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タピオカ丼氏の単発ネタ-01

1

相部屋のレイの寝息を耳にしながら、シンは自分が普段ではありえない時間に目覚めた事を知る。
しかし、頭はハッキリと目覚め、暗闇を睨み付けるシンの瞳は冴え冴えとギラついていた。
微かな苛立ちを溜め息と共に吐き出すが、それでも尚胸を焦がす怒りと、苛立ちと、焦燥は消えない。
その原因はわかっている。
オーブ、自分の家族を守ってくれなかった国。
国家元首の理想に無理心中させられた国。
もう故郷とは思えない、思いたくない国。
自分に銃を向け、再び裏切った国。
そして、自分が焼こうとしていた国。

けれども、自分は守ってしまった。

正確にはオーブという国に住まう咎無き人々であって、オーブという国ではない。
そう理屈ではわかってはいても、シンの中には一度は、いや、二度も見限った国を救ってしまった自分への苛立ちが蟠っている。
勿論シンだけではなく、ZEUTHの仲間達で守った。

あの月に眠っていた黒歴史の象徴、ターンXから。

その機体は最も相応しく、最もあってはならない者の手に渡った。
ギム・ギンガナム。闘争を好む者を数多知っているが、自分の命すらも賭け金にする者をシンは知らなかった。
あれは好戦的な戦士という生易しいものではないと直接刃を交えたシンだからこそわかる。
相手の命を奪う事を楽しむのではなく、闘争という行為そのものを愉しむ者。
そんな者であればこそ、ZEUTHがいなければ間違いなくオーブは嘗て以上に、徹底的に焼け野原にされていただろう。
そうすることが出来るだけの力があの機体にはあった。

「なんだってんだよ……クソッ」

闇に向かって突き出した手を拳に握る。
ホッとしている自分と、流されるままに守ってしまったのではないかという自己嫌悪、どちらもシンには自分の本心であると思えた。
矛盾しているようだが、事実として存在する感情に苛立つ。

「シミュレーターにでも行くか…」

シンは起き上がると、枕もとの時計に目をやる。
シミュレーターは既に起動している時間だと確認するとザフトの制服に身を包み、顔を洗うと、手櫛で簡単に髪を梳く。
アムロや鉄也には休めと怒られるかもしれない。
昨日の激戦でも、特にシンを始めとするミネルバ勢はその渦中にあった。
プラントとしてのポーズもあるのだろうが、シンの気迫に少なからず後押しされる形でもあり、今日ミネルバのクルーは休息を命じられていた。
水で最低限の寝癖を直しながらベッドで眠るレイを見る。
普段ならばとうに身支度を整え、朝食を終えている時間にまだレイが眠りに就いているのが何よりの証拠であった。
このルームメイトは休めるときはキッチリと休み、普段は規則正しく早起きをするという模範的な軍人といえた。
シンのようにオーバーワークで次の日にまで疲労を残す等という事もしなければ、寝起きが悪いというわけでもない。
その落差に苦笑を零しつつシンは出来るだけ静かに部屋を後にする。

「オーブって一体どんなものが売ってるんでしょうか」

形の良い頭に落ち着いた藍色の髪をサラサラと揺らし、小さな白い動物を三匹引き連れて目の前を歩くアナ・メダイユ姫を、目を細めてセツコは見つめる。
快活さと、無邪気さ、生命力を詰め込んだような幼い少女は、自分が失いつつある人としての感覚への感傷を否応にも呼び起こすものの、不思議と不快に思わなかった。それは羨む気持ち以上に、明るい未来を期待せずにはいられない少女を守る一端を自分が担っているという事が誇らしいからであろう。
自分の腰辺りまでしかない小さな身体を落ち着き無くパタパタとさせる姿は愛くるしい。
買出しに行くという自分に好奇心もあってか着いてくると言い出した少女の提案を、この愛くるしさを前にして断れるはずもなかった。
セツコは、微笑みながら手元のリストにもう一度目を通す。

「……ちょっと…多いかしら?」
「何がですか?」

思わず口に出してポツリと呟いた言葉に、思わぬ声がかかる。

「えッ…シン君?」

驚いて声の方を振り向けば、親しくない者から見れば機嫌が悪いのかと尋ねたくなるような憮然とした表情の赤眼の少年が立っていた。
収まりの悪い猫のような髪の毛もそのままに、襟を開けて赤いザフトの制服に身を包んだシンが、不思議そうにセツコを見る。

