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日々、闘争の果てに-其の参

 MSを操縦して行う戦闘。
 肉体を動かして行う戦闘。

 その二つは当然ながら勝手が違う。MSはあくまで人型を模しているだけであって、人体では無いのだから。いくら人体に近しい可動領域を持つフレームを持っていても、MSが”人体”を再現するのは不可能だ。
 では逆はどうだろう。
 MSの動きそのものを人体で行う事は可能である。ただしこっちはこっちで別の問題はある。MSは行う動作の規模が人体に比べて著しく大きい。巨体なのだから当然だ。またその大規模な行動に耐えうる骨格も持ち合わせている。

 だが、人体はMSの動き自体は”出来る”。

 故に。それらの問題さえ――人体の耐久性の低さ等をクリアできるとしたら。何らかの手段でそれを実現できるのだとしたら。MSで培ったその戦闘行動技術を”人間”の状態でも扱える事になる。

 戦闘技術、その総てを。

◆◆◆

「づ、ッ」

 これは打撃音では無い。衝突もしくは激突音だ。
 殴りつけられた後に数メートル程地面を滑った。土砂と盛大に擦れ合った靴が悲鳴を上げている。撃ち出されたかの如き勢いの拳は、咄嗟に出した左腕で受け止める事に成功した。シンは”受け止めた”つもりだったが、実際には吹き飛ばされている。
 意志と関係なく身体は勝手に地を滑る。体勢がこれ以上崩れる前に、背中の翼からの噴射で制動をかける。
 デスティニーを使っている間、シンは少し頑丈になる。吸血鬼がヤケクソ気味に放り投げた柱が直撃しても『痛い』で済むレベル位には。
(冗談、じゃない)
 左腕が潰れかかっている。最も酷いのは当然直に拳を受けた箇所だ。衝突時の爆発で服は焼け焦げているし、肌も焦げてこそいないが確実に正常な肌の色では無い。そして明らかに凹んでいる。骨は折れるというよりも多分砕けていると思う。それから衝撃が伝わった肘、肩、更に繋がる胴体さえも悲鳴を上げている。
 萃香は空中で不安定な姿勢のまま、万全とは程遠い一撃だった筈だ。それなのに
(冗談じゃねえ…………!)
 絶え間なく送られてくる激痛の信号が脳をザクザクと刺している。もはや痛みを伝える信号自体が別の痛みと化している気すらする。
 轟、と空気が震えた。左腕の状況をしっかりと把握しつつも、視線自体は一瞬しか萃香から離してはいない。だからその絶望的な現実を直視し続けている。
 着地した萃香が間髪入れずにこっちに踏み込んでいる。振りかぶった手に”何か”が満ちているのを直感で理解した。おそらくそれまでと同様にインパクトの瞬間爆発的な破壊力を発揮するに違いない。
「くそ……ッ!」
 右腕を力いっぱい振って、ただ上から下への振り下ろし。痛みに呻く暇もなく、迫りくる次の一撃を大剣の刀身でもって迎え打った。
 接触、再度爆音。衝撃知覚。柄を握る手が感覚を失う程に痺れている。握った腕ごと剣が見当違いな方向に吹っ飛ばされた。次撃接近。力任せに腕の先の剣を引き戻す――その度に身体が負荷に悲鳴を上げる。受けた勢いを満足に殺しきれず、たたらを踏む。意図せず身体が少しずつ後方へと追いやられる。
 激突を数合ほど繰り返す。
 といっても圧倒的突破力と破壊力を持った萃香の拳を、シンが辛うじて凌いでいるだけだ。既に限界が近い。一撃付き合う度にシンの右腕から感覚が消えていく――まだ柄を握れているのが不思議な位だ。
「どうしたどうした! そんなもんじゃないだろう!?」
「ッ、……!」

 額から脂汗が滴るのは痛みの所為か、わかりやす過ぎる生命の危機に瀕しているせいか。対して萃香の方は酷く愉しげである。絶殺の連撃は止む事なく、萃香の昂りを表現するかのように圧倒的である。
「何で、そんなに、楽しそう、何だ……!?」
 この状況で言葉を紡ぐのはあまり得策では無い。そんな事をしている余裕が無いのだから。口を開くよりも、右腕を振るい続ける事に専念した方が得策だ。
 ただそれでも口を開かずに居られなかった。この状況が理解できない。なぜ眼前の相手がこうも積極的なのかまるで理解できない。
 さっき入れた一撃は”殺す”つもりでやった。それを受けて相手がけろりとしているのだから、実力差は既に明白の筈だ。なのに相手は白けるどころか過熱している。
「愚問だね。強い相手と手合わせしたい、それだけさ。特に強い人間ってのが――」
 シンを一撃で殺しかねない一撃を休む間もなく放ち続けながらも、萃香は朗らかに淡々と告げる。
「鬼は、大好きで、ねッ!」
「ッ、のっ」
 一際強い一撃。吹き飛ばされて倒れそうになる身体を、背中の翼をガチガチ鳴らしながら必死に制動する。今この瞬間体勢を完全に崩す事は直接的に死を意味する。
「――お前さんみたいのは今の御時世珍しいのさ」
 これまでと違い、静かな口調だった。
「珍しい……!?」
「これでも結構力を入れて打ってるんだ。鬼がね。それにお前は付いてくる。ここまで真っ向からやり合える”人間”ってだけでも珍しいのに、その上まだ底を見せて無いと来た。興味が沸くのは当然だろう?」
「ふざけやがって……こっちは、とっくに死に物狂い、だっつんだ……!!」
「ああ、それは」
 轟音を伴う連激の最中、対照的な程くつくつと静かな笑い声。ふいに萃香の表情にす、と影が落ちた。それまでの陽気さが消え、同時に場の空気が凍り付かんばかりに緊迫しているのを感覚が掴む。
「腹立たしいくらい、"嘘”だ」
 前へ前へと進めていた萃香の歩が止まる。足元――踏みしめた地面が陥没するのが見えた。見えないが、何かが拳の地点に溢れんばかりに充満しているのに気付く。
 何故かはわからないが、左腕はまだ動いた。両手を柄に添え、大剣を回転させ刃を下方に向け――力の限り地に突き刺した。力いっぱいグリップを握り締める。

