劉巨鱗 りゅうきょりん
?-749
盛唐の官人。南海太守。天宝年間(742-756)初頭、不空が師子国(スリランカ)より到着すると、灌頂を願い、法性寺にて道場を建立した。天宝三載(744)河南尹の
裴敦復、晋陵郡太守の
劉同昇とともに
呉令光を討伐した。天宝八載(749)収賄の罪により杖殺された。
本紀・史料
『新唐書』
巻五 本紀第五 玄宗 天宝三載二月庚午条
『旧唐書』巻九 本紀第九 玄宗下 天宝八載五月戊子条
『大唐故大徳贈司空大弁正広智不空三蔵行状』(大正蔵2056)
最終更新:2024年04月22日 01:55