興教門

明徳門

洛陽、宮城の門。南は皇城に面し、応天門の東に位置した。初名は興教門で、後に明徳門に改められた。開元十五年(727)に門観が落雷のため焼失した。

参考文献

徐松 撰、愛宕元 訳注『唐両京城坊攷 長安と洛陽(東洋文庫577)』(平凡社、1994年)

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最終更新:2024年12月30日 22:58
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