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日々、闘争の果てに-其の弐

 ◆◆◆

『……なあ相棒。隊長今何したよ』
「撃ち落としたな、ドラグーンを。それも本体から切り離された瞬間に。一つ残さず」

 グフのコクピットシートに座る男は、通信で投げかけられた問いに対して、ただ見たままの光景を淡々と告げる。
 ドラグーンを積んだ機体が、その装備を使おうと切り離した直後――つまりドラグーンが本格的に動き出す前に総て撃ち落とす。MS本体はビームシールドで防いでいたが、直後に展開していたシールドごと真っ二つに両断されて宇宙に一瞬だけ咲く花になった。
 多分、今彼等がみた光景を他のパイロットに言っても信じてもらえないだろう。だが実際彼等の隊長は、彼等の前でそれをさも当たり前のようにやってのけている。生き残った隊長機と、撃墜された敵機が先程の出来事が嘘でない事の何よりの証拠である。
『もうバケモンだな。あんなん絶対敵に回したくねえ』
「俺もそう思う。とりあえず撃ちさえしなきゃ撃たれないだろ。あの人はそういう人だ」
『ま、だから俺達この隊に居るしなあ』
「そーだな。仕事はそれなりにハードだが、今の御時世じゃどこもそんなモンだし。それ考えると、めっぽう強い上に味方で居る限り味方で居てくれる化物は魅力的だわな」
 彼等の隊長は強い。バケモノというか規格外的に強い。彼等もまた幾多の修羅場を潜った歴戦のパイロットではあるが、そんな彼等でもアレと戦うのだけは絶対に遠慮したい。そう思える程度に、彼等の隊長は強かった。
 だが、彼等の隊長はただ強いだけだった。おかしいのは戦闘の技術だけで、後は吃驚するほどマトモである。色んなモノが歪みまくっているこの世界では珍しい程に。
 部下を盾にしたり身代りにしたりするようなのは割と良く居るが、彼等の隊長はそうしなかった。ただ黙々と戦っているだけだ。部下に何かする事も無ければ、何を求める事も無い。
『ああいうの、なんつうんだろうなぁ』
 モニタに映っていた縦一線に両断されたMSが爆発する。その爆炎を突き破る様に飛び出た機体が次の敵へと、まるで翼のような光を吹き出しながら飛んで行く。
 そんな一方的な――蹂躙と言うに相応しい戦いぶりを見ながら、男は通信での言葉に対して少しだけ思案する。頭の中に浮かんだいくつかの単語の中から最も相応しいと思う単語を選び出し、問いかけへの答えとする。

「戦鬼、とか」

 ◆◆◆

「鬼?」
「そう鬼」

 シンのやや呆けた聞き返しにも、向こうはからからと朗らかに言い放った。
「はあ、また随分俺のイメージと違うなあ」
「そう? これでも四天王の一人なんだがね」
「四天王か。そんなモンまであんのか」
「あるよ。それにしてもやっぱり信じてもらえないもんだね」
「その容姿で最強種族って言われても、そりゃあ無理があるだろう」
「おや? 鬼の事は知っているのかい」
「図書館の本で少し見かけた。後は幻想郷縁起で」
「結構結構」
 満足げに頷きつつ、最強種族かつ四天王なんて肩書を持つらしい鬼は手にした瓢箪を傾けた。相手が瓢箪から口を離すのを待ち
「それで。その最強種族かつその中の四天王さんがただの人間に何の用だよ」
「そうだねえ。外の話を肴に飲み明かすのもいいんだけど。今夜は弾幕で語りたい気分だねえ。そのつもりで来たんだよ」
「俺に拒否権はあるんだろうか?」
「したければどうぞ。ただし」

 かつて。シンは境界に潜む大妖と出遭った事がある。あの時受けた感じを大雑把に言うと、『生まれてからずっと森の中で過ごしていた人間が高層ビルを初めて見た』。そういうものに似ている。相手が何なのか認識できないために、それが己に危害を加えるものか否かも判別出来ない故に感じる恐怖。未知との遭遇。
 さて今回はというと。
 もっと単純に例える事が出来る。身長が二メートルに満たない人間の前に、全高が数十メートルを超える重機が立ち塞がっている恐怖。単純明快絶対確実危機的状況。

