「中田賢一」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

中田賢一 - (2014/12/23 (火) 23:23:30) の編集履歴(バックアップ)


中田賢一

背番号11 投手 右投右打

  • 福岡は八幡高校出身で、北九大を経て2004年ドラフト2巡目指名で中日ドラゴンズに入団。
    • 「空いていたから」という当時の落合監督の判断により、川崎憲次郎の後を継ぐ形でいきなりエース番号「20」をもらう。
  • 竜時代から一貫して、ファンから「賢ちゃん」と呼ばれることが多い(しかし何と2014年のトークイベントで話題にされるまで気づいていなかった様子)。
  • 140~150km/h台の直球と落差の大きいフォークボール、スライダー、カーブ、カットボールを武器にしており、特にフォークは杉下茂に賞賛されたことがあるほどで、奪三振率も高い。インコース攻めが得意ゆえか、よんたまが多く「暴れ馬」と評される何だかとってもホークスっぽい投手である。尻上がりに調子を上げ、100球越えする頃に急に良くなるのがデフォらしい。

  • 2007年に父を亡くし一人で暮らす母を心配したこと、行きつけの病院があったことから2013年オフにホークスへのFA移籍を決めた。背番号は「11」。移籍決定時には多くのD専民がスレに「賢ちゃんを頼む」と書きこんだ。寺原ほあっさんと、この背番号を受け継いだものは小椋の呪いにかかっており、負の連鎖を断つことが期待される。
  • 2014年シーズン3月29日に初登板すると、6回2失点と去年の先発のあれこれを知る住民からすれば御の字レベルで試合を作り、移籍後初勝利を決めた。なお、この勝利で、93年オフにFA制度が導入されて以降、FA移籍後初登板で白星を挙げた球団初の投手となった。圧倒的援護にも恵まれ、最終的に7年ぶりに規定投球回・2ケタ勝利(11勝)に到達しリーグ優勝に貢献した。セ勢と対戦すると昔の記憶が特別よみがえるのか、交流戦・日シリと悪い意味での暴れ馬っぷりを発揮し「相変わらずだった」と観ていたファンに印象付けた。


エピソード


  • 男受けする男前で、話せば漂う好青年感、おまけに独身という人物ゆえか、ホモ専からの人気も高かった。ギータ曰く「イケてるメンズの定義をすべて兼ね揃えた男」。が、2014年12月に8年間交際していた朝日放送所属の女子アナと結婚したことが報道された。
  • かぷてんを超苦手にしており、かぷてんが巨人に在籍した際には通算で6割近く打たれたのではないかという声もあるほど。奇しくも2013年シーズンに、これまでかぷてんとの対決が思い出深い江尻が入団していたこともあり、かぷてんトラウマコンビが在籍することとなった。
  • 中日時代から福岡のめんたいこをお取り寄せしていたらしく、移籍時には「全てのメーカーを食べ、めんたいこを制覇したいです」というめんたいこ愛を披露した。
  • 2006年3月4日の横浜戦で初めて地元北九州での登板を果たしたが、2回に現チームメイトの内川の打球を左ふくらはぎ付近に受けると、球数わずか20球にして颯爽と降板というホロ苦い思い出を持つ。
  • 森福におすすめの美容院を聞いてしまった結果、そこの美容院先でサイドを刈り上げられそうになり、全力でバリカンから逃げたことがあるらしい。