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星界の交錯点 > 5



05.バフ課集結

 警視庁機密部署、バフ課。
 他部署の領域として厳重に偽装、秘匿されたエリア内に彼らの会議室は存在していた。

 その議題は他でもない、近日中に開催されるアトロポリス国際会議についてだった。
 チェンジリング・デイ以降、国連も学会も決して座していた訳ではないにせよ、国際情勢の激変もあって、
ここまで大々的な動きは前例のない事だ。

 この場で国際会議の詳細を告げられた、バフ課の主力を担う各班の隊長たち。
 彼らからの反応は、すこぶる悪いものだった。

「つまるところ、テロの標的にしてくださいという事かの」

 バフ課5班隊長、ラツィーム。独特の口調が特徴で、剛健な体躯と蓄えた白髭はその威厳を引き立てていた。
 辛辣な切り込みともいる主張だが、のんびりとした印象を抱かせてしまうのは、平時の人柄によるものだろう。

「まあ、なんだ。あえて平地に波瀾を起こすってか。そういう臭いがするのは確かだ」

 バフ課3班隊長、クエレブレ。無精髭に眼鏡の男性、普段は職務中でも構わず喫煙しているが流石に会議では控えていた。
 控えめに、ラツィームに追従。敏感に面倒ごとの気配を嗅ぎ取ったらしい。

「それ以前に国連軍の管轄なのでは? なぜバフ課に、という疑問もあります」

 バフ課4班隊長、ザイヤ。黒髪を短く切り揃えた若者で、新参の隊長なだけあって、やや場馴れしていない様子。
 彼はごく真っ当に、疑問を述べた。バフ課は国外での活動も皆無ではないものの、他所の領分を冒さない事が原則だ。

「ウチらは日陰モン。場違い、やちゅう気もします。華やかな場は似合いまへんわー」

 バフ課1班隊長、トト。会議室の紅一点、年齢を感じさせない和風美女で、どこかゆったりと構えていた。
 京都訛りで軽い物言い、だが示唆的でもあった。原則バフ課は影で動く組織であり、国際会議に関わるべきだろうか。

「場違いだろうが、仕事は仕事だ――と、いい加減、まとめ役をやって欲しいもんだがな、総隊長どの?」

 バフ課2班隊長、シルスク。世慣れた態度の青年だが、その鋭利な雰囲気を隠しきれてはいない。
 会議室に生じた波紋を切って捨てると唯一、起立している人物に水を向けた。

 この場には1班から5班までの隊長が勢揃いしており、それに6班と7班の隊長を加え、その合議によって
平時のバフ課は運営されている。
 つまり"平時"でなければ、その意志決定に異なる要素が加わる事もある、という事だ。

 総隊長、code:エニグマ。
 個性を削ぎ落したような風貌の壮年で、地位を思えば若々しいとも言えるのだが、外見年齢がどれほど当てになるか。
 現在はスクリーンに照射された映像を傍らに、厳かともいえる態度で口を開いていた。

「アトロポリス国際会議の目的の一つは、表勢力の威信を知らしめる事にある。
 分かるか? テロに脅えて要人会議の一つもまともに出来ない――その怯懦が続けば不信を呼び、世界に混乱を招く」

 一言一句に圧が、平時のバフ課にはない政治的な闇が、含まれていた。
 現行法や公的な警察の権限では対処できない能力犯罪を取り締まる、といったシンプルな理念だけで動ければ、
それが理想ではあるのだが、超法規的な権限とはつまり、法律を逸脱した権力に他ならない。

 逸脱した権力には毒蛇の巣のように、悪意や欲望が絡みつくのも必定といえた。
 政治的に、あるいは私利私欲のために、どう利用できるかという視点とは無縁ではいられないはずだが、
普段のバフ課は彼という闇を一手に担う人物もあって、少なくとも権力闘争などとは無縁だった。

 それだけに各班の隊長と言えども、総隊長を前にすれば沼の淵に立つような感覚は避けられない。
 自身の一言で生じた緊張を知ってか知らずか、エニグマはただ続けていた。

「標的にしてください、という程、生温くはない。標的にしてみろ、この機に叩き潰してやる。そういう事だ」
「ふぅむ、威信……ではもう一つ重大なニュースがありそうだの。直感だがの」

「その通りだ。これはザイヤの疑問にも繋がるが……近々、バフ課の存在が公のものにされる。
 これは内定段階ではあるが、決定事項とみていい。各省庁でもその方向で調整を始めている」