「――――できればだけど、ねえ!!」

 弾幕とは文字通り弾幕である。各々得意な物を弾として幕の如く大量に打ち出す行為。これが幻想郷でのポピュラーな”決闘方法”。
 スペルカードルール。己の力を事前に設定し、それを披露する。それで相手を撃ち落とせれば勝ち。逆に手札の総てを撃ち破られれば負け。
 このルールにより妖怪と人間の距離はずっと近くなった”らしい”。対等に語り合えるとか力比べを出来るとか何とか。
 外、いわゆる人外幻想の類に馴染みの薄い場所で育ったシンにとっては、そこら辺イマイチ掴めないのだが。
 眼前の鬼は”弾幕”なんて言った癖に、弾の一つも出していない。というか思いっきり直に拳で殴りにかかって来ている。しかもとんでもない勢いで。
「ンなこったろうと思ったけどさあ……!」
 伊吹萃香と名乗った鬼が瞬く間に迫って来る。
 見た目は角さえ除けば何処にでいるような童女の様相である。最も童女は赤ら顔になるほど泥酔しないだろうが。
 ”ここ”では見た目ほどアテにならないものは無い。シンの腰くらいの背しかない童女が、縦横数メートルあろうかという柱の破片を片手で軽々と持ち上げる。そしてソレを砲弾の如く投げつけてきたりする。こんな馬鹿げた光景がよくあるのだから、本当にたまったものじゃない。しかもそんな常識外の存在がお八つのプリン抜かれた位で涙目になってうーうー言い出すのである。シンはこっちで暮らし始めて日が浅いが、もうその辺りは深く考えない事にした。こういう考えにならないと精神が持たない。
 背中で金属の擦れる音と共に三つの赤と黒の塊が出現する。その一つを引き抜いた。大剣を両手で握って、とにかく迫る一撃を受け止めようと試みる。
 衝突した。
 シンの振った幅広の刀身と、萃香の小さな拳が正面衝突した。背筋と感覚を走る悪寒と、噴き出す冷や汗刀身から相手の拳圧が伝搬する、僅かな接触僅かな伝搬だというのに。腕にかかるのは途方もない圧力だった。前に出した筈の剣が拳の赴くままに腕の関節の方向すら無視して後ろに流れる結果が容易く想像できてしまう程に。
「なん――だ――ソ、れ――――ッ!?」
「あっはっは。甘く見ちゃあいけないよ」
 衝突の瞬間と同時に後ろに飛び退く。同時に剣に角度を付ける。手首に鈍い違和感。舌打ちをしたい。けどしている暇はなさそうだ。
 体勢が崩れるのも構わずに、剣を押されるがまま思いっきり後ろに。激突の勢いのままに、剣と共に振り回されながら後方へと飛翔する。
(距離を)
「ほいほーい」
(取らせてくれないか)
 後ろに飛び退いて着地し、距離を取りたいところだが、萃香は許す気は無いらしい。走る、というより泳ぐ、様な奇妙な足運びで距離を詰め、その細い腕をぐるぐる回している。
 見た目だけなら可愛らしくもあるが、無造作に突き出した拳であの重さである。あんな風に振り回して勢いを付けたらどれだけ重くなるというのか。
「…………ああ、もう」
 片足が地面に付く。翼の片方だけ推力を上げた、付いた脚を支点に勢いよく旋回、大剣に回転力を上乗せて拳を迎え撃つ。
「お?」
 正面衝突させる気はない。真っ直ぐ伸びた拳の側面にぶち当てる。今度はその衝突した部分を支点に変更。萃香の細い腕の側面を中心に、シンの身体が跳ね上がった。萃香の身体を飛び越え、ちょうど頭上に達した辺りで背中の翼が光を噴いた。跳ね飛ばされたように急加速。そのまま空へと飛び上がる。
 状況と位置関係を考えるに、これは好機かもしれない。
 無論、逃げるのである。