「シン!!おはようございます!!」

アナがすぐさまシンの足元に駆け寄り、行儀良くぺこりとお辞儀をする。
端整な顔立ちではあるものの、紅い瞳と色白な肌、黒髪というシンの外見は子供を怖がらせやすい。
しかし、元来の器が大きいのか、アナは一切気に掛けることもなくシンに懐いていた。
シンはシンで、幼い妹がいた所以か、アナ本来の持つ無邪気で素直な気性ゆえか、彼女を可愛がっていた。
可愛らしいアナのお辞儀に、滅多に見せない柔らかい笑みを浮かべると、シンはしゃがんで視線を合わせると優しくアナの頭をなでてやる。
くすぐったそうに子猫のようにそれを甘受するアナを微笑ましく思いながら、同時に野良猫の如く警戒心の強いところのあるシンを簡単に笑顔にさせてしまえる少女を少しセツコは心の奥で羨ましく思う。
死線を共にしてきたZEUTHの仲間であってさえ、シンが明け透けな笑顔を向ける相手というのは決して多くは無い。身内とも言えるミネルバのクルーを別にすれば、シンの兄のようであり、親友でもあるカミーユや、エイジ、ガロード、ロランといった年齢の近い少年達に限られてくる。

幼い少年にとっては世界とも言える母国に二度裏切られた経験は、そのまま周囲への警戒心へと変わりシンの性質を少々歪なものへと変えてしまった。
それはきっと、幼い頃の記憶を持たず、祖国に裏切られるという経験もないセツコには理解する事等出来ないのだろう。

胸にチクンとした痛みが走るのをセツコが覚えている事も知らず、アナは嬉しそうにシンにセツコと買出しに行く事を話している。
まるで学校であった事を親に報告するようなアナに、シンは年相応の、それでいて『兄』を感じさせるような笑みを浮かべる。

「そっか~アナ姫はエライ子だなぁ」

素直な少女が可愛くて仕方がないのか、純粋に撫で心地が良いのか、撫でる手を止めようともせずに、シンは初めてセツコの方に視線を向ける。
不意打ちのように向けられた紅に、セツコは何故だかどきりとする。
常々思っていたが、シンを特徴付ける紅の瞳は、独特の魔力のようなものを放っていると常々ミヅキやタルホが言っていたのを思い出す。
確かに、真っ直ぐに向けられる瞳は、ルビーのような、それでいてワインを湛えたような不思議な色合いの瞳は心臓に悪い気がした。

「えっと、なにシン君?」
「ちょっと見せてもらえます?」

どこか拗ねたような顔をしながら差し出した手の意味がわからず、思わずセツコは小首を傾げる。

「見せる……って?」

シンは眉を微かに顰めると、アナの頭から手を離して立ち上がる。
ゴロゴロと今にも音を鳴らしそうに目を細めて、シンに撫でられていたアナは名残惜しげに撫でられていた箇所を手で押さえる。
無骨な手で撫でられ、柔らかな猫のような髪はあちこちに跳ねてしまっているが、かえって少女の活発さを引き立てているように映る。

「リストですよ、リスト。買出しってセツコさんだけでしょ?」
「う、うん…」

半ば引っ手繰るようにリストを手に取ると、シンは羅列された内容に目を走らせるにつれ眉間に皺を寄せる。
いつも眉間に皺を寄せている事の方が多いこの少年は、そのうち眉間から皺が消えなくなってしまうのではないだろうかとセツコは場違いな心配を抱く。
シンは苛立たしげに、髪をガシガシと掻きながら溜息を吐く。

「ったく……何考えてるんだか…セツコさん、ホントにこれアナ姫と二人で行くつもりだったんですか?」

いかにも「呆れてます」と言いたげなシンの視線に、身が縮んでいく思いで、セツコは小さく頷く。
何故か謝る必要もないのに、この強い視線に晒されるとセツコは胸が苦しくなって、自分の弱さを見透かされるような気になってしまう。
シンはやれやれと言いたげに、もう一度リストに目を通すと乱暴にそれをポケットにねじりこむ。

