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後主(南朝陳)

陳叔宝

553-604
南朝陳の最後の皇帝(位582-589)。字は元秀。諡は煬。父は宣帝。母は柳皇后。17才で皇太子となり、30才で即位した。帝が即位したとき,陳の国力はすでに大きく傾いていたが、帝は施文慶らのへつらい人を重用してその衰亡を早めた。陳滅亡後、建康から長安に入り、洛陽で死んだ。皇后沈氏の母は武帝の娘。河南洛陽の芒山に葬られた。

年号

至徳 583-586
禎明 587-589

后妃

皇后沈婺華
貴妃張麗華
孔貴嬪

子女

陳胤
陳嶷
陳彦
皇太子陳淵
陳虔
陳祗
陳兢
陳荘
陳恮
陳蕃
陳恬
陳総
陳観
陳明
陳綱
陳統
陳沖
陳洽
陳縚
陳綽
陳威
陳弁

宰相

徐陵 571-582
袁憲 581-589
陳伯智 582-589
陳叔卿 582-589
陳伯恭 583-587
謝伷 586-589
蔡徵 582-589
江総 584-589

本紀

『陳書』巻六 紀第六
『南史』巻十 陳宣帝 後主

参考文献

『アジア歴史事典』2(平凡社,1959)

外部リンク

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』陳叔宝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B3%E5%8F%94%E5%AE%9D

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最終更新:2026年03月01日 02:17
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