「あっ!?」
 そう上手く行く筈もない。
 後ろの方から声が聞こえた。翼を数回はためかせながら、身体を無理矢理反転。邪魔だったので剣は手放す。何が来ていたか解っていた訳ではない。だから振り向いて初めて鎖が伸びている事を視認する。身体に巻き付けていた奴だろうか。
 萃香から伸びて来ていた一条の鎖の先端を右脚の先で蹴り飛ばす。そして自由落下。下に落ちた剣の柄を引っ掴み、後方に一回転。残っていた加速の勢いで、シンの身体が地面を抉りながら数メートルほど進んで停止した。
「何だい何だい弾幕の一つも出さないで! あまつさえ決闘放り出して逃げようだなんて! つまらないなあ!」
「直に殴りかかってきてるのが言うなっつんだ」
 萃香が手元に引き戻した鎖を乱暴に振り回しながら不満気に声を荒げる。シンは大剣の柄を両手で握り直しながら淡々と、呟くように返答する。
「むー……真面目にやる気がないらしいねえ」
「うん。全く無い」
 今のシンはMSの能力や機能を人間のまま扱う事が出来る。人間用のサイズになった兵装の使用、スラスターを用いての飛行、運動能力や耐久性での補正等々だ。
 しかしながら元のデスティニーは複数の武装を積んでいた筈なのに、”今現在”のシンが扱えるのは大型の剣であるAアロンダイトのみ。
 理由は不明。そもそもこの能力が生まれた理由や動いている理屈ですら不明なので当たり前ではある。
「そらそらそらー!!」
「……チッ」
 萃香が陽気な声を上げながら光弾を無数に放り投げてくる。片側の推力を上げて地面を高速で滑る様に移動して弾の軌道から身体を外す。MSという全身に推進装置を持つ存在によく似た挙動。生身の人間には出来ない挙動。少なくともここに来る前のシンには絶対に出来ない。
 種族としての性能に魔法や特殊能力を持つ連中がこの世界には多いが、”これ”のお陰である程度は他の面子に追従できる。
 かくいう”これ”こそがシンの能力なのだろうかと思った事がある。でも八雲紫いわくそれは違うらしい。一応シンは詳しい事が解るのかと尋ねてみたが、適当にはぐらかされた。全く気にならないと言えば嘘だが、別に深く知りたい訳でもない。なので追及はしなかった。そしてそのまま今に至る。
 滑り、跳ね、宙返り、そしてたまに弾く。見た目出鱈目に放り投げられる光弾。それらを避けたり弾いたり黙々と処理しながら、シンは横目で萃香の様子を窺った。最初は赤ら顔で上機嫌気にへらへらしていたが、今では不満げな表情に変わっている。
(よし。いい傾向だ)
 出来ればニヤリとか笑いたいところではあるが、それだと相手に気取られるので止めておく。此処――というか弾幕勝負を持ちかけてくる輩は基本的に勝負事が好きである。
 大体の輩が”楽しむ”ためにやっているのだから、”つまらない”のなら続けない。こんな風に明らかにやる気が無い風をしていれば、恐らく相手から切り上げるだろう。
 腑抜けな考えだという事は重々承知。それでもシンはどうにも争い事の類に傾注する気にはなれないのだから仕方がない。そういうのはもう”飽き飽きしている”のだ。
 そしてシンの思惑通りに事が運びそうである。段々と萃香の弾の投げ方も雑になって来ている。たぶん、そう遠くない内に『つまらない相手』だと判断されるだろう。
 それで、この遊びもおしまいだ。

 たぶん。

 ◆◆◆

 伊吹萃香は鬼である。
 性格や容姿以前に、生まれついて”鬼”という存在(種族)である。

 萃香自身は”外”というか一般的な鬼の印象からはだいぶかけ離れた容姿だが、小さな体躯に宿した力は紛れもなく鬼のものである。
 認識されている常識では無く、実際の事として鬼の特徴は数点ある。まずはその他を圧倒する怪力。そして酒好きである事。そしてもう一つ。人間との特殊な関わり方。
 鬼は人間を攫う。
 そして人間は鬼を退治する。
 鬼を退治出来た人間は鬼の宝を得る事が出来る。
 鬼は人を攫い続け、人間は鬼を退治しようと向上を続ける。
 恐らく大多数の人間がこの関係を見れば、鬼は人間に何か恨みでもあるのかと思うのだろう。だが実際は完全にその逆である。

