●普遍論争
われわれはとにかく言葉を使って問うしかない。さっき言ったようにlogosは語る言葉です。ヨーロッパ人は、知性は言葉だと思っています。しかもキリスト教において創世記では最初に水の上に霊がただよいて云々というあとに「光あれ」が来ます。 しかし「ヨハネの福音書」では、天地創造はこのように始まります。「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」つまり、logosは神までいくんですよ。これは後期プラトンとも関係があるんだけれどね。
でも、われわれは言葉を日常に使用するときにはそういうことは考えない。
これはチョークだよね。これにチョークという名前を与えるよね。……と思って使っているよね。生きてことばを使っていくうえではそれで十分だよ。でも、哲学で言葉を使うときにはそういうふうに言葉をつかっているんだろうか、根本的に。言語哲学とか分析哲学という伝統は昔からあったんです。中世の普遍論争と呼ばれている話。
普遍論争というのはイデア論から来ているんだけれど、神様とお話ししようとしたとき、抽象的な普遍というものがいかなるものとしてあるのか。普遍は名前でしか呼べない。アリストテレスが普遍は述語だといっています。じゃあ、普遍が述語ということは、普遍とは言葉にすぎないのか、それに対応するもの、本体、存在がないとおかしいじゃないか、と考えた。では、それはどのように「ある」んだ。というのが普遍論争のはじまりです。
後者の立場をとるのが実在論。これはリアリズムという言葉のひとつのベースとなっていて、普遍というものは、普遍というものとしてあるんだという立場。これがアンセルムスとか正統的な信仰とつながっています。これに対して、対抗馬となったのが、唯名論(ノミナリズム)。それは言葉なんだ、言葉として普遍であり、存在は個物である。じつはアリストテレス(Αριστοτέλης、前384 - 前322)がある部分これに近いところを考えているんですね。つまり、ウーシアの問題。アリストテレスは個体がベースですから。これは後で話します。
で、この両方の中間として、概念論というのがあることになっているんだけれど。唯名論というのは音声的だったのね。音としての言葉だね。昔はこの概念論はそうでなく、言葉は概念としてあるんだといった。この概念論を唱えた人が、ペトルス・アベラルドゥス、フランス語での読み方はピエール・アベラール(Pierre Abélard、1079 - 1142)です。『アベラールとエロイーズ』を読んだことがある人はいるんじゃないでしょうか。アベラールというのは中世フランスの修道士で、当時できたばかりの大学の先生でもありました。非常に学識が高い人だった。彼は二十歳ぐらい若い女学生、エロイーズと出会います。ものすごく優秀だったエロイーズとアベラールは学識を語り合いながら愛を高めてしまった、彼女からアプローチして、秘密に結婚をしてしまった。そしたらそれが彼女の親族にばれたのですね。彼は縁者にとっ捕まって、局部を切断されてしまった。それでサン・ドニ修道院にこもり、著述に専念した。という話があります。アベラールは、概念は言葉だと思っていたのですね。ですから、いまこの概念論というのは、唯名論のほうとして立てられた。つまり、この時代からこの話はあったんですよ。べつに二十世紀になっての議論ではない。ただし道具立ては揃いました。フレーゲ(Gottlob Frege, 1848 - 1925)が∀(任意の)や∃(存在する)のような量化を十九世紀の末に考案したりとか。このような道具があって、ロゴスというのが、いわゆる日常で語ることばではなく形式言語というタイプの言葉であり、では言葉ってなんだろうと改めて問われたときに、二十世紀のはじめに中部ヨーロッパから起こったロシア・フォルマリズムという芸術運動、チェコの構造主義言語学や言語論的転回が起こった。けれど、名前とは何か、という問いは昔からあったんですよ。道具立てが増えていっただけなんです。
つまり、問いたい問いというのはあんまり変わっていないかもしれない。いまのはひとつの例ですが、いま哲学が「なにかある」と思っていたそれは「名前」なのか、それとも「もの」なのか。そういうのはずっとあったわけです。思考の技術は変わりました。中世の人たちが持っていた技術は、三段論法とアリストテレスの形而上学くらいしかなかった。けれど、構造主義言語学というのは、音韻論とか、各国語の語尾変化とか、音のあいだがどのようになっているか、ものすごい精緻なことを調べたわけですよ。そして祖形としての言語というのはどのようになっているかという知見をもたらした。そういう思考の技術の変遷を通じて、「どう問うか」というのは変わってきたわけですよ。
そうしたときに「科学」というのはどういうことなのでしょうか。
●哲学から科学へ
「科学」というのはある意味で技術の体系だよね。つまり、いまメタな問いの問題になっているけれど、そのメタにするものそのものが問いになっているわけですよ。そうすると、「科学というものがあって…」という問い方でいいのかね。
