「あら美鈴、タイが曲がっていてよ?」
「咲夜さん………」
銀髪のミニスカメイド、十六夜咲夜はきょぬーでチャイナな門番、紅美鈴のおとがいを人差し指でつい、と押し上げる。
その優雅な姿に周囲の妖精メイドたちは黄色い声を上げ、ついでにどこからともなく取り出した百合の花をまき散らす。
美鈴は固まったままだ。そんな美鈴に咲夜はくすりと妖艶な笑みを浮かべる。
「あらあら、固まっちゃって……いけない子ね」
ユリヒャッホウ!ユリイエッフウ!オシタオセー!
周りの妖精メイド達の黄色い声がだんだんと叫びに変化していくなかで美鈴が発した言葉は。
「あの、私タイなんて付けてな(トスッ」
「あら中国、タイが曲がっていてよ?」
「人の頭にナイフ刺しておいて何事もなかったかのように振舞わないで下さいよ、あと中国じゃな(トスッ」
クウキヨメー!ヌゲー!ヌガセロー!ムシロヤブレー!
黄色い声はシュプレヒコールへ、そして怒号へと発達してゆく。
「うぅぅ……あ、ありがとうございますぅ、咲夜さぁん」
「っ、ダメよ美鈴、いけないわ、そんな大胆なこと……マリア様が見てる。でも望まれてるのなら仕方ないわね、一肌脱がすわ」
「いや間違いなく見てないですよ(トスッ 何で!? まだ全部ツッコんでないのに!?」
「言うべきところはそこなのね、立派に育ってくれたわ、美鈴……チャイナスリットをぴらっとな」
ゲヘヘイイフトモモシテンナチュウゴクー!イヤイイノハチチダ!シリダ!メダ!ミミダ!ハナァ!
もはや周囲の妖精メイド達の声は救急車よりも黄色い。
「ひぃ、何か凄まじいセクハラが行われてる気がー!?」
「いい加減慣れなさいな、毎日の日課でしょうに」
「こんなの日常の一幕に入れたくないですよ!? というか止めてくださいよ咲夜さん、メイド長でしょ?」
涙目の美鈴の懇願は。
「でも断る。ああ、いけないのよ美鈴、お釈迦様も見てる。こうなったら仕方無いわ、これでもかってなぐらい見せつけてやりましょう」
「さ、咲夜さんのばかぁ、うわああああぁぁぁん!」
「ああッ、その反応! その美鈴の素敵すぎる反応のために私生きてる! …………さ、見るモン見たし後は押し倒そう」
「そこは満足して終わりましょうよ、て、あ、ちょ、そこは、そこは、だめ、そこは………ら、らめ(ズドォォォォン!)え、って……ゑ?」
今何か、地面に人間が墜落するようなすごい音がしたような。
「あ、あの咲夜さん、って、ちょ、ストップ! 咲夜さん、ストップ! なんかすごい音しましたってば!」
「していないわ、私はそんな音聞いていない」
至って平然とした顔でのたまう素敵メイド、それが十六夜咲夜。
「そんな無茶な現実逃避しないで下さいよ!?」
「現実逃避じゃないわ、ただ都合の悪いことから全力で目を背けているだけ」
「あ、なーんだ……いや違う! それを現実逃避って言うんじゃないですか!」
美鈴の言葉に咲夜は涙を浮かべながら詰め寄る。
「だったらどうしろって言うのよ!?」
「逆切れしないで下さい、理不尽すぎますよぅ! 後明らかな嘘泣き止めてください、正直無茶ですって」
「チッ、賢しくなったものね、美鈴。色を、知る頃か………」
「舌打ちしないでください罵倒しないでください鬼っぽいこと言わないでください! もう………「でも私、そんな咲夜さんが大好き」って勝手に厚かましいモノローグ追加しないで下さいよ!? 今度こそ行きますからね!」
ぶつくさと愚痴をこぼす美鈴を一瞥し咲夜は空を見上げる。落ちてきた、ということは空から来たと言うことになる。
なにかあるかと思い空を見渡して―――「それ」を見つける。目をこらさずとも遠目からでも判別できるあの白黒っぷりで分かる、いつもの来客だ。
美鈴はその来客に気付くことなく落ちてきた何かに恐る恐る近づいて行っている。注意すべきか、とも思ったがひとまずは黙っておく。その方が面白そうだし。
「あ、あのー、もし、だ、大丈夫ですかー。生きてないんなら生きてないって言ってくださーい」
「無茶言うわね、テンパりすぎよ美鈴。それで、なんなのそれ?」
「あ、はい。人間の男の方ですね、なんか色々黒いですが」
「ふぅん………食べるの? 性的な意味で」
「食べませんよっ、性的な意味でなくても!」
つまらない、とでも言いたげに咲夜は肩を竦める。
もう一度空を見る。来客はもうすぐそこまで迫ってきている、美鈴は未だに気付いていない。
「えーと、その。黒い人ー、大丈夫ですかー。もーしもーし、返事してく(ドゴォォォッ)でゃるッ」
明らかに生物が発してはいけない声をあげながら美鈴は来客―――霧雨魔理沙に轢かれて紅魔館の壁にめり込んだ。
「いい反応ね、美鈴。流石はげいに―――芸人」
「言いなおした意味は何ですか!?」
壁にめり込みながらもツッコむその姿はまさに弄られ系芸人の鑑。
やるわね美鈴流石よ美鈴。心の中で賞賛しつつ咲夜は魔理沙に視線を移す。
