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蘇滌

蘇滌 そじょう

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中唐の官人。字は玄献。蘇冕の子。祠部員外郎。大和六年(833)史館修撰となり、大和九年(835)皇太子侍読から忠州刺史となる。舒州刺史であったが、会昌六年(846)二月に連州刺史に左遷された。これは蘇滌が李宗閔の党派であったためである。七月、大中七年(853)銀青光禄大夫、行兵部侍郎、知制誥、充翰林学士から尚書左丞となり、翌年五月に検校兵部尚書、兼江陵尹、御史大夫、充荊南節度管内観察処置等使に任じられる。大中十一年二月(857)太常卿となり、同年八月、兵部尚書、権知吏部銓事に任じられた。

志・史料

『新唐書』巻五十八 志第四十八 芸文二 乙部史録 起居注類 実録
『新唐書』巻一百七十七 列伝第一百二 李景譲
『旧唐書』巻十七下 紀第十七下 文宗 大和六年七月甲午条、大和九年七月丁巳条
『旧唐書』巻十八上 紀第十八上 武宗 会昌六年二月癸酉条
『旧唐書』巻十八下 紀第十八下 宣宗 大中七年七月条、大中八年五月条、大中十一年二月条、同年八月条

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最終更新:2026年05月13日 18:12
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