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新たな幕開け! 夢見と守護者と嫌悪と記憶

大都市からかなり遠ざかった静かな坂の道中には、夜中に街の美しいイルミネーションが見渡せる秘密の場所がある。手すりやベンチも設置されてあって、知る人しか知らない絶好のデートスポットとなっているのだ。
 そこに今わたしはいる。ちなみに彼氏はいない、残念。ま、無くても別に平気なんだけどね。
 今日はゆっくりそれを見物しにきたわけじゃない。やらなくてはいけない絶対命令の実行中、たまたまここを通りがかった。
 ……まだ時間の十時まで余裕があるし、わたしは誰もいないこの場所にちょっと一休みすることにした。手すりにつかまって、何度か見たその光景をぼーっと目に映す。

 こんな遠くに居るのに、まだ街の騒音が聞こえる。
 空に顔を出さない星の代わりみたいに光る建物の明かりはいつもと変わらずにヤリスギ感バリバリな眩しさ。図書館の棚へギュウギュウに収められてる本をおもわせるほど、所狭しと建てられたビルも団栗の背比べ。その中でも一番目立っていると思えるのは、大通りにそびえているオーロラビジョン付きのあのビルディングかしら。みんなどれもこれも、全然変わっていない。

 ただ一つ違っているといえば、冬になってからパッタリと出なくなっていた元イースター社の看板アイドル『ほしな歌唄』が今この瞬間だけ、街を行き来している通行人に液晶画面越しから自らをアピールしているくらい、かな。
 彼女の魅力的な容貌に合わせて流れてくる音楽は聞いたこともないからきっと新曲か。それにしても、イースターにいた時とは違ってえらく酷い扱いね。一年前は嫌っていうほどデビューシングルのCMがガンガン流されてたのに、今では関東ローカルのショボい歌番組に挨拶と持ち歌お披露目を含めてたった二分の大幅カットでの短い出番かー……。それでも、ラジオとか街頭ゲリラでの歌披露よりは断然マシだとは思うけどね。

 さて、大賑わいな街の中心からは視線を移すと、まず先に見えるデッカな建物。反対側に位置するイースター社にも負けず劣らずな大きさだ。所々電気が点されている窓を見て『まだ誰かが中にいるのかな』などと、どうでもいいコトをわたしは思ってみる。

 そのビルを所有する団体の名はドリーミング社。ちなみにわたしもここに従属している。
 何を会社なのかというと、音楽の提供や映像コンテンツ制作、映画配給などを行っている大手株式会社。

 深いところまで自分はよく知らないんだけどね。わたしが協力しているのは表じゃなくて“裏”の方だから。
 その“裏”っていうのは――――……、とその前に。

「あ、そうだ」

 現在時刻を確かめるために自分の携帯をふと見る。
 画面に映っていたのは予定オーバーを表す四つのアラビア数字、

『10:21』。

 命令で指示された時間を完全に越していたのだ。


 血の気が引く。微塵も動かないまま自分の顔が真っ青になっていくのを客観的に感じる。
 ……っていうか、感じてる場合じゃないっての!

 わたしはすぐさま携帯を閉じて懐に納めると、全速力で坂道を登った。まだ見ぬ待ち合わせ場所へと向かうために。

ドリーミング社のために働いている一人の女の子が監禁されているって噂の隔離社員寮。専務の命令に刃向かった所為で×たまや◆たま――時間があったら後で教えるわ――を扱った危険な実験に協力されているらしいとか。

 その女の子に接触して、現在行っている作戦を共同で実行してきてくれっていう専務からの命令に従って、言われたとおり向かっているってわけ。
 写真さえも出してくれなかったから、手がかりは携帯のツールに登録されている地図機能のみ。調べてみたらドリーミング本社から少し離れた坂の上にあるコトを知って、やってきていたのだ。

 ……夜風が顔に当たり、わたしの背筋を震わせる。
 大分走ったな、とふと思ったそのとき、

「あれ……こ、ここ……?」

 動かしていた足を止める。全速力で走ってきたからか、はたまた運動不足の所為か、心臓が身体を突き破りそうなほど中で弾んでいる。
 胸に手を押さえて息を整えながら、わたしは思わず心中を漏らした。

 清潔感のある真っ白い壁に黒い三角屋根。山小屋ほどの大きさではあるものの、もっと大きければこの街の近くにある高級住宅街に建っていてもおかしくない。というより、こんなコンクリートの地面にポツンと設えている方が逆に違和感を感じてしまう。
 外壁や石畳さえもない無防備な隔離社員寮。壁にヒビが入っていたり、くもの巣が張ってあったり、もっと不潔な建物かと思っていたのだが、わたしの目の前に聳え立っていたのは想像していたものより遥かにマシな外観だった。
 扉は白地に黒い縁取りが施されており、チェスの黒駒のような外見をしたドアノブは少し洒落っ気を入れて金字の複雑な記号が描かれている。
 近づいてよく見てみると、それはドリーミング社のシンボルだった。先輩曰く、『夢』という一文字を崩して一流のデザイナーに頼んで造らせたらしい。実はただアレンジしてデザインされたものではなく、この徽章には『ココロのたまご』のマークがこっそりと入ってあるのだ。新構成された『夢』という文字の両脇には小さな羽根を表す模様がついていることや真ん中の不安定に歪んだ『夢』はハートを示していることは、ドリーミング社の“裏の計画”に協力している人間でなければ知らない、秘密の暗号。
 わたしはドアノブに手をかけ、扉を開いた。