 鬼は、人間が”好き”である。

 好きだからこそ積極的に関わろうとする。この攫い退治される一連の流れは、鬼なりの人間とのコミュニケーションである。
 最も、その度に命がけの人間はたまったものではない。そこら辺は所謂種族故の価値観の違いである。ただ人間に利益が無いかと言えば決してそうでは無く、試練を超えたものには相応しい対価が待っている。
 定期的に行われ、互いの利益になる関係は、少々歪というか特異かもしれないが、それでも強固なものであったのだろう。
 けれども今、鬼は人間の前から姿を消して随分と長い時が経っている。その理由の多くを占めているのは”これまでの関係”を維持できなくなったから。
 人間は弱い生き物だ。特に自分の為にならどこまでも汚く貪欲になれる。
 そして鬼は正当を良しとする。人間の中でも特に真っ向から立ち向かってくる者は特に好む。思い切りがよかったり、快活だったり、そういった人間と関わることをとても好む。そしてその逆を嫌う。特に嘘を付いたりして相手を騙す類は問題外である。
 だが鬼と本当の意味で渡り合える人間は酷く少ない。人間の”強い”者は異常なまでに強いが、その分少数でありその他大勢は弱い。
 そして大多数の弱い人間は、自分達より強い鬼に対して恐怖を抱く。だから人間は鬼を”排除”し始めた。退治ではなく排除。決闘でなく殲滅。その存在を一切許さずに宿敵では無く仇敵としての完全敵対。
 鬼は確かに人間が好きだったが、人間のそういう汚い部分は許容できなかった。形振り構わぬその姿勢が。だから姿を消した。自分達の好む人間はもう居ないと判断して。

 萃香もまた、そういう鬼の一人である。

 当然人間は好きだ。そして汚い部分を好ましく思っていない。それも他の鬼と同様だ。ただ萃香は少しだけ理解している。人間は弱いからこそ、そうしなければ生きていけない事が多々ある。鬼から見る嘘は、人間から見れば正当であるとも言える。
 変わり者と称される伊吹萃香はそうして再度幻想の地にて人の前に姿を現した。けれども萃香にも”空白”の時間は確かにあった。変わり物だとしても。その理由が理解できても、それだけで納得できるものでもない。
 ただそれは杞憂であった。いざ外に出て見れば、思いのほか居心地が良かったのである。幻想の地では人と妖が対等に渡り合う術が確立されていたし、それ抜きでも”対等”に渡り合える気概を持つ者が居た。人間が鬼の事を完全に忘れ去っていたのは少々思うところはあったが。

 さて。そんな萃香の前に、今人間が一人居る。

 性別は男。齢は知らない。ただ容姿から察するに少年から青年になりかかっている過渡期であろうか。もしかしたら齢の方はとうに青年の域かもしれないが、顔立ちの所為か少し幼く見える。髪は真っ黒、適当に伸びた髪を適当に切ったようなやっつけぶり。そして瞳は赤。綺麗に澄んだ赤。一目見ただけでは妖の類と見紛う程度の赤だった。
 名前は知らない。知っているのはどういう人間かだけ。外来人で、元居た世界に還らずにそのまま幻想郷に居付く事にしたらしい。
 この時点で割と珍しい。普通――というか大体の外来人は元居た世界に還ろうとする。故郷が恋しいという感覚は萃香も理解できる。それに幻想郷は人外妖怪といった幻想の為の土地だ。完全に人間の為になっている外に比べれば居心地悪く感じるのだろう。
 そして眼前の少年はそれをしなかったらしい。”出来なかった”ともいうが、少年自身が特に帰りたがっていないとも聞いた。
 少年について聞いた事はあといくつかある。曰く、珍しい獲物を使うらしい。少なくとも幻想郷にこれまでいない類の獲物であると、萃香はそう聞いた。
 その二点で既に少々興味をそそられていたが、最後の決め手は萃香の知り合いである境界の妖怪の言葉である。