「あのシン君…?リスト返して欲しいんだけど…」
「アンタこんな量の買い物ホントに一人でするつもりなんですか?」
「でも、手が空いてるのが私くらいで…」
「っつーか、女の子二人だけで出掛けるって何考えてるんだよアンタは」

信じられないものを見るように、自分に向けられる視線に増々セツコは小さくなってしまう。
三つも年下の少年に怒られているというのが、無性に恥かしい。
しかし、人の感情の機微に聡い少女が、二人の間で少し悲しそうに見上げた。

「シン……セツコさんをイジメちゃ駄目です。セツコさんは皆さんの代わりに買出しを申し出て下さったんですよ」

懇願するかのように無垢な視線を向けられ、シンは言葉に詰まる。
あまりにも打算も下心もない、一心にセツコをかばおうとする瞳にシンが抗えるはずもなかった。
根負けするように、眉間の皺を緩めると苦笑を浮かべながら自分が撫でてボサボサにしてしまったアナの髪の毛を手櫛で整えてやりながら優しい声色でシンは幼くも優しく賢い姫君に語り掛ける。

「姫。俺は別にイジメたつもりはなかったんだ……ただ、昨日までオーブは戦争があったんだ、女の子二人だけだなんて物騒だろう?」

何かを悼むような声に、セツコはハッとなる。
シンは誰かが、それも力の無い者が傷付く事を酷く嫌う。それは最早病的といっても良いほどに。
命というものを平等に捉えるが故に、不可解に映る行動を取るキラ・ヤマトやアスラン・ザラとの決定的な違いがそこにあった。
シンにとって命は平等ではない。
力なき者が傷付く事を人の何倍も嫌い、恐れる反動で、力を持つ者、虐げる者を憎悪する。
それがシンの強さであり脆さであった。

「ゴメンね…シン君…」
「セツコさん?」
「ゴメンね…」

おそらくシンにとって力無き虐げられた象徴は亡き妹である事は想像に難くない。
そして、アナはシンの亡くなった妹に年頃は近いという。
アレルギーのように、危険に近付く事に拒否感を抱くのは当然であるのだろう。
納得すると同時に、セツコは自分の迂闊さを責める。
年上の自分こそ、そういった事に気を掛けるべきであるだろうに。

「あ、ああ、あの、そんな謝らないで下さいよ!!」
「だって…私…ちっともそんな事考えてなくて……年上なのに…アナ姫まで危険な目に遭わせちゃうところだった…」

目に見えてしょぼんとうなだれるセツコにシンはオロオロし始める。
基本的に女性に弱いのだ。
今にも泣いてしまいそうな、このお淑やかで内気な年上の女性をどうやって宥めれば良いのか慌て始める。

「いや、だから、まだ危ない目に遭うって決まったわけじゃ…」
「でも今シンが危ないって言いましたよ?」
「ああ…だからそれは…」

なまじ聡い少女の鋭いツッコミにシンは増々たじろぐ。
とうとう観念したのか、シンは溜息と共にセツコの手を掴む。
びっくりしたように、セツコは知らず知らず潤んでいた瞳をシンに向けると、シンは気恥ずかしそうに、視線を逸らしながら唇を尖らせる。

「……その……買出し……俺も付いていきますよ」
「でもミネルバは休息じゃあ…」
「休息をどう使おうが俺の勝手でしょ……つか迷惑でしたか?」
「ううん!!全然そんな事ない!!」

セツコ自身、どうしてそんなに強く否定したのかわからなかった。
ただ、シンと一緒に買出しに行けると聞いて、その申し出を断ろうという選択肢が彼女の中には存在しなかった。

「シンも一緒ですか!?」

パァッと表情を明るくしたアナがシンを見上げると、苦笑混じりにシンは頷く。
結局女子供、特に素直で純粋な者には強く出られず、お節介焼きなところがシンにはあった。

「まぁ、どっちみちこの買出しの内容見る限り男手はあった方が良さそうですしね」

「ありがとう…シン君」

「べ、別に…たまたま今日は空いてたからですよ。次からはもう少し気を付けるようにしてくださいよ」


「うん」



頬を赤く染めてそっぽを向く少年の不器用な優しさにセツコは自分でもわからない胸の温かみを覚えながら微笑んだ。
そんな二人を、アナ姫はきょとんと見上げながら「ゲイナーとサラみたいです」と小さく呟いていた。
その呟きが果たして鋭い指摘であったのかどうかは、今はまだわからない。

