レイス家は「偽の王」

■1■「偽物と本物」「表と裏」の二重構造

ハンジ・ゾエは5巻第20話「特別作戦班」で、次のように語っています。


「私達に見えているものと実在する物の本質は… 全然違うんじゃないかってね」

 

ハンジの言葉は『進撃の巨人』のテーマに関わる大きな命題です。
『進撃の巨人』の世界では、「表と裏」の二重構造が非常に重要な意味を持つ。
その例の一つが、レイス家です。

 

 

 

レイス家については、現在のところ『壁の中を統治する王政(フリッツ王と貴族)は表向きの統治者にすぎず、レイス家こそが「世界の記憶」と「巨人の力」を継承する真の王家である』とされ、この『表の王は偽物で、裏に真の王がいる』という二重構造が、壁世界の特徴です。

 

ところが、レイス家は真の王家なのに、巨人や世界の秘密に関する知識に妙に乏しい。
そのうえ世界の秘密に関する記憶は継承者しか知らないのですから、継承者でないロッド・レイス卿の解説は、かなりの部分が彼の憶測だと思われます。

 

「群盲象をなでる」のことわざの通り、世界の真実を知らないか、断片的にしか真実を知らない登場人物が、自分の推測や願望を交えて世界を語っているのが、『進撃の巨人』の最大の特徴の一つです。

 

 

 

いみじくも、ライナーは10巻第41話「ヒストリア」で、巨人に変身したユミルを見てこう言っています。


「つまりあいつは… この世界の謎の一端を知ってたんだな」


このセリフを読む限り、ライナーはなぜか「ユミルが知っているのは謎の一端に過ぎない」と確信しているようです。

 

この描写は、ライナーたちがユミルよりも上位の存在であり、作中の登場人物に明確な階層があることを示しています。


私は現在、この世界はある種のゲームという仮説を立てており、それが世界の謎に関する知識を含む種々のレベル差の原因になっていると考えていますが、それはまた別項で。

 

 

 

 

■2■二重構造をさらに生かす作劇方法

しかし作劇的には、「実は黒幕がいました」というだけでは話が単純すぎます。
もう一段階、読者を驚かす仕掛けが欲しいところ。

 

 

 

そこで、二重構造の中にさらに二重構造を入れ子にしておく手法が考えられます。
やり方さえ間違えなければ、同じ要素を足すことで話にまとまりが生まれ、物語の輪郭もはっきりさせる事ができます。
わたしはこれを「相似形の法則」と呼んでいます。

 

「相似形の法則」の具体例としては、リドリー・スコット監督に映画化された小説『ハンニバル』が挙げられます。
この小説の主人公ハンニバル・レクターは極めて高い知能を持ち、独特の美学と高いプライドと鍛えられた肉体を持ち、そのうえ自分の美学に反する(彼にとって下品で生きている価値の無い)人間は食べてしまうという人肉食嗜好(カニバリズム)を持つ。そのために付いたあだ名が「カニバル・ハンニバル(人食いハンニバル)」

 


しかも精神科医でありながら自分の患者である猟奇殺人犯をわざと治療せずに放置し、あるいはもっと重大な犯罪を犯すように唆(そそのか)すという極めつけの狂人であり、その強烈なキャラクター性は後の多くの作品に広く深い影響を与えました。

(日本でも同作の影響を受けているので有名な作品としては漫画『グラップラー刃牙』シリーズが上げられます。余談ですが、レクター博士を監禁している透明な強化プラスチックの檻は「通常の檻は表情を撮影するのに邪魔になる」という理由から、あくまで映画のためだけに創作された物だとか)

 

 

この小説は、レクターがかつて唆(そそのか)して自分の顔の皮を剥ぎ取らせた患者が、レクターへの復讐をもくろむというのが主要なストーリーですが、作者はこのストーリーを小さく圧縮した相似形を物語に挿入しています。

 

それは、レクターが飛行機の中で、子供に自分の用意した料理(フォーションの特注弁当)を食べさせようとするシーンです。

知らなくともよい美食を子どもに勧めるレクター。

レクターの差し出すフォアグラに惹きつけられてしまう子ども。

 

この「小さな相似形」により、作者は『レクターは悪を唆す存在であり、悪は全ての人の心の中に潜んでいる』というテーマを読者に分かりやすく提示し、同時に「レクターに唆されて悪に染まった人間の復讐とその末路」という「大きな相似形」を描くことで、物語全体に統一感をもたらすことに成功しています。

