「よーしよし、ちゃんと効いてるじゃあないか。シンは人を驚かせすぎなんだよ」
箒に跨って喝采を上げる魔理沙。その隣には氷を浮かばせているチルノと、そんな二人をオロオロと見比べている大妖精がいる。
「で、でも、やっぱりあの人のいう通りに隠れてた方がよかったんじゃあ」
「なによ、大ちゃん怖いの? 怖いんなら大ちゃんだけ隠れてればいいんだよ、大ちゃんの怖がり」
「……うう、何ようチルノちゃんのバカ。そんな風にいうことないじゃない」
相変わらず喧嘩を続ける二人。だが、そんなことはシンの耳には入らない。
たたらを踏んだジンが態勢を立て直す。モノアイの向きを変えて三人を見た。感情は見えない、否、そもそも存在しない。だが。
その時なんと叫んだのか、シンは後から思いだしても思い出せなかった。
三人に向き直りジンが突進する。同時にシンもまた駆ける。
魔理沙が退避する、続いてチルノが。最後に二人を見比べていた大妖精が。
だが、二人を見比べまごついていた分の遅れが致命的だった。足を掴まれて地面に叩きつけられる。
痛みに顔を歪めるが、目の前にあった物を見て意識が凍る。桃色の無機質な光。それが大妖精を見つめていた。害意も悪意も感じられないはずのそれが、大妖精には愉しそうに笑っているように見えた。
ゆっくりと重斬刀を振りかぶる。逃げなければと思うのに体が動かない。チルノが何か言っているが何と言っているのか聞こえない、分からない。
(謝れなくなっちゃう)
あの人間の言うとおりだった、今になって後悔している。詰まらない意地を張ったばっかりに謝れなくなった。
謝りたい。ただその一心で大妖精は口を開いて。
だが、そんな少女の願いを踏みつぶすようにジンは重斬刀を振り下ろし。ゆっくりと目を閉じて。
「ぐ、ギ」
最初に聞こえたのは金属同士が派手にぶつかる音。次いで、肉が潰れ骨が砕ける音。そして、痛みを堪える苦悶の声。
自分の体から発せられた音ではない、自分は金属製のものなどは持っていない。何よりも、自分の体には何の衝撃も伝わってなどいない。
恐る恐る目を開けてみる。真っ先に飛び込んできたのは黒い服の広い背中。先ほど、この機械人形と闘っていた人間。
シン・アスカが、大妖精とジンの間に割り込んでいた。
(間に合った!)
『間に合って無いっ! それのどこが間に合ったと言える!』
会心の叫びを心中で上げるシンに、デスティニーは珍しく怒気を含んだ声を上げる。
―――デスティニーの言う通りだ、間に合ってなどいない。最高速で駆けたシンはかろうじてジンが重斬刀を振り下ろす直前に大妖精の前に飛び込むことはできた。
だが、それだけだ。盾も無く、ただ重斬刀を受けるための的でしかない。なんとかアロンダイトで重斬刀を受け止めることは出来たが、今のシンの有様で攻撃を防ぐことができたなどとは誰も言えまい。
なにしろ、ろくに構えもせずに受けたためにアロンダイトが体にめり込んでいるのだから。
その影響で胸骨は砕け肺に突き刺さっている、内臓だってどこが破裂しているか分かったものではない。
(大妖精は無事だ、仔細問題はない!)
『君は―――ええい、君の性格のことを忘れていた僕が悪いか!?』
(そう言うこったよ……シールドを使う!)
