東京ドームの数十倍の敷地、生徒数2万人を誇るマンモス高校である夜見坂高校。
敷地の中にはモノレールやバスが通っている。
正門前の大きな時計台が8時を指している。
スーツ姿で丸い眼鏡を掛けたイサミがホッとしたように肩を下ろす。
登校時間のため、誰も居ない職員室。
「ちゃんと揉み消してくれたんじゃのぉ」
うんうんと満足そうに頷くイサミ。
「ワシも気をつけんとなぁ」
パラパラとめくれる新聞。
『時価数千億とも言われるダイヤが一夜にして盗難!現場にはまたもXのカード。予告状も届いており警備に問題は無かったか責任をとう声も』
とでかでかと書かれた記事。
(全くだらしないんじゃけぇ……)
校門の方が騒がしくなる。
『槍でも降るんじゃないか?』
『きゃー!!』という黄色い声。
窓から校門の方を見るイサミ。
坊主頭の藤林が歩いている。
モーゼの十戒の如くに道の左右に避難する生徒達。
首を傾げるイサミ。
(アイツ何やっとるんじゃい?)
四角い眼鏡をした教頭と、猫背の校長が何やら話しかけている。
慌てて走り出す教頭。
(悪い予感がするのぉ)
電話のなる音。
居留守を決め込むイサミ。
何度もなる呼び出し音。
イサミが仕方なく受話器を取る。
電話から甲高い声が響く。
「会計学のイサミ先生いらっしゃいますか?」
首を傾げるイサミ。
「もしもし~、聞こえてらっしゃいますか」
「イサミはワシですが……、どちら様でしょ?」
「これは失礼いたしました。私、藤林段蔵の母でございます」
「藤林の……、それでご用は?」
「先生のお陰で、ウチの段蔵がようやく更正してくれまして」
ウンウンという泣き声。
「昨日の夜遅くに久しぶりに帰ってきたかと思うと、トマトみたいに赤かった髪をバリカンで剃り始めて……」
言葉を詰まらせる母親。
「今日は朝早くから学校に行くと出掛けると言い出しまして、あの子が8時に起きて登校するなんて小学校以来です」
「反抗期だったんじゃないですかね?」
「近いうちに主人とご挨拶にお伺いいたします」
「いえいえ、そんなお気遣い無く」
冷や汗を拭うイサミ。
(簡単な
潜入捜査のはずじゃったんじゃがのぉ)
ガラガラと自動ドアの開く音。
イサミは電話を切りドアを見る。
息を切らした教頭が近づいてくる。
思わず後ずさりするイサミ。
「きょ……、教頭何か?」
「イサミ先生!貴方は教育者の鏡だ!」
「はぁぁぁ?」
「あの藤林が制服を着用して、徒歩で登校時間に登校なんてこれは奇跡ですよ」
目をパチパチと激しく瞬きする教頭。
「風邪でもひいてるじゃないですかね」
ハハハと渇いた声で笑うイサミ。
「何を仰います?聞けばイサミ先生の特別授業に心を打たれ、自分の愚かさに気づいたんだそうですよ」
「そ……そんなこと言ってましたか……」
「教えてください!どんな授業をしたんですか?」
興味津々な様子の教頭。
(実は
バフ課の潜入捜査中で、
ヤクザグループと大乱闘してるところを見せたなんて言ったら卒倒もんじゃよなぁ)
頭をポリポリと掻くイサミ。
(後で校長に相談した方が良さそうじゃのぉ)
チャイムのなる音。
8時45分を指す時計。
「授業の時間ですな」
教頭の手を引き離し、机に向かうイサミ。
「そういえば、イサミ先生のクラスに今日から1人転校生が来るそうですので」
「転校生?聞いてないですよ?」
「先週の金曜日の夜、急に決ったそうですよ。
ほら!先生金曜日すぐ帰られちゃったでしょ?」
イサミがピタリと足を止める。
(小僧が悪さすんのが目に見え取ったからのぉ)
自動ドアの開く音。
校長と少しだけ茶色く髪を染めた撫肩体型で今時珍しいロングスカートの甲賀初芽が入ってくる。
(なんで小娘がおるんじゃい)
驚いた様子のイサミ。
「イサミ先生、甲賀初芽さんです。2-Dつまりは先生のクラスで勉強して貰いますので」
「よろしくお願いします!」
満面の笑みでお辞儀する初芽。
「は……、はぁ……、わかりました」
呆気にとられたまま、初芽と共に職員室を後にするイサミ。
誰も居ない歩く歩道になっている廊下を二人並んで歩く。
「でなんでお前さんがここにおるんじゃい?」
「トト姐さんが万が一に備えて手伝って欲しいとのことでしたので」
「万が一じゃと?」
不満そうな表情のイサミ。
「あ……、伝言忘れてました。潜入早々大乱闘って何考えとんどすだそうです」
