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見つめ合うと砂になるからお喋りできない > 2


 駅で夏海と別れた後、俺は一人でふらふらと寄り道。うちの高校の最寄り駅付近は結構栄えてて、俺みたいな
帰宅部が退屈な放課後をだらだらと過ごすには最適な場所でもある。
 俺が行く先はいつでも決まっていて、まずCDショップ。次に本屋。最後に電器屋。どこか一箇所にしか用事
がない場合でも、他の二箇所にも必ず足を運ぶという不文律が俺の中で確立されている。そういうのは単なる惰
性って言うんだなんてツッコミはなしの方向でどうかひとつ。

 で現在俺はCDショップで新発売のCDを買いーの、本屋でこれまた新発売のコミックを買いーのして、最終
チェックポイントの電器屋へと向かってるところ。この際電器屋でも気前よく液晶テレビあたり買いーのできれ
ばいいんだが、いかんせん俺は被扶養者たるしがない高校生。そんな金は逆立ちしようがブリッジしようが持ち
ようはずもない。

「ん? なんだあいつら」
 そんな最終目的地たる電器屋の入り口付近に陣取っている、三人の人影。明らかに通行の邪魔になってるんだ
が、連中がそれを意に介する様子は一切感じない。つーかありゃきっとわかってやってるな。

 さてどうするか。改めて自己紹介しておくと、俺は中学時代『組長』とあだ名された程に人相が悪い。高校生
になった今も周囲の評価と態度は変わらずで、それは道すがらすれ違う見ず知らずの他人でも一様に同じなわけだ。
いい加減自分で言ってて泣きたくなってきたが、これは今大事なことなんだ。

 さあ、じゃあそんな一見してワルにしか見えない高校生男子(中身はいたって健全純朴、繊細でデリケート)と、
あの手のいかにもアレな雰囲気のチンピラ系男子が遭遇した時、どんな化学反応が起こるのか。

「……さてとさっさと帰ってニュースでも見るか」
 どう考えても俺にとって嬉しくない展開しか想像できませんです。いやこう見えて俺、非暴力主義者ですし。
マハトマ・ガンジーを師と仰いでるくらいだし。ほら、君子は危うきに近寄らずって言うだろ。別にチンピラこ
わいとか、ヤンキーさん絡んでこないでくださいとかそんなヘタレな気持ちで言ってるわけじゃなくてだな。

 とまあどんだけ言い訳を言い募っても情けないばかりで。実際のところ電器屋に抜き差しならない用があるわ
けでもないし、なんていうこれもまた男らしくない言い訳のひとつでしかないんだが、ちっぽけなプライドひと
つのために面倒をしょい込むのもまたバカらしいわけで。

 だからもう少し早く、この考えまで至ってりゃよかったんだけどさ。

「あらら、絡まれちゃってるなあの人」
 電器屋から出てきた高校生(俺とは別の高校だと思われる)が、運悪く、ほんとに運悪くチンピラの一人とぶ
つかってしまったみたいだ。こういう時絶対いるよなああいう間も運もタイミングも良くない残念な子。

 そんな不運な子羊にここぞとばかりに絡みつくチンピラ風の男。その髪の毛が日本人では間違いなくあり得な
い、つーかまっとうな人間なら外国人でもあり得ないような鮮やかな赤色なのは、夕暮れ時の陽ざしのせいって
わけじゃないんだろう。

「……で、どうしよ」
 電器屋とは反対方向へ向かいかけていた脚を、俺は動かすことができずにいた。
 正義漢ぶるつもりも、善人を気取るつもりもない。俺はそんな柄じゃないし、そんなツラでもない。むしろ俺
はどっちかっつーと事無かれ主義者だし、ツラに至ってはどう頑張っても退治される側にしかなれない。
 それでもやっぱり、あれはダメだろう。放っとくってのはどうも気分がよくないし。

