厳武 げんぶ
726-765
中唐の粛宗・代宗朝の文臣。中書侍郎
厳挺之の子。名臣の子のゆえをもって弱冠32才で京兆少尹となった。成都尹・剣南節度使をへて中央に復帰し、京兆尹・黄門侍郎となった。
元載と結んで権勢をはろうとして果たさず、再び蜀(四川省)に出て大いに吐蕃を破り、旧部下の梓州刺史
章彝を杖殺して、管内に猛政をしいた。庇護していた
杜甫も何度か殺されそうになった。『新唐書』に伝がある。
列伝
参考文献
『アジア歴史事典』3(平凡社,1960)
外部リンク
最終更新:2026年04月07日 02:25