既にジンは左手でこちらを殴るべく拳を握っている。接触する寸前、実体を持つ対ビームシールドで防ぐ。衝撃で胸が火箸を突っ込んだように痛むが、ダメージはない。
が、慣性までは無くすことはできずにシンはゴム毬のように地面を数度跳ねながら吹き飛ばされる。刈り飛ばされそうになる意識は胸を何度も叩いて覚醒させる。こんなところで気など失っていられない、こうしている間にもジンは大妖精に迫っているのだから。
逃げろ、と言おうとしたが口から洩れるのはひゅーひゅーという音と意味を成さない呻き声だけ。それでも大妖精はシンが何を言おうとしているのか伝わったのかずるずると後ずさる。後ずさるが。
「――――ァッ」
激痛で声が出ない。大妖精の細い脚をジンが踏みつけたためだ。いくら人間大にダウンサイジングされていてもMSは鉄の塊だ、その重量は成人男性よりも遥かに重い。
今度こそ、大妖精に重斬刀を突き立てるためにジンが右腕を引く。例え万全であろうと今のシンの位置ではほんの少しだけ間に合わない。この怪我では尚のことだ。
全身を土埃まみれにしながら、跳ね飛ばされた時に割れた爪にも頬に刺さった木の棘にも切れて血が流れ出す額にも構わずに突き進んでも尚。
(まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ――――!)
CIWSを起動させ、ジンに向けて発射させ続ける。この距離だ、ほとんどが当たらずに外れて木々の合間に消えていく。当たった弾もろくに効果を与えられない、僅かにジンの装甲を削るだけだ。
(諦めるものかよ)
体中の激痛は脳内でまき散らされ続けるエンドルフィンでもう感じない。ならば足の骨が砕ける程の力で走り抜けても問題はない。
(諦めるものかよっ)
アロンダイトはもう投げ捨てている、あったところで邪魔にしかならない。ビームライフルを使いたいところだが、この震える手では簡単に避けられてしまうだろう。
(諦めて、たまるものかよっ)
それでも、ジンは引いた右腕を突き出す。
が、重斬刀は刺さらない。大妖精の胸を覆った氷に重斬刀が阻まれていた。その光景にジンはまるで人間のように首を傾げ、
「大ちゃんを―――」
声に振り向く。もしもこのジンが有人機であったのならばその声に込められた感情を理解し即座に退避しただろう、怒りに満ちた声。
「いじめるな、ばかああああああぁぁぁああっ!!!」
チルノが生み出した巨大な氷をぶつけられて吹き飛ばされる。ジンの装甲を以てしてもその重量にフレームが軋みを立てる。
ジンが蹲るのを確認するとチルノは大妖精の傍に駆け寄って真剣な顔で大妖精を揺する。
「大ちゃん、だいじょうぶケガしてない!?」
「え、あ、えっと。あ、うん、大丈夫、平気」
揺れる頭で大妖精が周りを見ると、隣には顔を青ざめさせた魔理沙が箒に乗って浮かんでいる。
「話は後にしとけ! 大妖精、飛べるか?」
「あ、はい、なんとか」
「よし、じゃあシンを回収して逃げ」
るぞ、と続けようとした魔理沙の声を、がしゃんという音が遮る。
三人の目に立ちあがったジンの姿が見える。その恐怖で一瞬大妖精の飛翔が遅れる。
その間にもがしゃんがしゃんがしゃんと音を響かせてジンが走る。
魔理沙が強引に箒に乗せて飛ぼうとするがその魔理沙の足にジンはその手を伸ばし。
ジンが横合いから押し倒された。
チルノが頑張った分でなんとかシンは間に合い、右手でジンを思いきり殴りつけて左手で全体重をかけて押し倒す。何一つ加減もせずにMSを殴りつけ、拳の骨は砕ける。構うことなどない、これで少女たちを守れたのだから。
地面に押し倒されたままのジンが重斬刀を振り抜こうとするが、それよりも早くシンはモノアイを掴んで、
「ふ、ううぅぅぅううううぅう!」
獣のような唸り声をあげながらモノアイを引き千切った。
流石に堪らずにジンは腕を振り回して抵抗する。もう何も見えてはいないらしくシンに狙いをつけることはないが、シンの体に当たるたびに皮膚を裂き血を噴き出させる。
だがそんなことは小事とばかりにシンはフラッシュエッジをジンの胸に突き立てる。機体がビクリと痙攣を起こし、腕が何度もピアノでも弾くかのような激しさで暴れ回る。
「ぐギ、ぐ、るぅぅあああああぁぁあああ!!!」
最後のとどめとばかりにビームサーベルモードに切り替え光刃がジンの胸を完全に刺し貫くとそのままフラッシュエッジをまっすぐ下におろし、断面から煙をあげてジンは両断された。
