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竇師綸

竇師綸 とうしりん

595-672
初唐の官人・画人。字は希言。扶風郡平陵県(陝西省咸陽市秦都区)の人。竇抗の子。母は豆盧寛の姉。竇衍・竇静・竇誕の弟。太宗の秦王時代の秦王府恣議、相国録事参軍となり、陵陽公に封ぜられた。唐の建国の際、乗輿が揃っていなかったから、益州大行台を兼任し修復製造を監督した。その時の瑞錦・宮綾は彩色が鮮やかで、蜀の人は後世までも「陵陽公様」と呼んだという。官は太府卿、銀・方・邛三州刺史となる。延康坊で没した。作品に「内庫瑞錦対雉闘羊翔鳳游麟図」があったという。曾孫に竇蒙がいる。

志・史料

『新唐書』巻五十九 志第四十九 芸文三 丙部子録 雑芸術類
『歴代名画記』巻第十 唐朝下 竇師綸

参考文献

長廣敏雄訳注『歴代名画記2』(平凡社東洋文庫,1977年)

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 竇師綸(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E7%AA%A6%E5%B8%88%E7%BA%B6

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最終更新:2026年05月18日 18:40
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