淡々とした口調で手帳のメモを読み上げる初芽。
大きく息を吸い込み小さくため息をつくイサミ。
「あれはじゃな。不可抗力というか、潜入の一部というかじゃな……」
適当に相槌を打つ初芽。
「それに学生同士なら気を許しやすいかもしれませんし」
初芽が胸をドンと張る。
「特に女子は女同士のネットワークがありますから」
「ネットワーク?大袈裟な……」
「例えば総隊長が昔、姐さんに告白して振られたとか。アシュラ副長の初恋の相手は誰だとか」
ジロリと目を細めるイサミ。
「あ……、私(わたくし)が言ったというのは内緒ですよ」
フフと笑う初芽。
(成り行きとはいえドグマの孫組織一つ潰したら、警戒もされるじゃろうし仕方ないじゃろうな)
「とにかく現役女子高生バフ課1班の切り込み隊長が来たからには、
大船に乗ったつもりでいて欲しいわけです」
「ふん、随分余裕なようじゃが、油断しすぎじゃないんか?」
「油断?これは余裕というものですよ」
エレベーターのボタンを押すイサミ。
「不良グループからドグマ下部組織、そして最終的にはドグマという負の連鎖を止めんとキリがないけんのぉ」
「ですね……」
初芽が不意に何かを思い出したように手帳をめくる。
「また伝言か?」
無言の初芽。
ペラペラとめくられる手帳。
「そういえば、ミョウオウさんですが
今はライジンさんに諜報術を習ってて、読唇術と暗号術に苦戦中だそうです」
苦笑するイサミ。
「あれ?ご興味無かったですか?」
意外そうに首を傾げる初芽。
「あの婆さん若い娘を相手にすると姑みたいになるじゃろ?」
「そんなことないですよ。親切にしてくれますよ」
イサミが首を傾げる。
ピンポーンという音。
エレベーターが7階に到着する。
廊下の窓は端から割られている。
長い廊下。
「それにしても広いですよね。私、迷ってしまいそうです」
「慣れるとそうでもないんじゃ」
「そういえば、アシュラ副長はこの高校の……」
「ここではイサミと呼ぶが良い。どこに耳があるかわからんからのぉ」
口の前でしっと指をやるイサミ。
「そうですね。私のことも甲賀とお呼びになってください」
頷く初芽。
「それにしても、このD地区は10年前と変わらんのぉ」
廊下を見回すイサミ。
「地図が何か区画ごとに区切ってあるんですけど、何か意味でもあるんですか?」
綺麗に手帳に挟んであった地図を広げる初芽。
「各学年の不良共や問題児を一クラスに纏めて、
あとは特に危険な能力を持った生徒を集めて隔離してあるんじゃて
ちなみに一クラスが400名程度じゃ」
驚いた様子の初芽。
「Dってもしかして、デンジャラスのDですか?」
「ちなみにワシの学生時代、この地区は無法地帯と呼ばれておったんじゃよ」
ガラの悪そうな生徒達が廊下に座り込んでいる。
「そんな所に私を送り込むなんて、姐さんも酷いですわ」
体を震わせる初芽。
「なんじゃ?説明されとらんかったんか?」
「私に説明なんて不要です。
私は姐さんが欲しいと言えば、愛犬のジョンの首さえ差しだし
姐さんが死ねといえば、笑顔で腹を斬りますから!
ただ……」
初芽の震えが止まる。
「ただなんじゃ?」
「お嫁にいけなくなったらどうしましょ?」
「その性格を何とかせんと無理なんじゃなかろうか。
それに何より1班は恋愛禁止じゃろうて」
「馬っっつ鹿ですね。本当にみんなが守ってると思ってるんですか?」
呆れたように両手を挙げる初芽。
「というと?」
「みんな姐さんの下で働きたいから、ひた隠しにしてるだけですよ。
私だって羽華高校(前の高校)では……」
興味津々なイサミ。
顔を赤らめる初芽。
「とにかく暗黙の了解です……」
「なんじゃ、終わりか」
残念そうな様子のイサミ。
「任務が終わったらゆっくりしてあげますよ」
騒がしい教室を通り過ぎる二人。
イサミの3歩後ろを歩く初芽。
教室の一番後ろでタバコを吸いながら、太い足を机の上に乗せている巨漢の藤林。
それを目で制するイサミ。
慌ててタバコを机に押しつけて消す藤林。
(ワシ以外の前では吸っとらんじゃろうのう)
ため息をつきながらを初芽を紹介するイサミ。
拍手が巻き起こる。
目をパチパチとさせキョトンとする初芽。
(1班でもダントツで美人じゃからのぉ)
登場キャラクター
最終更新:2010年10月03日 21:27