アットウィキロゴ

見つめ合うと砂になるからお喋りできない > 5


 四時間目の現国をいつもより6割増しくらいの真面目さを演出しながらこなし、お待ちかね……ってほどでも
ない昼休みとなった。ちなみになぜいつもより真面目に授業を受けたかと言えば、あくまでやむを得ない事情で
遅刻しただけであり、決してダルいからフケていたとかいうヤンキーじみた理由ではないってことをことさらにクラスメ
イトたちにアピールしておくためだ、ということをここであえて強調しておく。

 さて本当なら昼休みに入るやいなや夏海をとっ捕まえて、俺のこの危険な能力についての話でも聞かせてやろうと
思っていたんだが……あやつめもう教室からいなくなってやがんの。まああいつのことだ。きっと学食の数量限定ラ
ンチメニューをゲットするために廊下を全力で駆け回り、運悪く先生に見つかって説教をかっ喰らい、数量限定ラン
チメニューにはありつけずにしょっぱい飯でも食うことになるんだろう。

 まあそもそも普段から一緒に昼飯を食ってる間柄でもないんだった。仮に追っかけて「夏海、ちょっと用があるん
だ。昼飯、一緒に食べないか(キリッ)」なんて爽やかに言ってみたところで、「いやあたし美香と一緒に食べるし(ツン)」
とかすげなく返されてパァになるだけな気がする。……自分で言っといて切ないなこれ。絶対やだなこれ。

 できればあいつには早いうちに話をしておきたいと思う。中学の時から、あいつとはいつだって目を見て話せた。
ころころと変わる感情豊かでわかりやすいその表情を楽しみながらお喋りしてきた。それはもう、過去の話になって
しまうのかもしれない。それは寂しいし辛いことだけど、それを隠したままでいられるわけもない。不自然に目を逸らす
俺を見れば、いくら夏海だっておかしいと思うだろう。

 ただでさえ、俺と目を合わせて話をしてくれる人間は少ない。もともと少ないんだから、それがさらに減ってしまった
ところで大したことでもないんじゃないかと、さっきの授業中にこっそり考えたりもした。
 そんなわけなかった。少ないからこそ、今いる人たちは貴重なんだ。大切なんだ。そんなことはわかりきってるって……
それなのに本当に、本当になんなんだよ能力って……

「おい豪輝。どうしたんだそんな芸人みたいな顔してボーッとして。ほら、さっさと弁当食べようぜ」
 俺自慢の坊主頭が無造作に撫でまわされる微妙に気持ちいい感覚と同時に、正面から声がした。断りもなく人の頭を撫でる
この無礼者が言うとおり、相当ボーッとしてたんだろう。こんな近くに野郎が立ってたことに声をかけられるまで全っ然気付
かなかった。

「おい、マジで大丈夫か? 遅刻してきてたし、どっか具合悪いのか?」
 まだボーッとしてる俺にさらに声。さていいタイミングなんで、この気遣いに溢れた、最近の男子高校生としてはよく
できた部類に入るイケメンを紹介しておこう。といっても所詮野郎なんで、かなりはしょることにする。
 名前、島津龍一(しまづりゅういち)。一年の時からのクラスメイトで、数少ない俺の友達の一人。外見性格ともに
イケメン、だがとある事情によりまるでモテない。そう、まるでモテない。イケメンのくせしてプッ。宝の持ち腐れププッ。
以上紹介終わり。

「…………なあ豪輝。なんか今お前の表情にものすごい悪意が見えたんだけど。気のせいかな」
「おいおい気のせいだよ何言ってんだかこのイケメンは。ほら飯食おうぜ。俺もう腹ぺこぺこだし」

 島津を横目に、弁当を持って歩きだす。天気もいいし、屋上にでも行きたい。そんな気分だ。
 今日こいつで4人目だ。母さん、父さん、夏海、そしてこの島津。俺が目を見て話せる存在だった人たち。話ができる
ことに変わりはない。それでも、相手の目を見られない。表情がわからない。たったそれだけのことなのに、たったそれ
だけのことで、なんだか遠くに感じてしまう。そんな風に感じるのは、結局俺のほうだけなのかな。相手も同じように感
じてるのかな。もしそうならなんか安心できる……ような気もするけど、やっぱり嫌かな……

 まあとにかく、いい機会だ。夏海は捕まらなかったけど、いずれはこいつにも説明しておくつもりだったわけだし。昼飯
を囲みながら、俺のこのはた迷惑な能力について語ってやることにしよう。


 で、屋上。昼飯を食いながら、俺は恐る恐るといった体で昨日の話を切り出し、一部始終を話して聞かせた。その間
も俺は島津の顔を見られなかったから、こいつがどんな顔で聞いていたかはわからないけど、なんとなくこいつの視線が
俺の顔に向けられていることはずっと感じていた。飯を食う手も止めていたみたいだった。しっかりと、真面目に聞いてく
れてるんだと思えた。

「へっへぇ。そんなことがあったのか。豪輝もようやく能力開眼ってわけだ」
「さっぱり嬉しくないけどな。もう誰とも目合わせられないんだぜ俺」
「まいいんじゃないか? 豪輝と3秒間目を合わせられる人間ってそうそういないだろ」
「お前もそういうことを言うか……」

 で結局こういう流れになる。朝母さんにも言われてきたんだよそれは。もう少しヒネるかオブラートに包みなさいって。
しかしまるで反論なんてできないのが悲しいところ。

「まあでも、そういうことだったのな。なんか今日のお前いつになく挙動不審だと思ってたけどさ」
「挙動不審にもなるって。お前とか夏海なんかはちゃんと俺の目見てくれるだろ。俺が気抜いてそんなお前らと目合わせ
ちゃったら、お前ら砂になっちゃうんだぞ? 俺のせいでさ」
「つっても、別にあっという間に全身砂になっちゃうわけでもないんだろ?」
「そりゃそうなんだけどな。やっぱりやだよ。怖いだろうが」