(あら、珍しい)
それが咲夜が魔理沙に思ったことだ。別段彼女が紅魔館に来ること自体は珍しいことではない。月に四、五回、多い日は十回以上も来るのだ、本をパチりに。
意外だったのは魔理沙が持っている荷物とその態度。
箒の先に括りつけられた風呂敷の中身は、ちらりと見えた限りでは大量の本だ。いくつか自分の見覚えのあり、いつの間にか図書館からなくなっていた本もあったと言うことは珍しく、本当に珍しく盗品を返しに来たと言うことか。
だが、それ以上に意外なのは妙に焦っている、ということ。表情は焦燥しきっており、どうしようどうしようと呟きながらキョロキョロと視線を忙しなく動かしている。
普段の不敵で不遜な態度は全く見えない、本当に珍しいことだ。
やがて落ちてきた男を見ると近くに駆け寄り身体を揺すり始めた。だとすると。
「ん、その男は貴女の知り合いなのかしら? なんか空から落ちてきたんだけど」
「いやうん、そうなんだけど……シン、おいシン、大丈夫か!?」
いい反応が返ってこない。普段ならすっぱり真実を言うかばればれの嘘を吐くかするというのに。
このまま見ていても埒が明きそうにない、そう咲夜は踏んで美鈴を呼び掛ける。
「美鈴、その男を診てあげなさい」
「あ、はい。はいはーい、ちょっと失礼しますよー」
男の身体を揺すり続ける魔理沙を少々強引にどかして美鈴は男の手首に三本指を当てながら胸に耳を当てる。
僅かな間。美鈴が身体を起こす。あれ?とでも言いたげに首を傾げてもう一度胸に耳を当てる。徐々に表情が強張り青ざめて。
「………ほ」
「ほぎゃーーーーッ!? ささささ、咲夜さん、この人、し、し、心臓止まってますよう!?」
凍った空気の中、咲夜だけ「あら愉快な叫び声」などとのたまうことができた。
二秒後。
「にゃ、にゃんだとう!? え、いや、ちょ、え、ええ!? ま、マジなのか!?」
「どどどどどどどど、どうしましょうどうしようどうすれば!?」
完全にパニックを起こして意味のない言葉を重ねている二人を横目に咲夜は男の姿を改めて確認する。
目を閉じて眠っている、とばかり思っていたがよくよく見てみるとぐったりとしたままぴくりとも動かないし肌が白いため分かり辛かったが顔色も悪い。
確かに、心臓が止まっていてもおかしくない風体だ。
「ど、どうすればいいんですか咲夜さぁん!?」
「笑えばいいんじゃないかしら」
「あはは!」
「うふふ!」
「さて馬鹿二人は放っておいて。妖精メイド軍団、この男を客室まで連れて行きなさい」
アラホラサッサー!ヘッ、ヨクミリャナカナカジョウモノダゼコイツハヨォ!ヤァッテヤルゼ!
一名ほどガラガラ声の美声メイドがいたが、まあそんな妖精メイドもいるだろう。ともかくも妖精メイドに引きずられながら男―――シン・アスカは紅魔館の中へと入って行った。
「えっと……あの咲夜さん、いいんですか? お嬢様に怒られちゃいますよ?」
「放っておいて半死人を助けない極悪ノンカリスマ、ってあのパパラッチの新聞に載せられる方がよっぽど問題よ。大丈夫よ、お嬢様にはちゃんと美鈴の独断でした私悪くありませんと伝えておくわ」
「押し付ける気満々じゃないですか!? 死ぬときは道連れですからね!」
「チッ、美鈴のくせに生意気な……まあそれは置いといて。行くわよ美鈴、久々に貴女の「気を使う程度の能力」が役立つ時が来たわね」
「わー、本当に久々………腕鈍ってなければいいんだけど」
「………ま、何かあったら湖に沈めましょう」
「し、証拠隠滅はどうかと」
「美鈴を」
「うわぁんそんなことだろうと思いましたよ!?」
美鈴に泣きが入ったところで満足気な笑みを咲夜は浮かべ、次いで魔理沙に視線を移す。
うーうーと涙目で唸りながらシンが連れて行かれた紅魔館の正面玄関の扉と咲夜の間でチラチラと目線を動かしているのが見える。
……いつものことながら、本当に分かりやすい少女だと咲夜は内心で呆れ半分感心半分の息をつく。
「妖精メイド、そこの白黒を、えーと名前なんだったかしら……黒黒を運び込んだ客室まで案内してあげなさい」
「うぇ? あ、私か白黒。って、いいのか入って?」
「まあ個人的には上げたくはないけど……とりあえずなんで心臓止まったのか聞いておきたいもの」
こくこくと何度もうなずくと案内の妖精メイドを追い越さんばかりの勢いで文字通り飛んでいく魔理沙を見送りながら今度こそ咲夜はため息をつく。
「あのぅ、本当によかったんですか、あの白黒を上げちゃって?」
「私だって上げたくはなかったわよ。でもね、想像してごらんなさい美鈴。もしあの白黒を上げないでここの扉を閉めた時の事を」
普段の霧雨魔理沙の行動を思い出す。傍若無人を絵にかいたようなあの霧雨魔理沙の行動を。結論。
「確実に壁破ってでも入ってきますね、あの白黒なら絶対やる」
