650系電車 - (2010/03/09 (火) 17:24:21) の1つ前との変更点
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&bold(){650系電車}(650けいでんしゃ)とは、塩田鉄道が製造した交直流両用急行形電車である。
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#image(http://www29.atwiki.jp/shiotaono/?cmd=upload&act=open&page=650%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A&file=650.png)
*概説
塩田鉄道が全区間電化されることとなり、電化後の急行列車(現[[俊快速]]列車)専用車両として1957年に製造されたのが本系列である。
塩田鉄道の車両としては初めての20m級車両、交直流両用電車であり、本系列で培われた技術は現在の塩鉄車両の礎となった。
*形式別解説
**配属当初の基本編成
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
|クロ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
**新製の形式
***クハ651形
甲府・いわき方の制御車。機器室、トイレを備える。初期車は前面が2枚窓である。
***クロ651形
甲府・いわき方の制御車。グリーン車両。全車初期車であるため前面が2枚窓。1986年形式消滅。
***モハ651形
中間電動車。主制御機や直流機器などを備える。
***モハ650形
中間電動車。主変圧器やパンタグラフ、交流機器などを備える。2004年に形式消滅。
***サハ651形
付随車。2004年に形式消滅。
***サハ650形
付随車。トイレを備える。1996年形式消滅。
***クハ650形
銚子・青森方の制御車。1996年形式消滅。
***サロ651形
付随車でグリーン車。窓が大型である。1993年形式消滅。
***サロ650形
#image(http://www29.atwiki.jp/shiotaono/?cmd=upload&act=open&page=650%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A&file=saro650.png)
付随車でグリーン車。窓が大型でトイレを備える。1993年形式消滅。
**改造形式
***クモハ650形
俊快速運用離脱後の短編成化に伴い、モハ650形に運転台を取り付けた形式。
****クモハ650形を組み込んだ編成
|3両編成(現存)|クハ651|モハ651|クモハ650|
|4両編成(全廃)|クハ651|サハ651|モハ651|クモハ650|
|5両編成(全廃)|クハ651|モハ651|モハ650|モハ651|クモハ650|
*運用
**配属当初
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|クハ650|
1957年に一次車が[[甲府車両センター]]に5両4編成が配置され、配属当時の電化区間であった本線の野辺山~奥多摩間と甲富線の快速列車に使用された。
なお快速運用のほかにも普通列車にも使用されていた。
**塩鉄電化後
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
|クロ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
1958年に塩鉄の路線が全線電化されると、新設された「急行」専用の車両となった。
この際に[[水海道総合車両センター]]に10両、5両編成各8本、[[甲府車両センター]]に10両、5両編成各4本が配備された。
どちらの車両も本線急行運用を専用に運用され、銚子・鹿島神宮・土浦・水海道~川越・甲府・野辺山・富士宮・沼津間が主な運行範囲であった。
また水海道の車両は土浦から友部線に乗り入れ、筑波口までの急行運用も存在した。
15両編成で運行を開始した最初の車両で、基本編成と付属編成での分割運用も存在した。
主な分割運用は甲府駅で野辺山行き(10両)と沼津行き(5両)や、土浦駅で銚子行き(10両)と筑波口行き(5両)である。
その後も増備は続き最盛期には水海道に10・5両各17本、甲府に10両7本、5両11本が配置された。
&bold(){650系電車}(650けいでんしゃ)とは、塩田鉄道が製造した交直流両用急行形電車である。
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*概説
塩田鉄道が全区間電化されることとなり、電化後の急行列車(現[[俊快速]]列車)専用車両として1957年に製造されたのが本系列である。
塩田鉄道の車両としては初めての20m級車両、交直流両用電車であり、本系列で培われた技術は現在の塩鉄車両の礎となった。
*形式別解説
**配属当初の基本編成
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
|クロ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
**新製の形式
***クハ651形
甲府・いわき方の制御車。機器室、トイレを備える。初期車は前面が2枚窓である。
***クロ651形
甲府・いわき方の制御車。グリーン車両。全車初期車であるため前面が2枚窓。1986年形式消滅。
***モハ651形
中間電動車。主制御機や直流機器などを備える。
***モハ650形
中間電動車。主変圧器やパンタグラフ、交流機器などを備える。2004年に形式消滅。
***サハ651形
付随車。2004年に形式消滅。
***サハ650形
付随車。トイレを備える。1996年形式消滅。
***クハ650形
銚子・青森方の制御車。1996年形式消滅。
***サロ651形
付随車でグリーン車。窓が大型である。1993年形式消滅。
***サロ650形
#image(http://www29.atwiki.jp/shiotaono/?cmd=upload&act=open&page=650%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A&file=saro650.png)
付随車でグリーン車。窓が大型でトイレを備える。1993年形式消滅。
**改造形式
***クモハ650形
俊快速運用離脱後の短編成化に伴い、モハ650形に運転台を取り付けた形式。
****クモハ650形を組み込んだ編成
|3両編成(現存)|クハ651|モハ651|クモハ650|
|4両編成(全廃)|クハ651|サハ651|モハ651|クモハ650|
|5両編成(全廃)|クハ651|モハ651|モハ650|モハ651|クモハ650|
*運用
**配属当初
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|クハ650|
1957年に一次車が[[甲府車両センター]]に5両4編成が配置され、配属当時の電化区間であった本線の野辺山~奥多摩間と甲富線の快速列車に使用された。
なお快速運用のほかにも普通列車にも使用されていた。
**塩鉄電化後
|クハ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
|クロ651|モハ651|モハ650|サハ651|サハ650|モハ651|モハ650|モハ651|モハ650|クハ650|
1958年に塩鉄の路線が全線電化されると、新設された「急行」専用の車両となった。
この際に[[水海道総合車両センター]]に10両、5両編成各8本、[[甲府車両センター]]に10両、5両編成各4本が配備された。
どちらの車両も本線急行運用を専用に運用され、銚子・鹿島神宮・土浦・水海道~川越・甲府・野辺山・富士宮・沼津間が主な運行範囲であった。
また水海道の車両は土浦から友部線に乗り入れ、筑波口までの急行運用も存在した。
15両編成で運行を開始した最初の車両で、基本編成と付属編成での分割運用も存在した。
主な分割運用は甲府駅で野辺山行き(10両)と沼津行き(5両)や、土浦駅で銚子行き(10両)と筑波口行き(5両)である。
その後も増備は続き最盛期には水海道に10・5両各17本、甲府に10両7本、5両11本が配置された。
もっぱら俊快速列車で運用されていたが、[[721系電車]]登場後は次第に活躍の場を奪われ、1988年までに全列車が俊快速から撤退した。
**俊快速運用撤退後
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