機械仕掛けの巨人の大剣がブリキの玩具を切り裂いていく。
熱したナイフでバターを切るように。
紙細工を鋏で裂くように。
機械仕掛けの巨人は剣舞でも披露するかのようにブリキの玩具、出来損ないの悪魔を次々と切って捨てる。
それは明暗がはっきりと別れているが故に忘れさせる。
それが一方的な殺戮と化している事を。
◇
「あ~あ~、ヤりも殺ったりって感じね~」
色白の肌を日の下に曝しながら口笛でも吹きかねないからりとした声の軽さで辺りを見渡すのはルナマリア・ホーク。
その口調には感心と呆れが同時に内在している。
彼女が異常者なのではない。
ただ、余りにも呆れざるを得ない程に辺りはブリキのガレキで埋もれていたからである。
辺りを漂う硝煙の匂いに嫌悪感を抱くには既に戦場に慣れ親しみ過ぎていた。
けれども肉の焦げる匂いを悦ぶ程には彼女は未だに堕ちてはいなかった。
だから彼女は呆れるしかない。
それ意外に何か反応を示す事が出来ないでいた。
ついっと視線をそらすと、其処には黒いパイロットスーツに身を包み、ヘルメットを脱ぎ去り、汗に濡れた髪を生温かい風が弄ぶままにしている青年。
紅い瞳はどこか遠くを見つめ、口元には達成感からくる笑みも、優越感に照らされた歪みも無い。
ただ、無感情に真一文字に引き結び、何も無くなってしまった辺りを見渡すだけである。
周辺では彼らの部下達が後始末に追われている。
「いくら何でもやり過ぎじゃない?」
ルナマリアが呆れたように、溜息混じりに語りかける。
何か返事を期待しての言葉ではない。
けれども、青年は意外にも、少なくともルナマリアにとっては意外にも、言葉を聞き及んでいたのか振り返る。
「ザフトから下った命は『クーデターの援助』でも『反乱の鎮圧』でもない。『紛争の早期終結』だろ?」
「ま、どっちもどっちっていうのは否定しないけれどね」
政府軍のGMやストライクダガーの残骸、反政府組織のザクやグフの残骸。
それらは平等に横たわっていた。
「鉄屑になっちゃえば政府も反政府も無いわね」
それを見てルナマリアは深く息を吐く。
足元に転がる鉄の、もはや何のパーツだかわからない残骸を蹴飛ばす。
「でもこれを見たらヤマト隊長なんて大泣きするんじゃないの?」
「泣きたいなら泣かせておけばいいさ。もっとも俺には達磨にして戦場に放置する方がエグイと思うけどな」
「あはははは……ヤマト隊長やアスランが聞いたら怒るわよ?シン」
そう言われてシン・アスカはフンと短く息を吐く。
小馬鹿にするでも嘲るでもなく、ただ馬鹿馬鹿しいと切り捨てるように。
「怒りたいだけ怒らせておけばいいさ。世界は自分の思い通りになんてならない。そろそろそれを学べばいいさ」
「毒づかないの」
「毒づいてねぇよ。ただ本心を言ってるだけだよ」
「ふふふ、まぁ否定はしないけどね」
シンの包み隠す事のない言葉に、思わず苦笑を漏らすルナマリア。
当のシンはどうでも良さ気に再び周囲に視線をやる。
その瞳に空しさと孤独、渇きが浮かぶ。
何を求めているのか、それを聞こうとは思わなかった。
きっとシンの渇きを自分は埋められないのだろう。
埋められる筈の人はこの世界にいない。
女々しい男だと、そう冷徹に切り捨てる自分がいる。
メソメソと喪った女性をずっと胸に抱いている。
けれども一方では一途な男だと、愛しく思っている自分もいる。
この世界から消失して尚、そこまで思われている『彼女』に対して、女としての羨望と嫉妬が渦巻く。
くしゃりと汗に濡れた髪をかき上げるシンは、その時何かを耳にした。
それはルナマリアも同様であったらしく、二人は素早く周りを見渡す。
ガラッと、微かにガレキが崩れる音と共に振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
男は傷を負っているのか、腹部から夥しい出血をしている。
もう助からないな、コイツは。
シンは即座に男の傷を見てとると、短くそう結論付けた。
現に男の顔色は真っ白と言っても過言ではないほどに血の気を失っており、既に彼が長くない事を如実に知らせていた。
ルナマリアは男の手に拳銃の類が握られていない事、男の傷が深い事を見て取った上で、尚警戒するように拳銃を抜く。
手負いの人間は何をするのかわからないからだ。
手負いの男は血で真っ赤に染まった腹部を押さえながら、瓦礫にもたれかかる。
荒い息と、滲み出る脂汗、蒼白な顔。
全てから男に刻一刻と死が迫っている事を如実に示していた。
男はしかし、その瞳だけは強い光が宿っていた。
強い光の灯った瞳は真っ直ぐにシンを睨み付ける。
シンはその、気の弱い者であれば卒倒してしまいそうな瞳に当てられて、尚何処吹く風といった風である。
「貴様等が……貴様等が来なければ?」
「………」
「貴様等が来なければ……我々の理想を満天に知らしめる事が出来たものを……貴様等は一体何なのだ!!
