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器用貧乏と高位魔女



午後三時。夜見坂高校の多額の出資をしているその某研究機関開発部門チームは、小休憩を取っていた。
休憩所に設置されたモニター上では、高校生同士が夜の街で戦闘を行っていた。先日夜見坂高校から届いた、ある夜間戦闘訓練を記録した物だ。
谷風良。夜見坂高校一年男子。能力名はポルターガイスト。周囲の空間に力を加えられるみたいです。
順当に体力を消耗するタイプ、と同封された報告書にはあります」
画面上で爆風を避けた男子は、直後に風紀委員の指を全て破壊していた。
「あらら。また負けちゃったよ風紀委員。予備動作の差が勝敗を分けたな。最初の一撃を読み切った学生――谷風だっけ? も凄いけど」
「確かにタイムラグなしで力を発動させられるのは脅威ですが……本人同様、地味の一言に尽きますね。
火力を完全に切り捨ててる。実に若者らしくない能力の使い方だ」
「そこは実戦的と言ってやりましょうよ。この爆破能力者は、風紀委員のナンバー2らしいですよ」
各々飲み物を片手に意見を述べていく。皆この手の戦闘記録を批評するのが好きなため、休憩中にこういった動画を観賞するのがチームの日課であった。
「お、この子凄い可愛いな」
影から刀を取り出した儚げな容姿の学生の顔を見て、男性職員の一人が呟く。
「あの子がエースらしいです。能力名は夜刀。内容は刃物の生成と身体能力の強化」
人間離れした敏捷性で谷風を襲った少女だが、攻めきれない。それどころか距離を取り、無軌道に動きながら様子を見始めてしまう。
「何をビビってんだ、この子? 風紀委員なら戦闘訓練は普通以上にやってるはずだろ」
「ええ。ですが相討ち覚悟の迎撃を警戒したそうです。紙一重の攻防では向こうの方が数段上手だろう、とも言ってたとか。それで隙を窺っていたんですが……」
やがて街灯が壊れ、美少女が屈み込む。その後、見えない何かが彼女を弾き飛ばした。
「彼女の当ては外れました」
「へえ。重力操作ですか。一応大技も使えるんですね」
「相応のリスクを支払ったみたいですがね。もう一人戦闘員がいれば、確実にこの成績不良者は負けていたでしょう」
頼りない足取りで一歩だけ校内に入った少年は、そのまま踵を返してしまった。そこで映像が終わる。
「何だかなあ。運が良かっただけなんじゃないの? 途中の二人くらいはほとんど闇討ちみたいなやり方で倒してたし」
「最初の一人に不意を突かれたもんだから、谷風君も火が点いちゃったんじゃないですか。まあ、そういう奇襲を凌ぐスキルをどこで育んだのかは謎ですが」
「もしかしたら、彼……」
一人が意見を述べる。
「無意識のうちに危険察知とその回避に能力を振り分けてるんじゃないですか?」
「確かに本人の努力や嗜好で能力を変質させる例があるのは、統計を見ても明らかですが……夢がないにも程がある。
普通派手な破壊を求めるもんですよ、この年頃の男は」
「とにかく、これを見て強いだろうと言われても疑問符が残りますね。どうもこっちに彼の強さが伝わってこない」
「最後に戦った美少女の意見ですが、彼はあるカラーギャングの元総長だったのではないかとのことです」
「この地味な能力と見た目で? 誰も付いてこないだろ」
そこでどっと笑いが起きる。
「最近は治安も多少改善されましたが、少し前まで少年同士の抗争も多かったですからね。その中心に身を置いていたのなら、
彼の戦闘慣れしてる感じも納得はできます」
「喧嘩自慢の素人を有望株に挙げられてもなあ。大枚はたいて援助してるんだから、もう少しまともなのを持ってきて欲しいよ、あの教育機関には」