全身から流れる血も拭わずに荒い息を吐きながらもう完全に動かなくなったジンを苦悶と怒りの混じった凄まじい形相で睨みつけるその姿は、まるで悪鬼のようで。
少女たちは言葉を発さずにただ固まっている、そんな少女たちにシンは向き直る。怯えた顔をしているが全員無事。
そのことが分かるとシンは微かに笑って、その場に崩れ落ちた。
夢を見る。
全てを失ったあの日の夢。自分の平穏が粉々に砕かれた日の夢。
顔のなくなった母。上半身しか残っていない父。
あと一人。右腕が千切れ飛んだ妹。
泣き叫ぶ自分を軍服を着た大人が手を引いてこの場から逃げるよう言う。
大人になだめすかされなんとか立ち上がって、逃げようとする直前、家族の方を振り向いて。
妹の、自分と同じ赤い眼と目があった。その眼は―――
「――――ン」
「あ、起きました」
目を覚ます。目の前には大妖精がいた。心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか?」
「ん、まあなんとか……なんとか?」
少し頭が重い程度。あれだけ自分の身体に無茶をさせたにもかかわらず、だ。訳が分からずに砕けたはずの胸の骨を触ってみる。無事だ、折れていない。
「その、お薬を塗りました。ひどい怪我でしたから」
「薬、ねぇ。薬……いや、まあいいさ。なんにしてもありがとう」
塗り薬で治る骨折、というのも何か妙だと思わなくもなかったが無事であるのならまあ些細なことだろう。そう判断し深く考えないことにする。
『たかが薬であれだけの怪我が治ることを不思議だと思わないのかね?』
(考えたら怖くなるだろっ。大体、今更そんなこと驚いてたら幻想郷で暮らしていけないんだよ)
デスティニーにそう返しながらシンは首を大きく回す。段々と頭も動き始め、状況を認識し始める。
場所は大して動いていない、さっきの場所のまま。日は大きく傾き、少なくとも三、四時間はたっているだろう。
「ん……そうだ、ジン」
自分が破壊した先ほどのジンを思い出す。どうしてあんなものがここにあったのか、なぜ自分達に襲いかかってきたのか、誰が行動プログラムを組み込んだのか。
あのジンは考えるまでもなく危険すぎる存在だ、きっちりと調べあげないといけないだろう。それに、もしかしたらC.Eに戻る手がかりになるかもしれない。
もうすっかり幻想郷に馴染みはしたが、C.Eに戻れる可能性があるのならばそれを放っておけるほどの間抜けではない。
「ジン? もしかして、さっきのアレ、ですか?」
「ああ、もう動かないとは思うんだけど。一応調べるだけは調べにゃならんだろ」
あまり怖がらせないよう大したことではないと言葉は選んだが、実際には重要なことだ。
辺りを見渡して見るがジンの残骸はどこにもない。完全に分断したのだ、動かないはずなのだが。
顎に手を置き眉をしかめながら思案する。そんなシンに大妖精は申し訳なさそうに声をかけた。
「あのー、そのことなんですけど………その、沈めちゃいました」
「…………ゑ?」
「え、えっと、さっきのアレ、湖に沈めたんです。あの、もしかしたらまた動き出すかもってチルノちゃんと魔法使いさんが……あの、まずかったですか?」
一瞬の沈黙。えー、あー、うー、と意味のない言葉をシンは漏らし。
「き、気にするなよ! そうだよな、また動き出すと危ないもんな、あは、あはは、あはははは……」
「や、やっぱりまずかったんですね!?」
「………まあ、気にしないでくれ、絶対調べないといけないものでも無し。それに君らの気持ちも分かるしね、管理できない危険物は処分せにゃ」
ガリガリと頭を掻くシンと体を縮こまらせる大妖精。その空気に耐えられずにシンは無理やりに話題を変える。
「えーと、ああそうだ。魔理沙とチルノは?」
「え? あ、はい、魔法使いさんなら湖の方に。チルノちゃんなら、後ろに」
そう言われ後ろを振り向く。チルノは木に寄りかかって眠っていた、よく見ると目元が赤くなっている。
「ごめんなさいって」
大妖精の言葉に振り向く。僅かに微笑んでいる。
「チルノちゃん、私が無事でほっとしたんでしょうね。わんわん泣きながら言ってました、ごめんなさいって。ずっと泣いてました、さっきまで泣いてたんですよ?」
「それで泣き疲れて寝た、か。見た目通り子供だなぁ………しかし、そうか。やっぱり当たってたか」
自分がチルノと大妖精の間に入った時に感じた違和感。冷静になって考えてみればわかりやすいものだ。