 怖い。何が怖いかって言えばそれはいろいろだ。目の前で人が砂になる。まして親しい友達が、数少ない友達が砂になる。
そしてそんなことになったら、もうその友達も他の連中のように俺を避けるようになるかもしれない。本当に一人になって
しまうかもしれない。そういう怖さだ。どこまでいっても自己中でしかない、内向きで情けない怖さだ。

「んなあ、豪輝」
 俺の中で渦巻く恐れと不安を知るわけもない非モテイケメン島津は、鼻につくかつかないかギリギリラインの爽やかボイス
でそう短く呼んできた。視線をこいつの学ランの第2ボタンあたりに落ち着ける。

「ちょっと僕の目を見てくれ。こいつをどう思う」
「すごく、パッチリです……じゃなくて。お前俺の話聞いてた?」
「もちろん話は聞いた。でもさ、僕は自分の目で見ないと信用しない面倒な性格だから。お前の能力、ちゃんと見せてくれよ」

 どんなツラしてこんなこと言ってんだこいつは。自分でも言ってるがほんと面倒な奴だな。俺ができる限り発動させまいと
必死に避けてきたことを、今自ら進んでやれとぬかしてる。ふざけて言ってるんだとしたら正直、無神経すぎる。ぶん殴りた
いくらいに他人への配慮が足りない子だ。もう少し道徳の授業を真面目に受けろと言いたい。
 でもだ。視界の隅にチラつくこいつの顔にあるのは、悪ふざけをしている時の表情じゃない。テスト勉強を一緒にした時
みたいな、真面目で隙のない顔だ。こいつはこいつなりに真剣に、俺のこの危険な能力を自分に味わわせろと言ってるんだ。
 意味はわかりかねた。でも、やらなきゃいけない気がした。


「……3秒目合わせたら、手足が変な感じになると思う。それ感じたらすぐに目逸らせよ」
「うん、わかった」
 大きく頷いた。顔を見ていない俺にもはっきりわかるよう、そうしてくれたんだと思う。少し呼吸を整えてから、ゆっくり
と、島津の学ランの第2ボタンから上へと視線を上げていく。口、そしてむかっ腹が立つほどシュッとした高い鼻を通過して、
目的地へ。パッチリ二重なイケメン仕様の目元で、きっかり3秒間留まる。3秒なんて何を考える暇もない。あっという間に、
予定調和の異変は訪れた。

「うわっ! うわっ! 手が! 足が!」
 と島津が騒ぎ始めた頃には、もう手足は元通りに再生していた。再生できるってところは、この能力の唯一と言っていい
救いだと思う。再生できる原理はさっぱりわからんけど、それを言ったらそもそも砂になる原理からしてわからんし。投げや
りすぎるって? 投げやりにもなるだろ頼みもしないのに突然こんな迷惑な能力与えられたらさ。考える気にもなれない。

「ふうー、再生した。よかったよかった。でも、確かに砂になったな」
「信じるか?」
「そりゃもちろん! なっかなか面倒な能力だよなぁ」

 手を握ったり開いたり、肩をぐるんぐるんと回したりしながら、なぜか弾んだ声でのたまう島津。なんか今日はこいつ、
いまいち掴めないな。こんなわかりにくい奴だったっけかな。

「なあ島津。お前、怖くないのかよこの能力」
「怖い? なんで?」
「いやだって砂になるんだぞ? 実際今なっただろうが」
 露骨に首をかしげる島津。これもまた、顔を見られない俺にはっきりわかるようにそうしてくれているんだと思う。改め
て言っとくけど、こいつは普通にいい奴だ。このタイミングで首をかしげるという行為に及ぶ理由はまるで不明ではあるけど。

「僕はむしろ安心したんだけど。豪輝の話は全部本当だってわかったからさ。3秒目を合わせたって全身砂になるわけじゃ
ないし、砂になったって元に戻れる。何も怖がる要素ないよ」
 のんきな口調でそう言って、爽やかに笑った。
 こいつにとってはなんでもない言葉だったかもしれない。でもそれは俺にとっては、今何よりも言ってもらいたい言葉だっ
たのかもしれない。怖くなんてない。避けることもない。女々しいとは思うけど、誰かにそう言って欲しかった。

 軽く泣きそうになったので、ちょっと予防線を張っておくことにした。
「ふん。少しは怖がれっての。とにかく、万一ってこともあるから、今日からは基本ノールックトークな。なんならもう話
しかけてくんな」
 ……ちょっとのつもりが、俺ったらどうしてこう必要以上に分厚い予防線張っちゃうんだろう。最後の一言は明らかにいら
なかっただろうが。

 この露骨で強烈な予防線を前に、島津はクスリと苦笑してから、
「わかったよ」
 とそっけなく答えて俺の不安と絶望ゲージを振り切れるほどマキシマムまで高めた後、
「面倒で迷惑な能力を持つ奴同士、改めて仲良くやってこう」
 と続けてくれたもんだから、俺は本当にいい友達を持ったんだなと、感激の大波が北斎の浮世絵のように豪快に押し寄せてきた。
と同時に、できればそういうことは「わかったよ」で妙な間を取らなくていいから一気に言い切って欲しかった、と軽くイラッ
としたことは一生の秘密にしておこうと思った。


 つづく



登場キャラクター



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年08月20日 00:54
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。