「はあー。我ながら面倒な性格に育っちゃったよなあ俺」
 電器屋に向き直って、俺は渋々とチンピラ達へ歩を進める。
 こんな時心から思う。ビビりでヘタレでロクにケンカもできない俺。ほんと無謀だし、自分でも何やってんだ
ろといつも思う。
 俺がああいう連中に向かう時、武器にできるものはたったひとつしかない。それは――

「おいお前ら。店先でくだらねえことしてんじゃねえぞ」
「ああ? 何だテメ……」
 接近して開口一番、とりあえず俺が思う一番威勢よさげな言葉で凄んでみる。振り向いたチンピラの一人が、
俺の顔を見て息を飲みこんだのが伝わってきた。ふう、内心ほっと一息。

「何だよ? 最後まで言わなきゃわかんねえぞモヒ野郎」
「なっ……チッ、おい! なんかヒーロー気取りのバカに絡まれてるぜオレら」
「ヒーロー気取りだ? ほー、そりゃ誰のこと言ってんだこらモヒ」
 出来る限り目元に力を込めて、三人のチンピラの一人、モヒカン野郎に睨みを利かせる。

 そう、これが俺のオンリーワンにしてリーサルなウェポン、その名もずばりの「顔面」。たいがいの不良、ヤ
ンキー、チンピラに類する者どもは、俺のこの研ぎ澄まされた凶器を前に時にひれ伏し、時に小便をチビり、ま
たある時は財布を置いて逃げ出したくらいだ。その度俺の繊細でナイーブな心は傷つきひび割れ、人知れず泣き
濡れる夜を過ごしたわけだが、まこんな情けない話は今はよそう。

 ありがたいことにこの世紀末なモヒカンにはてきめんにダメージがあるらしく、すでに腰がすっかり引けてい
る。このご時世モヒカンとはかなり気合の入ったチンピラなんじゃねと思ったんだが、どうやら奴は形から入っ
て形だけで終わるタイプだと見た。

 夕暮れ時の太陽光を鋭く反射するスキンヘッドの男もいるが、こいつもツルツルと反射が眩しいばかりでそれ
以外に自己主張はない。別段俺にビビッてる雰囲気も感じないけど、どうやら数に入れなくてよさげだ。
となると残るのは。

「ケッ。ちょっと待てよ正義のヒーローさんよ。ぶつかってきたのはこのガキなんだぜ? 相手がオレだったか
らよかったけどよ、これがちっちゃいお子ちゃまだったらどうするよ? 場合によっちゃ怪我しちゃうぜ」
 涙目の子羊くんの胸倉を掴んでいる赤髪。どうやらこいつには俺のオンリーワンにしてリーサルなウェポン
は通じないらしい。しかもなんだよこいつ。ちょっといい奴じゃねーか。やってることは強引だけどな。

「そんなとこにつっ立ってりゃぶつかりもするだろ。とにかくそいつ離してやれ」
 この顔面が通用しないとなると分が悪い、っつーか勝ち目ねえ。だからって中途半端に引くのもかっこがつ
かないという。ああんもう泥沼っ。

「ケッ、悪人ヅラがえっらそうに。チンピラ狩りがそんなに楽しいかよ」
「あ、おい待っぐぇ」
 やべ。子羊くんを助けるつもりで助けたと思ったら今度は自分が子羊くんに早変わりしちゃいましたえへへ。
 俺の胸倉をふん掴んでぐいと引き寄せる赤髪。やん、この人力強くてたくましい(照)なんてふざけてられる
余裕がまだ自分にあることに驚きだ。オレ意外に根性あるのか? なんか方向性がおかしい感じはするが。

「テメエみたいなエセ善人、マジで胸糞悪いんだよ。一発ぶん殴らにゃ気がすまねえ」
 エセ善人。その一言だけが自分でも不思議なほど癇に障った。少し萎えかけていた気持ちを、緩みかけてい
た表情筋を、も一度ぐっと引き締める。