「でしょう? それぐらいなら客人として迎えた方が被害は少なくなるわ」
それに何か問題を起こしたら叩き出せば済む話だ。あの男のことも聞きたいわけだし、実のところ上げない理由はあまり無い。
「まったく、恋する乙女ってのは本当に厄介ね」
「え、恋するって………あ。へー、そうなんだー」
「ま、本人はまだ無自覚みたいだけど。一番見てて面白い時期よねー」
関り合いにならないのなら確かに面白い時期ではある。関り合いにならなければ。
「………それじゃあ美鈴、貴女は先に行っておいてちょうだいな。門番の仕事の引き継ぎは私の方でやっておくから」
「あ、はい分かりました……って、ふと思ったんですけど、どの妖精メイドに引き継がせるんです?」
その美鈴からしてみれば何気ない言葉に、咲夜は深いため息をつく。死人のような目で美鈴を見返し。
「新入り」
ただ一言返しただけ。だがその一言で十二分に美鈴には通じる。
「あ、あの子ですか………いやまあ確かに適役ではあるんですけど」
「ええ………悪い子じゃないのよ、ただひたすら面倒くさいだけで」
自分にそう言い聞かせながらとぼとぼとあの新入りがいるはずの裏庭にトボトボと歩いていく姿に、普段の瀟洒さは完全に抜けきっていた。
気の毒そうな目で咲夜を見送った美鈴は急いでシンがいる客室に向かって行き。
途中でふと、沈もうとしている太陽を見てぽつりと呟いた。
「そろそろ黄昏かぁ。妹様暴れたりしないよね?」
「――――――んあ」
「あ、よかった、気づいたんです「大丈夫かシンっ!」かー、って………まあいいけどねぇ」
目を覚ましたシンの目に涙目になりながら肩に手をかけている魔理沙の姿が映る。視界の端には何とも言えない表情を浮かべている美鈴が。
状況をつかめずに何度か頭を振る。自分がなぜこんな洋風な部屋にいるのかさっぱり分からない。思考をめぐらそうとはするのだが。
「えーと。あー。えーと。うー。んー。あー。なんか頭ぼんやりする」
「まあ心臓止まってましたしねぇ。はーい、これ何本ですかー?」
美鈴はそう言うと指を三本立てる。シンはそんな美鈴を胡乱な目でしばらく見、ぽつりと呟く。
「98のG」
凍る空気。固まる美鈴。首をかしげる魔理沙。魚の死体のような目、それでも美鈴の胸を凝視し続けるシン。
そんな何とも言えない微妙な時間は、
「う、うぇ!? な、なんで分かった、じゃなくてどこ見てるんですか貴方って人はぁ!?」
胸を隠すように両腕で押さえながら後ずさる美鈴の叫びでかき消えた。
その両腕でむにゅりと押し潰された素晴らしきおっぱいをシンは尚も凝視する。その目は真剣そのものだ。
行動の是非はともかく。
「その至高を、心に焼き付ける………ッ!」
「カッコよく言ってもにじみ出る駄目臭は隠せませんよ!?」
真っ赤になってさらに腕に力が入る、その結果ますますおっぱいが強調されていく。そんな素晴らしい循環を真剣に心に焼き付けるシンは。
「………なんというか、まあ。君からすさまじい童貞力を感じるのだがね?」
ポンっ、と軽い破裂音とともに現れた小型のデスティニーが言いにくい事実を見事に言ってのけた。
「おお、デスティニーか。って、あれ? 何でお前縮んでるんだ?」
不思議そうにデスティニーの姿をしげしげと眺める魔理沙に、ひょいと肩をすくめながらデスティニーは喉の奥でくつくつと笑い声を立てる。
「話をするだけならこの姿のほうが楽でねぇ。ま、言うなれば運命の妖精と呼んでくれたまえ」
「…………悪霊が何を言う」
「むう、失敬な。こんな可憐な悪霊がどこにいると言うのだね」
「鏡どこかないかな鏡………」
コントじみたやり取りを行う二人に魔理沙はからからと笑い、美鈴はセクハラをスルーされて不服そうに頬を膨らませる。
「やー、相変わらずお前ら見てて飽きないよ。と言うかなんだ、シン。お前のことをうっかりかっこいいと思った数時間前の私に謝ってくれ」
「え? …………ごめんなさい」
「女の子に流されるままの人生! それで君はいいと言うのかね!?」
「そうか、ダメなのか………そうかー、そうかー、そうなのかー」
「………僕は帰って、アリス嬢に魔理沙と二人きりで愛の巣にしけこんだと伝えておくが構わないかね?」
「おー」
ぼへっとした顔で要領をえない応答を返すシンを見てデスティニーはひょい、と肩をすくめる。
「やれやれ、ダメだねこれでは。ツッコミすら入れないとは」
ふむ、と一声唸ると手を顎に置いて考え込む。
「………やはり、重症だったのか。心臓が止まるほどだ、どれほどのことが起こったと言うのか」
「あ、それ私も気になってた。ちゃっちゃか話しなさいよ白黒」
「むー、そこなチャイナが調子乗ってるのが気に食わんが。そうだなあ、ここに向かって飛んでて、一時間ぐらいだったかな………」
――――お、見えてきた見えてきた。おーい、シン、大丈夫かー? なんかフラフラしてるぞー?
