これマジ?

斬っても殺せぬ怪物――バーサーカーを殺す方法を教えてあげよう。

そう言う平野源五郎に連れられ、セイバーとひでは漫画喫茶『平野空間』に来ていた。
そこの控え室に這入り、ソファにかけると、平野からお菓子とジュースを差し出される。
先ほどの戦闘で精神と肉体を共に疲弊し、余程腹が減っていたのか、ひでは礼も言わずに菓子を貪り食い始めた(人間のクズ)。うん、おいしい!(ナイナイ岡村)
セイバーはそんなマスターの姿を『まったく……困ったもんじゃい』とでも言いたげな目で見た後、己が今いる空間――平野空間を観察する。

(一見TDN漫画喫茶に見えるが――実際はかなり高度な魔術工房だ……。 ここで無闇に戦闘行為に入っても、勝つことは無理だろう……)

セイバーのホモ特有の冷静な分析通り、平野空間の工房としてのクオリティは最高位のものであった。
結界八一〇層、魔力炉一九器、猟犬がわりの悪霊・魍魎一一四五一四体、無数のトラップに、廊下の一部はハッテン場化させている空間もある。
いくらひでを守り、バーサーカーの対策を教えてもらう為とはいえ、ここまで付いてくるのはするべきではなかったか。矢張り、今からでも逃げるべきでは……――そう考えるセイバー。

「無駄だよ。この工房からは私の『どうぞ』という許可無しに、逃げることは出来ないのだ」

しかし、平野は彼の思考を見透かし、嘲笑うかのようにそう言った。
それに対し、セイバーは短い舌打ちをする。

「……それで、あのバーサーカーを殺す方法というのはいったい何なんだ?」
「おやおや、ここに来て早速その話ですか。せっかちですねぇ。フォォーフォッフォッ。少しは落ち着いて、蓮くんもひでくんと一緒にお菓子を食べたらどうですか? なんならビールもありますよ?」
「無駄なことに時間は使いたくないんでな」
「……そうですか。では、早速ですがかのバーサーカーを殺す方法を君に教えましょう」

平野はそう言うと、どこからともなく紙とペンを取り出した。
彼は紙に波線によって左右に分けられた大きな丸を描いた。韓国の国旗を横に90度倒したようなマークである。
さらに、彼はその丸の中に小さな黒丸と白丸を加えた。

「これは……『陰陽魚太極図』……?」
「そうだよ(肯定) まだ半分を塗り潰していないので、未完成ですけどねぇ」
「これがバーサーカーを殺す方法に関係があるのか?」
「勿論です」

平野はそう言うと、半分に分けられた大きな丸の、小さな白丸がある方――右側を黒く塗り潰す。
これで本当に『陰陽魚太極図』の完成だ。

「太極の中に陰陽が生じているのを表した図――それが陰陽魚太極図です。
左側の白色は陽を、右側の黒色は陰を表しています。他にもこの二つは男と女、表と裏、昼と夜、充実と空虚、勝利と敗北、生と死、男と女、など様々な意味があります」

平野はペン先で太極図をトントンと軽く叩く。

「あっそうだ(唐突) そういえば、蓮くんはあのバーサーカーの顔をどれぐらいはっきりと見たんです?」

平野による突然の話題の転換に『結局この図を描いた意味は何だったんだ?』と思いながらも、セイバーはつい数時間前遭遇したバーサーカーの風貌を思い出そうとした。
しかし――

「いや……思い出せない。あれだけ至近距離に居たんだから、それはおかしいはずなんだが……」
「フォーフォッフォッ。なるほど、頭がバーサーカーの細かい情報を記憶することを拒否した、ということですか。仕方ありません。寧ろ、それはあの化物と遭遇した後も正常な精神を保つためには必須の行為と言えましょう」