「今は大人しいらしいけど不良疑惑があるんだっけ、この地味な奴。せっかくだからこっちからもエリートを出して、
再追試がてら鼻っ柱を叩き折ってやるか」
その話題になった途端、職員全員の目が光る。
「誰を送り込みますか? こっちの抱える特別養成組と比べれば貧弱と断言していい能力ですが、能力の瞬発力と応用性には注意が必要ですね」
「うーん」
悩んだ末、室長の中年男性が言う。
「ウイッチにしとくか。お互い学ぶべきところがある組み合わせだろうし」
そしてその日、一人の特務部門所属の女がこの研究チームに呼び出される。


夜見坂高校の休み時間。教室の自分の席でぼんやりしていたその少年は、校内放送で突如名前を呼ばれ硬直した。
「谷風君、何かやったの?」
呼び出されたその一年生男子――谷風良に真っ先に近づいてきたのは、女子制服を着た女顔の男子、坂峰蓮である。
「何かやったのって……人聞き悪いな」
不快感を隠さずに言う谷風に、坂峰は作り物のように整った顔を近づけて囁く。
「だって谷風君って、『ブラッディ・ベル』の元リーダーじゃないの?」
「憶測で人の経歴を決めつけんのは――」
教室の片隅で行われてた二人の密談は、再度始まった校内放送に遮られた。
『あー! あー!』
若い女の声だ。完全に音割れを起こしており、耳を塞ぎたくなるような煩さだった。マイクテストにしてもひどい。
『ブラッディ・ベル総長、谷風良! 私は『EXA Research and Development Organization』通称ERDO特務部門から来た正義の魔女、工藤真緒!』
ほとんどの学生と同じように手で両耳を塞ぎながら、机に突っ伏した谷風は呻く。
「うっせえ……」
『この学校の風紀委員を倒して調子に乗ってるようだけど、あなたに更正の余地があるかどうか、私が今一度テストしてあげるわ! 今日の夜八時、屋上で待つ!』
がしゃんとマイクを叩きつける音で、ようやく騒音が止まる。
「何だよ、今のは」
見れば教室にいた何人かの生徒は谷風を凝視していた。男子の一人が訊いてくる。
「谷風。お前、ブラッディ・ベルの総長なのか?」
「んなわけねえだろ」
「だよな。ERDOの連中、何をどう勘違いしてお前みたいなのを狙ったんだか」
クラスメイトたちは早々に谷風に興味を失い、各々の話題に戻っていったが、坂峰だけは心配そうな顔のまま、離れようとしなかった。
「ERDOの特務部門って、戦闘が本業のプロ集団って噂だけど……勝てるの?」
「いや、別に闘わねえし」
「え?」
「何で俺が連中の早合点に付き合わなきゃいけないんだよ」
「へえ」
坂峰が意外そうに言う。
「不良って、どんな決闘にも応じるものだと思ってた」
「だから不良じゃねえって……」
そんなとりとめもない会話で、休み時間が終わりを告げた。
勿論、その日普段通りに下校した谷風良が、自称ERDO特務機関所属の女の呼び出しに応じることなどなかった。


翌日の休み時間、またしても騒音が夜見坂高校の瀟洒な校舎を覆い尽くした。
『ブラッディ・ベル総長! まさか決闘から逃げる臆病者だとは思わなかったわ!』
昨日と同一人物らしかったが、その女はひどい鼻声だった。律儀に寒風吹き荒ぶ屋上に立ち尽くして、風邪でも引いたのかもしれない。
「おい、そこの風紀委員」
延々と続く怒声に顔を引きつらせながら、谷風は坂峰蓮を手で招いた。
「どうしたの」
「昨日から騒いでるこの女をどうにかしろよ。校内の平和は乱れてるし、俺も覚えのない罵詈雑言を浴びせられてんだが」
「昨日話題になったけど、どうも先生方、この件には口出しする気がないみたい。何しろ凄い額の資金援助をしてるスポンサーから直々に送り込まれて来たらしいから」