もちろん、科学的だと思われるものはいっぱいある。とくに科学に対しての科学哲学というものが、二十世紀に起こったわけですよね。そこで科学哲学のひとつの大きな柱が、京大の伊勢田さんが書いている科学と疑似科学の境目というものに関しての規定。言い換えれば、科学という述語をいかに正しく使うかという問いです。でも、それは科学という述語をどう規定するかという言葉だとしたら。述語はだれがどう作るの、ということになるでしょう。述語が当てはまるべき範例があって作られたのではないとしたら。どうやってその述語を作ったのか、ということは誰も問うていないわけね。「ここにあるのは科学だよね」というのをベースにしているでしょ。もはや世界にばらまかれているもの。われわれに否が応でも迫ってくるものを、名づけてしまうことができるというふうに考えて、哲学の問いの相手として立てられそうだとおもっているからこそ、「科学」というものを考えているのではないでしょうか。それでいいんだろうか。それで、科学がどうして哲学になるのか、という問題と、じつは科学というのがもともとはピュシス、フィジックス、自然哲学からきているということ。ニュートンに関しては、フィジックスとは自然哲学だと訳すべきだという人たちがいます。つまり、成立の過程においては科学自体が哲学だったんですよ。
ルネサンス期の三大発明、羅針盤、火薬、印刷術というのは中国からやってきたものですからね。中国には戦国時代から指南車というのがありますからね。火薬に関しては、唐代には黒色火薬が発明されていた可能性がありますし、元寇のときに炸裂弾みたいなのをぶっ放しているのが元寇絵巻に描いてあります。つまり、中国にはものすごく進んだ技術があった。しかし、それは科学とは呼ばれない。なんででしょう。そうだとすれば、科学が哲学思想と絡み合って成立してきたということと、いま科学が哲学の問題の対象、哲学で問いたいものになるということの関係があるにちがいない。それはどうなっているんだろう。昔は思想のなかから世界に対してある現象というところに着目していた。それは大きい哲学体系のある一部だったんだよね。それを精緻化することによって観念を組み合わせることにより、科学というものが現れてきた。
科学はscinceですよね。これはもともとスキエンティアScientia、知るです。でも、ラテン語で知る、というのはもうひとつ言い方があるんです。Sapientia。われわれのことをホモ・サピエンスと呼びますね。あるいはホモ・ルーデンスとか、ホモ・エレクトゥスとか。そのサピエンスとは、あえて訳すと「知」ではなく「智」です。あまり正確な対比ではないんですけれど、英語では「clever」「wise」が当てはまります。Cleverは技術的に優れている、賢い、小ざかしい。Wiseとは神なんですよ。ビートルズは「Wisper word of wisdom」と歌います。だから、この場合のスキエンティアは神ではないです。でも、だから体系の一部として、神というものと関係するものとして考えている。だから、ニュートンとかデカルトたちはキリスト教をまったく捨てていない。宗教といってもいろいろな次元があるんですよ。政治的な次元。宗教のセクトの次元。それから教義の次元。ニュートンは神の存在証明をしたかった、だから、宇宙は神の器官だという言い方をしますね。また、1930年代にはクルト・ゲーデルも、不完全性原則―「ある体系が正しいということを、その体系のなかでは証明することはできない」 をもってして、神とこの原則の関係を考えたんですよ。
つまり、科学というものが作られていく過程では、思想というものがそれを支えていたわけです。けれどいまはニュートンの法則じゃないけれど、反作用のような形で、科学がわれわれのほうに侵食しているという状況がある。技術が侵食してくるとは誰も言わない。技術が侵食してくるということは、いままでもたびたびあったわけです。中国においては砂漠化現象が開墾から生じたということをジョセフ・ニードが書いています。つまり、技術からのしっぺ返しは昔からあったわけです。けれど、いまのわれわれはそれを科学という。どう違うのか。あんまりそういうふうに考えないでしょう。
●科学から哲学へ
科学に対して哲学が答えを与えたい、という意味で今回の授業のシラバスを書いたわけではないんですよ。私が知識を与えられないから、ものを考えたい、哲学でといたいというときに、非常に面白いかたちで、考えようとするということについて強制する形として「科学」というものを考えたい。村上陽一郎さんは「科学はモザイクのようなものだ」といっていますが、これはまともな話なんですよ。それを外から眺めて「モザイクのようだ」というのは、現象記述としてはいいかもしれない。けれど、記述している現象が科学といわれることは、どういうことなのか。そういうことを、僕は哲学として知りたい。これはギリシャ的な伝統なのかもしれないけれど、哲学はことの本質を知る、ただ記述するだけではなく、本質を知る。科学といわれる本質はなにか。この本質も、なにかあるものがあって、と想定して本質といっていいのか。つまり、実在論や観念論、という話の以前に、ここにチョークがあります、けれどチョークがあるのはパトナム(Hilary Putnam、1926 - )の言うところの「桶の中の脳」 の見ている夢のなかかもしれない。でも、日常にそんな問いを立てる人はいない。哲学はそれをやる。業(ごう)としてそういう問いを立ててしまう。どうやってその業をまっとうするか。ということを考える上で、科学というものは非常によろしいものがあるのだということです。逆にそれが西洋の伝統のなかにたくさん入っていた基礎的な概念、「真理」「実体」「普遍」というものをコントラストしてすこしだけ覗かせてくれるかもしれない。だから、僕らにとってまともではない、というのはちょっと言い過ぎですが、僕らの体に染み込んでいないような哲学に対してあえて穿った問いを立てる材料として、科学というものを出しました。
という方向で話をしたいのですが、どうなることでしょうね。(笑)
最終更新:2011年05月28日 10:43