ちなみに右手に所持されているのは、円型のガラスの部分が光っているところから、どうやら懐中電灯のようだった。無駄にゴツくてかなり重そうなのは旧式だからだろうか。金銭的に余裕がなさそうなのが頭に浮かぶ。
「え、えーっと。アナタが専務の言ってた…………め、メイジュ……アヤネ、かしら?」
あたしは名前の欄にボールペンで乱雑に書かれていた文字を我ながらたどたどしく読み上げてしまう。
メイジュアヤネ。漢字で表すと『冥珠彩音』。芸能人かどこかの漫画のヒロインを思わせる、世間凡庸的には一風変わった珍しいその名は。
けど『冥珠』なんて苗字聞いたことないなぁ。出身が沖縄とか? それでも冥王星の『冥』なんて縁起悪いとは思うけど……。もしかして偽名、いわゆるコードネームってヤツ? ほしな歌唄だって苗字は芸名で本当は月詠一族の人間だったらしいし……、
「……冥珠、ねぇ。あっちの方からはそういう名前で呼ばれているのか。あたしは」
「……え? もしかして、偽名か何か?」
「いや、そうじゃないんだけど。前からあたしは、自分のコトを『葵桃あやね』と思っていたんだ。なーんか記憶の片隅にそういう覚えがあってな」
「は、はぁ……」
複雑な家庭にでも生まれたのかな、とでも感想を心の中で述べておこうかな。
“記憶の片隅”っていうところが少々気になるけど、深入りするのはやめておこう。それがオトナってもの……なのかしらね。
「まぁ、二つも苗字があるとややこしいから基本的にあたしのコトは下の『あやね』と呼んでかまわない。名前の方は一つだけだしな、……そういや、アンタは?」
「え?」
ふいに名前を聞かれたので少し呆けるあたし。……あれ、おかしいな。書類は彼女の方には配られてないのかな。
まぁ、いいか。改めて名乗ろうとしましょうか。
「……あー、楢崎紗弥加。わたしも名前の紗弥加でいいわ」
ちなみに苗字も名前も一つだけよ、なんてジョークを笑うと、女の子――あやねも口の端を綻ばせて微笑を顔に表した。
「フフッ、そうか。…………じゃあ紗弥加、そろそろミーティングを始めるか」
あやねはそう言ったのを最後に顔を引き締めると懐中電灯を床に置き、わたしがさっきつけた壁の押しボタンの方へ指を向け、
そのまま押して、何かを始動させた。
……え、何するつもり? 今度こそ電気がつくの?
次の瞬間、わたしが見たものは自分の安易な想像を超えるものだった。
あやね が “何か” に 拘束 されている 。
……え、何するつもり? 今度こそ電気がつくの?
次の瞬間、わたしが見たものは自分の安易な想像を超えるものだった。
最初、耳にしたのは物音。ブツッ……、とテレビの電源をつけた時のような音が壁から鳴り渡る。わたしが反射的に振り向いた時には、既にそこから白い光を放していた。
東西南北、今わたし達がいる隔離社員寮内の内壁全てが鮮やかな光を表面に孕ませ、洞窟の奥底みたいに暗かった室内を照らした。とは言っても、まだまだ薄暗いんだけどね。
光は最初、蛍光灯のような淡く白い色だったが、だんだんと文字や地形のような図が浮かび上がってくる。明かりではなく、映像装置なのか?
壁……もとい、壁型液晶テレビに出た文字を確認しようと画面に注目したその時、またわたしの思考を遮らせる出来事が起こった。今度はあやねに異変が起こったのだ。彼女の手首には頑丈そうな黒い手錠“のようなもの”がかけられていた。
“のようなもの”と表現が曖昧なのは、その拘束具が。ボコボコと月の表面みたいに歪んでいる。手を入れる輪っかを繋ぐ鎖の部分は、凝視してみてもチェーンには見えず、鎖というより……縮小されたミニサイズの黒いたまご五~六個を直列にくっつけてあるようだった。たまごの一つ一つには何やら白色のマークが描かれてるようだが、まだまだ辺りが暗いせいで連結されたミニサイズたまごの数を計るのがやっとだった。
「……どうした?」
きょとんとした顔でこちらを見つめるあやね。そんな彼女にわたしは呆れ、頭の中を整理しながらも色々とツッコんでみる。
「ど、どうしたって……。あの、ソレ何?」
「あぁ、コレか? これはなぁ……。あたしの意識が戻った時に何故か結ばれてあった代物で、中々綺麗な色合いだから気に入っているんだ。いいだろ、このあたしの灰色のリボ……」
「そうじゃなくて、アンタの手首に巻きついてあるソレよ!! ってゆーか、このハイテクな壁テレビも何!? ここって隔離社員寮じゃなかったの!?」
「はは、わかってるさ。でも、
ドリーミング社の裏の顔を知ってる人間がコレを知らないのか?」
あやねは背の後ろに組まれた手首を軽く上に揺らす。
その彼女の顔が自分をバカにしているようで、少しイラッと来た。
「……え。わかんないわよ。何なのよ、もったいぶらないで教えな……」
「“×たま”さ」
「……×、たま?」
意外にも早く教えてくれたことへの驚きと、手短ではっきりとした答えに戸惑いに、わたしの頭の思考が停止する。
「まー、正確には改造された×たまと言った方がいいのだろうか。ドリーミング社の開発課が発明した代物さ。アイツらの技術の凄さは紗弥加も知ってるだろ?」
その後から詳細をゆっくりと教えられ、だんだんと頭が活動を再開する。あぁ、なるほどそういうことね。