それに、と坂峰は申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「この前の補習授業で、風紀委員が谷風君に全滅させられたことが、やっぱり教師たちの間でも尾を引いてるみたいなんだ。先生に気に入られてる生徒が多かったし」
「冗談じゃねえよ……因縁つけてきた挙句負けて恨み言とか、どんだけ器が小さいんだ……」
『今すぐ体育館まで出頭しなさい! 本当は屋上が良かったけど、寒いからなし!』
「気が早いな……」
谷風は溜め息をつく。とりあえず、隣の坂峰が言うには教師の制止も期待できない状況らしい。
「行った方がいいと思うよ。皆もちょっと怒ってるし」
確かに二日連続の騒音公害に、周囲も厳しい視線を向けている。
「何で被害者の俺が悪党扱いされてんだろう……」
ぶつぶつとこぼしつつも、谷風は教室を後にした。
渡り廊下を使って、目的地に辿り着く。謎の女から決闘場所に指定された夜見坂高校の広々とした体育館には、二年の運動服を着た結構な数の先客がいた。
バスケットボールをする予定だったらしい。ボールを持った二年生たちは、体育館の片隅から、中央で向き合う二人を好奇の眼差しで見ていた。
当然体育教師もおり、成り行きを見守っていた。風紀委員会の長も、授業を抜け出して観戦に来たらしい。
そして中央には、私服姿の女がいる。
「遅かったわね! 悪名高きブラッディ・ベル総長、谷風良!」
何度も咳を繰り返していたその女は、怒気を孕んだ声で叫んだ。
陰気な黒いワンピースを着ている割に、快活そうな雰囲気の女だった。そんな印象を抱いたのは、動きやすそうなショートカットの髪のせいかもしれない。
「色々言いたいことはあるんだけど……まずその総長ってのは、どこから出た話なんだ?」
「研究所の連中曰く、『やたら可愛い刀使いの風紀委員談』よ!」
「坂峰か……」
それを聞いた谷風は、後でクラスメイトに厳重抗議することを固く心に誓う。
「とりあえず俺がブラッディなんたらの総長ってのは間違いだ。だからお引き取り願い――」
「問答無用!」
女の叫びと同時に、周囲の空気が重くなるような錯覚に捕らわれる。谷風の身体の皮膚が粟立つ。頭の出来はともかく、力自体は相当ありそうだと瞬時に推し量る。
「正義の魔女、工藤真緒の怒りの鉄槌を受けてみなさい! いざ尋常にしょうぶぎゃあ!」
口上の途中、谷風は身体能力を強化して女の懐に飛び込み、頭部を軽く殴っていた。目を回して倒れる女を見下ろし、谷風は言う。
「人の話は聞けよ……さすがにイラッとしたぞ」
「ひたかんら……」
舌を噛んだらしい。まあ相当加減したので、重大なダメージではないはずだった。そのまま体育館の出口に向かう。
しかしその途中、上級生たちの無数の野次がぶつかってくる。
「不意打ちなんてみっともねえな! 正々堂々と闘えよ一年坊!」
「女の子相手に暴力振るうなんて最低!」
「可愛いんだから手加減してやれよ」
遂に昨日から少年の胸中に溜まっていた鬱憤が爆発した。
「うるせえ! 補習授業で死にかけるわ勝手にヤンキーの親玉扱いされるわ頭の弱い女に校内放送でコケにされるわで、こっちも腹立ってんだよ!」
さして特徴のない、その地味な少年の一喝は、ギャラリーを更にヒートアップさせただけだった。
「何あいつ! 一年のくせに生意気!」
「可愛い女の子をボコボコにしておいて、あんま調子乗ってんじゃねえぞガキ!」
「代わりに俺が相手してやるよ。クソ一年」
いかにも反抗期といった髪型の男が進み出てきたところで、谷風は逃げ出した。