――――大、丈、夫、だー………ぜー、ぜー。
――――お、おい本当に大丈夫なのか? なんか呼吸が死にそうだぞ?
――――大丈夫大丈夫、問題ないって。…………ぜひゅーぜひゅーぜひゅー。
――――いやいやいや、どう聞いてもその呼吸は死ぬ一歩手前の音だぜ!?
――――大丈夫だ、本当に一歩手前ならこんな音は出さない………かひゅー……かひゅー……
――――………ほ、本当に大丈夫なんだろうな? ホントのホントだな?
――――ああ、本当の本当に、うっ! ………大丈夫だ心配ない。
――――胸押さえて呻いた理由は何だ!? お前実はもうダメだろ!
――――そんなことはない大丈夫だ大丈夫大丈夫大丈夫だいじょう(ヒュー
――――落ちたァアアァァアァァァ!?
「「………」」
「いやー、流石の魔理沙さんも固まったね。三十秒は固まったぜ」
一部始終を話し終わり満足そうに頷く魔理沙とは対照的にデスティニーと美鈴は頭を抱えて無言になっている。
無論、同情のための無言ではない。
「何と言うか………その、言い辛いんですけど」
美鈴がぽつりと呟く。そこから続く言葉はデスティニーには容易に想像できた。
「この人、馬鹿なんじゃ?」
「それは正しくはないね、正しくは「ハイレベルな馬鹿」だよ」
「わー、納得………まさか自分の限界分からないとは思わなかったなぁ」
「分からないんじゃない、分かった上で意図的に無視するのだからね、下手な馬鹿より性質が悪い。
若さゆえの過ちで済ませるわけにはいかんのだよ」
言いたい放題である。特にデスティニーが。完全にシンが主人であることは眼中の外である。
これだから童貞はetcetcといった言葉が聞こえてくる。魔理沙には童貞の意味は分からなかったがそう言われたシンがすさまじい落ち込み方をしていたのをよく覚えている。
せっかく紅魔館に来たのだからパチュリーに聞くなり図書館で調べるなりして童貞の意味を調べようとさえ思っていたぐらいだ。
以前アリスにシンは童貞というものらしいのだが童貞とはどういう意味なのか?
そう聞いたときは「ちょっ、ぷっ、とわか、ぷすー、らない、く、くく、わね、ぷ、ぷくふふふふはは……へぇ~、そうなんだ、へぇ~へぇ~あいつがねぇ~、ぷ、ぷぷぷぷぷ」と小馬鹿にされた反応を返されたのだ、恐らく相当常識的なことなのだろう。
他にも色んな人々妖怪に聞いて回ったがはぐらかされるか鼻で嘲笑われるかのどちらかであった。そういえば男性は決まってどこか遠くを見ていたのを覚えている。みんな一様に同情的な目だったのは何故だったのだろうか。
閑話休題。
なんにしても数時間前にあの機械人形と出くわした魔理沙にとってはシンはヒーローだか正義の味方だか白馬の王子様……は流石に無いが。とにかく命の恩人とでも言うべき存在なのだ。
そんなヒーローを悪し様に言われるのは非常に気分がよろしくない。
「ん、んんっ。そこまでだぜお前ら。例えシンがハイレベルな馬鹿であっても若さゆえの過ちだったりしても童貞?だったりしてもだ。私を助けてくれたことには変わりはないんだぜ? その辺はデスティニーも分かってるだろ」
「まあそれはそうだがね……何を言いたいのかね魔理沙?」
怪訝な顔を向けるデスティニーに魔理沙は無い胸を張る。
「つまりだ、シンだってかっこいいところはあるってことだ」
「かっこいいところ、ねぇ………」
シンに視線を移す。相変わらずぼんやりとしたままだ、目線もふらふらと定まっていない。
―――ように見えるが、しっかりと観察すると定まっていないように見えるのは見掛けだけだ。よくよく観察してみると、視線を動かす際に必ずある一点を見ていることに気づく。その一点は。
「……………巨乳なんて、もげてしまえばいいんだ………………ッ!」
「怖いこと言わないでくださいよ!?」
紅美鈴の胸。いなやきょぬー。そのヒャッホウな代物を必ず視界に入れているのはまさにシン・アスカの童貞力の成せる業。
美鈴もそのことには気づいてはいるが、もう反応するのも面倒なのだろう。見られるがままだ。
「……まあ、こんなんでも一応は僕の御主人なんだ。助けてくれてありがとう、チャイナなお嬢さん。あと胸もげろ」
「もげませんよ!? いやまあそれはともかく、お礼よりも名前で呼んでくださいよ」
「ん? それは構わないが、僕は君の名前を聞いてはいないんだがね、チャイナさん。あと胸もげろ」
「だからもげませんって! いや、もうこの際それは置いといて。ええと、名前言ってませんでしたっけ?」
「うむ、僕は聞いてはいないよ、中国。あと胸もげろ」
「だからもげ、マズイ! この流れは名前が中国に定着するパターンだ、さっさと名乗らないと!」
流れに飲まれないように気合を入れなおす。その際に胸がたゆんと揺れる。
「いいですか、私の名前はほんめ「揺れたッ!!!!」貴方って人はぁぁあああぁぁ!?」