『強いわよ。たぶん』

 そう聞いたなら鬼である萃香が出向かない訳には行くまい。少し前から興味は欲望に変わっていた。そして機会を窺う事数週間。ついに好ましい状況と相成った。少年がそれまで働いていた悪魔の館を出たのである。別に館の主を恐れていた訳では無い。
 想像してみよう。腕まくりをして泡まみれにだったり、洗濯物に翻弄されたり、料理の皿を抱えて腕をぷるぷるさせている相手に向かって『決闘だ!』と意気込む画を。
 そう、締まらないにも程がある。
 日常の端々の挙動から、確かに少年が常人とは違う空気を持っている事は確かに理解できた。だからこそ、骨のありそうな人間に会えたからこそ、初接触はもうちょっと凝りたかったのである。
 鬼は基本的に自儘と思われていて確かにそうだ。相手の迷惑は二の次だ。でも格式ばったというか、お約束と言うか、わざとらしい位の状況は好きだったりする。
 出来ればその少年が意気込んで萃香を退治に来るという状況にしたかったところだが、具体案を霊夢に話したらお祓い棒でしこたま殴打された。故にそっちは泣く泣く却下。
 そして今。件の少年は館を出て、人気の無い荒野に立っている。周囲は夜の闇がすっかり覆い尽くして、頭上にはまんまるの満月。
 今出ずに何時出るのだという訳で、萃香は少年の前に姿を現して。誰かと問われて鬼だと答えた。そのまま少しだけ応答してみて、出向いたのは正解だっと思い知る。
 少年は萃香が”どういう程度の存在”かをキッチリと把握した上で、それでもその場に立ってこっちを見ている。表情こそやる気はないが、萃香に気付いた瞬間僅かに脚を開いて地を踏み直し、即座に”整えている”。完全に戦いに生きる者の姿勢だった。

 酔いも程良く回り、空には新円の月。そして目の前には骨のありそうな”戦士”が居る。
 今夜は愉しい夜になりそうだった。

 少年は萃香と相対して、鋼の翼と翼を取り出した。翼は武器ではないだろうから、少年の獲物はあの大剣なのだろう。それは人間が扱う規格を超えていると一目で解る程の大剣だった。赤と黒で塗り分けられた二色の大剣。装飾の少ない無骨な大剣。誰が鍛ったか萃香には知る由もないが、きっとあの少年の事をよく知っている者が鍛ったのだろう。少年の容姿と雰囲気にとても似会っていた。
 そして真っ先に剣を出したことで、萃香は少年は剣士なのだろうと当たりを付ける。だが数合打ち合ってみて、どうにも違うような気がしている。確かに少年は巨大な剣の大きさと重さに翻弄される事なく巧みに操ってみせるのだが、こちらに仕掛けてくる様子がまるで無い。
 更にこっちと距離を取ろうとしているのが明らかに窺える。もしかして剣は見せかけで何らかの触媒なのだろうかと思い当たる。儀式用の道具がたまたま剣の形をしているだけで実際の戦い方は剣士とかけ離れているという例も、数こそ少ないが知っている。
 と、そこで少年が翼から光を零しながら空へと翔けた。直観的にそれが闘争の為でなく逃走の為であると悟る。一瞬呆気に取られるも、萃香は即座に身体に巻き付いた鎖を少年目がけて投擲した。鎖は蹴飛ばされ相手を捕える事こそ敵わなかったが、留める事には成功した。
 明らかに決闘をほっぽり出して逃げようとしたというのに、まるで悪びれた様子が無い。おまけにやる気がないのかと問うてみれば、凄まじく真顔で無いと答える始末である。
 それらに憮然としつつも、萃香は戦い方を変えてみる事にした。手に萃めた妖気を少年目がけて次々に投擲する。武器の見た目と違った戦い方をするのではないかと思ったからだ。当たれば盛大に爆発する妖気の塊、それら全てを少年は軽々と避けていく。
 この行動自体は弾幕勝負自体にとっては何ら珍しい事では無い。弾が迫れば避けるのは至極当たり前、人が萃まれば宴会になる位に当たり前のことだ。
 けれども、少年はただ避けるだけだ。こっちに打って出る様子がまるで見受けられない。”弾”でもって己を示し合うのが弾幕勝負である。これでは成り立っていない。
(…………むうー)
 面白くない。これでは全くもって面白くない。余りにも面白くない展開に、酔いが醒めてきたような気すらする。折角楽しい夜になると思ったのにこれでは台無しだった。
 少年の身のこなしは常人とは明らかに一線を画している。反応の速度や身体運びが完全に”闘う者”のそれだ。間違いなく相当の実力を隠している。
(よし。そっちがその気ならこっちにも考えがある)