2

エイジ「バンドやろうぜ!!」

シン・レイ・カミーユ「…………」

シン「おい見ろよレイ!!三沢がッ……三沢が……」
レイ「巨星墜つか………また一人偉大なプロレスラーがいなくなったな…」
カミーユ「只でさえ格闘技ブームが去ったっていうのに……」

エイジ「聞けよ!!」
シン「なんだよ唐突に」
エイジ「だからバンドやろうぜ!!」
シン「このメンツでなんでバンドなんだよ」
レイ「大方ブームに乗ろうとでもいうのだろう」
エイジ「う……ッ」
カミーユ「図星か……」
エイジ「いいじゃねぇかよ!!バンドやればモテルんだぜ!!」

シン「別にモテたい訳じゃないしな」
カミーユ「右に同じ」
レイ「音楽を冒涜するような動機は些か感心しないぞ」

エイジ「フルぼっこッ!?」

シン「それに俺楽器出来ないし」

エイジ「じゃあ、シンがボーカルで!!俺がもしもの場合はボーカルするつもりだったけど、シンなら多分問題無いぜ!!中の人的に」
シン「中の人などいない!!」
エイジ「なぁ~頼むよ~このまま彼女無しの暗黒の高校生活を送るのは嫌なんだよ~~」

シン「泣くなよ………なぁ、どうする?」
カミーユ「まぁ、俺はギターなら少し……」
レイ「キーボードくらいか」
シン「って言ってるけど?」
エイジ「協力してくれるのかッ!?」
レイ「彼女が出来るまでというのなら付き合おう」
カミーユ「友達の頼みだしな」

エイジ「うぉっしゃぁ!!恩に着るぜ!!!」
シン「………そんなに飢えてんのかよ……」
エイジ「俺がドラムやるぜ!!とりあえずカバー曲はメタリカの『ONE』だぜい!!」


シン・レイ・カミーユ「もうそこまで決めてたのかよッ!!!!」

2

潮の香りがシンの鼻腔を擽る。
海の香りを風が運んで来てくれている。
唇に微かにべとつくような感触が生じるが、気にするまいと一つ息を吐く。
寝転がりながら見つめるその先には純粋な青。
視界に広がる一面の青には、呑気に翼を羽ばたかせたカモメ達が思い思いに白いラインを描いていく。
自由で羨ましいなと素直に思う反面、このご時勢にいい気なものだ、という皮肉もある。
もっとも、鳥達に気にしろという方が無理な話である。
気にかけろと言う方が高慢なのである。
それでもシンはぼんやりと気に掛かった事を頭の中で広げていく。
無造作に、無作為に、無計画に、無目的に。


鳥達は何を思っているのだろうか。
鳥達には人間達がどのように映っているのだろうか。


無骨で鉄の翼を得て、ようやく空を飛ぶことが出来た人間。
しかし、無骨な翼は、冷たい巨人へと変わって行き、人は飛べた事に喜ぶ事よりも、地を這う者を見下すようになった。
銃を持ち、剣を振るい、他の翼を捥ぎ取り、地へと叩きつけようと、お互いに足の引っ張り合いをしている人間。


脳裏に青い翼が甦る。

青い翼で空を切り裂き、正義の光とやらで自分の全てを奪い去った自由の翼。
天使気取りのならず者。
理想と綺麗事と正義を狂ったように喚き続ける狂信者。
踏み潰されていく地上の人間の姿など、きっとその目には映っていないだろう。
彼らの瞳は輝かしいご大層な平和という理想によって救い難いほどに焼かれているのだから。

けれどもシンは最早、嘗てのように一方的に、幼い怒りをぶつける事はしない。
拙い憤懣でもって彼らを全否定する事はしない。
いや、出来ない。



何故ならシンもまたその一人であるから。

赤い、毒々しい程に紅い翼は奇形のアゲハのようで、シンは一度たりとも己の分身を鳥のように感じた事はない。
誰かが美しいと賞した紅炎の羽根を、しかし、シンは何処までも醜いと思う。
血を吐くように、血を撒き散らすように広げられる翼。
運命という名を冠し、紅い涙を流す顔は、シンには寧ろ道化に見える。
羽根の生えたピエロなど、滑稽の極みだ。
ましてや、天使のように振舞うような神経など持ち合わせていない。