もし本当にチルノが大妖精を嫌っていたのなら忠告などせずに闖入者ごと氷弾で撃てばよかったのだ、それをしなかったのは一重にシンで大妖精の視界が隠れて撃った氷が見えなくなるから。
もっと言ってしまうのなら。自分では氷を当てるつもりがないのに視界を遮られてしまった大妖精に当たってしまうかもしれなかったから。
無論、チルノはそこまで計算はしていない、「なんとなく」程度の気持ちだろう。だが、その「なんとなく」があることこそがチルノが大妖精を本気で嫌っていなかったことの証。
軽く笑って立ち上がる。別に自分が介入するまでもなく問題は解決していたらしい。
「なんにしてもよかったじゃないか、仲直りできたみたいで。そう考えりゃ、俺が怪我した甲斐があるってもんだよ」
怪我、と言われ大妖精は僅かに体を震わせる。そして逡巡、意を決したように一つ頷くと突如頭を下げる。
「ごめんなさい」
「ん、怪我のことか? 別に気にすることじゃあないさ、治ったわけだし」
その言葉に、だが大妖精はふるふると首を振る。
「違うんです、そうじゃないんです。あ、いえ、それもあるんですけど、そうじゃなくて」
首をかしげる。怪我をしたことではないとするとなんだと言うのか。
「あの、その………私たちを助けてくれたんです、大怪我をしてまで。でも、私は……」
もう一度、頭を下げられた。
「私は、あなたを怖いって思ったんです。あんな目にあっても助けてくれたのに、なのに。だから、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
頭を掻く。確かに、怖いと思われても仕方がない戦いだった。全身血みどろ、形相は凄まじいものだったのだ、怖くないはずがない。
「……別に、気にすることじゃあない、戦いは怖いものだから。それに、血が流れるのも、さ。怖くないわけがないだろ?」
戦いとは、即ち暴力と暴力のぶつけ合いに他ならない。
自らと相手にどれほどの理想があろうとも横合いから見ている他人には関係はない、その見ている他人が戦士でないのなら尚のこと。
そこに血が、穢れの象徴が流れるのなら尚のことだ、誰だって自らの死を連想してしまう。
恐れるのは当然。むしろ怖がらせてしまったことを恥じるべきだ。
「謝らなきゃならないのは俺の方。それに……お礼を言わなきゃいけないのも俺の方だよ」
「お礼って……私は何もしてないですよ?」
「俺のことを怖いって思って、それが申し訳ないって思ってくれたんだろ? だったら、やっぱりうれしい。俺のことを思って言ってくれる言葉はすごくうれしい」
気恥ずかしくなりもう一度頭を掻く。
「まあなんだ、ほら。あれだ、うん、そう。友達の受け売りだけど」
破顔一笑、気楽そうに笑う。
「気にするな、俺は気にしない」
大妖精が目を瞬かせている横でシンは大きく伸びをする。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ行かないと。もう魔理沙も本返し終わった頃だろうな」
偉そうなことを言っておきながら自分は伸びていただけ、など魔理沙に申し訳が立たない。
夕食に誘うことで詫びを入れるべきかなと思いながら湖に向かう。
と、大妖精に呼び止められる。
「あの。ごめんなさい怖がったりして」
「ん、だから気にするなって」
「それから!」
自分の声の大きさに驚き大妖精は口を手で押さえ。
どんな表情をすればいいのか分からず百面相を起こして。
やがて大きく頷いて花が咲くかのように笑う。
「ありがとう、ございました」
その笑顔に、その言葉に。照れくさそうに鼻をこすりつつ笑顔で応えた。
「どういたしまして」
「なんだ、ここにいたのか」
湖のほとりに座り込んでいる魔理沙に声をかける。
正直、いるとは思っていなかった。それなりの時間気を失っていたのだ、もう紅魔館に向かっているものとばかり思っていた。
座り込んでいる隣には家で風呂敷に包んだたくさんの本。
「って、なんだよ、まだ紅魔館行って無いのか?」
帰ってくる言葉はなく、沈黙。俯いたまま魔理沙は何も言ってこない。
沈黙に耐えられずにシンは頭を掻く。
「えーと、ああと。あ。もしかしてもう行ってきて、また新しく盗んできたとか」
「まだ、行って無い」
「………ああ、そう。んー……あ、もしかして俺を待っててくれたのか?」
首を縦に振る。
「うう、すまん。待たせて悪かった……な、なら早く行かなきゃな」