 萃香は自身の髪を数本千切って、それを風に乗せて宙へ流す。その動作は一瞬、そして少年目がけて妖気の塊を放り投げる動作を変わらず続ける。
 ”位置関係”が整うのを少しだけ待つ。そして頃合いを見計らい、妖気の塊を投げた後に、今度は萃香自身も突進した。
 唐突な突進にも少年は眉ひとつ動かす事なく、回避を続けながら迎撃の姿勢を取る。突然少年の背後で小さな影が二つ出現した。
 萃香自身を小さくしたような姿形をしたそれは、伊吹萃香の持つ『密と疎を操る程度の能力』で造り出した分身だった。
 周囲に弾、前からは萃香。そして後ろからはミニ萃香。
(これならどうだ!)
 こうしてみれば流石に実力なりその本懐を出すだろうという、萃香なりの算段である。逃げ場を塞がれた事に少年が気付く。さあどう出ると萃香はにんまりと笑う。ただこれが試しだからと言って手を緩めるつもりは無かった。強力の籠った拳を少年目がけて勢いよく突き出す。

 その顔から表情が消えた。

 少年が大剣を前方斜め下に投げつける地に深々と突き刺さった大剣が萃香の拳と衝突して数瞬だけその場に縫いとめた間にとんでもない勢いで縦に回転し後ろから迫っていたミニ萃香の一体を回転途中の脚が捉えて地に叩きつけ地と接触した点を支えとして身体を留めもう一体のミニ萃香を引っ掴み傍らを通り過ぎたばかりの弾に叩きつけ地を蹴り萃香が弾き飛ばした剣の柄を空中で引っ掴む。
 萃香は数瞬前まで少年が居た箇所に到達している。けれどもそれは今では少年の真下になっている。その萃香目がけて、少年は思いっきりかつとんでもない勢いで、手にした大剣を振り下ろした。
 轟音が夜の闇に拡がった。ただでさえ相応の重量を持つ大剣が、途方も無い勢いで振り抜かれたのだ。破壊力が小さい訳が無い。ものの見事に無防備な萃香の身体を捉えた大剣は勢いを一切緩めることなく、そのまま下へと向かい。当然のようにそこにあった地面すらも易々と抉り取って見せた。
(…………お?)
 先程までは確かに風景をとらえていた筈の視界には、今では茶色い土しか映っていない。おまけに頭には鈍痛と鋼の塊が接触している感触がある。殴りかかった筈が気が付いたら地に伏す――どころか埋まっていた。

 何が起こったのか理解できずに、伊吹萃香は目をぱちくりとさせた。
 埋まったまま。

 数秒ほど止まっていたが、やがて萃香はゆっくりと顔を地面から起こした。自身を中心として少しの範囲の地面が抉れている。それほどの一撃だったという事だ。
 やった張本人はさっきよりも離れた場所に居た。思いっきりしかめっ面――やっちまった、とでも言わんばかりの渋面である。よほど狼狽しているのか、手にした大剣を取り落とした事にも気付かず顔を手で覆っている。

「ふーん、そっかそっか。今のが”素”なんだね。なるほどなるほど」

 首をぷるぷる降って顔に付いた土を落とし、服の土をはたいて落としながら立ち上がる。
 当然ながら手加減はしていたが、油断は一切していなかった。その伊吹萃香に対して――大江の四天王に対して、”鬼”に対して。眼前の人間はあれほどまでに見事な一連の攻撃を叩き込んで見せたのである。

 人間が。本来とんでもなく弱い存在である筈の人間が。

 少年が何か言っているが、気にしなかった。気にする必要が無かったとも言える。腕や肩をぐりぐりと回し、首を左右に傾けて音を鳴らす。
 幼いと言って差支えない造形をした萃香の顔に笑みが浮かぶ。それまでとまるで趣が異なり、浮かんだのは妖艶と表現する類のもの。

