※ここには漫画『ONE PIECE』の最新話の内容を含むネタバレ考察が書かれています。ネタバレが嫌いな方はここより下の内容を読まないでください。
ちょっと予定を変更して現時点でのメモを残しておきます。
なぜかというと、もっちー先生の動画に投稿された内容が、私の予想とほぼ一緒だったからです。
青玉鱗について一言だけ書くと、ジニーの青玉鱗原因はバッカニア族のくまではないかと考えています。
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ルフィの”夢の果て”は「すべての創作物をつなげてアニメ映画を創り、その中に入ってすべての物語をハッピーエンドにする。そしてオレは米になる」と予想。
根拠はルフィの『「海賊王」になったらできるかもしれねェ!!』(1060話”ルフィの夢”)という発言。
「海賊王」とカギカッコが付いている点が重要。
カギ=キーなので、モンキーにもつながる。
私はここでカギカッコが付いている理由を『自分(ルフィ)が海賊王になれば、自分(海賊王)を主人公やテーマにした「海賊王モノ」のコンテンツが生まれるはずだ』という意味に解釈した。
つまり、ルフィは海賊王そのものではなく、
自分が海賊王になることで、
「世界一有名な、世界中の人が読む海賊王の物語が書かれるだろう」
と言っている。
「海賊王伝説」が生まれ、『アーサー王物語』のように小説や映画、漫画やアニメになる。
そうすれば自分の”夢の果て”を実現できるかもしれない。
ルフィは「まず有名な、売れるコンテンツにならなければならない」と言っている。
ルフィは『「海賊王」になったらできるかもしれねェ!!』と「可能性」を語っている。
ルフィの目的は「海賊王になること」。
しかし海賊王になって、海賊王コンテンツが書かれるだけでは”夢の果て”を実現することは難しいという意味。
「海賊王ルフィを描くコンテンツが世界一の作品、世界最強のコンテンツになればルフィの”夢の果て”が可能になるかもしれない」
少年ジャンプの海賊マークから、ルフィの「海賊王」とは「ジャンプで一番の漫画家になる。ジャンプ最強の漫画を描く」という尾田栄一郎先生の決意も表現している。
ちなみに海賊マークには「ジャーニー」という名前があり、90度回転すると女の子の顔に見えるようになるが、この女の子は「ジェイミー」という名前である。
ニカの意味の一つは、アメリカとアフリカ。
リカのリを90度回転させて、ニカにしている。
アメリカは日本での略称が「米国」。
ニカの能力は(現時点では)アメリカのカートゥーン。
つまりルフィは「アメリカのコンテンツ」に変身している。
ルフィは「腹いっぱい食べることが出来る」ことを幸福と考える。
ご飯を食べる→米を食べる。
アンパンマンのように「自分が米になって飢えている人に食べてもらう」。
以上を合わせると、ルフィの”夢の果て”は、
「海賊王になることで世界一のコンテンツ(漫画)になって、すべての物語を一つにつなげて、すべてのキャラに命を吹き込んでアニメ映画を創り、その中に入って悪い奴らを全部ぶっ飛ばして、すべての物語をハッピーエンドにする。そして最後に自分は米になって、ご飯になって世界中の人たちに自分を食べてもらう、酒になって世界中の人に飲んでもらう」
酒とご飯で大宴会にもつながる。
ルフィは単に「腹いっぱい」にすることを目指しているのではなく、「それぞれの物語に合わせたハッピーエンドにする」ことを目指しているように見える。
例えば「離れ離れになっていた親と娘を再会させる(ドレスローザ)」、「人種差別を改善する(魚人島)」、「自信のない幼い指導者に自信と国を取り戻し、仇を討つ(ワノ国)」などの要素も存在する。
作中には「絵物語」しか存在せず、漫画もアニメも映画も無い。
ルフィが「その世界ではまだ存在しないもの」、すなわち映画やアニメを創ると言った場合、”大人”は笑い、”子供”は喜ぶ。
たとえばこんな感じだ。
▼ルフィ
「すべての本の中身が現実になって、絵物語の絵や登場人物が命を持って動き出すんだ!俺はそいつらを全員、人も魚も動物も化け物もロボも何もかも、みんな仲間にして大冒険するんだ!すべての冒険を終えたら、俺は米になってみんなを腹いっぱいにして、すべての物語をハッピーエンドにするんだ(=八紘一宇)」
▼”大人”
「は?何言ってんだ。本はフィクションだし、絵が動くわけないだろ、作り物なんだから。たしかに子供の頃はそんな妄想をしたこともあるがな、お前、その年でそんなこと言うのは頭おかしいと思われるぞ?まあ、お前らしいとも言えるけどな」
▼”子供”
「絵物語の世界が現実になって、ロボやヒーローやヒロインと一緒に冒険できるの!?差別も無いの?どんな未来でもかなうの?それいいなァ!!」
なぜアニメなのか?