冗談じゃない。これ以上の喧嘩沙汰には付き合えない。それでなくとも教師陣に目をつけられているという話なのに。
それにしても、と先程倒した黒づくめの女について、谷風は思う。
「可愛いって得だな」
自分で売った喧嘩に負けてあれだけ同情してもらえるのだから。
――そして華のない男に対する世論の、何と冷たいことか。


『ブラッディ・ベル総長、谷風良!』
――ああ、またか。
そんな空気が室内に蔓延していくのが、目に見えるようだった。同時に谷風に、冷たい視線が注がれる。明日に迫った土曜日が待ち遠しい。
『あんたに勝たないと本部からボーナスが出ないのよ! 年末年始のゲーム購入資金の為にも、あんたの首はいただくわよ!』
「んなことの為に闘ってたのかよ!」
とうとう姿の見えない相手に谷風は突っ込んでいた。
駄目だ。これは精神衛生上良くない。あいつを早く排除しないことには、安息は訪れない。
意識的に頭のネジを一本外した谷風は、椅子を蹴って立つ。
『もう手加減しないわ! 今すぐ体育館に来なさい!』
「上等じゃねえかチクショー! おい坂峰! 授業に遅刻するけど、先生にはすぐ戻るって伝えといてくれ!」
「谷風君、何かテンションが高い……」
「ERDOの特務部門なんて、三秒で片付けてやるよ!」
急いで体育館に向かう。既に結界型の能力は発動しているらしく、静まり返ったその空間に足を踏み入れた瞬間、緊張感が走った。
「土! 金剛盾!」
こちらの姿を見るなり、昨日と同じ格好をしていた工藤真緒は叫んだ。彼女の左手に金色の盾が現れる。
そして彼女は不敵に笑う。
「この金剛盾は、あらゆる物理攻撃を防ぐ! もうあんたに勝機はないわ! ここからは私の独壇場よ! 風! ウインド――」
それに割り込んで谷風は、ポルターガイストによる衝撃波を放っていた。
「ひゃああ!」
女の身体が二メートル程後方に飛び、昨日とほとんど同じ位置に大の字で倒れる。
「聞いてないわよ……魔法攻撃なんて……」
「魔法とか物理とか、どういう線引きだよ……」
ただ、こういう本人の嗜好をダイレクトに反映させた能力は概して強力なのは経験上知っていた。あまりまともにやり合いたくないというのが谷風の本音だった。
「もういいだろ。俺は元々無難に生活してるんだし。更生も何もあったもんじゃないだろう。早くお前も自分の職場に帰れよ」
それだけ言い残し、谷風は授業を受けるために踵を返したのだった。


金曜日の放課後は、やはり気分が軽くなる。数時間前に厄介事が片付いたとなれば尚更だ。
全国チェーンの大きな古本屋で三時間近く漫画を立ち読みしているうちに、街には夜が訪れていた。
「あ」
店を出た直後に飛んできた声に谷風は反応した。立っていたのは、いかにも美少女然としたクラスメイト、坂峰だ。
「おう、偶然だな」
「駄目だよ谷風君。今日は夜間外出生徒の取り締まりがあるって、聞いてなかった?」
「そういえば……」
そんな話を昼休みに聞いた気もする。非行やその予兆となる行動に対して断固たる態度を取るのが、夜見坂高校の教育方針であった。
「大変だな、風紀委員も」
「谷風君みたいに夜遅くまで出歩く不良生徒がいるからね。最近また少年の能力犯罪も増えてきてるんだから、気を付けなよ――あ」
またしてもクラスメイトは呟いた。視線は谷風を通り過ぎ、その背後に向けられている。
つられて谷風も、後ろを振り返った。
「あんたは……」
財布に千円札を入れながら自動ドアをくぐってきたその女、工藤真緒は、呆然とした様子で呟いた。
そして即座に黒革の鞄を落とし、例の空間を発動させている。
――こんな街中で、また暴れる気なのか? 血気盛んな不良少年ならともかく、噂に名高いERDOの人間が?