突然土足で入ってきて破壊を繰り返すその所業に一体どんな理想があるというのだ!!!
どうして、何の権利があって我々の理想を阻む権利を有するのだ!!!」
それは魂を切り分けたような、悲痛とも言える叫びである。
しかし、激した男の剣幕に対するシンの表情は醒め切ったものであった。
否、醒め切ったものではない、寧ろ白けきったものであった。
その炎のように紅い瞳は、ルビーのように無機質で冷たい輝きを放つ。
シンは軽く首を回すと、心の底から煩わしいとでも言うように吐き捨てる。
「アンタ等さぁ、人質取ったろう?」
「人質……?」
「この街の人達を。そんで殺したろ?」
シンは言うべきことは言い終えたとでも言うように、言葉を区切る。
その言葉に唖然としたような表情を浮かべたのは男であった。
「それだけか……?それだけで」
わなわなと唇を震わせるのは、血を失いすぎて寒気が走っているだけが原因ではないだろう。
余りにも簡単に、端的に言われたその言葉を男が理解するのには暫しの時間が必要であった。
「貴様は、愚にも付かない民衆の為に、それだけの為に我らの理想実現を阻んだというのか!!!この悪魔の所業を!!!」
「アンタ等にどんな崇高でお利口な理想があるのかは知らねぇよ。けどアンタ等は何もしていない、ただ毎日を一生懸命に生きてた人達を人質に取った。
そんでもって取引の材料にならないからっていう理由で殺した………理由はそれだけで十分だろ?」
言いたいこと、言うべきこと、それらを言い終えたと言うようにシンは男に背を向ける。
最早男の存在そのものに興味を無くしたかのように、男の語る理想に欠片も用が無いかのように。
男の表情が見る見る間に歪む。
驚愕、憤慨、憤怒、憎悪。
男は腰から拳銃を引き抜くとシンの背に銃口を向ける。
耳に痛い程の破裂音が瓦礫の海に響いた。
重たいものが倒れる音が鈍く響く。
硝煙を立ち昇らせた拳銃をルナマリアはホルスターに収める。
崩れ落ちた男のこめかみからは鮮やかな血がどくどくどくと絶え間なく流れ、どす黒いシミを大地に作っていく。
それを振り返りながら見下ろすと、シンは微かに唇を歪める。
「サンキュ、ルナ」
「アンタね、私が撃たなかったらどうするのよ!!」
腰に手を当ててお姉さん風を吹かせ、もうっ!と叱るように眉を顰める。
シンはくくっと喉を震わせて笑い声を上げずに笑う。
それを見て、ルナマリアは眉をさらに逆立てる。
「シン!!」
「悪い悪い。でもさ、ルナ撃ったじゃん」
「もう、そういう問題じゃないでしょ!!」
「じゃあ何が問題なんだよ?」
「アンタね、最近特に酷いわよ?」
「酷い?」
「命を簡単に放り出そうとし過ぎ!!」
「そんな事ないけどなぁ……」
吹き付ける風に舞い上げられた髪を抑えながら、シンははてと思い巡らせる。
本当に心当たりが無いその表情にルナマリアは深々と溜息を吐く。
「でも、この手の理想主義者がどういう言い方をすれば怒るかなんてわかってたでしょう?」
「それは勿論。わざと言ったし」
イタズラが成功した子供のように笑うシン。
ルナマリアは子供を叱り付けるように声を荒げる。
「だからぁ、それが命を粗末にしてるって言うの!!」
「そんなつもりが無いのはマジだって。たださぁ、言ってやりたかったんだよ、自分達が何で殺されるのか、そのワケを」
「ワケ?」
「御大層な理想を持ってる奴等はさぁ、スッゲー上から世界を見下ろしてるような気持ちになってるんだよ。
そこに住む一人一人の人間なんて眼中に無いっていう感じにさぁ………
まるで崇高な理想に身を捧げてる自分達もいつの間にか神だとか天使だとかと混同してるんだよ」
シンはぞくりと怖気の走るような笑みを浮かべる。
「思い知らせてやりたいじゃん?そんな奴らに………自分達が見下してた連中のせいで破滅するんだって」
「性格悪いわね~」
「そりゃあどうも。どうもついでに今日相手してくれよ」
「最っ低……商売女相手にしてるつもりだったら撃つわよ。弾丸はまだあるんだから」