アニメーションという言葉は、「命の無いものに命を吹き込み動かす」という意味のラテン語「アニマ」が語源だからである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
Animation(アニメーション)は、ラテン語で霊魂を意味するAnima(アニマ)に由来しており、生命のない動かないものに命を与えて動かすことを意味する[2]。
だからルフィが”夢の果て”を語ったとき、最初に映るのが「命が無いもの」であるサニー号なのである。
そう考えれば、『FILM RED』のラストで、ルフィがサニー号に呼びかけるシーンの謎も分かるだろう。
ルフィは「サニー号は生きていると考えている」のだ。
これはこの物語のスタートとなったヒグマと、物語のラストにつながる重要な要素である。
『ONE PIECE』の世界は信じる心と想像力が創造の力となり、現実となる。
だから「ルフィがサニー号は生きていると心から信じているから、サニー号には霊魂が宿る」。
ルフィが命を与えたと言える。
だからブルックはルフィの”夢の果て”を聞いて喜んだのである。
「一度死んでよみがえった」ブルックだから、死んだら骨だけのはずの世界で、ルフィの「命を与える」という”夢の果て”を聞いて、涙を流して感動したのである。
そして元は創作物なのだから、外見も人種も種族も関係ない。
だから差別によって苦しんだ異形の者たち、フランキー、チョッパー、ジンベエは涙を流して喜んでいるのである。
特にジンベエは「それこそはオトヒメ様の願いそのものだ」と嬉し泣きをしているようにも見える。
ジンベエは「この船に乗ってしまったからにゃあ 他人事(ひとごと)じゃないのう!!たいへんな船長についてしもうた」と言っているが、このセリフはおそらく、「現実の世界での航海が終わったら、その次は本の中の世界で冒険か。みんな”巻き込まれて”ついていかなくてはならない。こりゃあ大変だ」という意味。
家族内で差別されていたサンジも、バカにはしているが嬉しそうに笑っている。
コビーがなぜあれほどの変身を遂げたのか?
「ルフィが、”あいつはやるやつだ”と心から信じているから」である。
なぜ『ONE PIECE』にはミンク族のように動植物との融合が強調されるのか?
アニメーションの語源の「アニマ」を「アニマル」というシャレにしているからだ。
そして「ロジャーは万物の声を聴くことが出来た」。
私はこう考える。
「ロジャーは万物の霊魂と会話できた」あるいは「万物に命を与えることができた(キャラクター化することができた)」のではないか。
ディズニー作品でポットや時計がキャラクターになって動くように。
つまり、ロジャーはアニメーターだった。
ルフィもアニメーターなのだろう。
ちなみに、ディズニーで多くの作品のキャラクターをデザインしてきたアニメーター「トム・バンクロフト」氏が『トム・バンクロフトが教える キャラクターに生命を与える技術』『トム・バンクロフトが教える長く愛されるキャラクターデザインの秘密』という本を書いている。
このトム・バンクロフト氏が、ウォーターセブンの船大工「トム」のモデルではないかと、私は考えている。
トムの名セリフ「作った船に男はドンと胸を張れ」とは「自分のデザインしたキャラクターにアニメーターは責任を持て」という意味かもしれない。
そしてアニメーターであるトムは、アニメーターであるロジャーの船を造った人物である。
ルフィの船「サウザンド・サニー号」を造ったのはフランキー。
フランキーはベガパンクの技術を学んだ。
「学ぶ」とは「真似ぶ」、つまり真似をするという言葉が語源。
日本は外国から技術を学び、幕末には自国で軍艦を造れる技術を持っていた。
特に佐賀藩は工業技術がヨーロッパに匹敵しており、破損した外国船が佐賀藩で修理してもらっていたほど。
余談だが、日本最初の蒸気船は1855年に薩摩藩が竣工させた「雲行丸」だそうだ。
その薩摩で学び、独自に蒸気船を完成させたのが四国の宇和島藩で、完成は1858年、造ったのはなんと「医者と提灯職人」である。
医者は村田蔵六こと、後の天才軍師「大村益次郎」。
提灯職人は、仏壇仏具や提灯などを作っていた嘉蔵こと、のちの「前原巧山」である。
日本人は黒船を見て「自分たちでも造りたい!」と考え、1853年にペリーが来てから、たった2
~5年で蒸気船の国産化に成功したことになる。
その時より250年ほど前の戦国時代の日本が、あっという間に鉄砲の保有量が世界一になってしまったのと、まったく同じ現象が起きたわけで、日本人は変わらないなあと感心してしまう。
そして、世界最初の蒸気船はフランスのクロード・フランソワ・ドロテ・ジュフロワ・ダバンが造り、アメリカで蒸気船を最初に商業的に成功させたのは「ロバート・フルトン」である。
「実用的な蒸気船を発明したのはフルトン」だと言われ、日本に来た黒船もその末裔である。
そしてフルトンの造った浮き砲台「フルトン」が存在する。
私の考えでは、この浮き砲台「フルトン」がプルトンのモデルであり、水に浮く砲台を「空に浮く砲台」にアレンジしているのではないかと想像している。
うーん、ココまで書く気はなかったんだが、つい勢いで書いてしまった・・・