さすがに谷風も躊躇した。持っていた鞄を離す。異変を察したらしい坂峰も、影から刀を取り出してはいたが。
「火+土+土! イージス!」
こちらの行動より一拍早く、光で構成された透き通った盾が少女の手に嵌る。
「まだやる気かよ!」
その谷風の声を無視して、ERDO特務部門構成員は更に詠唱を続ける。
「水+風+風+水! 旅の扉!」
水色の光が谷風と工藤を包み込むと、視界が大きく歪み――
次の瞬間、手ぶらとなった二人が、夜の体育館の中央で向かい合っていた。
「瞬間移動……?」
だとしたら、相当希少性の高い能力だ。
時間の経過が気になって、壁に掛かっていた時計を見る。古本屋を出た時とほとんど変わらない、夜の八時を示している。
「てっきり今回の戦闘訓練、敗北で終わるかと思ったけど……」
静まり返ったその建造物に黒づくめの女の声が響いた。
「どうやらこっちにも運が向いてきたみたいね。さっきの店でゲーム売らなきゃ良かったわ」
谷風は今日の午前と同じように、衝撃波を放っていた。
しかし、それと同時に工藤の持っていた盾が輝きを増し、谷風の『ポルターガイスト』を無力化している。

「夜にだけ使える『合成術』で作られたこのイージスの盾は、魔法防御特化型。もう勝機はないわよ……ブラッディ・ベル総長、谷風良!」
「まだ言うかい」
「風+風――」
工藤が声を張り上げるのと同時に、谷風も動き出す。既に加減をする気は失せていた。
「詠唱が長い」
容易に接近に成功した谷風は、そう呟きながら工藤目がけてハイキックを打ち込む。
が、それも光の盾に弾かれていた。物理的に。
術者の意思と無関係に動いているとしか思えない動きだった。
「――+水! 召雷!」
詠唱が終わるのと同時に、大きく後ろに飛び退く。
強度を重視して造られたはずの体育館天井を木端微塵にしながら、極大の雷が数本、轟音と共に工藤の周囲へ落ちていた。
建材の焦げた匂いと煙が辺りに立ち込める中、魔女の声が飛んでくる。
「詠唱がどうとか、忠告ありがとう……でも心配には及ばないわよ! イージスの盾は、オートで物理攻撃も迎撃する!」
「発動さえすれば、鉄壁の能力か」
そしてこの火力なら、ERDO特務部門の名にも恥じないだろう。
無意識に舌打ちを洩らしていた。躊躇などせず、イージスとかいう盾が出る前にこの女を行動不能にするべきだったのだ。
今更ながら、自分の詰めの甘さに腹が立つ。
「火+水! 反作用ボム!」
谷風の周囲に冷気が巻き起こる。異変を察知して彼は同時にその場を離れた。
一瞬後、誰もいない空間には巨大な氷塊が出現していた。それだけで終わりならなんともなかったが――
その氷塊の中に突然巨大な炎が宿り、粉々に砕いていた。
「んな――」
咄嗟に眼を集中的に強化し動体視力を高めたが、それでも無数の氷の破片が勢いよく谷風の身体を掠めていった。
二段構えの攻撃に虚を突かれ、脇腹を浅く裂かれる。
「この!」
谷風は再度女に向けて力を放ったが、イージスが再び輝き、いとも簡単に相殺される。
接近戦でも遠距離戦でも、正攻法ではあの防御を破れないだろう。現実的なのは向こうの体力切れを待つことだが――
「風+風+風! エアバスター!」
巨大な風の槌が振り回された。壁に大穴が開き、衝撃で建物が土台から揺らされる。
谷風は苦し紛れに、砕けたコンクリート片に力を送り、工藤に向けて発射する。万能の盾は、それもあっさり弾き飛ばしている。
魔女の攻撃は留まる事を知らない。一晩中でも術を使い続けるではないだろうか。
これがERDO。本物の戦闘部隊の力か。
ここに至って、谷風は初めて自分の相対する者の恐ろしさを体感していた。
