始まりの男――真夏の夜の淫夢におけるアダム、TDN。
サーヴァントであるライダーと勝利を収めたばかりの彼の前に現れたのは、
偶々TDNと同じホモビに出たばかりにその一身に呪詛を背負った男、野獣であった。
だが、TDNはこの時間軸においては未だにホモビに出演しているわけではなく、己に待ち受ける未来を知らぬ。
故に、己に向けられた吐き気を催す程の殺気の意味を知らぬ。
何も言わず、野獣とTDN、そしてライダーは対峙していた。
そして、先に動いたのは野獣であった。
「この辺にぃ美味いラーメン屋の屋台来てるらしいすよ」
憎悪を噛み殺し、軽薄な笑みすら浮かべて野獣は言った。
今は攻撃しないという意思表示であり、それは何よりも――戦闘直後で消耗したTDNとライダーが望むものであった。
「おう考えてやるよ(行くとは言ってない)」
「じゃけん、夜行きましょうね~」
夜食にすら誘って見せるような、表面上は有効な関係性。
その腹の中でどれほどの憎悪が野獣の中で渦巻いていただろう。
だが、今は未だその時ではない。
野獣とTDN、ライダーは何事も無く別れ、
そして野獣の顔に関する記憶が酷くあやふやであることに気づいた。
810億1919万の可能性。
常に変化し続ける野獣の顔。
不安定な野獣先輩という存在。
巡り巡ってTDNが発端となる呪詛の正体に、彼らは未だ気づいてはいなかった。
◆
人に怪物を殺すことは出来ない、怪物を殺すことが出来るのは人をやめてしまった英雄だけだ。
故に、
バーサーカーに敗北してしまったセイバーは英雄ではないのだろう。
「ウゥーッ!ウゥーッ!」
根源的な恐怖であった。
人は闇への恐れが故に、星に祈り、火を灯し、雷を操り、そして照らす光で夜を殺した。
妖怪と名付けられた自然現象――あるいは未知は、人がかつて抱いた恐怖であり、そして失われた恐怖だった。
理解は恐怖を殺す。
だが、バーサーカーは――そのような人間の全てを嘲笑うかのように、ただ恐怖として存在している。
死への恐怖ではない。
ただ、恐怖のための恐怖だ。
「おじさん……」
しかし、誰がセイバーを笑うことが出来るだろう。
恐怖に陥り、あのバーサーカーの忌まわしき死の口淫を受けながらも、セイバーはマスターを守り切って逃げ果せたのだ。
流石のひでも、ただセイバーを哀れに思うのみである。
「なにやら、お゜も゜し゜ろ゜い゜こ゜と゜に゜な゜っ゜て゜ま゜す゜ね゜ぇ゜~」
その時、さくらんぼ小学校に避難していた彼らの前に現れたのは――怪老人にして、キャスターのマスターである平野源五郎であった。
「平野店長!?」
「フォォーッフォッフォ」
平野源五郎の姿を認めた瞬間、セイバーはひでを教室の窓際に押し付け、庇うようにその前に立った。
いざという時は、ひでを3階の窓から緊急避難させるつもりである。人それを紐なしバンジーと呼ぶ(ロム兄貴)
平野源五郎の耳障りな笑い声が教室中に響き渡る、セイバーはとっくに竹刀を抜いていたが、動くつもりはない。
マスターでありながら、その実力が文字通り英霊の域にあることをセイバーは嫌というほどに理解している。
「蓮くん、お久しぶりです。緊縛師の平野源五郎です……」
「緊縛師……違うだろ、アンタは……」
恐るべきは平野源五郎であろうか、彼は英霊であるセイバーの真名を知っていた。
やはり、その実力のみならず知識量においても――他のマスターよりも遥か高みにある(櫟山 標高810m)。
「よしましょう、今の私はTDN緊縛師の平野源五郎。
810年前の聖杯戦争のことは水に流し、旧交を温めようではありませんか」
果たして、セイバーは何を言おうとしたのか。だが、それを平野源五郎は口で制した。
「あ、そうだ(唐突)どうでしょう……蓮くんが散々に敗北したバーサーカーの殺し方を教えて差し上げましょう」
「エェッ!?」
「私はあの化物と直接ヤり合いたくない、蓮くんはあのバーサーカーにリベンジが出来る。一石二鳥というものでしょう
それとも――ひで君を庇いながら、私に調教されますか?」
「おじさんやめちくり~(挑発)」
セイバーは、背後にひでの命の気配を感じた。
自分の命を救った恩人であり、文字通り自分の命綱であり、守るべき子どもである。
それを守りながら、この平野源五郎という男を殺せるか――否、ひでを如何に傷つけさせないか、そのような勝負が出来るか。
セイバーは油断なく竹刀を構えながら、その殺気を弛めた。
「チッ(舌打ち)」
「よし、いい子だ……」
妖しげに平野源五郎の目が――獣のように光った。
(何を企む……キャスター……)
最終更新:2016年04月21日 22:47