軽蔑というよりも呆れたようなルナマリア。
シンは甘えるように、意識的に微かに首を傾げて覗きこむようにルナマリアを見つめる。
その頬が朱に染まるのを確認してから、取って置きの言葉を選ぶ。
「ルナにしか言わないって」
「………ハァ……もう、わかったわよ。騙されてあげる」
「やった、ルナ大好き。じゃあ帰るか」
シンの瞳には依然変わらぬ渇きがあると見て取って、それでもあえてルナマリアは見ないフリをする。
女としての矜持と性が綯い交ぜになって彼女から思考を奪い、心を本能に従わせた。
視線をふとそらせると、そこには深々とコックピットを大剣で貫かれた残骸と化したMSと、それを見下ろす翼を閉じた機神の姿があった。
それはまるで、度し難い存在を睥睨する悪魔のようであった。
その瞳からは血の涙のように赤いラインが走っている。
まるで泣くことを忘れた主の代弁者のように。
「アスカァ!!」
耳を劈くような甲高い声にシンは顔を顰め、振り返る。
視線の先には顔を真っ赤に怒らせたイザーク・ジュールが鼻息荒く近付いてくる。
シンは一つ溜息を漏らす。
それが更に火に油を注ぐ事となったのか、イザークは顔を一層赤くする。
色白な肌であるだけに、それは酷く鮮やかなものであった。
「イザーク……何か用ですか」
先任隊長であるだけに、また年上であるだけに、シンは体裁だけの敬語を使う。
それは正に体裁だけといった態度であった。
意図してのことであった、それがイザークの神経を逆撫でする事を知って。
シンの間近にまで歩み寄ると、イザークはその胸倉を掴み上げる。
「貴様……どうして命令に従わなかった!!」
「はぁ?命令になら従いましたよ。ちゃんと」
「ならば何故政府軍まで手にかけた」
息も触れる程の距離で目を血走らせながら吠えるイザークを煩わしげに見遣ると、胸倉を掴む手を振りほどく。
尚も睨み付けるイザークの視線をものともせずに、シンは面倒だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「紛争の早期終結……たしか命令はそうだった筈ですが?」
「あれが貴様なりの早期終結だというのか?」
「そうであります」
「虐殺が貴様の紛争終結か!!ふざけているのか!!!」
「ふざけてませんよ。それに虐殺じゃありません」
「政府軍を手にかけたことはどう説明する」
「政府軍は近隣の町に基地を設置していました。それも無抵抗の住民を弾圧してまで無理矢理に。
だから住民を早く解放させる為には両方叩きのめすしかないと判断したんですよ。案の定政府軍は首都にまで軍を引っ込めたじゃないですか」
イザークのこめかみが引き攣る。
「随分と薄っぺらい正義感だな。その代償が両軍の命か?随分と大層な身分だな」
「そうですか?」
嫌味まじりのイザークの言葉に、シンは小馬鹿にしたように笑う事で応える。
その言葉は、嘗てのシンであれば何らかの反応をしていたであろう。
しかし、シンは一向に気にするでもなく、歪んだ笑みを称える。
「少なくともコックピットを外せ、なんていう寝言よりはマシなつもりですよ」
その言葉に思うところがあったのか、イザークは小さく舌打ちをする。
「議長に感謝するんだな」
「議長?」
「貴様の懲罰を不問にするよう議会に掛け合って下さったのだからな」
◇
「ええ、わかりましたわ。ありがとうカガリさん」
オーブの代表との通信を切ると、ラクスは深い息を吐きながらシートに背をもたれかかる。
シンの起した問題に関する情報操作を終え、ラクスは普段の彼女らしくもない疲労を覚える。
政府軍の住民の強奪。
施設の接収。
そして公にしていない虐殺。
痛い腹を探られたくないが故の不問。
それもあるであろうが、ごねてプラントを敵に回せる程の国力は、最早反政府組織の武力蜂起で疲弊した政府には無い。
それを見越した上でのラクスの根回しは地球圏有数の強国オーブの協力もあってスムーズに進んだ。
それでも政府軍に弓引いたシン・アスカの行為は容認し難く、それ故の情報操作であった。