これは一種の同属嫌悪だ。

天使のようにも鳥のようにも振舞えない自分自身への憎悪だ。



わかっている。
それは欺瞞に過ぎないという事を。
傲慢に振舞おうと、自らを戒めようとも、所詮は変わらない。
所詮は人を傷付けているに過ぎない。
力を自覚して振るおうとも、無自覚に振るおうとも、傷付けられた者にとっては、それは『暴力』だ。

では、何が正しいのか。

そう問われれば、やはりシンは言葉に詰まる。
袂を分かった友とも、去っていった上官とも、自身の中にあるものは違う。
ではどう違うのだろうか、何が違うのだろうか。
それをどうやって表すのだろうか、どうすれば行えるのだろうか。



「わかんねぇや……」

結局はそう呟かざるを得ない。
それしか言えない。
どこまでも自分は愚かなのだろう。
大した事も考えられない、大した事も出来ない、何故なら大した存在ではないから。
戦いに身を投じるまではどこかで錯覚していた。
力を手に入れれば何かが出来る、そして大きな力があれば何でも出来る、だから力を手にした自分に出来ない事はない。
くっと唇を歪に引き攣らせる。いつの間にか覚えていた、酷く歪んだ笑みをシンは口元に浮かべる。



笑いたくなる程の論理の飛躍だ。

戦争に身を投じて徐々に理解し始めた。
力はより強い力に捩じ伏せられる。
それが嫌なら更に大きな力を求める。
その繰り返しに過ぎない。


力が無かった。
                    そして一方的に奪われた。
だから力を手に入れた。
                    また守れなかった。
それでも仇敵を破った。
                    虚しさが残った。
新たなる力を手に入れた。
                    その力で嘗ての仲間を討った。
手に入れた力で更に戦い抜いた。
                    迷いが生まれた。
更に戦い、勝ち残ってきた。
                    それでも迷いは晴れなかった。



様々な思惑が、意思が、信念が、欲望が剥き出しになり、絡み合うのを見てきた。



                    そして友と袂を分かった。


いつしかシンの中にあった万能感は消えていた。

                              ◇

手の平を太陽にかざす。
日の光に透けて、色白な肌が俄かに緋色を帯びる。
ピアノを弾く友人には敵わないものの、それでも同年代の者に比べれば華奢な手だ。
整備士の友人達と掌を比べた時にはそれが如実に現れた。
機械をいじり、油と汗に塗れ、時に火傷や切り傷、擦り傷、ひび割れに見舞われるその手は、ゴツゴツとしていた。
けれども、何故かシンには自分の手よりもずっとその手は綺麗なものに思えた。
何かを作り出す手、何かを直す手、それが例え兵器だとしても、シンにはその手がとても温かく思えた。
己のごつごつとした手に苦笑しつつも、どこか誇らしげにしていた友人達の笑顔が眩しかった。
ならば自分の手はどうなんだろうか。

恩人を殺めた手

仲間を討った手

友に刃を向ける事になる手


翳していた手をギュッと握り締める。
引き結んだ唇から薄っすらと血の気が引く。
きりきりと噛み締めた歯が軋む。
自分が今何処に立って、何処に向かっているのか、シンにはわからなかった。


「誰か教えてくれよ……」
「何を?」

誰に語りかけていたわけでも無い呟き、いや、泣き言に相槌が入り、シンはギョッとする。
とはいっても、瞳を見開く程度の反応であったが。
それは、シンが冷静なのではなく、単に身を覆う倦怠感が驚きに勝っていただけに過ぎない。
シンは瞳をゆっくりと自分の頭の方へと向ける。
自分の視界に映っている景色に黒い影が映り、太陽を隠していた。まるで、通せんぼをするように。
シルエットと、声で予想は付くものの、シンは太陽の光でぼやけている焦点を引き絞る。
ピントが合い始め、黒い影は徐々にその様相を露わにしていく。
つるりとした滑らかなシルエット、それは彼女の背まで伸びた艶やかな黒髪であった。
形良く膨らんだ唇は瑞々しく、グロスを引いただけの唇は、それでもシンには十分過ぎる程に色鮮やであり、シンは一瞬それを凝視してしまう。細められた瞳は、翡翠のように透き通り、夜空に散りばめられた小さくもしっかりとした輝きを帯びた星のようでもある。
少女と呼ぶには落ち着き、女と呼ぶには覚束ない、そんな微妙なバランスの上に成り立っている彼女をシンは寝転がったまま見上げる。

