955 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/03(日) 02:34:46
根拠は無かった。
ただ、今ここで水銀燈の前から立ち去ってしまったら、二度と水銀燈に会えなくなるんじゃないか。
そうなったら俺はきっと後悔するんじゃないだろうか。
と、そう思った。
外へ向かうはずだった足を、もう一度中へと向ける。
一歩、二歩、三歩……四歩で、窓際に座る水銀燈の前に立つ。
「……そうだな。約束は、守らなきゃいけないよな」
「……え?」
先ほどまでは座っていたため、水銀燈は俺を見下ろす恰好になっていた。
だが、俺が立ち上がった今では視線は逆転し、水銀燈は俺をわずかに見上げるようにして座っていた。
そんな上目遣いの頭に、そっと掌を乗せてやる。
「鏡、探さなきゃいけないんだろ?
暗くなってからじゃ探しにくいしな」
もうすぐにでも沈みそうな夕日を背景に、水銀燈の頭を軽く撫でた。
一瞬、されるがままにされていた水銀燈だが、すぐに鬱陶しそうにその掌を払い、そしてそっぽを向いてしまった。
「……ふ、ふん。当然よぉ。
士郎が帰ってくるのが遅いから、随分とまたされちゃったわぁ」
その態度に、自然と笑みがこぼれてしまう。
水銀燈は、本当に人間らしい。
人形だということを本気で忘れてしまうほどに。
「ああ、そうだな。戻るのが遅くなって、済まなかった」
「……なによ、今更謝ったって遅いわ、お馬鹿さぁん」
水銀燈は呆れたように鼻を鳴らすと、組んでいた足を解き、立ち上がった。
身体を窓の外へ向けると、風に吹かれた銀の髪がさらり、と揺れた。
「来るならさっさと来なさぁい。もたもたしていたら、本当に日が暮れてしまうわよ?」
「ああ。着替えたらすぐに行くから、先に戻って待っててくれ」
俺がそう言うと、水銀燈は最後にちらり、と肩越しに振り返った。
「……あの倉庫は少し乱雑すぎて、私が住むのには相応しくないわぁ。
遅れた罰として、少しは見栄えのするように整理しておきなさぁい」
それだけ言うと、水銀燈は黒い翼を広げて、窓枠を蹴って飛び去っていった。
言われたとおり、一足先に土蔵に向かったのだろう。
「……まったく。わかったよ、こうなったらとことんやってやるさ」
うし、と気合を入れなおして、俺は愛用のツナギと軍手に着替え始めた。
で、結局。
思った以上に鏡の発掘は難航し、時間が大幅にずれ込んだ土蔵の改装は、夕飯を挟んで夜中まで行なわれ、水銀燈が睡眠のためにトランクケースに潜り込むまで続いたのだった。
「もう九時を過ぎているじゃない。早く眠りにつかないと……」
なかなか見つからない鏡に、途中まで不機嫌そうだった水銀燈だが、無事出土した姿見の鏡はそれなりの年代ものだったらしく、それ以降は「これだったら文句はないわぁ」と上機嫌だった。
俺もガラクタの土砂崩れに巻き込まれそうになりながら探した甲斐があったというものだ。
「ご苦労だったわね、士郎」
ねぎらいの言葉もそこそこに、水銀燈はトランクの蓋をぱたん、と閉めて眠りについてしまった。
……ううむ、結局トランクの中で寝るんだったら、土蔵の中を整理した意味はあったのだろうか。
……さて。
時刻は九時を回ったところ。
寝る時間にはまだ早いことだし、せっかくだから、このままガラクタ修理に移ることにしよう。
今日整理したガラクタの中から、目をつけていた置時計を取り出す。
工具セットを広げながら、手の中の時計を解析する。
……そうだな、今日は久しぶりに、魔術の鍛錬もすることにしよう。
下手をすれば、またこの土蔵で一晩明かしてしまうかもしれないが。
見回せば、ガラクタと鏡とトランクに囲まれて。
そんな場所で、眠る水銀燈と共に一夜を過ごすのも、そう悪くはないだろう。
956 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/03(日) 02:37:25
さーて、来週の銀剣物語はー?
士郎です。
土蔵を改装したことで、水銀燈もだいぶ機嫌がいいようです。
『薔薇乙女《ローゼンメイデン》』や『アリス』のことはまだよくわかりませんが、いずれ水銀燈から話してくれるんじゃないかな。
でも、あの時走り去ってしまった氷室のことが少し気がかり……かな。
さて次回は、
「水銀燈と秘密の部屋」
「氷室鐘の憂鬱、あるいは溜息」
「劇場版たんてい犬くんくんと七人の戦騎」
の三本です。
来週もまた見てくださいね。
じゃん、けん、ぽんっ!
ぐー :「水銀燈と秘密の部屋」
ちょき:「氷室鐘の憂鬱、あるいは溜息」
ぱー :「劇場版たんてい犬くんくんと七人の戦騎」
投票結果
最終更新:2006年09月04日 06:38