――――ああ、ひどく静かだ

薄れ行く意識の中で、時雨野椿はただそう感じた。
一瞬前まで戦っていたとは思えない、静謐が意識を支配している。
何もかもが曖昧になっていく中で、自分を守るために覆いかぶさっているまさきちの体の感触だけが感じられた。
暁が先陣を切った最後の総攻撃。そこで彼は自分を守り、そして……

―――――ごめんね

そう言おうとしたが、唇が動かない。
体温はすでに失われ、体が凍るように停まっていくがわかる。
そう。

――――私たちは、死ぬんだ。

先陣を切った暁部隊は、敵を全て殲滅して見せた。
そして。味方の盾となって、その攻撃を全て守り通した。
その命を対価として。

――――悪くない、最後かな

暁は騎士の国だ。それを思えば、実に最後だろう。
どうせ人は皆死ぬ。だったら、念願の戦地であるレムーリアでこのように華々しく散るのは、まさに最高の散り際だろう。
ひどく安らいだ気分で、椿の意識が落ちようとした瞬間。

戦う直前、皆で交わした声を思い出した。
流れのもの自分を受け入れてくれた、かけがえのない仲間たち。
失うだけだった旅の果てに、やっと見つけた自分の国。

―――――いや

それに本当は気付いていた。ただ、認めたくなかった。
大切に思えば、失う事が怖くなる。弱く、惨めになる。
だけど。

―――――まだ、死にたくない。

そんな自尊は、脳裏に浮ぶ笑顔の前に何の意味もなかった。

―――――死ぬのは、いや。

最後の力でまさきちの手を取り、そう願う。

――――――死にたくない!

あまりにも惨めに、だけど強く。
椿はただ、そう願った。

「なら、もう少しだけ頑張りなさい。我らが守り手が、今参ります」
「何にもならないかもしれませんが、何もないよりは良いでしょう」

ひどく優しい女性の声が、聞こえた気がした。
最終更新:2008年05月02日 14:53