「何か用ですか?セツコさん」

突いて出たのはぶっきらぼうな言葉。
セツコが嫌いなのではない。
弱音を吐いているところを見られた事が悔しかった。
出来るならば、早くこの場を後にして欲しい。
そう願いながら、シンは元々余り良い方ではない瞳を、更にきゅいっと吊り上げる。
しかし、セツコはそんな事など気に留めるまでも無く、視線をシンから青い地平へと向ける。
潮風が絡みつき、弄ぶようにセツコの髪に吹き付ける。
それを心地良さ気に受け止める彼女に、シンは奇妙な落ち着かなさを覚える。
暫し風の感触を楽しんでいたセツコは、瞳をシンに向ける。

「用は……もう済んじゃったかな」
「はぁ?」

余程怪訝な顔をしていたのだろう、シンの表情を見ると、セツコは苦笑とも照れ笑いとも取れない曖昧な笑みを浮かべる。

「シン君が甲板に出て行くのが見えたから何してるのかなぁ~~って」
「それだけですか……暇なんですか?」
「暇っていうわけじゃないのよ。さっきまでシミュレーターにいたの」

またか、とシンは声に出さずに呟く。
眠りこけてしまうまで彼女が苦行にも似た訓練を行うのは知っている。
途端にシンの中に苦々しい気持ちが広がる。
それを察したのか、セツコは慌てて付け加える。

「あ、で、でも無茶な訓練とかじゃないから。アムロさんに相手をして頂いて、今日はもうおしまい」
「どうだったんですか」
「……やっぱり凄いね、アムロさんは。もう完敗だよ」
「そりゃそうでしょ。相手が相手なんだし」
「うん、そうだね」
「それよりも折角の休みなら寝てた方がいいんじゃないですか」
「ううん。私はそんな余裕無いもの」
「でも、身体が……目だって…」
「いいの」
「………それなら好きにすればいいですよ」

意固地な子供の相手をしているような徒労感がシンを襲う。
苛立ち紛れに吐いた言葉に、困ったようにセツコが浮かべる笑みを横目に見ながら、シンは自らの言葉に軽い嫌悪感を覚える。


(クソッ……何でこんな物言いしか出来ないんだよ……)

自分ではなければ、あるいはもっと上手く言えるのではないだろうか。

レントンのように真っ直ぐに勇気付けるように。

エイジのように力強く励ますように。

ガロードのように気持ちを和ませるように。


訓練をしていた本人が一番自分の未熟を思い知るのだ、それをわかっていながら尚突き放すような言葉しか吐けない自分が嫌になる。

「ゴメンね、シン君」
「何謝ってるんですか、アンタは」


自己嫌悪の海に沈みかけていたシンは、唐突な、少なくともシンにとっては唐突とも思える言葉に動揺を滲ませる。
またしても脊髄反射のように口から出たぶっきらぼうな言葉に、シンは内心舌打ちをする。
いっそこの口が捥げてしまえば良いのに、ととりとめもない苛立ちと自責の思いが去来する。
セツコは微かに首を傾げる。


「シン君、心配してくれたのにね」
「別に心配したわけじゃ、ないです、けど」


シンの言葉など聞こえていないかのように、セツコは、悲しそうに、申し訳無さそうに瞳を伏せる。
頬に掛かる睫毛の影が、一層憂いを秘めた表情にアクセントを与える。
グロスが艶めかしく光る唇は小さく吐息を吐くからであろうか、微かに開き、鮮やかな舌がちらりと今にも覗きそうに見える。
絹糸のように滑らかな髪が、頬にかかり、その物静かな端麗な影は、あたかも枝影が石階にその影を落とすかのように、セツコの大理石の肌に落としていた。

既に何度も見たことのあるセツコの表情。

余りにも様になりすぎだ。

シンは苛立ちにも似た思いを抱きながらセツコを見る。
憂い、悲しみ、嘆き、それらが形容詞に相応しい表情がこうも様になってしまっている彼女と、そうさせた『誰か』への苛立ちが募る。
そして、何よりも、その場に居合わせながらも何も出来なかった自分に。