あの魔眼もそれを究極化したようなものですからね――。
平野はそう意味深げなことを呟いた後、自分の顔を指差した。

「バーサーカーの顔はね、『左右対象(シンメトリィ)』なんですよ」

心底楽しそうな笑みを浮かべる平野。
セイバーはそう言われて、やっとかの化物の風貌を朧げながらも思い出せた。

「ああ、そうだ。慥かに、あのバーサーカーの顔は気持ち悪いくらいに左右対象(シンメトリィ)だった……」
「フォーフォッフォッ。おやおや、どうやら私の説明を聞いてアレの姿を思い出せたようですねぇ」

しばらく愉快そうに笑ってから、平野は視線を再び手元の陰陽魚太極図に戻す。セイバーもつられて視線をそちらに向けた。
『バーサーカーの顔が左右対象なのと、その図に一体何の関係があるんだ』と言いたくなったが、彼はグッと我慢する。
平野は紙をちょうど太極図の中心辺りで折り曲げ、それを上から力強く押してから、再び開いた。どうやらインクがまだ完全に乾いてなかったらしく、『陰陽魚太極図』の白色部分には黒色部分のインクが移っている。

「まさか……」

右半分……シンメトリィ……黒色……陰……!
写り、映り、移る黒! 死! 空虚! 金! 暴力! SEX!
紙を見て、己の頭の中に湧いて出て来た考えを口から吐き出すように、セイバーは言葉を続ける。

「バーサーカーを構成しているのは……顔の右半分とそれの虚像……だから、いくら切っても殺せない……というわけなのか?」
「正解です」

セイバーの答えに満足したのか、平野は持っていた紙を用済みだとでも言うようにクシャリと丸めてゴミ箱に投げ捨てた。紙なんか必要ねえんだよ!

「アレの姿は顔の右半分と鏡に映った右半分の虚像によって構成されています。ですから、どれだけ斬っても殺せません。よく『左右対象(シンメトリィ)な顔は美しい』と言いますが、アレを見る限りではどうやらそれは信じるに値しない情報のようですねぇ。まあ、もっとも『陰陽魚太極図』の黒と白の配置に定義は無く、左側が黒でも良いのですが……それはまあ、分かりやすく説明するためや老人の薀蓄自慢とでも考えてください」
「しかし……これでは、バーサーカーを殺せない理由が分かっただけで、殺す方法は未だ分からないじゃあないか」
「ご安心ください。そこもちゃんと分かっていますよ――」

そう言って平野は席を立ち、次の説明を始めようと『黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばい全ての責任を負った平野に対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……』

「!?」

その場にいた全員の表情が驚愕に染まる。
否。
突如部屋の中に現れた黒塗りの高級車の主――ライダーだけは、獲物を見つけた狩人のような嗜虐的な表情を浮かべていた。


つい先程、ライダーはアーチャーの消滅を確認した。
しかし、彼はその勝利だけでは飽き足らず、アーチャーのマスターを屠った他のサーヴァント――キャスターを追って、ここまで来たのだ。
嗚呼、なんたる強欲。893の鑑である。

「ライダー!? 馬鹿な、この場には幾つもの魔術的防御が備わっているんだぞ!? いくらサーヴァントとはいえ、容易に入って来られる筈が……」

先程までの余裕に満ちた表情と口調が崩れる平野。
そんな彼とは真逆に、冷静な態度のライダーは

「バカジャネーノ?」

と短く罵倒した。
しかし、平野が狼狽えるのも無理はない。何せ、先程も述べたように彼の居る工房『平野空間』は最優のサーヴァントであるセイバーに逃亡を諦めさせるほどの代物だ。内からの出を、外からの入を全く許可しない。だというのに、今目の前に侵入者が――それも車ごと居るではないか。
だが、ライダーの宝具『始まりにして終わりの一』は因果を操る宝具である。
因果の冒涜の前にはあらゆる防御も、謀略も、妨害もすべて等しく無意味だ。
故に、彼はあらゆる過程や道理をすっ飛ばしてこの場に現れたのである。