「土+土+火! ラーヴァウェイブ!」
床を割って、巨大な炎の翼竜が出現した。着弾と共に爆発したその竜の体当たりを紙一重で避けたが、輻射熱で火傷したような熱さを身体に受ける。
「戦闘訓練では最低限の破壊で勝利を重ねてきた……とレポートにはあったけど」
自身に満ちた表情で工藤は言う。
「こういう回避を許さない圧倒的な攻撃力も、中々乙なもんでしょ?」
「……認めるよ。あんた強い」
逃げるという選択肢もあったが、この相手から意識を逸らすのは危険すぎた。それに、街中まで追撃されても困る。怪我人どころの騒ぎで済まない。となると――

自分の手足ごと粉砕する覚悟で物理攻撃を加えて、あの盾を破壊するしかない。
方針を固め、集中力を高める。
しかし谷風が跳躍しようとしたその時。壁に開いた巨大な穴から、矢のような速度で人影が飛び込んできていた。
直後、甲高い金属音が響き渡る。
「……ERDO特務部門、工藤真緒さん。あなたの今回の任務は、本日午後五時付けで終了しているはずですが」
闇の刃でイージスの盾を完全に抑え込んでいる乱入者は、谷風も良く知るクラスメイトだった。
光の盾でその刀を防いでいた魔女が、苦々しい声を上げる。
「あんたは……」
「夜見坂高校風紀委員一年、坂峰蓮です。あなたの破壊活動を止めに来ました」
谷風は、その少女のような少年の淡白な名乗りを聞いて、動き出す。
一息に間合いを詰めると、谷風の刀の相手で手一杯の魔女の頭部に、蹴りを叩き込んでいた。
「二体一なんて、卑怯よ……」
イージスが消え、工藤が地に伏す。
それを見届けた谷風もまた、尻餅をついていた。極度の疲労が訪れる。
「助かった……」
「周りはもう大騒ぎになってますよ、夜間外出者の谷風良さん」
仕事中故か、格式ばった口調でそう言った坂峰に、谷風は返す。
「ERDOもこっちの能力を把握した上でこいつを差し向けたんだろうが……相性が悪すぎたな」
「何事もそこそこレベルのあなたでは、手も足も出なかったでしょうね。私だったら、そう苦労せずに勝てそうな相手でしたが」
確かに坂峰の夜刀は、イージスを打ち破る程の攻撃力を持っていそうだったが……
「満身創痍の人間に嫌味かよ……」
「今まで街中を必死に捜索して回っていた人間の身にもなって下さい」
「……誰の話だ?」
「誰とは言いませんが、目の前で突然クラスメイトがどこかに連れ去られて、心配してた人もいたんですよ」
やや間を置いて、谷風はようやく相手の気遣いを理解する。こういった気性の知人を持った経験がないので、少々たじろぐ。
「あー、なんつうか、どうも……それはともかく、俺はどうなんのかね」
「一応便宜は図りますよ。ほぼこの女の人に非があるみたいですし」
「頼むわ。ちょっと疲れたし、これ以上起きてると面倒そうなんで、少し寝るわ」
廃墟のような様相を呈した体育館に、武装した教師たちが踏み込んできたのを機に、谷風は意識を失った。

翌週の月曜日。高校に突然の転入生が来たという噂で、谷風のクラスは持ちきりだった。
「二年生らしいけど、結構可愛いんだって――」
「風紀委員に入ったらしいんだけど、四六時中携帯ゲーム機のロープレやってるらしい――」
「ここに来る前は、ERDOの特務部門に籍を置いてたって噂が――」
そんな情報の断片だけで谷風がひどい悪寒に見舞われたのは、言うまでもない。

おわり


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最終更新:2011年01月08日 09:57
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