大声で叫んだのはシン。叫び返したのは美鈴だ。もう名乗れない流れだということに美鈴は気づいてはいない。
「い、いいいい、いったいどこ見てるんですか貴方は!?」
「おっぱい!!!!!!!!!」
かつてないほど、堂々とした答えだった。
「なんでそうも力強く言い切れるんですかコンチクショー!? う、うぅ……もうヤダこの人」
えぐえぐと涙を流す美鈴。まあ紅魔館では珍しい光景ではないが。
シンの方はと言えば、まだ頭に血が回っていないのか目が虚ろなままだ。
「………やれやれ。魔理沙、結局僕は何のために来たのだろうね?」
「知らないよ……ん? そういやマジで知らないぞ、なんでまたこんなとこに来たんだよお前」
「主人の心臓が止まればそりゃ来るだろうよ。完全に時間の無駄だったようだがね……今後、シンに大丈夫と聞くなよ、絶対大丈夫って答えるから」
「そ、それはまた……ひどい言い草もあったもんだぜ」
養豚場に送られる豚を見る目で自らの主人を見るデスティニー。その姿を非常識といえる存在などいるのだろうか、あの醜態をさらされた後では流石に魔理沙もフォローする気が消し飛んでしまっている。
はぁ、とため息を一つ吐くと魔理沙は箒にくくりつけていた風呂敷をひょいと持ち上げる。
「ん、どうしたね?」
「おう、とりあえず本を返そうと思って。もうあの調子じゃ門番は役に立ちそうにないからな、自分で行ったほうが早そうだ」
成る程、とデスティニーは適当に相槌を打つ。が、打ってから疑問に思う。
「ちょっと待ちたまえ、わざわざ返す必要があるのかね? シンがあの調子では返さなくても気づかれないと思うのだが」
「おいおい、見くびるんじゃないぜ。自分で言ったことぐらいは守らなきゃいかんだろう、私は自分に嘘はつきたくないぜ」
意外そうに魔理沙を見る。てっきり自分で言ったことも覆すとばかり思っていたのだが。
「………なんというか。律儀、と言うより、とてもまっすぐなんだねぇ君は」
「何言ってるんだ、こんなの普通だろ? みんなそうだと思うけどなぁ」
「そういうところがまっすぐだと言うんだよ。うん、いいね。すごくいい。まっすぐな人はとても好きだよ」
ふっ、と穏やかに微笑む。普段の悪戯めいた笑いや態度からは忘れがちになるが、こんな飾り気の無い笑顔を浮かべると主人であるシンとそっくりな顔になる。
やっぱり同じ顔なんだなぁと魔理沙はなんとなしに思う。………まあ、口にしたらシンもデスティニーも嫌がるのは予想はつくが。あなたは女/男顔だと言われるようなものだ、少なくとも素直には喜べないだろう。
微笑を向けられ続けてなんとなく気恥ずかしくなってきた。魔理沙は頬をポリポリと掻きながらわざとらしい大声をあげる。
「よ、よーし、それじゃあさっさと大図書館行ってパチュリーにこの本返してく「呼んだ?」るっほわぁああ!?」
唐突に背後からかけられた声に思わず可愛らしい悲鳴をあげてしまう。
デスティニーも流石に驚いた顔を浮かべたが、自らの主人が手をわきわきと動かしているのを見て取ると空中で三回転半、綺麗なフォームでシンの脳天に蹴りをかましに行った。
魔理沙が薄い胸を押さえながら振り向くと、
「お久しぶりね魔理沙。相変わらずエロい叫び声よ、素晴らしいわクククク」
「エロくないよ!? いや、そうじゃない。パチュリー、驚かすんじゃないぜ」
幽霊のように立っていたのは濃い紫髪に薄い紫のローブの少女、動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジだ。
手に持っているものはハードカバーの分厚い本と。
「………苦瓜? 意味が分からないぜ」
魔理沙の困惑しきった言葉にパチュリーはぼそぼそと聞き取りにくい声で応える。もっとも魔理沙にとってはいつものことだ、僅かに耳に神経を寄せる。
「地方によってはゴーヤだったりするわね、地域ごとに違う気もするけど」
「いや、うん、それはいいんだけど。なんでまた苦瓜を………」
「ちょっと小腹が………」
そこまで言いかけてパチュリーは口を噤み、再び口を開くと。
「クククク、このゴーヤを食べることによって魔法少女は不思議パゥワーを蓄えることができるのよ。さあ、魔理沙もお食べなさい、不思議パゥワーのために」
「え、いや、ちょ」
ぐりぐりぐりぐりと魔理沙の頬に苦瓜を突き刺すパチュリー。その顔は邪悪な笑みに染まりきっている。
「さあ、さあ。さあさあさあ。このイボイボがゴツゴツでカチカチなゴーヤを存分に味わいなさいそしてパチェりなさいフゥーハハハ」
「無表情で笑わないでくれ怖いから! 食べるよ、食べればいいんだろ。お前の言う不思議パワーもちょっと気になるしな」
そう言い頬に押し付けられていた苦瓜をパチュリーの手からひょいと奪い去る。
「魔理沙、持ってかないで」
「どうしろと言うんだ!? ……いや、いい。なんにしても、いただきまーす」