 拳を振り上げる赤髪を、その怒気に満ちた両目を、俺はありったけの眼力をこめて睨み返す。それでこいつ
が殴るのを思いとどまるなんてはずはないし、今更こいつをビビらせようなんて気持ちでもない。
 それが俺のオンリーワンにしてリーサルなウェポンだから。殴り返すことなんてできないビビりの俺がやれ
る、精いっぱいの抵抗であり反撃だから。これが最後のプライドだから、そうするだけだ。

「うおっ!? な、なんだこれ!?」
 いつまでたっても拳は飛んでこず、代わりに赤髪の裏声混じりの間抜け声が聞こえたと思うと、奴の体がが
くんと沈んだ。視線を落とせば、俺の足元で膝立ちになっている。え? いきなり何? 何よ? お腹、痛いの?

「てんめ、何しやがった!?」
 膝立ちのまま、赤髪はギロリという擬音がぴったりの眼差しで俺を見上げてきた。ケンカになった以上、視
線を外したら負けだ。怯まず睨み返してやる。するとだ。
「うおおっ!? まただ! オレの手が! 足があっ!」

 奇妙なことが起きていた。赤髪の両手の肘から下と、両足の膝から下が消えてなくなっている。そして赤髪
の周りには、さっきまでそんなもん絶対なかったと断言できるような、キラキラと光るきれいな白砂が撒かれ
ていた。

「っはあっはあっ……! これ、てめえの能力か!? きたねえ奴だな問答無用で能力使いやがって!」
 わめく赤髪。またまた奇妙なことに、その両腕両足はまたちゃんと元通りに生えている。たぶん白砂に気を
取られてる間に再生したんだ。

 つーかこいつ、今なんて言った? 『能力』? いや、それは違うぞ赤髪さんや。俺は昼の能力も夜の能力
も目覚めてない無能力者なんだから。そんな奴に向かってきたねえ奴だなんて、言いがかりもいいとこ……
「くっそ、手足痺れて動かねえ……。おいお前ら、肩貸してくれ! ケッ、きたねえ正義のヒーローさんよ、
次会った時はこうはいかねえからな! 痛い目会いたくなかったらこの辺にそのツラ見せんな!」

 誰かがそんなことを言ってる声も、ほとんど耳に入ってこなかった。誰かが両脇をモヒとハゲに抱えられて
去っていくのも、ほとんど目に入らなかった。
 俺は無能力者。そのはずだ。少なくともついさっきまでは、間違いなくそうだったんだ。
「でも……これは」

 地面に落ちている白砂。一時的に消えてなくなっていた赤髪の手足。理数が得意じゃない俺だけど、この二
つの事を分けて考えるのは理に適っていないと思う。
 そう言えば聞いたことがある気がする。確か今日の弁当の似顔絵に描かれてた偉い学者さんがテレビで言っ
てた。

『攻撃的特殊能力は危機的状況下に置かれた時に発現する可能性が高い』
 もう結構前だけど、そんな感じのことを言ってたはずだ。

 気付けば俺は電器屋の店先に屈みこんで、そこに落ちている白砂を意味なく撫で撫でしていた。道行く人た
ちが捨て犬を見るような視線を送ってきたけど、構わなかった。

「これが……俺の能力、なのかよ」
 人を砂に変えてしまう能力。しかもどうやって発動したのかわからない。ただあの赤髪の反応と、俺の手元
でさらさらと漂う綺麗な白砂は、俺の能力が何なのかを示す有力な証拠だ。

「……うっ……くぅっ」
 気付けば俺は泣いていた。道端で人目も構わずめそめそと。
 怖かった。能力に目覚めてしまったことが、そしてその能力そのものが。

 俺の昼の能力は、人を砂に変えてしまう力。こんな恐ろしい能力なんて、俺は欲しくなかった。

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最終更新:2010年10月03日 20:42
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