「………他に」
「ん?」
「他に、言うことは」
俯いたまま魔理沙が呟いた言葉にシンは僅かに考え込み。
「あ。もしかして怪我したのか? そうだよな、ちょっと考えりゃ分かることなのに。すまん、気が回らなかった」
謝罪の意味をこめて頭を下げ、魔理沙と視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「ごめんな、大丈夫だったか? どこを怪我したん「何で」だ、って……魔理沙?」
なんで、ともう一度魔理沙は呟く。
「なんで、何も言わないんだよ。死ぬところだったんだぞ。なのに………なんで」
「……あのなぁ、別にお前が悪いわけじゃ」
大きく頭を振る。その動きで帽子が落ちるが魔理沙は構わずに続ける。
「私なんだよ。私が、チルノをけしかけたんだ。大丈夫だあいつ一人じゃ心もとないし、構わないから攻撃しようぜ、って。そんな大した事にはならないだろう、って………」
ぶんぶんと、頭がとれるんじゃないかと思うほどに首を振り続ける。
よく見ればぽたぽたと水滴が地面に落ちているのが見えた。
「死んじゃうかもしれなかったんだ、死んじゃうところだったんだ。私が、何にも考えなかったせいで。私の……」
顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔。
「私のっ、せいなんだ。だからっ、何でもするつもりだったんだ、どんっ、な、ことでも。なのに、なんで。なんで、何も言わな、いんだよぉ」
しゃくりあげながら、涙をぼろぼろと零しながら、何度も詰まりながら。
魔理沙はただひたすらにシンに謝り続ける。
言葉もなく、シンはぽろぽろと涙を流し続ける魔理沙をどうすべきか考える。気にするなと笑い飛ばすべきか、だが。
(それで納得ができるか?)
できないだろう。付き合いの浅い自分でも目の前の少女がまっすぐな性格をしていることぐらい分かる。
そんな性格の持ち主が、そんな言葉で納得などできるわけもない。少なくとも、自分だって納得はできないだろう。
ならばどうすべきか。こういうときに自分の女性経験の少なさに情けなくなってくる。
(あの凸だったら上手くやるんだろうけどな……ジゴロにはなれそうにないな、俺)
自分のやれることなんてどの道大したものでもない、ならば。
考えていることを洗いざらい話す。いつものごとく当たって砕けるのみ、だ。
「俺は別に気にしちゃいないさ、お前らが無事なら十分。だから」
「何言ってるんだよお前? お前、死にかけたんだぞ、死んじゃうところだったんだぞ!?」
穏やかな表情で発した言葉は、魔理沙の叫びで遮られる。予想していた反応だ、魔理沙が落ち着くのを待って続ける。
「その顔でな」
「え」
「その顔と、その涙で十分だ。後悔したんだろ、バカなことしたって反省してるんだろ? だったら、いい。俺が怒る必要なんてないじゃないか」
でも、と漏らす魔理沙に続きを言わせないために言葉を続ける。
「大体、お前はなんでチルノをけしかけたんだよ。お前なりに俺のことを心配してくれたんじゃないのか?」
「それは、そうだけど。でも、あんなことになるなんて思わなくて、それでお前は」
「ストップ、それはもういいって……お前がそう考えたのには俺にも原因があるよ。ちゃんとアレの危険を説明しなかったんだからな」
そう。ジンの危険性をきちんと説明していれば魔理沙が軽率な行動に走ることもなく、大妖精が怖い思いをすることもなく、自分が死にかけることも―――まああったかもしれないが。
要は何のことはない、自分の説明不足と未熟さが招いた自業自得。
「心配してくれてやったことを怒ることなんて俺にはできないし、俺が怒らなくてもちゃんと反省してるんなら俺が怒るのは余計なことだよ、ただの自己満足だ」
「………それで、いいのか?」
「ま、二度目は怒るけどな。俺聖人君子じゃないし」
アハハ、と軽く笑い。
「それでいいよ」
涙で濡れた顔をあげて、何度も迷うようにシンと地面を見くれべ、ようやく魔理沙は僅かに頷いた。
「はい、この話はおしまい。ちょっと動くなよー」
ハンカチで魔理沙の目元を優しく拭う。むずがるような声を上げるが特に抵抗はしない。
「ほら、鼻チーン」
鼻にハンカチを抑えられたので特に何も考えず思いきり鼻をかむ。
ようやくすっきりした。すっきりした頭で考える。
(あれ? 何か今、私すごいことされたような?)
