227 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/06/19(火) 12:31:27
絶望の大地に飲み込まれた少女の胸元から重力に反逆する光が迸っている。
泥炭の闇色を切り裂き天さえ貫くその光は理不尽な力を持って空を奪う。
やがて水銀は形ある物に存在を作り変えてゆく。
円の縁を作りだし、鋭さを備えた切っ先が左回りに回転を始める。
時針の時を刻む音が響き混沌と化した場を戻してゆく。
時計の空から水銀が落ちて少女の両手に銀の篭手を造る。
許されざる事象を作り上げた懐中時計を士郎は同級生の胸元に視た。
(あれは何だ……?)
イリヤと士郎を包んでいた言語の螺旋は銀を怖れて魔道書へ潜り込む。
絶対的な力を示した神父を上回る神聖なる銀は天の雫となり形を持たず其処彼処に流動している。
「あ、あああああああああああああああぁぁ……」
両手を強奪され、意思を略奪され、非現実的な音声を発しながら、
視点の定まらぬ虚ろな瞳で神父を視認し少女は天空から伸びた銀糸に操られ篭手を振るう。
届くはずのない打撃は銀色の奔流となり神父に襲い掛かる。
今まで必殺の暴力を歯牙にもかけず平然としていた彼は
ここに至って初めてリアクションを見せた。
「■■■■■のオナホールがぁあああああ!!
アルブレヒトの『メランコリア』よ、不幸を従え無限を廻せ!」
片手を地に着け其処を基点とし朱色の呪いが走ってゆく。
法則性を伴った数秘術は加速しユピテル魔方陣の過程を経て未知の魔法陣へ登り詰める。
陣の中央からソレが隆起し神父を覆い隠す様に1514の■が立ち塞がった。
士郎は何処までも高く、見上げるまでに肥大化した壁を正視出来なかった。
懐にいるイリヤの目蓋を強く抱きしめて身を襲う怖気から耐えようとしても、
耳から聞こえる痛苦と羨望と絶望の声から逃れる事は出来ず視線を向ける。
腐敗した人間達が複雑怪奇に腕や脚を絡ませていた。
ある者は手を他者の口に、別の者は臓腑を癒着させて、顔と顔を融けさせて。
残酷に組み上げられた死者の防壁は慈悲を求める様に蠢いている。
士郎の胸に恐怖や怒りといった感情が浮かび上がる前に銀が壁に激突する。
血煙が噴出し幾多の悲鳴が奏でられ高密度に構築された防壁の大部分を吹き飛ばしてゆく。
脆弱な城を討ち滅ぼす破壊槌が無音の唸りをあげるたびに
人のパーツが彼方此方に飛び散り士郎とイリヤにも襲い掛かる。
高い壁から落ちてくる小腸や濁った血の雨から
懐にいるイリヤを守る様に地に伏せた士郎は無数の人の声に責め立てられる。
『また殺した! 痛ィ…… 助けて助ヶテ』
過去に見た風景と酷似した現実に士郎は囚われそうになる。
学園に充満した血の匂いや人の肉が散乱するという違いはあるが
かつて感じた死の予感を彷彿とさせる場を前に脚が震えて意識が遠退きつつある。
無様に這いつくばった士郎の腕の中で少女が身じろぎをした。
己とは違うぬくもりを思い出した彼は視線を向ける。
228 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/06/19(火) 12:33:31
美しい銀糸の髪は土と血に汚れ、
生気を失った様な輝きの無い瞳に情けない顔をした自分が映っている。
己とは違う命を前に士郎は既視感を感じる。
「ああ、そうか。そうだったのか」
思わず口から洩れた言葉に士郎は唇を歪める。
ようやくわかったのだ。義父の気持ちが。
嬉しいのだ。他者の暖かさがあるという事は。
少女の吐息が優しかった。震えた小さな手が愛おしい。
その姿を胸に焼きつける。身を駆け巡る熱さが心地よい。
この悦びが自分を走らせる力になる。
「自分の身は守れるか?」
「シロウ、無理だよ。あんなのに……」
意思を察したイリヤが士郎に手を伸ばすも、
緩慢な動作と情熱を伴った声によって押し止められてしまう。
「出来なきゃ俺が救われた意味が無いんだ」
告げて立ち上がった士郎は正確な状況を判断する。