しかし、本音を言えばラクスはこうなる事を予想していた。
敢てアバウトとも取れる指令を出したと言った方が正しい。
ラクスは正直なところ、シンがどのような行動を取るのか見てみたかった。
批難を覚悟で言ってしまえば、ちょっとした問いかけであった。
シン・アスカという人間への。
素直に受け止めればクーデターの鎮圧に他ならない指令を鵜呑みにしてしまうのか。
それとも彼なりの正義があってそれをわざと穿った見方で解釈するか。
シン・アスカ ――――― 現アスカ隊隊長の命令違反は今に始まったことではない。
ザフト・レッド時代、ブレイク・ザ・ワールドに端を発する大戦の折にも幾度も見られたものである。
報告書をディスプレイに幾つかのウィンドウに分けて表示するとラクスはぼんやりと見つめる。
そこに映っているのはまだ今から4年以上前の少年であったシン・アスカ。
ラクスの知らないシンの姿があった。
今のように髪は長くなく、背も高くない。
顔立ちもどこか幼く、拗ねたような顔をしているのが可愛らしく思えた。
何より違うのはその瞳。
意思の強さ、負けん気の強さ、そして純粋さと苛烈さを秘めた紅い瞳。
炎のようなその瞳が何よりも違うとラクスは感じた。
「大切な人の喪失………いえ、それだけじゃないのですわ。世界の冷たさに絶望したような……」
キィッと椅子が微かに軋む音を立てる。
「純粋なのですねきっと……割り切れない程に……折り合いを付けられないからこその破壊衝動……でしょうか?」
そう呟いてラクスは溜息を吐く。
いくら考えてみても、自分には所詮憶測しか立てられない。
シンが痛みを受けた、まさにその時、自分は彼の傍らにいなかったのだから。
そして、最も彼の痛みを分かち合う事が出来ていた女性は既にこの世にいない。
彼を、喪失の連続で罅割れ、砕けそうなシン・アスカの心を掬い上げていたその女性はもういないのだ。
彼の心を、魂を、想いを、全てをその身に引き受け、かけがえのない存在となっていた女性。
でも同時に彼に決定的な喪失の痛みを与えた女性。
不意に、議長のテーブルにある通信が鳴る。
ボタンを押して、それをオンにすると受付の衛兵からの通信が入る。
『議長。アスカ隊長が面会を求めておられますが』
アスカ隊長、という言葉にラクスの胸が高鳴る。
ラクスは努めて冷静な声で答える。
「構いません、通してくださいな」
声が裏返っていなかっただろうか、ラクスは少し心配になるが、気にするまいと思った。
どうせ、此処での事は外部に漏れることは無いのだ。
暫らくしてから議長室のドアの開く音と共に、普段は着崩しているザフトの白服を襟まで止めたシンが現れる。
◇
シンは議長室に入るなり敬礼をする。
「シン、ようこそいらしてくださいました。今日はどのような御用で?」
努めて浮ついた内心を悟られまいとするようにラクスは自身に言い聞かせながら言葉を紡ぐ。
シンは何処と無く拗ねたように憮然とした表情のままだ。
「お忙しいところ申し訳ございません議長閣下」
他人行儀。
その言葉が一瞬ラクスの胸によぎる。
けれどもそれは当然の態度なのだと、ラクスは公私の境を見失い始めた自身の心を叱り付ける。
自分はプランと最高評議会の議長であり、シンはザフトのアスカ隊隊長。
上司と部下の関係であるのだ。
彼の態度が当然なのだ。
「いいえ、構いません。丁度一段落着きましたし」
「俺の懲罰を無くす為の根回しですか?」
嘲るように囀るシンの声に、ラクスはハッとなる。
シンの瞳に何かに挑むような光が仄暗い炎のように揺らめいている。
「そうなる事を予想していたとでも言いたいのですね」
「ならなきゃおかしいでしょう?」
「ならば逆に問いますわ。何故あのような真似を?」
「散々聞かれた事ですよ。報告書にも書いた筈ですが?」
慇懃無礼とも取れるシンの言葉である。
しかし、それを受け流すと、ラクスは静かな、けれども強い瞳で見つめ返す。
「貴方の口からもう一度聞きたいのです」