ポリポリと音を立てて苦瓜をかじる魔理沙。だが、その食い進める速度はとても遅い、三口でやっと先端の細い部分が口に納まる速度だ。
苦瓜から口を離し租借を始める。恐る恐る口を動かしていたが、2回目で眉にしわがより。3回目で顔を歪ませ。4回目で口を押さえ。5回目で目尻に涙が浮かびだした。
「う、うえぇぇ苦ぁい。こんな苦いのなんて、ごっくんできるわけないぜ」
「―――――素晴らしいわ、魔理沙。かつてないほどエロいわよ、いなや、むしろネチョい」
畏れすら浮かべた表情。今にも拝みだしかねない雰囲気がパチュリーにはあった。
「エロくないって……っていうかなんだよネチョいって。………んグ。ぷはっ、苦かった」
涙を浮かべながらもようやく口内の苦瓜を飲み下す。
「ま、これでお前の言う不思議パワーが蓄えられるんなら安いもんか」
「え?」
なんだその心底不思議そうな顔は。
「………ええ、蓄えられるわ。ゴーヤの、なんかこう、あれな、そう、あれ、瓜的な部分が不思議パゥワーに不思議に働いてふしぎふしぎ」
「うわぁん、だーまーさーれーたー! もうなんの説得力もないじゃないか!」
ぷう、と不満そうに頬を膨らませるパチュリー。
「心外ね、確かにだますような形になったかもしれないけど信じてれば鰯の頭でも力を持つのよ。そう、信じるものは救われる。
だから私を信じてる人達は「ぷぅあちゅぅうりぃいいいぃぃいい!」とか「俺だー! パッチェパチェにしてくれー!」とか「パチュリーのデブー! 結婚してくれー!」とか「眼鏡が足りないッッッ!」って言ってくれるのよ」
「待て! 一つ明らかに悪口があったぞ!?」
眼鏡も大概だが。大体常に眼鏡をかけては眼鏡の価値が暴落するということを理解しているのか。
………いや、でもフルタイム眼鏡もそれはそれで捨てがたいなぁ。
希少価値と普遍性。どちらを重視するべきなのか、悩ましい問題である。
「問題ないわ、ふとましいのは事実だし。まあそれに言った奴にはきっちりアグニったから」
「……え、アグニシャインのアグニって動詞だったのか?」
「そんなわけないでしょ、貴女馬鹿?」
「とっても悔しいんだぜ!?」
はあ、と魔理沙はため息を吐く、流石にツッコミ疲れてきた。だが、最後に一つだけツッコんでおかなければならない。
「……でぶって、お前どっからどう見ても紫モヤシじゃないか」
「ああ、着痩せするの私」
そんなあっさりと。いくらなんでもそれはないだろう、そう魔理沙が言おうとすると。
「92のD!」
「ええい、いい加減目を覚ませというんだこの童貞が!?」
「あ、あの、デスティニーさん、仮にも御主人に向かってその発言はどうかと」
シンの言葉は明らかにパチュリーに向けられたものだろう、とすると。
「え、ええと。そうなのか?」
「…………まあ、そうね。まさか当てられるとは思わなかったけれど」
感情を大きく出すことがめったに無い彼女にしては珍しく驚いた声を上げる。まあ、多分に呆れは混じってはいたが。
「童貞恐るべし、ね」
「またそれだ。なあパチュリー、その童貞ってのは何なんだ? アリスに聞いても教えてくれなくてさー」
魔理沙の言葉に一瞬固まる。相変わらずローテンションで騒いでいるシンに視線を移し、再び魔理沙に戻す。
言うべきか、とも思う。知ってしまった魔理沙の反応は手に取るように分かる、顔を真っ赤にしてうろたえるに違いない。エロい子。存在が。
しかし。
「うーん私にも分からないわねー自分で調べるしかないんじゃないかしらギョッギョッギョッギョッギョ」
「その怖い笑い声らしき声はなんなんだぜ!?」
あえて言わない。純真な目で童貞って何なんだぜー? と聞く魔理沙にエロスを感じるというのもある。童貞と言われて悶えるあの男に更なる恥辱でコントを繰り広げてほしいという気持ちもある。
だが、それ以上に。放っておいたほうが更なるエロスとリビドーたっぷりな展開が待っている、そんな予感がパチュリーにはあった。それ故の笑いだ、言ってみれば恋が実った乙女が浮かべるはにかんだ笑みと同意義に他ならない。
そんな乙女に土下座すべき考えはおくびにも出さずに肩を竦める。
「魔理沙、人に頼りすぎては立派な魔法使いになれないわよ?」
「確かにその通りだが反応が気になるぞ。なんか誤魔化された気がするぜ」
「気のせいよ。まあ気が向いたら教えるわ」
「ふふん、お前の気が変わる前に意味を調べ当ててやるぜ」
会話が途切れる。シンと美鈴、デスティニーの喧騒を魔理沙は面白そうに見ている。何か話題はないかとパチュリーは考え。
「魔理沙、貴女の胸のサイズは?」
「なんだ急に!?」
セクハラに及んだ。いや、それ以前に無茶振りである。
「何だかおっぱいおっぱいな流れになっているもの、なんとなく気になって」
「なんとなくでセクハラするなよ………まあいいけどさ、私も不可抗力だけどお前のサイズ聞いちゃったし。ちょっと耳かせ」