ま、まぁ……確かに聞いたことはあるけど。わたしがドリーミング社に加入した時にさんざん先輩達から教えられていたコトだから。一応、頭に叩き込まれている。
その先輩方から伝授されたドリーミング社の深イイ? 歴史というものを思い出す。
――……
イースター社と聖夜学園小ガーディアン。
こころのたまご関連でいう代表的なこの二つの勢力は、表舞台では顔を出さなかったものの、彼らが裏で行っている『エンブリオ争奪戦』はとても“小さな争い”とは称しがたいものだった。
どんな願いでも叶えられる魔法のたまご“エンブリオ”。この一つのたまごの存在を求む人間達の小さなようで大きな戦い、この一つのたまごの存在を求む人間達の滑稽なようで真剣な願望。そして、醜いようで美しいたった一つの物語。
だが、そんな波瀾万丈のストーリーを影から見つめる第三者となる謎の団体が存在した。
“ドリーミング社”。いずれ一つのたまごの存在を求む人間達がひれ伏すことになるであろう、完全なる勝利を目論む組織の名。
ドリーミング社はガーディアン達の激しい戦いの中には決して交わらず、ただただ二つの組織の観察やメンバーの調査、こころのたまごの研究や実験などを慎重に行い、後々に起こす戦争の火種を蓄えていたのだ。
現在、勢力の片割れであるイースター社はガーディアンに説得されエンブリオ捜索を断念し、結果的にガーディアンの勝利として幕が下ろされた。
だが、ここで物語が閉じられるわけではない。
今こそ勝利への道を辿る時! ドリーミング社にはガーディアンやイースターに負けない、絶対的な自信を胸に秘めて“裏の計画”を完全実行させることになるのだ。
誰も止められることができない、至高の計画。それを完了することによって――――……
本当はこんな話聞きたくなかったんだけど、これを覚えなきゃドリーミング社に入れなかったの。わたし的にドリーミング社の目的なんてものはどーでもいいの。どーでも。わたしもいちお、意志を持った人間なんだから他人様のくだらない野望なんて聞きたくなかったの。
それよりもわたしは、自分のことで精一杯だし。ドリーミング社に入ったのもちゃんとワケがある……んだけど、その理由を今から説明したいところだけど、かなり長くなりそうだからここらで中断しよっと。
「でもさ、なんであやねがそんな手錠つけてんの?」
話を現実に戻す。わたしは彼女の手首を指差しながら疑問をぶつける。
あやねはぼんやりと壁の画面を眺めながら自分に言い聞かせるように答える。
「……さぁ、あたしにもわからん」
「わからん、って……」
「ドリーミング社の方がウルサイからやってるだけだし。任務以外の待機中はずっとこの手錠をつけなきゃならないんだ」
さっきからこのコは自分のコトを他人事みたいに言ってるけど、社長か専務かどっかの重役の人たちに恨みを買われるようなコトでもしたのかしら。
……あれ? それじゃ待って。わたしが最初にこの寮へ入ったとき、お出迎えがなかったのは手錠をつけてたから……なの? 確かにそんな状態じゃ身動きも取れないし、おまけにこの部屋無駄に暗いからなぁ……なるほどなるほど。
「まぁ、そんなコトよりさ。さっさとミーティングをやるか」
「ん、まぁ。わかったわ。でも……そのカッコで大丈夫?」
「平気。もう慣れてるから」
あー、そうなるほど……って、慣れてるってどういうこと!? 昔からこんな手錠をずーっとしてきたって……、ドリーミング社のお偉いさん方はなんて鬼畜……。まぁ、なんでこんなコトをするのかーとかは気にならないけどさ。ドリーミング社のことなんかどーでもいいし。どーでも。
そして、あやねとともにミーティングを開始することとなった。画面を指差したり色々と説明したりしている彼女の姿を見つめながら、わたしはまた、自分の思考の世界へと入っていった。
前まではガーディアンのストーキングだったり、自分の改造たまごの実戦練習ばっかりしてたけど、やっとこれで任務らしい任務ができるってわけね。って言っても完璧にこなすわけじゃないけど。わたしは他の先輩達とは違って忠誠心とかはまーったくないしね。そもそも上司とかそういうのはあんま好きじゃないし。
けど、こうやってどっかの組織に所属することで、わたしの望みが叶う確率もかなり上がるし、それにこうやって誰かと組むことによってその相手を利用できるんだし……。
あやねには悪いけど、作戦を一緒に遂行させながらわたしの計画にも協力してもらうわ。ちょっと変なコだけど、ドリーミングの命令に従ったりわたしの質問にも正直に答えるから、裏切るなんてことはまずないはずね。
ま、歯向かったら歯向かったでこっちにも色々と武器はあるんだしね。フフッ。
「……おい、聞いてるのか」
「え。あぁ、うん。わかってるって」
ホントはわかってないけど、と続けてこの部分だけは心の中で呟く。
わたしの返答に対し、あやねはそうか……? と見るからに怪訝そうな顔を表に出す。……嫌でも感じ取れる気まずい雰囲気を抜け出すためにわたしは話を切り出した。
「それじゃ、作戦の要約をよろしく」
「やっぱ聞いてなかったのか。あたしの話」
最終更新:2010年01月22日 16:37