 ラツィームの指摘を受けて、衝撃の事実をエニグマは開示していた。
 機密部署が機密部署でなくなる。つまり、それはバフ課の在り方が根本的に変わりかねないという事。

 これは緊張どころではない。隊長たちは思わず絶句し息を呑むが、一人だけ緊張に無縁の者も居た。

「ウチらも、これで晴れて正式な公務員。福利厚生も改善されそうどすなぁ」
「存在を公に認めるだけの話だ。内実がすぐに変わるという事はない」

 トトの軽口をエニグマは冷たく切り捨てる。だが会議室の動揺は、これで薄れていた。
 総隊長を相手に軽口を叩けるのは、せいぜいバフ課の前身となる組織から付き合いがあった、
ラツィームとトト、それに今は亡き前4班隊長のラレンツアぐらいだろう。

 同じく前身の組織に所属していた、という流れでもないが、次の発言者はシルスクだった。

「そうだな。まともに人を人扱いしていたら、この課は回らねえだろ。その国際会議とバフ課の公表には繋がりが?」
「先に述べたように、これは混沌とした社会と裏の勢力への宣戦布告でもある。
 公表できるものは公表していくだろう。政府は抑止力として、バフ課の名が使えると判断した」

 エニグマの返答に隊長たちは静寂で応じたが、これは不満よりも納得の色が濃い。

 秘密裡に秩序を守る、という意味では、機関と呼ばれる組織も存在しており、こちらは公表するには問題が多すぎる。
 役割が被るだけにバフ課との競合(バッティング)も存在していたが、これを機にバフ課の役割を広げ、
相互の領分に明確な線を引くという事か。

「繰り返すが、直ちに大きな変化が起こる事はない。元より公然の秘密であったものを認めるだけだ。
 折衝用のチーム新設、各班への顔合わせはあるが、それもまだ先の事。
 むしろ、今は国際会議の方に重点を置いておけ」

 安心させるように、あるいは目前の事件に集中させるようにエニグマは念を押していた。

「公表とかマジかよ……ツキにバレたりするのか? いやいや」
「内実は変わらねえ、って言ってんだろうが。顔出しの拒否権ぐらいはある。少しは落ち着け」

 クエレブレなどは顔を蒼白にして頭を抱え、シルスクに宥められていたが。
 バフ課は性質上、一般社会とは関係を断ってる者も多いが、クエレブレはそうではない。
 この辺りの事情と苦労は、他の隊長たちの知る所でもあった。

「しかし、単にお披露目という事であれば、総隊長に見栄えが良い者を何名か付けるだけで事足りるはずですが……
 総隊長の口振りからは、大規模な衝突を予想しているような印象を受けます」

 会議室の中でも、ひときわ若いザイヤは先達が一通り発言し終えるのを待ってから、遠慮がちに尋ねた。
 新任の隊長だからといって、遠慮しなければならない慣習はバフ課にはないが、この辺りの堅さも彼の個性だろう。

 その疑問を受ける形で、ラツィームが推測を口にしつつ白髭を撫でた。

「無理もないの。ドグマ、魔窟や避地勢力、それに各国の犯罪組織も絡んでくるの」

「太平洋上にあるアトロポリスは天然の要害。気軽に侵入、離脱できる地域とは違う。
 そのうえ、"軍事力"に守られている。個の能力戦とは、また違った力にだ。
 裏の勢力図は把握しているが実際の所、手出しできる勢力は限られている」

「なおさら、バフ課の出番はないだろ。国連軍が敵を殲滅した後に、なにをやればいい? ゴミ拾いか?」

 エニグマの返答に、半ば呆れた様子でシルスクは皮肉っぽく問いかけた。
 敵の数は限られており、国連軍の武力は強大となれば、他の組織の出番はありそうにもない。

 それに対して、総隊長は端的に一言だけ発していた。

「――『クリフォト』が動き出している」

 クリフォトとは神秘思想の一種、カバラに関わる用語だ。
 高次元からの万物の流入を描いたとされる生命の樹(セフィロト)と相反する、邪悪の樹。

 半数以上の隊長は発言の意図を掴みかねたが、その不穏さは会議室に拡がりつつあった。

「くりふぉと、と言うと週刊誌とかに載っとる、悪の組織どすなぁ。
 なんでも、各組織に食い込んだ回帰思想の過激派とやらで」
「都市伝説じゃねーか。イルナミティだの、そっち系の」

 逆に困惑気味だが、まるで冗談でも聞いたかのように応じたのが、トトとクエレブレ。
 彼らは一般社会にも関わりがあり、俗なゴシップ、それこそ他の隊長が見向きもしない噂話にも通じていた。

