「…………とがめ」
気付けば、呟いていた。
意識せずにそう呟いていた。
場所は良く分からない。
ただ適当な建物の中に入った事だけは分かっている。
そこに一人の男の死体があった。
そんなのは如何でも良い。
「……はぁ……」
人間らしさを削ぎ落とし、刀らしく。
そう言う風に育った。
ただ、研磨に研磨を重ねて刀として。
そう言う風になった。
はずなのに。
気付けばそう呟いていた。
それはまるで、人間のように。
「………………」
既にないはずの人間らしい部分が揺れ動いていた。
期間にしておおよそ十一カ月。
己の所有していた持ち主だからだろうか。
それとも目の前で殺された筈の存在だからか。
いやはや父親が殺した男の娘だからか。
分からない。
そして多分分かる事はないだろうと思う。
だが分からないとしても、それでも確かに揺れ動き、その証として死んだ女の名前が出ていた。
「……面倒だ」
首を振る。
面倒だ。
これ以上考えるのは面倒だ。
元から頭は良くないし、回る方じゃない。
増して今は死んだはずの人間が生き返っていて何時の間にか死んでいる。
訳が分からない。
誰だって、とは言わないがなかなかややこしいと思うだろう。
だから考えるのを止める。
短い時を共に生き、別れた女の事を考えるのを止める。
別の事を考える。
「あー……、とがめがいたって事は否定姫もいるのか?」
一先ず、否定姫の事を。
とがめとは少なからず、どころか死の一端すら担った女。
しかし今は共に旅をしている女を思い出す。
目を閉じて昔を思い出す。
過去に浸る。
「はぁ……面倒だ」
だが思い出すのも面倒だ。
足元に置いていたデイパックに手を伸ばす。
何だかんだ色々と因縁はあるけれども、旅の道連れを手放すのは惜しい。
役に立つ道連れはなおの事。
特に金銭関係では。
とりあえず名簿を見る。
目に入るのは知らない名ばかり。
「……四十ちょっと居るって言ってたっけか?」
それだけの人数を殺すのは面倒だ。
そう言えば鳳凰がどれくらい殺しているのやら。
一人や二人は殺しているだろうし、三人四人は軽く行ってるかも知れない。
まだそう言えばまだ一人も殺せていないが。
適当に出会った奴を殺せば良いか。
そう言えば少し前にあった奴は今一よく分からなかったけど。
「っと、いたいた」
否定姫。
その名があった。
いるみたいだ。
それにその後には右衛門左衛門の名もある。
これでいるのは確定と言って良いと思う。
多分だけど。
「あーあ、捜さないとなぁ」
面倒臭い。
ああ、面倒臭い。
「――――ん?」
どう言う訳か、鑢の字が二つある。
鑢七花。
それと、もう一つ。
先祖か誰かが居るのか。
いや、何と無くだが分かってる。
とがめが居て、否定姫が居て、右衛門左衛門が居て、まにわにが居て。
それで誰が居るかなんて分かってる。
鑢の字が付くのなんて、一人しか居ない。
分かってるけど分かりたくない。
それでも目は自然とその名を見てしまった。
「鑢――七、実?」
口で出した時には、体の奥から冷たい物が湧き上がっていた。
全身が底冷えする物に包まれていく。
歯の根が合わない。
手が震える。
いや、全身が震えている。
「ぇ、あ」
それに、声も震えていた。
だけど如何でも良い。
そんな事は重要じゃない。
「なん、で」
何でいるんだ。
姉ちゃんが何でいるんだ。
いや、分かってる。
分かり切ってる。
ちゃんと最後のあの言葉を聞いたから、分かってる。
「ぃ――――ひ」
悲鳴が口から漏れ出した。
怖い。
恐い。
コワイ。
「っ!」
何か、音がした気がした。
咄嗟に構えて振り返る。
咄嗟に取ったのは、変幻自在の足運びを旨とする虚刀流の七の構え『杜若』。
だが振り返っても誰もいない。
いないはずなのに。
背筋を悪寒が駆け廻る。
周りを見渡す。
いない。
絶対にいない。
「ゆ、許して」
そう思っているのに、震える口から言葉が出ていた。
例え、聞かれていても意味がないと分かってるのに。
「許してくれ……っ!」
何時の間にか、後退りしていた。
足が、先程まで座っていた椅子に当たった。
だけなのに。
派手に床に倒れた。
「ひ、ぃぅ、うぁ」
逃げないと。
逃げないと殺される。
――――七花。
耳元で声がした。
顔を向けても誰もいない。
いない。
いない、いない。
いない、いない、いない。
いない、いない、いない、いない。
いない、いない、いない、いない、いない。
誰もいない。
誰もいない。
誰もいない。
――七花。
「許し」
這って下がる手に、何かが当たった。
デイパック。
咄嗟に掴む。
椅子に縋り付いて立ち上がる。
「許してくれ!」
叫んで、逃げる。
走り、逃げる。
開け、逃げる。
走り、逃げる。
走り、走り、走り走り走り走って走って走って走って走って逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げる。
逃げないと、殺される。
――七花。
「許してくれ姉ちゃん……!」
声は何処までも追ってくる。
届かない所まで逃げないと。
止まったら殺される。
「俺は姉ちゃんを」
今更言っても意味がないと分かっているのに。
口から言葉が出続ける。
意味がないのに。
甲斐もないのに。
分かってるのに。
「殺したくなんかっ!」
耳元で声がする。
囁くような声がする。
今更何を言うのかと責めるように。
もう何の意味もないと詰るように。
――――――よくも。
目を閉じて走る。
耳を塞いで走る。
聞きたくない。
それでも、聞こえる。
頭に響くように聞こえる。
――――よくも。
最後に掛けられた恨み言。
連なり列ねられたような怨み言。
たった一言。
それだけの言葉。
抉るように。
突き刺すように。
捻じり込むように。
あの、最後の言葉が聞こえる。
――よくもわたしをころしたわね。
紛れもない怨念の声。
明らかな憎悪の言葉。
それがずっと、し続ける。
耳元で延々と、し続ける。
【1日目/早朝/C-3】
【鑢七花@刀語】
[状態]健康 、精神的疲労(小)、七実に対する恐怖、幻聴、りすかの血が手、服に付いています
[装備]
[道具]食糧二人分、水、筆記用具、地図
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える
1:逃げる
[備考]
※時系列は本編終了後です。
※りすかの血に魔力が残っているかは不明です。
※鑢七実の死に際の言葉が頭の中に響いています
最終更新:2011年12月02日 20:57