教育財政、あるいは教育と経済の関係を大きく転換する要因のひとつとなったのは、「教育投資論」であった。それまで、教育が政策的課題になるのは、日本においては主に政治的な観点からであった。しかし、教育投資論は、経済政策の一環として教育を位置づけ、教育に必要な資金を配分することが、経済活動にとって有用であると認識し、そのための総合的な施策を模索するようになったのである。そのもっとも大きな試みは、1963年にだされた経済審議会答申「経済発展における人的能力政策の課題と対策」であった。60年代を象徴する「高度経済政策」の要となるものであり、池田首相の諮問によって検討されたものである。
 ここで書かれた内容は、その後大筋で実現していったが、重要な点で無視されたものも少なくない。それを検証しておくことは、現在、「教育再生会議」などで、「教育の見直し」がなされているおり、重要な作業であるように思われる。
 答申は、まず人的能力政策が必要となった社会的背景を整理している。

従来日本経済において、労働力が経済成長の阻害要因となることはほとんどなかった。それはわが国が豊富な、しかも安価な労働力に恵まれていたからである。しかしこのような状態は現在次第に変わってきており、長期的に見れば将来において労働力増加率の鈍化が予想され、しかも科学技術の進歩、産業構造の高度化は、労働力の質的向上を強く要請することとなろう。特に現代社会経済の大きな特徴は、急速な科学技術の発展に支えられて経済の高度成長が続く技術革新時代ということである。世界的な技術革新時代にあって、国際競争力を強化し、世界経済の進展に遅れをとらず大きな経済発展を成し遂げ、国民生活の顕著な向上を期するためには、独創的な科学技術を開発し、また新時代の科学技術を十分に理解し活用していく事がぜひとも必要である。この責務を果たしていくものは政府であり、企業であり、そしてまたわれわれ国民自身に他ならない。ここに経済政策の一環として人的能力す能力の向上を図ることの必要性がある。>

 つまり、人口の減少、産業構造の高度化、技術革新の進展、国際競争の激化などが、「労働力」の質的向上を必要としているというのである。そしてそのためには、「人的能力開発に関する理念の変革(近代意識確立)」「技術革新と人間の主体性」「自主技術確立のための基礎的能力の涵養」「能力主義の徹底」「教育投資という観念の導入」が必要であるとする。教育界でもっとも論議を呼んだのが「能力主義の徹底」の部分である。それは以下のように主張されていた。

4能力主義の徹底
 大学についても、昭和15年当時50校足らずであったものが最近は255校に達しており、その就学率は10%程度になっている。学歴偏重の客観的基盤が変化してきたといってもよいであろう。
 戦後の教育改革は、教育の機会均等と国民一般の教育水準の向上については画期的な改善が見られたが、反面において画一化のきらいがあり、多様な人間の能力や適性を観察、発見し、これを系統的効率的に伸長するという面においては問題が少なくない。その関連で問題なるのは、有名校の集中によって生ずる浪人問題であり、また同一教育段階における学校間の大きな学力格差の存在である。これらは学力偏重と言う社会的風潮に教育が災いされた結果現れた問題とも考えられるが、いずれにしろ人的能力の適正な開発という観点から改善を要するところである。教育における能力主義徹底の1つの側面として、ハイタレント・マンパワーの養成の問題がある。ここでハイタレント・マンパワーとは、経済に関連する各方面で主導的な役割を果たし、経済発展をリードする人的能力のことである。教育が普及した反面、それぞれ特色ある教育を行い、ひいてはこれらの優れた人材を養成するという体制が十分整っていない恨みがある。しかしダイナミックな技術革新時代において、自主技術を生み出す化学技術者、新技術を取り入れ新市場を開拓していくイノベーターとしての経営者、複雑化する労使関係を円滑に処理していくべき労使の相当高度な能力を持った人間の重要性が高まっている。学校教育を含めて社会全体がハイタレントを尊重する意識を持つべきであろう。もちろんハイタレントの重視が封建的な特権階級形成に堕さぬよう留意する必要があるが、政治、社会の諸方面に民主的諸制度が定着しつつある戦後においては、悪い意味でのエリートは生まれない基礎ができていると言ってよかろう。と同時に、ハイタレント自身も自らの社会的責任の重要さを認識すべきである。ハイタレントのために必要とされた素質、教育、経済的条件、機会等は個人の努力だけによって得られたものとは限らないし、ある意味ではハイタレントは社会的資産である。>

 広い意味での教育の改善によって、課題となるのは、「科学技術者の養成」「技能者の養成」「再教育、再訓練」「転職訓練」「人的能力の適正な開発とハイタレントの養成」であるが、とりわけ注目されたハイタレントとはどのような性質をもっているのか。

ところで、ハイタレントの性格としては、第一にはもちろん高度の創造的知的能力が必要であるが、その他に不屈の闘志とでも言うべき逆境に負けない精神や社会的責任感も必要であり、さらに現代は、チームワークによる仕事の時代であるから協調性や指導力といったものも必要である。したがって、これらの全てが素質としてて先天的につながっているのではなく、後天的な経験や努力によって得られるものも多い。またハイタレントの活躍する対象は、学問(科学)や技術である場合と、経営、労使関係等の社会的諸活動でアルバイトがある。前者の要請については、学校教育が決定的に重要な役割持つ役割を持つが、 後者については学校卒業後の社会における経験、努力、再教育なども重要な役割を有すると考えられる>

 こうして人的能力開発政策の中心はやはり、ハイタレント養成のためのエリート教育と解釈されたわけである。
 しかし、経営の近代化や人事・給与制度の改革なども提起している一方、障害者や高齢者の対応も視野には入っていた。

心身障害者は全国で100万人を数えると言われているが、その更生を図り、埋もれた能力を活用し、 あるいは新しい職業への転換を助けて移動を促進することは、9人的能力政策の見地から見ても重要であり、今後予想される労働力需給の逼迫から就業の機会も増加する思われる。身体障害者を職業につけ、その社会復帰を促進するためには、いわゆる医学的および職業的リハビリテーションの強力な推進が必要であり、しかもそのリハビリテーションはこれまでのように疾病の治療を切り離して行うものではなく、治療の段階から各種専門家の協力のもとに一体的に行われなければならない。しかるにわが国における身体障害者更生指導所、身体障害者職業訓練所等のリハビリテーション施設の現状は、身体障害者の数に比してその収容力が著しく少ないばかりでなく、その地域的不均衡も著しく、専門技術者もまた十分分でない。さらに医学的および職業的リハビリテーションに要する費用の負担方法、 皆保険制度における取り扱いも改善の余地が少なくなくない。また身体障害者対策と合わせて、精神障害者、なかんずく精神薄弱者の訓練施設の整備充実を図り、その社会的適性を高めることによって、社会経済活動への参加を促進することが必要であろう。なお心身障害者の訓練と合わせて、その心身障害者を活用する職場の配慮を十分適切に行うため、事業主に対する指導援助についても考慮すべきであろう。>

最終更新:2013年03月01日 08:56