「――――うん。ちょっと本気で行くから、出し切る前に死なないでねー」

 鬼は、強い人間が”大好き”である。

 ◆◆◆

 その場から飛び退いて、シンは思いっきり舌打ちして、それから両手で顔を覆った。手に持っていた大剣は当然地面に落ちた。

 この世界は平和だ。

 無論日頃から些細な諍いはあちこちであるし、異変なんてものが展開されていることも知っている。だが結局は平和だ。それが危ういバランスであるとしても、保たれているのだから間違いなく平和だ。
 だからこそ、シンは自身の戦うための部分が気に入らない。あの世界では生きていくために必要だった。その事に後悔はない。だが言いかえれば、この世界では必要無い筈だ。
 戦闘狂だのなんだの言われた部分は、もう捨てていい筈だ。この世界で生きていくのには必要ない。だから捨てようとした。無くそうとしたと言ってもいい。誰も寄せ付けない程に強くなりこそしたが、結局それは必要だったからなのであって、決してシンはそれが欲しかった訳ではないのだ。
(くそ……ちくしょう…………ッ! ちょっとくらい、ちょっとくらいは……!)
 だというのに、少し身の危険を感じただけでさも当然の様に舞い戻って来た。しかも一切鈍っている様子も無く。切り替わった瞬間、シンの”何もかも”が、かつて培った感覚に馴染む。その現実に心底落胆して嫌悪する。酷く気分が悪い。

(マシになったと……思ってたのに………………ッ!!)

 シン・アスカという名前のクズが、戦争で人をたくさん殺して来たという事実がある。それは住む世界が変わっても決して変わることは無い。ましてや消える筈も無い。
 だからこそ。戦争で育んだ部分は、不要になった今滅ぼして然るべきだ。その罪を生んだ部分を忌み嫌う。それに何の間違いがある。例えあったとしてもそれは他者の理屈だ。シンに言わせればその感覚を仕方無かったと許容してしまう事の方がよっぽど大罪だ。
 決して安寧や安息を求めている訳では無い。むしろ逆だ。シンは自分が苦しみ抜いて死ねばいいとかなり本気で思っている。
「…………?」
 打ち付けた相手が起き上がっている事にようやく気が付く。何か言っているのが聞こえたが上手く聞き取れない。距離があるだけでなく、シンの感覚が聞き取ろうとしていないのも原因だろう。
「いや、何なんだよアンタ。いきなり何……」
 混乱した頭のままに呟いた。何を言っているのかいまいち自分でも解っていない。次いで相手がもう一言何かを言い放つ。背筋が冷えた。一歩目を踏み出した眼前の相手が――先程までと桁違いの威圧感を放っている事を、脳が勝手に察知した。
「は? え、ちょ」
 脳は混乱しているが、一部分は酷く冷静だった。足元の剣を蹴りあげる。柄を掴む。混乱しているのにそういう動作をすんなり行える自分に気付いて、思考が更にぐちゃぐちゃになる。
「う」
 気が付けばもう目の前に居る。風が吹いたように感じたのは圧力の所為か、それとも突撃の余波で実際に突風が吹いたのか。
 どちらかを考えている暇は無い。ほぼ反射で握り直した大剣を前に翳す。普段なら考えられない愚行である。けれども回避を行うには、思考の処理速度が不足していた。
 故に防御。大剣と拳が衝突――とは少し違う。爆発だ。萃香の拳が立ち塞がった刀身と接触した瞬間、膨大な熱量と圧力が拳から弾け飛ぶ
「だ――あぁ――――!?」
 ッゴォンと。バカみたいな音がした。重たい何かが同様以上の重さに思い切り跳ね飛ばされる様な。反射的ではあったが、それでも確かな力を込めていた筈の腕が、すっ飛ぶ様に後ろへと無理矢理に稼働した。大剣を離さなかったのはただの偶然だ。現に柄を握る両の手には痺れるような鈍痛が残っている。
 その威力に舌を巻きつつも、眼前に居る子鬼を見る。突き出したのとは反対の腕をとんでもない勢いでぐるんぐるんと回している。