「あ、そうだ!」
「わひゃう!?」
予想外に近かったシンの顔に思わず奇声をあげてしまう。だがそんな魔理沙に構わずに続けるシン。
「お前、さっき何でもするとか言ってたよな。駄目だぞー、男にそんなこと軽々しく言ったら」
そんなこと言ったら男は悪の野獣に簡単に変身してしまうんだからなー。そんな事をめっ、とでも言いたげに人差し指を立てながらシンはのたまう。
「お前……実はわざとやってないか?」
「ん、何がだ?」
(うわぁ素だ)
「ところで魔理沙、さっきからなんで顔が赤いんだ? もしかして、やっぱり怪我を」
「な、なんでもないのぜ!」
「のぜ?………ま、怪我がないんならいいさ。さて、と」
落ちた帽子を拾い上げて軽く叩き、魔理沙の頭にかぶせなおす。
「そんじゃま、改めて行くとするか。案内は頼むぞ」
「あ、うん………そうだ、言い忘れてた!」
くるりと振り向いて、太陽のような爛漫な笑顔を浮かべて。
「守ってくれてありがとうな」
僅かに笑ってくしゃり、と魔理沙の頭を撫でる。どうやら十分どころか十二分だったらしい。
箒に跨って空に向かって飛び上がった魔理沙を見ながらシンは、少しだけ胸を張ることができた。
「んあ。…………そうだ! 大丈夫、大ちゃん!?」
「あ、チルノちゃん起きたんだ。うん、大丈夫だよどこも痛くない」
「痛くない……よかったぁ」
「うん、ありがとう。それから……ごめんなさい」
「うぇ!? えーと、えーと、違うそうじゃなくて、えっと。あの、あたいが悪かったんだから大ちゃんが謝ることないって!」
「んー、でも私も変に意地張っちゃったりしたから」
「大ちゃんは悪くないよ! あたいが一人でおやつ食べちゃったから」
「いや私が」
「あたいが」
「「………」」
「今度、おやつ食べるときは半分こしよう? それでいいよね、チルノちゃん」
「うん、それがいいよね。さっすが大ちゃん………ねえ、大丈夫? やっぱり怪我してない?」
「え、してないけど……なんで?」
「いや顔赤いし、それになんか、なんか……なんか! なんか、えーと、なんか、なんかな感じで、なんかがなんかで、なんか」
「――――大丈夫だよ。どこも怪我なんかしてないよ。ちょっとだけ、ちょっとだけ、ここがね」
「胸? 痛いの!?」
「痛くはないよ、痛くはないんだけど……えへへ」
「??? 大ちゃん、あたいよくわかんないよ」
「シン・アスカ……シンさん、かぁ。あ、それともアスカさんのほうがいいかなぁ。えへへ……」
「……なんだかよくわかんないけど、おのれあの、えーと、えーと、名前わかんない………黒黒め! 次に会ったらケチョンケチョンにしてやるんだから!」
最終更新:2009年10月04日 20:58