603 名前: CASE:Holy Grail 3rd [sage] 投稿日: 2007/10/01(月) 15:11:29

――同刻 深山町

 それは奇怪な光景であった。
 今宵の天候は快晴。
 徐々に街全体が夕闇に包まれていく刻限であっても、
 沈む太陽は未だ、暖かな光を投げかけてくれている。
 しかし、雷鳴が響く。
 何も知らぬ者は、さして気にも留めまい。
 精々が”夕立でも来るのだろうか”と言ったところだ。
 戦時中であっても日々の生活が変わるわけではない。
 あわただしく洗濯物を取り入れる細君達の姿が、其処かしこで見受けられた。

 だが、”何かを知る者”は、その雷の音を聞いて戦慄したに違いない。

 ――雷鳴は、確実に柳洞寺より聞こえていたからだ。

604 名前: CASE:Holy Grail 3rd [sage] 投稿日: 2007/10/01(月) 15:14:08

――同刻 柳洞寺


「……おや、雨になりますかな」

 縁側から外を眺めていた住職は、真上から聞こえてきた雷の音に、そんな感想を漏らした。
 爆撃でなければ幸いだ。港を持つ冬木の街は、工業都市に近いこともあり、たびたび爆撃機が飛来していたから。
 その度に、人々の葬儀の為に駆り出されるのは……僧職にある者としては、当然の勤めなのだが……。
「無闇に人が死ぬというのは、堪えますの」
 呟き、禿頭を撫でる。日露戦争に従軍した経験を持つ住職は、戦争なぞとは縁を切ったと思っていたのだ。
 ……それが、これだ。
 思えば、開戦を決定したという報せを聞いた時より、彼は疑問を感じざるを得なかった。
 彼はかつて兵士だった男だし、冬木には欧米人も多く、彼らと文化交流することも多い。
 技術力の差、物量の差を、如何にして乗り越えるのだろうか。
『……まぁ、御上の為さること。間違いなど起こるわけがない。
 きっと何やら、私には想像もできない策があるに違いなかろう』
 そう思って諦観していたら――これだ。
「やり切れん、な……」
 雨が降ってきたとなれば、雨戸を閉めておかねば。
 縁側から立ち上がった住職は――――しかし、そこで停止する。
 何か、いる。
 それは、漠然とした認識。
 何か、いてはいけない者が、この寺の内側へ入り込んだのだ。
 慌てて寺の門へと駆け出す。何者かが侵入したとすれば、其処から以外に考えられない。

 ……果たして、その者は、其処にいた。
 ”それ”が人の姿をしていた事に一瞬安堵し、しかし住職はそれを否定する。
 この者は人間ではない。”もっとおぞましい何か”だ。

 ――外套を纏った、長身痩躯の男。
 頬はこけているが、眼光は鋭い。
 長身のわりに、此方へと向き直る姿は機敏であった。

「……何か、我が寺に御用ですかな?」

 震える身体を叱咤して、住職はその男へと歩み寄った。
 近づいて、男が外套の下に陸軍の軍服を着ていることを理解する。
 そして、腰に太刀を提げていること。両の手に手袋を嵌めている事も。

「……陸軍からの要請により、この寺を軍事拠点として接収させて頂く。
 なお、この事は軍機である。情報漏洩を避ける為、
 この寺の僧侶、住職にはこの場にて殺害するよう、通達が来ております」

「な……ッ!」

 激昂した住職が口を開くより早く、彼の眼前に男の手袋が突きつけられる。
 そこに描かれているのは五芒星。
 軍人が弾除けの護符として身に着けることも多い。
 しかし――この男のモノは、そんなチャチな”まじない”とはわけが違う!
 直感的に理解した住職の体が、五芒星から逃れようと身動きをし――

「──オン・キリ・キヤラ・シエイ・ソワカッ!」

 ――それを凌駕する速度で、男の呪文が響き渡った。
 凄まじい圧迫感に襲われた住職の体が、バランスを保てずに倒れこむ。
 失われていく意識の中、辛うじて男の顔を見上げ、睨みつけることができた。
 この男、人ではない。 人では――……。

「魔、人……ッ!」


 それが、彼の最期の言葉となった。
 心臓の活動を停止した骸を、男――否、魔人は無表情に見下ろす。
 ……独りの命を奪ったというのに、其処には何の感慨もなかった。
 当たり前だ。単純作業に一々感情を抱いていては、時間の無駄だ。

 ――この後、この寺の僧侶、全てを同様に殺すのだから。



 アイン:第三次聖杯戦争、開戦
 ツヴァイ:もう独りの日本人
 ドライ:姉妹が来たりて――

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最終更新:2007年10月22日 19:04