 厨二病患者が妄想し、無責任な雑誌が存在と秘匿を放言する。クリフォトは、おおむねそういった用語だ。
 たしかに世界には異能が実在し、それに関わる陰謀も数多いのだろう。
 しかし、それらが全て、特定の思想を持ち、特定の組織に属しているというのは考慮にすら値しない話だ。

 たとえばバフ課自体も、記憶処理班によって秘匿を行っているが、これは別にクリフォトとやらの都合ではない。

「二名の言う通り、所詮は陰謀論。実際はムーブメントの類に近く、組織とすら言えん……そのはず『だった』。
 だが、近年になって急速に組織としての形を見せつつある。その実態は裏社会ですら、把握できていない」

 スクリーン映像をアトロポリスの資料から、クリフォトのそれに切り替え、会議室の面々に提示する。
 どういうルートで掴んだのか、各勢力の内紛や不可解な動き、それに関連人物の渡航歴や思想の偏向を提示したものだ。

 情報自体は貴重なものだが、それがクリフォト実在の根拠になるかといえば、せいぜい妄想から眉唾になった程度のもの。
 だが、確信もなく動く男でもあるまい、とラツィームの双眸には真剣な光が宿っていた。

「カリスマ的な指導者でも現れたか、それとも巧妙に隠れていたかの」
「さてな。本当に陰謀論のような事があり得るのかは分からんが。問題は各勢力に食い込んでいる、という点だ。
 ……国連軍は内部から崩される恐れがある」

 今度こそ不穏さは明確な形となり、会議室内が騒然した。

 国連軍にもクリフォトが食い込んでいる、という事は単に国連軍が機能しない、というだけの意味に留まらない。
 最悪、クリフォトに動かされた"国連軍の一部と交戦"しなければならなくなる、という可能性すらあるのだ。

 シルスクとクエレブレは互いに目配りすると、緊張を抑えてシニカルな笑みを浮かべた。

「バ課には崩される恐れはないと」
「あるのかよ? ご丁寧に予算と人員を割いて、バ課連中に紛れ込んで……」
「ないな。俺がクリフォトとやらでも、もっとマシな所にリソースを割く。連中も俺達よりはマシな知能はあるだろ」

 シルスクとクエレブレは経験ではラツィームなどに劣るが、最も勢い盛んなエース格でもある。
 彼らの復調は、会議室全体にも良い空気をもたらしていた。

 軽いやり取りだったが、それに苦笑するような形で、バフ課の本来の雰囲気が戻ろうとしていた。
 元より、自分たちは公言できない程にブラックな公務員であり、地獄手前で生きてるのが常態だ。
 だからこそ、これまで自分の流儀で切り抜けてきたし、その流儀によれば自分たちは優れたプロであると同時に、
筋金入りの「バ課」でもあるのだ。

 小さく――それこそ、ラツィームとトト以外は見落としたが、エニグマも彼としては珍しく苦笑していた。

「結構――相手がどうあれバフ課の存在意義は一つだ。それが能力犯罪ではあれば取り締まる。
 シルスク、クエレブレ、ザイヤ。以上、三名が率いる班にはアトロポリスに随行してもらう。
 各資料は当日までに、頭に叩き込んでおけ」
『了解!』

「ラツィーム、トト。二名の率いる班については、国内の対応と後詰めを兼ねてもらう。
 こちらは長期的な激務だ。おそらくは陽動でこちらも荒れるだろうが、我々は余裕を残しつつ捌かなければならない」
「了解したの」
「了解どす。ウチらに後を任せるなら、無事帰ってこんといけまへんよ」

 クリフォトの真偽はどうあれ、状況の把握と共有は終わった。ここからは実務の話となる。
 手早く人選を告げ、そこに異論の余地はなかった。
 フットワークが軽い面々をアトロポリスに向かわせ、古参がそれを固める。まず妥当な所だろう。

「6班、7班は国内に集中させる。が、まずはバフ課独自の情報収集を考えている。
 国際会議に先立って、クリフォトが動くと想定できる以上、その機に情報を入手しておきたい。
 問題は収集先だが――」

 迅速かつ正確に、バフ課はアトロポリスの保安、そして対クリフォトの体制を整えつつあった。
 しかし最善、最速の手を打ってなお、事態に二歩も三歩も遅れる事がある。

 これは常に後手に回る治安組織の性質上、避け得ない現実だった。



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最終更新:2019年02月24日 00:55
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