 

また、前作でレクター博士により幼少期のトラウマから解放されたヒロインが、後作でレクター博士をトラウマから解放するというのも、「相似形の法則」に沿った内容です。

 

 

 

ちなみに、第64回アカデミー賞で主要5部門受賞した前作『羊たちの沈黙』にはサイコパスに誘拐された議員の娘さんが登場するのですが、その誘拐・拉致監禁の状況は、北朝鮮に誘拐拉致された横田めぐみちゃんの状況にそっくりです。

(殴られて運び去られる、監禁されて北朝鮮に連れて行かれる船内で「お母さん助けて!」と一晩中叫び続け、泣きながら壁をひっかいたために壁に血の跡が残った、など。拉致誘拐の実行犯である北朝鮮工作員の証言から判明)

原作者のトマス・ハリスは元新聞記者であり、おそらく北朝鮮による日本人拉致誘拐テロ事件を知っていたのではないかと、私は推測しています。

 

 

 

 

■3■レイス家の歴代継承者には「中の人」がいる

そこでいよいよ本題ですが、レイス家についてはもう一段階、二重構造が隠されていると私は考えています。
私が作者なら、そうするからです。

それを説明する前提として、『レイス家の歴代継承者は初代王の思想に支配され、巨人の駆逐をあきらめて人類を壁に閉じ込めておく現状維持を選択し、一切の情報を公開しないまま、愛や平和を説くだけで何もしなくなる』というロッド・レイス卿やケニー・アッカーマンの記憶について、私の考えを示しておかなければなりません。

 

私は、上記についてこう考えています。

 

◎レイス家の継承者は「初代王」の思想に支配されるのではなく、脳を記憶ごと初代王の意識に乗っ取られている。つまり、体はフリーダでも、脳内は先代のウーリの中で生きていた「初代王」である。

 

◎そのため、継承者がどんな思想であっても、脳内が「初代王」にすり替わってしまうため、今までと同じ言動しかしなくなる。なぜなら、継承者の中身はずっと同じ人物=「初代王」だからである。

 

◎第69話「友人」でケニー・アッカーマンが継承者になったフリーダを見て「目を見ればすぐに奴(筆者注:先代継承者のウーリ)がいると分かった」というのも当然である。そこに居るのはフリーダではなく、ウーリの中にいた「初代王」だからである。

 

◎言い換えれば、「初代王」は脳移植のようにレイス家子孫の体を取り替えながら、延々と生き続け、ずっと壁を陰から統治してきた人物、あるいは、ずっと人類を「鳥籠に閉じ込めてきた」人物である。

 

 

 

 

■4■真の継承者は行方不明

上記■3■を踏まえて、私の考える「レイス家のもう一つの二重構造」とは、以下の通りです。

 

◎実は、レイス家もまた『偽の継承者』または『偽の初代王』である。

 

◎『本物の継承者』または『本物の初代王』(以下『真の王』)は、行方不明である。

 

◎レイス家は『真の王』が失踪したときに、その事実を隠すために立てられた『真の王の代役』である。

 

◎レイス家の歴代後継者が秘密を何も話さなくなってしまうのは、真実を隠しているのではなくて、最初から真実をしらないから。

 

◎つまり、壁内の王家は『真の王』>『真の王の代役:レイス家』>『レイス家の代役:フリッツ王と王政』という構造になっている。

 

◎レイス家の歴代継承者は当然その事実を知っている。つまり継承者の脳内にいる「中の人」は、自分が『真の王』の代役であり偽者に過ぎないことを知っている。

 

◎そして、真実は『真の王』しか知らないし、その巨人の頂点を極める力も『真の王』にしか使えない。

 

◎だから、レイス家の歴代継承者は、世界の記憶も公表しないし、壁を作り人類の記憶を書き換える巨人の力も使わない。なぜなら、『真の王』ではない歴代継承者は、そもそも全ての真実を知らないし、最初から巨人の真の力も持っていないからだ。

 

◎レイス家の継承者は、自分が偽者であることを隠し、人類の平和のために人類を壁内に閉じ込め、王を演じ続けている。

 

◎ところが、継承者でないロッド・レイス卿はその事実を知らない。ある程度の真実は知っているが、彼の説明の大部分は、彼自身が断片的な事実からつじつまを合わせた「謎の解釈」にすぎない(=「群盲象をなでる」)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最終更新:2015年07月20日 00:49