はっきりとしたラクスの口調に、今度はシンがハッとなる番であった。
逡巡の後、シンは憮然とした口調で口を開く。
「自分は力のある奴らが無い人達を巻き込むのが紛争だと思っています。だからその元を断ったまでです」
端的な言葉であった。
争い、人々を傷付けるものを平等に許さぬ、そう言っているも同然である。
「ですが、その為に貴方が奪った命は数知れません。貴方は彼らの命はどうでも良いと?」
アスランであれば口籠るであるだろう。
キラであれば違うと言うであるだろう。
「ハイ」
しかし、シンは淀み無く、躊躇無くはっきりと答えた。
余りにもあっさりと言ってのけたその言葉と、その有り様に、一瞬ラクスは言葉を失った。
「命は平等ではありません。ヤマト隊長なら平等であると答えたかもしれませんが、俺はそう思わないですね。
戦場に身を置いてる人間……命を奪われる事を覚悟した人間の命と、普通に毎日を生きている人の命が同じ重さなんて絶対に」
当然俺の命も平等じゃありません。
そう言ってシンは口を噤む。
まるで最早言うべき言葉は言ったと言わんばかりである。
一瞬、シンの瞳に灯る強い光にラクスは自分の何かが貫かれたような錯覚に陥る。
余りにも彼女の周りにいる人間とは異なるその価値観に ―――――― それだけではない。
一切の綺麗事も、保身も挟まない清々しく、愚かしいまでの一途な有り様に痺れたと言っても良い。
シン・アスカは乙女なのだ。
ラクスは不意にそう思い至る。
潔癖で、思い込みが激しく、融通が利かず、それ故に純粋で壊れやすい乙女のような気性を持っている。
キラやアスランの方が命を大切にする、一見すればそう思える。
シンは力の有る無しで命を選ぶ。
もっと言ってしまえば力を行使するか否かで選別する。
それは傲慢であるかのように思える一方で、力なき者を守ろうとする強迫観念にも似た想いと背中合わせの傲慢さである。
故に、シンという人間は酷くアンバランスなのだ。
命の喪失に怯える一方で、それを害する者から病的な執念でもって命を刈り取る。
自分の力の及ぶ範囲で命を奪うかどうかを判断するキラやアスランの方がいっそ割り切っているだろう。
「そうですか……ならば私から聞くことは何もありません」
「随分とお優しいので。手っきりコックピットを外せと言われるのかと思いました」
ラクスはその言葉に子供染みた感情が滲んでいると感じ取った。
もっと言うならばキラ・ヤマトへのあてつけ、自分へのあてつけ。
その瞳に宿る微かな炎の揺らぎ。
痛みにも似た甘い痺れがラクスの背筋を這いずる。
ラクスは下腹部が熱くなり、太腿の間を甘い蜜が伝うのを感じた。
愉悦にも似た思いが身体中を侵食し、そして脳髄を蕩けさせる。
ラクスは緩む口元を押さえ込みながら、怪訝な顔をしたシンに辛うじて向き直る。
「アナタはそのままで宜しいのだと私は思いますわ」
それだけ言うと、言うべきことを告げ終えたと言わんばかりにラクスはシンに背を向ける。
背後でシンが出て行くのを確認してからラクスはシンの表情を反芻する。
シンがキラを偽善と蔑んでいる事は知っていた。
いや、キラだけではなく、アスランやカガリ、そして自分をシンは軽蔑している。
そして一方で自分の力だけでは及ばぬ現実に、世界にもどかしさ、歯がゆさを覚えている。
自分の道に確信を抱きつつも自分の力に疑問を持っている。
様々な要素が絡み合い、幾つもの矛盾と軋轢とに、心が磨耗している。
拠るべき者を求めて彷徨っている脆さにシンは気付いていない。
気付いているのは拠るべき者がいないという事。
何処までも純粋で潔癖な心。
ラクスは唇をそうっと歪める。
ならば自分が彼の拠るべき者になろう。
『アナタはそのままで宜しいのだと私は思いますわ』
シンに放った言葉。
その言葉に偽りは無い。
ただ、ラクスは寸でのところで続く言葉を飲み込んだ。
『 ―――――――――― そのまま傷付いて、疲れ果てて、私の中にまで堕ちて来て下さい ―――――――――― 』
最終更新:2009年09月12日 23:52