空は銀時計に覆われて、そびえ立つ死者の塔が魔方陣の中から無限に湧いてくる。
学園のアイドルである少女が拳を振るうと銀の波動が飛翔し神父に向うも、
鞭の様にしなる死者達の塔が攻撃を阻害し悪意を持って襲い掛からんとしている。
その全てを天空から落下する水銀が牽制しており膠着状態におちいっていた。
つくづく非常識な光景ではある。士郎は今まで見ていた全てを魔術師として視る。
一つほど、試す価値のある事を思い浮かべて実行に移す。
地に刻まれた元は木星魔方陣の数式の一つに意識を集中させる。
数を狂わせれば無限を構成する式に穴を開ける事が出来るかもしれない。
小さな望みを前に士郎は所持していた弓を探すために周囲を見る。
血と内臓と死者で染まったグラウンドでは困難な作業になると思われたが
すぐ近くから柔らかく発光する螺旋が破魔弓を持ち上げて空へ向い伸びている。
破魔矢が一本だけ添えられた弓に手を伸ばし、疲労も極まる精神を統一する。
夕方の戦いで枯渇に近い魔力を捻出し、自身のみ強化する。
弦の強度も、矢の速度も、絶望的に足りない。
それでも手の内側を返し弦に当たらぬ様配慮をしながら射出の瞬間を待つ。
背後で小さな声が聴こえた。弓と矢に見知らぬ魔力が付加される。
振り向く事はしなかった。礼は必ず中てる事によって報いろうと決心し、
血液の様に蠢動する魔法陣の一部へ極限まで集中し矢を放つためにイメージを構成する。
229 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/06/19(火) 12:35:43
魔力の気配を感じた神父が嘲笑いながら痩躯を二人に向けて突進を開始した。
「ロリータと糞餓鬼が……そんなに懲罰が貰いたいならくれてやるわ!
泣いて喜べよマゾヒスト!!」
僅か一歩。
ただそれだけで眼前に凶悪な表情をした神父が口から闇を流しながら迫ってくる。
迫る死そのものを前に士郎は身動きをする暇さえ無く処刑されるはずであった。
士郎の視界が岩によって遮られる。
神父の突撃により凄まじい音をたてて崩れてゆくそれは規格外の石剣であった。
闇より昏い眼を輝かせながら剣を打ち破る悪鬼を前に巨人が立ち塞がり拳を振るう。
凄まじい音をたてながら打ち出された豪腕は神父の胸に当たり、衝撃波を伴って神父を止める。
神父は不愉快そうに舌打ちしながら再び首を刎ねようと
脚を振るうも何処からか黒色短剣が飛び必殺の軌道をかえられてしまう。
片目を瞑った士郎はこの光景を前に身を焦がす熱さを抑えきれず天に向って吼えた。
「うおおおおおお!」
弦の風を切る音が聴こえそれに連動し撃ち出された破魔矢は
直線の軌跡を描きながら素数の一つを直撃する。
魔力と未知の力が鍔迫り合いを始めた。
螺旋が疾る。
背後を振り向けば魔道書の表面から青い牙を生やした口が開き其処から文字が生まれている。
高速に回転した言語が黒と赤の色を混じらせて赤銅色となり矢尻へ吸い込まれてゆく。
破魔矢は極彩色となり、左右に回転しながら素数を陣から弾き飛ばした。
実体さえ伴った素数が地に弾かれる音をたてて崩れ去る。
その刹那、魔方陣の輝きは消失した。
塔は根元から折れて上空から落下する。
殺戮の銀が地に堕ちる骸達を飲み込みながら神父を貫いた。
貫かれた腹から幾何学模様を発生させ、開いた孔に引き摺られる様に内側へ消えてゆく神父。
うつむいた顔からは表情を伺う事は出来ない。その後に続いた言葉に二人は震撼する。
「またな」
猫は視ていた。
A 銀の時空は針を停めて懐中時計へ戻った。(遠坂凛の精神状態:Bad)
B 銀の時空は針を停めて懐中時計へ戻った。(遠坂凛の精神状態:Neutral)
C 銀の時空は針を停めて懐中時計へ戻った。(遠坂凛の精神状態:Good)
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最終更新:2007年06月21日 13:57