって、今ではこうして二人で座って茶を淹れている。
随分昔のことのように思えるけど、たった三日前のことだったのか。
それが、今じゃあ……。
「それが今では……その、なんだ。
いつの間にか、こんなに親密になってしまった訳だが」
「えっ」
お湯を注ぐ手が止まり、心臓が大きく跳ね上がった。
今、俺の心の声が、氷室の言葉と重なったのかと錯覚してしまった。
反射的に氷室のほうに振り向くと、氷室はいつもどおり腕組みしていた……が、若干顔が赤いような気がする。
こ、これは……。
言葉を無くす俺に対して、氷室は言葉を続ける。
「信じられるか、衛宮?
私たちは、ほんの三日前までは、互いにただの同級生でしかない、という認識だったんだぞ。
接点など、せいぜい備品の修理に来てくれる便利屋だ、というくらいで」
「あ、ああ……そう、だったよな」
い、いかん、茶を淹れることで気を紛らわせ……って、駄目だ、今は抽出してる最中だった!
そんな俺を尻目に、氷室は話を切り出した。
「それが、三日前。
いきなり衛宮に話がある、と言われて、家に誘われて……いや、あの時は驚いたぞ」
「あ、あの時は……その、本当にすまなかった。
昼休みに、氷室の指に指輪があるのを見て、確かめようとしたんだが」
俺が頭を下げると、氷室はしたり顔で頷いた。
「やはりな。
後になって考えて、恐らくそうじゃないかとは思っていたが……なに、誤解のことなら気にするな。
ああいう風に誘われるとは想像もしていなかったから、つい舞い上がってしまったんだ」
……ん?
154 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/11(月) 01:48:22
ああいう風に誘われるとは想像もしていなかった?
ってことはつまり、氷室は今まで、自分が男に誘われることなんて有り得ない、と考えていたってことか?
そう思った瞬間、俺は口を開いていた。
「いや、やっぱり謝る。
誤解されるような言い方をしたのは俺だからな。
それに、氷室が可愛げの無い奴だってのは、絶対に間違ってる……と思う」
恥ずかしい、しかし俺の本心からの言葉に、氷室は、一旦きょとん、とした。
俺が言った事が余りにも珍しかったので、理解が一瞬遅れたのだろう。
そして、その直後……かあっ、と顔を赤くした。
「そ、それは卑怯だぞ、衛宮……あの時はそんなことを言わなかったではないか。
それを今になって……。
私が薔薇乙女《ローゼンメイデン》のミーディアムかどうかを知りたかったから誘っただけだ、と聞かされた時、自己嫌悪で死にたくなったんだぞ、私はっ」
一気にまくし立てる氷室。
あの時、俺は氷室という個人に対して興味があったことを打ち明けないまま、その気持ちを嘘にして葬った。
たった一言、それは違う、という一言が言えなかったのだ。
アーチャー、今お前の気持ちがちょっとだけわかった気がする。
「あ……すまない衛宮、取り乱したな」
「いや……本当にごめん、氷室」
改めて頭を下げるも、氷室は首を振ってそれを拒んだ。
「謝ってくれるな、済んだことだ……。
まあ、確かにショックは大きかったな。
学校に行く気も起きなくて、翌日は街のあちこちを彷徨ってしまったんだが……我ながら、迷惑なことをしたな」
「それもこれも、俺のせいだったからな、必死で探したよ。
……三枝さんたちも、心配してたぞ」
「そうか……しかし、こう言っては何だが。
そのおかげで、衛宮と……その、なんだ、世間一般で言うところの、で、でー……」
で?
でってなんだ、で、で、で…………あ、デートのことか!?
「お、おう、アレな!
アレだろ、うん判ってるぞ!」
「そっ、そう、所謂アレだ。
アレをすることも、出来たわけだしな」
お互いに、デート、という単語が禁句であるかのように、示し合わせる俺たち。
なにを今更、と突っ込まれるかもしれないが……恥ずかしいものは恥ずかしいんだっ。
「…………」
「…………」
無言。
氷室さんは顔を真っ赤にしたまま、先ほどから俺と視線を合わせようとしてくれません。
そして、まさか俺のほうから「で、続きは?」とは聞けない状況。
俺に出来ることと言えば、せいぜい……とん、と湯呑みを一つ、氷室のほうに置いて差し出すことぐらいだった。
「ひ、氷室。
ひとまずお茶でも飲んで落ち着こうぜ。
ほら、熱いから気をつけて」
確かに熱い、だが湯呑み以上に俺の顔が熱いのが自覚として判る。
「う、うむ、ありがとう」
氷室のほうもオーバーヒート気味なのだろう、不自然極まりない俺の台詞に突っ込むことも無く、テーブルに置かれた湯呑みを取る。
そのまま、両手で持った湯呑みに口を近づけて、ふうふうと冷ましながら、再び話し始めた。
155 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/06/11(月) 01:49:46
「……衛宮には、本当に感謝しているんだ。
私を港で見つけてくれたことや、私と雛苺を助けてくれたこと。
衛宮がいなければ、私も、そして雛苺も、今ここにはいなかった」
「そ、そんな大げさな……だって俺、負い目とか、責任とか……」
いかん、しどろもどろだぞ、俺。
ドキマギしながら湯呑みを傾ける。
それと同時に、氷室が再び口を開いた。
「それで、だな。
その、感謝の気持ちは別として、衛宮にはもう一つ、伝えておきたいことがあるんだが……」
「えっ……」
それがなんなのか、聞こうとしたその瞬間。
「鐘ぇーっ!!!」
「ぶふぉあっ!?」
「きゃっ!?」
突如背後から飛んで来た大声に、俺は盛大に湯呑みに顔を突っ込み、氷室は小さく悲鳴をあげた。
あ、気管に入った。
「ひ、雛苺!?」
「鐘、久しぶりなのー!
あのね、雛ね、今、人生ゲームで二番目になれたのよ!」
「そ、そうか。
それは凄かったな、雛苺……」
氷室に抱きついて、誇らしげに戦果報告をする雛苺。
「げほっ、ごほっ、げほっ……!!」
そして気管に入った茶のせいで、口を押さえて咳き込み続ける俺。
「シロウ、大丈夫ですか?」
そこへ、雛苺に続いて、セイバーがやってきた。
咳き込む俺を見て、背中を丁寧にさすってくれる。
おかげで発作が徐々におさまってきた。
「かはっ……あ、ああ。
セイバーたちのほうは、もう終わったのか?」
「ええ、あらかたは。
今、大河とバゼットと凛が六位を争っているところです」
「へえ、どれどれ」
居間の中央に目を向けてみると……ああ、確かに。
どうやら、先にゴールに辿り着ければ六位、という状況になっている様子。
他のメンツはゴールするなり順位が決まっているなりしているのか、のんびりと観戦しているようだ。
「ちなみに、セイバーは何位だったんだ?」
「ええ、当然一位でした」
胸を張って答えるセイバー。
流石に幸運Aは伊達じゃないということか。
「なるほど。じゃあ、そろそろ昼飯にしなくちゃな……」
もう一度、氷室を見る。
氷室は雛苺に抱きつかれて、次から次へと話しかけられている。
結局、氷室との話は、うやむやのうちに終わってしまったな。
残念だけど、仕方が無い。
俺は、昼飯の支度をするために、桜に声をかけることにした。
α:昼食後、俺は氷室の言いかけていた言葉が気になった。
β:昼食後、俺は水銀燈の行方が気になった。
投票結果
最終更新:2007年06月11日 04:09