「私もわかってるの。このままじゃいけないって………皆に心配かけてるのも知ってる」
「………だったら……だったら何で……」
「でも……でも……私はグローリースターだから……最後のグローリースターだから……」
「だから……無茶でも何でもするって?」


セツコはおずおずと、それでも頷く。
シンは辛うじて舌打ちを堪える。
そんな事をしようものなら、目の前の女がどんな表情を浮かべてしまうのか、それがわかっていたから。



「でも、俺も言われた事あるけど、ハードすぎるトレーニングは意味無いって言いますよ」
「それもわかってるの……でも、それでもそれしかないの……私は……だからそうしていないと…」



耐えられない。



セツコの唇がそう動くのがシンにはわかった。
デンゼルの、トビーの仇を討つ事。
あの自己陶酔と自己満足の塊の如き醜悪な男を倒す為に。

そんな事、そう言ってしまう事がシンには出来なかった。

過去にセツコは捕われている。
それも自分自身自覚しながら、いけないと知りながら、それでも自ら縛られに行っている。
自らが崩壊していくと知りつつも、それでも過去を追い求め続ける。
それを後ろ向きであると、断ずる事はシンには出来なかった。シンにだけは出来なかった。
(俺も同じか………)


ならば、シンにセツコを止めることなど出来ない。
ふと、自らの手に視線を落とす。
セツコが来るまで自問自答していた事、自分には戦う事しか出来ない。
セツコを止める事も、守る事も出来ない。
何故なら、彼女はヒロインのように守られる事を望んでいない。
自らの手で終わらせたいのだ、この戦いを。


(仮に望んでいたとしてもさ、俺に守れるのか?)

無様に大切な者を失い続けた自分に、そう思うと自嘲の笑みが沸々と浮かぶ。
結局守る事も止める事も出来ない、ただ戦い、奪い、破壊するだけなのだ。


「シン君?」

黙り込んでしまった少年を、気遣わしげにセツコが覗き込む。
その表情を見て、シンの中に再び苛立ちが生まれる。
気遣うつもりが、気遣わせてしまった、そんな顔をさせるつもりはないのに。
そんな表情など見たくは無いというのに。

「シン君…どうしたの?どこか具合でも」

シンの思いを知らず、弟のような少年が心配なのかセツコは顔を近づける。
風に乗ってセツコのコロンの香りがシンの鼻腔を撫でていく。
シンの瞳に、キメの細かいセツコの白い肌が映る。
無邪気というべきか、無防備というべきか、不用意に男に顔を近づける年上のこの女性に、シンは呆れる。
偶にセツコが見せる無邪気な色気、それはもしかしてシンだからこそ敏感に察するのかもしれない。
処女だけに似つかわしい種類の淫蕩さ、成熟した女のそれとは異なるそれは無邪気で、あざとさの無いものだ。
咽返る様な香りではなく、微風のように酔わせる。


(何かマユのイタズラみてぇ……)
直感的にシンはそう感じた。
幼い少女がフザケ半分で、じゃれつくように行う可愛らしくも悪趣味なイタズラのそれに酷似していると、シンは感覚的に思う。

ふと、そこに薄っすらとした痣のようなものが見えた。
目の下にあるものにシンはハッとする。
クマをファンデーションで隠しているのだ。
疲労から来るものなのか、精神的なものから来るものなのか、或いは両方か。
一度気付くと、それは酷く痛々しいものに映った。
星色の瞳に、白い柔らかな頬。
そこに、薄っすらと浮かぶ黒い三日月は酷く痛々しく、惨く、そして目障りであった。

同時に、先程までの自嘲と諦観の念が潮が引くようにシンの中から流れ出ていく。
代わりに、抱いたのは自分でもわからぬ感情。感情という名は少々似つかわしくない。
そう呼ぶには、余りにも荒々しく、確たる形を持たず、ユラユラと炎のように絶えず揺れ動いていた。

感情になりきらない未熟な衝動。


「セツコさん……」
「うん?」


きょとんと小首を傾げるセツコは、顔を上げたシンの瞳に苛烈な炎が揺れているように思えた。
それはシンの瞳の色故なのかもしれない、しかし、セツコは確かに炎を見た気がした。