ごにょごにょと耳元で自分のサイズを囁く。僅かに顔が赤くなっている。
「エロいわ、魔理沙」
「聞かれたくないんだ、仕方ないだろ!? というか、何でお前は平気なんだよ。シンにサイズ知られちゃったんだぞ?」
「まあ仕方ないわよ男の子なんだし。大体気にするって事は貴女は魅力的です、ってことでしょう? むしろ反応ないほうが怖いわね」
「ふぅん、そういうもんか。よく分からんぜ」
自分の胸をペタペタと触りながら首を傾げる。
「その至高を、心に焼き付ける………ッ!」
「なんのこっちゃ」
「まあなんにしても。大きくしたくなったら私のところに来なさい、揉んであげるから」
「来るかっ!」
はあ、とため息をつかれる。何が悪かったというのか。
「私は自分に自信を持ってるからな、わざわざ大きくするとかそういうことは必要ないんだぜ」
「ふーん。好きな人がきょぬー好きでも?」
「おうともよ。霧雨魔理沙はハートで勝負だ、ずるはしないぜ」
自称78、どう見ても72な胸を張る。
恋もしたことないくせにまだまだお子ちゃまねー。そう思うが口にはしない。だってそのほうが面白いから。
と、コンコンとドアからノックが聞こえる。この規則正しいリズムからすると彼女だろう。
「開いてるわよ、咲夜」
返事を返すとノブが回りドアが開く。そこに立っていたのは予想通りメイド長、十六夜咲夜だった。
「失礼します。………珍しいですね、パチュリー様。てっきり大図書館のほうにいらっしゃるものと」
ちらり、とシン達に目をやる。微かにため息をついて。
「……少々失礼します」
「だからいい加減に名乗らせてくださいよ、私の名前は(トスッ ナイフッ!?」
「騒ぎすぎよ、めいり、中国」
「わざとですね!? 今のはわざと名前で呼びませんでしたね!?」
「それよりもナイフにつっこむべきではないかね? 綺麗に刺さっているよ」
「問題ありませんわ、お客人。いつもことですので。そんなことよりも、シン・アスカ様」
そんなことってなんですかぁ、という声は黙殺し。
じっと咲夜を見つめ、ぶつぶつと何か呟いているシンに向き直る。
「ななじゅう……いや?」
「ご足労ですが、お嬢様にまずはご挨拶を。勝手に上がりこまれて少々気が立っておりますので……お早めにお願い致します」
返事はない。相変わらずぬぼーっとしたままだ。
「……なによ、真面目に応対した私が馬鹿みたいじゃない。もういいや、無理矢理連れてこう」
「咲夜さん咲夜さん、崩れるの早いですよ」
美鈴が引きつった顔でツッコミを入れる。瀟洒な彼女にしては随分と性急な話だ。
「崩れもするわよ、今の今まであの子にお説教されてたんだから。ミニスカメイドの何が悪いって言うのよ、ロングなんて邪道よ邪道」
ぷりぷりと不満を漏らす咲夜に美鈴は苦笑するしかなかった。あの新入り、基本いい子なのだが時代錯誤なお説教をしたがるのが難点である。
「ていうか、連れて行くのはいいんだけど。いいの? そんな抜け殻見たらあの子逆に機嫌悪くなるわよ」
「ああ、それに関してはなんとかなるそうです」
ドアに顔を向けると、入りなさいと一言。その言葉を受け入ってきたのは。
「む、妖精……いや、メイド?」
「妖精メイド、ですわ」
長い金髪をポニーテールにまとめた妖精だ。デスティニーと同じエメラルドグリーンの瞳、だがその眼差しは常に人をからかうようなものを含んだデスティニーとは違う実直そのもの。
そう、実直。彼女を見たのなら誰もがそう感じることだろう。真一文字に結ばれた唇、緩んだところの無い立ち振る舞い、ぴしりと真っ直ぐな背筋。
見た目は少女でも、漂わせている空気は軍人や武人のそれだ。とはいえその空気もメイド服により大いに和らいではいるのだが。
シンとなんとなく似てるな。そう魔理沙に思わせるのも無理らしからぬことなのかもしれない。デスティニーとはまた違うが彼女もまたシンとどこか似通っている。
今のシンでは似ても似つかないが、あの機械人形と対峙していた時のシンは――――少々この妖精よりも苛烈ではあったが――――同じ雰囲気を発していたのだから。
と、押し黙っていた妖精がシンをじろりと睨み付ける。
「シン・アスカ! なんだその腑抜けた態度は、いつまで呆けているつもりだ!?」
一喝、と呼ぶに相応しいよく通る声。腕を組みイラついた様子で肘を指でトントンと叩いている。だがその動作はシンの目には映らない。当然だ、なぜならば。
組まれた腕に押され、その小さな身体の比率からすると大きくメイド服を押し出している胸がさらに強調されているからに他ならない。
忌々しげな舌打ちが聞こえる。誰のものなのかは本人の名誉のために伏せておくが。
シンの視線に気づいたのか、妖精は目尻を吊り上げシンの目の前へと飛行し。
なんら躊躇うことなく頭突きをお見舞いした。
「~~~ッ!?」
その小さな身体のどこから出したのだと疑いたくなるような鈍い音、言葉も発せずに頭を抱えて悶えるシンを見ればその破壊力は想像するだけで頭に鈍い痛みが走りそうになってくる。