「くっ……キャスターくん!」

マスターからの呼び掛けに応じ、キャスターが現れる。
戦いを始めるつもりなのだろう。

「平野店長!」

平野とキャスターの間に割って入るように、セイバーが叫んだ。

「俺も一緒に戦います!」
「……いや、セイバーくんにはバーサーカーと戦ってもらわなくちゃあならないですからねぇ。無駄に魔力を消費させるわけにはいきません。
ここは私とキャスターに任せなさい。残念ですが、説明は後でさせてもらいますよ」

平野はそう言うと、フォーフォッフォッと笑い、余裕に満ちた表情を取り戻した。

「汚ねえ部屋だなあ」

黒塗りの高級車の登場に伴って起きた強風により家具や紙類が散乱した部屋を見て、ライダーはそう言う。
ちなみにひではこの衝撃で吹き飛び、部屋の壁に叩きつけられて気絶した。やったぜ。

「私の工房の設備を切り抜けるとは……このサーヴァントはかなりの強敵でしょう。それに、彼の言う通りこんな汚い部屋では戦闘もロクに出来ません。故に、キャスターくん……『固有結界』の使用を許可します」
「かしこまり!」

マスターである平野の指示にキャスターが答える。
途端、部屋の中の空気が一変した。
具体的にどう変わったのかと言うと、湿気が増えたのである。
キャスターは目の前の高級車の中に座すライダーに向かって言葉を放つ。

「お前を芸術品に仕立てや……仕立てあげてやんだよ……」

呪文の詠唱が攻撃手段の過程にある魔術師(キャスター)にとっては致命的なほどの滑舌の悪さで、彼は言葉を続ける。
しかし、そんなガバガバな詠唱とは裏腹に、室内の湿度は更に上がり――

「お前をげいじゅつし……品にしたんだよ!(過去形) お前を芸術品にしてやるよ(妥協)」

――雨が、降り始めた。


雨が降り始めたとは言っても、何も部屋の中に雨雲が生じたわけではない(JO↑JO↓)。
室内の空間が、丸ごと雨天の屋外へと変化したのだ。
暗い雲が厚くかかり、雨の降りしきる空のもと、黒塗りの高級車と悶絶少年専属調教師は向かい合う。
この現象に最初は多少驚いたライダーであったが、暫くして、これが先程自分に敗北したアーチャーが使用したものとハゲみたいなものだと理解する。
流石に、アーチャーのような糞遊びを相手のキャスターが行ってくるとは思えないが、それでも『世界の書き換え』が『因果の操作』に勝てないことはつい先程己の手で証明したばかりだ。

――勝てる。

勝利を確信したライダーはアクセルを踏み、キャスターへと向かっていった――が。

「束縛(しば)らなきゃ(使命感)」

キャスターがそう言うと、かの英雄王の宝具のように、ライダーの乗る黒塗りの高級車の周囲の空間から突如ロープが出現し、射出される。
それらは車に巻きつき『黒塗りの高級車に追突してしま――

「ちょっと眠ってろお前!」

バァン!(大破) という音と共に、『黒塗りの高級車に追突する』という因果が破壊された。
それはライダーだけが聞いた幻聴なのかもしれないが、事実因果は破壊され、ロープは車をギッチギチに束縛した。

きゅる きゅる きゅる

きゅる きゅる きゅる

と、タイヤが空回る音が虚しく響くだけである。
それもその筈、キャスターの固有結界内のみで使用可能な宝具『万物を束縛する調教の縄』は相手のホモ性によって束縛力が上がる宝具なのだ。
相手が真夏の夜の淫夢の始まりの男の一人――TNOKである場合、それは宝具による因果の操作すら破壊――否、『束縛』する。

「やべぇよやべぇよ……」

車の後部座席に乗っていたTDNが恐怖に震える。絶大な信頼を寄せていた、己のサーヴァントの宝具がいとも容易く無効化されたのだから当然だ。

「お前はもうここから出られないんだよ!」

一歩。
キャスターはその貧弱な下半身を黒塗りの高級車の方に歩ませた――獲物を狙う狩人のような、後輩を狙う野獣のような表情を浮かべて……。

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最終更新:2016年04月21日 22:49