乾元殿
洛陽、宮城の正殿。
含元殿とも。隋代では乾陽殿で、麟徳二年(665)司農少卿の田仁汪に建造させた。高百二十尺(35m)、東西三百四十五尺(101.4m)、南北一百七十六尺(51.2m)。武后の長寿三年に
明堂に改造された。開元五年(717)に乾元殿に改められたが、開元十年(722)再度明堂となった。開元二十七年(729)に明堂の上層を撤去し、下層を改修して新殿とした。翌年には火災よる延焼のため、新殿を改めて含元殿とした。殿の下に九州鼎があり、武后が鋳造させたものである。殿は四門あり、南を乾元門、東は日華門、西は月華門である。
参考文献
徐松 撰、愛宕元 訳注『唐両京城坊攷 長安と洛陽(東洋文庫577)』(平凡社、1994年)
最終更新:2024年11月18日 16:14