「何を考えているんだ、この馬鹿者が! 胸を見るのはまあいい、男子たるもの色を知らないのも問題があるだろうからな。しかしだ! 叱責に耳を傾けないというのは何事だ、そのような行動は貴様の価値を下げることになるということを理解しないか!」
「や、まあなんだ、落ちつけ妖精さん。明らかにシンに聞こえてないぜ?」
魔理沙の言う通り、頭を抱えたままのたうちまわっている。戦いの中ならばともかく日常、それも完全な不意打ちではそうそう我慢も効くわけがない。
目も覚めはしたが、意識が真っ当な状態に戻っているとはとても言い難い。
「まったく……それでも軍人か、嘆かわしい」
ぱちぱち、と拍手が鳴らされる。デスティニーが出している音だ。唇を僅かに釣り上げたいつも通りのシニカルな笑顔、だがしかし。
「はは、まったくもってその通り。君の言う通りではあるんだがね」
「なぜ、知っているのかな?」
その眼は、微塵も笑ってはいなかった。
「いい加減茶番も終わりにしようじゃあないか。なんだって初対面のはずの君がシンのことを知っているのか聞かせてもらおうかな」
デスティニーの言うとおりだった、魔理沙ですらシンが軍人だったことはアリスから又聞きして知ったことだ、本人の口から語ってもらったことではない。
その事実を、何故この妖精が知っていると言うのか。
妖精は応えず、ただじっとシンを見ていたが大きくため息をつくと、表情が僅かに変わった。眉をしかめ、鼻を鳴らす。滲み出る感情は紛れもなく嫌悪感だ。
「―――他国を侵略せず。他国の侵略を許さず。他国の争いに介入せず」
――――今度こそ、完全に目が覚めた。
痛みも忘れ妖精を見つめるその瞳には曰く言い難い感情が宿っている。憤怒、失望、諦念、悲哀、恐怖。そして、望郷と慕情、悔恨と畏敬。そんな感情が混じり合っているのだから無理からぬことではあるのだが。
そんなシンの瞳を見て妖精はますます苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべる。
「……私は、その理念を守るためにウズミ・ナラ・アスハに生み出されてしまった」
口から出た言葉にははっきりとした忌々しさが混ざっていた。
軽く首を振る。オーブへの思いはひとまず心から追い出し、シンは思い立った言葉を口にする。
「お前は、アカツキなのか?」
「半分当たりだ」
ふるふると首を振られる。嫌悪は表情から消え、再び実直な凛とした表情へと戻っている。
「私はビーム反射装甲「ヤタノカガミ」だ。それ無しではアカツキはアカツキとは呼べまい?」
その言葉に得心がいったのか、デスティニーが手をぽん、と打ち合わせる。
「なるほど、MSそのものではなくシステムの一つにすぎないから妖精サイズなのか」
「そういうことだ。そして、レミリア・スカーレット様から付けられた名、名乗らせてもらう」
すぅ、と軽く息を吸い。
「私の名はアルバ・チェリーブロッサム・八汰乃・加賀見・ゴールドシャイン・暁(あきら)だ」
「なげぇよ」
完全復帰したのだ、ツッコミだって当然行える。
「というか何だ、ネーミングセンスおかしくないかそのレミリアって人」
そんなことはないですよ、と美鈴は目をそらしながら言い。
コメントは差し控えます、と咲夜は優雅に笑いながら言い。
「フォローのしようがないわね、相変わらずレミィのネーミングセンスはカッ飛んでる」
パチュリーにより華麗に引導を叩きつけられた。
「……まあ、どこを呼んでも構わないが覚えておいてほしい、特に貴様にはな」
「ん、俺? そりゃまた何でだ?」
軽く頷くと。
「私は貴様の嫁になるからだ」
たった一言で空気を完全に凍らせた。
全員が言葉を失う中でかろうじてシンが絞り出せた言葉は。
「また変なのが………」
「変なのその1が誰なのか僕とても気になるなー?」
――――同刻、紅魔館の一室にて。
魔理沙だ、魔理沙が来てる。楽しみだなぁ、今日はどんなことして遊ぼうかなぁ?
んー、弾幕ごっこもいいけど鬼ごっこもいいなー、それともかくれんぼ?
……あれ? 今日はもう一人いるんだ。どんなのかなー。
これとはどんなことして遊ぼうかなぁ、レーヴァテインとかで刺し合う? それともスターボウブレイクで我慢大会?
すっごく楽しいよね、刺し合いならきっと体中に穴があいてモツがボロボロ零れ落ちてくるんだそのモツで首を絞めて壁に投げつけるんだ黄色い脳漿がブチ撒けられるんだ腐った匂いが半月は消えないんだ。
我慢大会ならきっと素敵な悲鳴を上げながら身体がぶすぶすに焦げちゃうんだちょっと触っただけで砕けちゃうんだよそれで部屋中に灰が撒かれちゃうの壁にしつこい汚れがこびり付いたまま暮らさなきゃ。
うふふ。うふふふ。楽しみだなぁ。本当に、楽しみだなぁ。
最終更新:2009年10月22日 16:12