「アンタは多分止めろって言ったって戦うのを止めたりしないんだろ?」
「……………ゴメンね……」
「いいよ、謝らなくたって。俺もそうだから。多分、誰に言われたって、自分が納得出来なきゃ戦うのなんて止められないから」
「うん………」
「それでも、俺、セツコさんにこれ以上無理して死んで欲しくない。だから………」


シンは、幾度か、口を開いては閉じ、そしてまた開いては再び閉じる事を繰り返した。
それは言葉を紡ごうと、必死に自分の中から掻き集めているように思えた。
数泊の後、シンは頬を微かに紅潮させながら、それでもハッキリと言葉を舌に乗せた。


「俺、戦うから。最後まで、絶対に死なないし、負けない。それで、セツコさんがきちんとケリを付けられるように、俺がセツコさんの背中を守るから」
「シン君……」

向けられた少年の瞳に、セツコはどうしてなのか訳もわからず、ただただ鼓動が早くなっていくのを感じた。
シンは思わずセツコの手を握り締める。
紅潮したセツコの頬から、つと視線を手元に移すと、先ほどまで睨み付けていた掌にはほっそりとした白く柔らかな手が添えられていた。


「だから ――――― 」

                              ◇



耳に届くアナウンスに、シンはそろりと瞳を開いた。

「ハッ………なっつかしい夢だなオイ……」

余りにも生々しく瞼の裏に焼きついた先ほどの夢に、一瞬シンは自分のいる時間を忘れた。
しかし、周囲の喧騒と、彼らの服装から、すぐに自分のいる場所を思い出す。
機動六課。
今の居場所
といってもシンの中では仮宿に過ぎない場所。
それを言ってしまえば、人の良い仲間達は即座に表情を曇らせると理解しているが故にシンは決して口には出さないが。


「だから……なんて言ったんだっけ……」


眠りの尾は未だにシンの身体に巻きつき、倦怠感となってシンの中に残る。
それを、覚醒させた意識の元、丁寧に追い出していくと、背を丸めてテーブルに突っ伏していた身体を伸ばしていく。
強張っていた身体が徐々に解けていくのを感じながら、シンは窓の外に視線を向ける。
目の覚めるような青空に、先ほどまでの夢を思い出す。

「シーーン」
「シンくーーん」

ぼんやりと窓の外を見ているシンの耳に快活な声が飛び込む。
未だに覚醒しきっていない頭をゆるりと向けると、オレンジ色の髪を両側で結んだ少女と、短く切った青い髪の少女が駆け寄って来る。

「おう」

少し間の抜けた声で短く挨拶をするシンに対して、オレンジ色の髪の少女が眦を吊り上げる。

「おう、じゃないわよ。アンタ何呑気に眠りこけてるのよ。遅れたら副隊長にしばかれるわよ?」
「ああ~~~そういやそうだったなぁ~~」
「まったくもう!」

腰に手を当てて、呆れるようにシンを見つめる少女に、シンはしかし、どこか気怠るそうに答える。
そんなシンの態度が気に食わなかったのか、尚も文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、少女は眉間に皺を寄せる。

「ん?どうしたティアナ」
「アンタ……こっちのセリフよ、それ」
「何が?」
「シン君どうしたの?」
「スバルまでなんだよ」

不安気な、気遣うように瞳を覗き込んでくる青い髪の少女に、シンはますます訳が分からないといった表情を浮かべる。

「シン君………泣いてるよ?」

その言葉に、シンはぎくりとしながら目元を指でなぞる。
そこには明確に流れ出た滴の軌跡が描かれている。
微かに目尻に残った雫を拭い取ると、シンは誤魔化すように笑う。

「ああ~~まぁ……………花の夢………かな?」
「花?」

ティアナの不安気な顔に、シンは偽りの笑顔を向ける。
彼女を心配させまいというよりも、自身の感傷を飲み込もうとするように、虚勢で塗り固めた笑顔を。

「そ、結局……散っちゃったんだけどな………それが少し悲しかったって、まぁそれだけ………うん、それだけの、ただの夢だよ」

強く目を閉じ、瞼の裏に未だに焼きつく佳人の姿を振り払うように、瞳を開く。
シンは自分の掌を見つめる。




其処には何も無かった。






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最終更新:2009年09月12日 23:58
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