「お……おじゃまするわ」

 訝しく中を窺いながら社員寮の中に入る。一応、いるかもしれないし挨拶も呟きながら。
 薄暗い。わたしの視界に広がったのは、明りがまったく点されていない黒の世界。電気……どこかに明りの電源はついてないかしら、と思って壁を撫でてみる。だが、手の平に感じるのは平坦な触り。しょうがなく、不安ながらも一歩を踏み出した。
「……わわッ!」

 どんくさい声を上げ、わたしは硬い何かにつまずいて後ろに引っ繰り返る。
 床に直撃した所為で額と鼻柱と背中が炎症を起こしているようだ、ハッキリ言って痛い。背中の部分は今、転倒した所為だということはわかるけど、何故おでこと鼻の頭がこんなに痛いんだ。わたしは後ろへこけたのに。
 立ち上がって、進もうとした先へ手を伸ばしてみる。……なんだ行き止まり、というか壁だったのか。真っ暗なのって本当に不便ね。この世に光がなくなってしまう、ということを考えるとなんだか身震いする。

 足元になにやら紙くずらしきものがゴロゴロと転がっているらしく、軽く踏みつけてしまった時に少し悲鳴をあげてしまう。案外、わたしって怖がりだったのね……。
 どうでもいい新しい一面を知って溜め息をつきながら家の中を進んでいく……。


 それにしても、家主であるあの女の子が現れないのはなんでかしら。
 明りも点いていないし、もしかして留守?いや、専務の指令なんだから家を空けるなんて人生的にヤバいコトなんてできるはずがない。命令に背いたらどうなるのか、ドリーミング社の裏を知ってる人間ならわかってるはずだし。
 ……もしかして、体が拘束されて身動きが取れない状態とか? 
 その可能性はありえるかも。あの噂が本当なのなら、日常生活でも酷い仕打ちを受けてるんだとしたら……。

 結局は、わたしが彼女を発見しなきゃいけないのか。はぁ、メンドくさい。

 心の中で自分なりの推理や愚痴を吐きつつ、奥へと慎重に向かおうとしたわたしを止めたのは、ポケットから響く電子音だった。

 携帯電話か……。いったい誰からだろう。
 奏でられている着メロは、桜井優亜の『シークレットプリンセス』サビバージョン。この音楽はメール用に設定してある。
 ポケットにしまっておいた携帯電話を取り出した。閑静とした暗闇の中で桜井優亜の歌声とバイブレーションでわたしにメールの着信を知らせている。
 小画面に浮かぶ文字には『メール一件』と表示されている。誰からだろう、こんな時間に。不安と謎を同時に抱えながらもわたしはケータイを開け、内容を見る。


 “スイッチを探せ”


「……え?」
 たった七文字で表された本文。件名はない。もしかして……イタズラメール?
 わたしは呆れてケータイを元に戻す。すると、また電話が鳴った。次は何なのよ。開いて確認する。

 “そこにいるのはわかってる。オマエがいる場所の壁にスイッチがあるからつけて”

「スイッ……チ……?」
 言葉に出してから数秒、ようやく内容を理解する。なるほど、電気をつけるのね。それにしても、このメールの送り主は誰だ。
 画面の発光を利用して懐中電灯代わりにし、壁に照らしてスイッチを探す。……最初からコレ使って入ればよかった、なんて思いながら。
「コレ、かな?」
 何分か掛かるのかと思っていたスイッチはすぐに見つかった。壁に埋め込まれた押しボタン式の四角いスイッチだ。ショッピングモールのエレベーターのそれによく似ている。
 わたしはスイッチを指で押して起動させた。だが、電気がつかない。

「……あれ? なんで、」

「アンタがドリーミング社の連中が言ってた女の子?」

 独り言を呟こうとしていた途中、聞きなれない声が耳に入ってきて一時停止する。え、え、何? 誰の声? おばけ?
「……っていうか、人様の家を土足で入るのか。……ここはまだ靴を脱がないトコロだったからまぁ良しとするが」
 聞きなれない声がまた真っ暗闇の部屋の中に響き、次は光が現れる。目に直撃して顔をしかめる。でもすぐに慣れ、だんだんと視界がよく見えてきた。光の先に、誰かが立っている。
「あ、アンタ……は……?」
「とりあえず、明りをつけていなかったコトには謝っておこう。本社からの強烈な仕置きとしてガス電気水道完全禁止の罰を実刑中なんだ」
 黒く長い髪をポニーテールに結わえた女の子。これといった特徴のない……あぁ、そういえばやけに背が小さいわ。小学校低学年くらいの身の丈にしては顔立ちは大人びてるし……確か年齢は十二歳ってきいたけど。
 目と眉は生意気そうにつり上がっていて、色素の薄い灰色の瞳、小さな鼻、淡い桜色の唇。書類と同封されていた写真と同じ姿。わたしは写真と実際の人物をじっくりと見比べる。身長までは記載されてなかったし、まさかこんなに小さな子だとは思わなかった。
「え、えーっと。アナタが専務の言ってた……め、め……?」
 書類に目を通して名前を言おうとするが、難しすぎて詰まってしまう。何このフィクションすぎる苗字。漫画の主人公か何か……?
最終更新:2010年01月22日 16:34