 血の気が引いた。腕が上へと流されている現状では腹部ががら空きになっている。そんな状態でさっきのような、金属の塊に等しい大剣を軽々と弾き飛ばすような一撃を食らえばどうなるか。腸が飛び散る、胴に穴が開く程度で済むだろうか。いや否。断じて否。そんな程度では済むまい。おそらく胴体半ばでシンの身体は千切れ飛ぶ位はするだろう。
 その妄想に至るまで接触から僅か数瞬。
 上に流れている腕と剣は制動しない。勢いのままに。そしてその勢いに合わせて背中の翼から光をいくらか噴き出した。身体がすっ飛ぶ様に後方へ回転する。空中で腕を引き戻す。回っていた視界が正常に復帰する――視界一杯に萃香が映っていた。
 視界の片隅に拳が映る。冷や汗が噴き出る。咄嗟に剣を翳した。今度は振るスペースなんて残っていない。刃を向けるのではなく、峰を使って盾の様に剣を翳す。Aアロンダイトはそういう使い方も考慮されている。
 轟音か爆音か。もしくはそれ以上の何かか。
 シンの身体が射出された砲弾のように地面向けて加速した。着弾。地面に付いて受け身を取る間も無くそのまま地面に線を引くかのように一直線に地面を抉る。十メートルに届く前で一度飛び上がって、体勢を立て直して着地。
「馬鹿力が……ッ」
 刀身に、ちょうど萃香の拳くらいの凹みが出来ているのを横目に見る。着弾の際に受けた衝撃の余波がまだ身体に少し残っている。ふらつきこそするが、まだ行動不能と言う訳では無い。
 追撃だろう。光弾が無数に迫って来る。存在しているのを見て盛大に舌打ちした。ともかく数瞬後には身体に直撃するであろう一発を大剣で弾き飛ばす。Aアロンダイトは大きさから考えて当然ながら大振りだ。故にこの迎撃を続けるのは得策では無い。スイングは数回、後はステップ移動での回避に専念する。
「あーっはっはっは――!! そらそらそらそらそら――――!!」
 メチャクチャ楽しそうな叫び声と供に光弾を投げまくる萃香が見える。さすがにちょっとイラっと来た。
 放たれる弾幕の中には、先程までと違い弾速が遅い代わりに一定時間後周囲に弾け飛ぶ弾も混じっている。それらを横へ前へ後ろへ左右へ、時に飛び上がりながらくぐり抜ける。
「大人気――無いんじゃないのかよ! 人間相手にッ!!」
「しっかり避けてるやつの言葉とは思えないね!!」
「そういう問題じゃねえだろうが!」
「そういう問題だね!」
「そうかよッ!!」
 苛立ち混じりに、やけくそともいう――叫びながら光弾を大剣で力任せに弾き飛ばした。
「さあ! さあさあさあ!! もう誤魔化しはナシにしようじゃないか!」

 ”萃符「戸隠山投げ」”

 少しだけ離れた位置にいる萃香が腕を振り回している。回転の度にその小さな腕に岩石が吸い寄せられていき、瞬く間に巨大な岩へとなり果てる。
「そりゃ――!!」
 掛声だけ取ればえらい陽気であるが、実際行われている事は凶悪極まりない。鬼畜の所業である。というかそういえば本当に鬼だった。ともかくシンの身体の何倍もあるだろう巨大な岩石が隕石の如く降って来る。
「どこまで、出鱈目、何だよ」
 絶妙のタイミング。着地を狙われた、回避は危険を伴う。大剣の安全装置を外す。ゴッという噴射音と共に噴き出た赤い熱量の刀身が空気を焦がす。
「このヤロオオオオオォォォォ!!」
 巨大なビームサーベル同然と化したAアロンダイトを横一文字に振り抜いて。迫りくる岩石を粉々に粉砕した。光刃消失。

「あっはっはっは」

 笑い声が聞こえる。
 とても近くから。
「やあ」
 岩の破片は四方に散っている。その一つに乗った萃香が、上からシンを見下ろしている。近い。限界まで引き絞られた弓矢のように、振りかぶられている拳が見えた。

 ”ごぉん”




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最終更新:2009年12月21日 01:15
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