「ねッッ!!!!」

 怒号と爆撃。接触の数瞬前に大剣の刀身から赤い閃光が迸った。今までの様に刃を覆うのではなく、刃から広がる様に――ビームシールド。大剣の刃の前に拡がった熱量の幕が鬼の一撃と激突する。
「っぐ、ぅぉぉぁぁぁ……!」
 地に杭のように突き立てていた剣が”押される”。土くれを深々と抉りながら強引に後方へと押しのけられる。爆発自体はビームシールドである程度相殺できたが、拳の勢いそのものはまるで殺せていない。受け止めた剣を握っていた腕は勿論、身体全部がとてつもなく重い何かに全力でぶっ叩かれたかのように軋みを上げている。異常が無い個所が無い、身体全体が痛みに絶叫している。
 ダンプカーに衝突されたらこんな風なのだろうかとふいに思う。といってもダンプカーに轢かれた事が無いので実際どうかは解らないが。
 痺れて震える手で地からAアロンダイトを引き抜いて、構えなおそうとして腕に力が入らない事に気が付いた。
「あっ」
 間抜けな声と同時にどん、と背中で音がした。周囲をまるで見ていなかったから、後ろに岩石があった。さっき萃香が投げた者の破片だろうか。
 そんな事を思っていたら、手遅れになっていた。萃香が迫って来る。今までと比較にならない速さで、拳では無い。身体全部。頭突き。
 事態を認識しながら、反応しようとして、逃げ場がない事に気が付いて、”今”のままじゃあどうにもならない事に気が付いた。

 完全に入った。
「ご、」
 身体全部で突っ込んできた萃香、その頭部が無防備なままだったシンの胴体にのめり込む。響くのは骨肉で構成される人型同士が接触したとは到底思えぬ、低く重々しい音。
 肺から空気が絞り出される――いやもう中から肺や臓腑が飛び出るのではないかというう感覚。痛みの次に値するいっそ不思議な感覚。
 身体が背にした岩石にのめり込む。岩石がさも当然のようにひび割れた。シンの胴体が嫌な音と併せて圧迫されていく。背の岩石から派手な崩壊の音が鳴った。ッゴォン、と音を立てて、背にしていた岩石がバラバラに砕け散った。腹部に打ち込まれた重過ぎるそれを逃がす術はない。
 当然の結果としてシンの身体が宙を舞う。強風に煽られた木の葉のように宙をさまよって、受け身を取る事なく落下する。そのまま余った勢い分地面を翔け抜けるように転がりつつ数回バウンドして、小さな岩の破片にひっかかって軌道を変えて。数十メートル程文字通りに吹き飛んで、シンの身体が停止する。
「ふっ、……」
 吐息と同時に口の中から熱い液体が大量に溢れて、止める術なく吐き出した。赤い血液が地面に拡がって吸い込まれていく。
「か、ぶ、っ……」
 ごぼごぼと、止まる事無く口から赤い液体が噴き出し続ける。中身がたくさん残ったペットボトルを倒すとこんな感じだろうか。噴き出るという勢いでは無いが、確実に多量が流れ続けている様な光景だ。

 頭の中で音がした。
 何かが外れる音がした。

「…………ふ、ぶっ」
 手を付いて上体を起こす。身体が半分持ちあがった辺りでもう一回血を吐いた。立ち上がる。あっちこっちが強烈に痛いが、動かない程ではなかったらしい。やや難儀はしたが、立つ事自体は可能だった。
 気が付けば服が随分土くれで汚れている。払う気にはならなかったのでそのまま放っておく。若干焦げ付いてしまった左腕を軽く振ってみる。動かすたびに脳に刺さるような激痛が走るが、問題なく稼動した。拳を握ってみる。ぐー、ぱーと五本の指が形を作る。
 骨はたぶん砕けている。だが動くのならばそれでよし。一歩踏み出す。右手が空だった。吹き飛んでいる最中にAアロンダイトを手放してしまったらしい。探すまでも無く、それは直ぐに見つかった。少し前方でやや傾いた状態で地に突き刺さっている。
「わかんないねえ」
 声が聞こえる。誰のものかは言うまでも無い。顔を僅かに向ける。歩みは止めない。不機嫌気でもなく、嬉しげでも無く、ただ不思議気に小首を傾げている萃香が居た。
「さっきからさっぱり本気になりゃしない。闘うのがそんなに不満かい」
 萃香がぴっとシンを指差しながら言ってくる。それには応えずに、辿り着いた剣の柄を右手で握って、引き抜いた。ぐるんと一回転させて順手に持ち直す。
 反応が無い事に対し、萃香が怪訝気な顔になる。
「……? ちょっと聞いて……あれ、もしかして当たり所悪かったかな……」
 それから明後日の方向を向き、汗を一筋流しながら頬をぽりぽりと掻いている。
 ”空いた左手で引き抜いた”。取り出したのではなく構成されたものをつかみ取る。要した時間は一瞬。空だった筈の左手には出現した大型の銃器のグリップが握られている。
 武装名称ケルベロス42。デスティニーの主武装、その”もう一つ”。砲身半ばに可動アームで接続されたシールドがガチガチと音を立てて少しだけ可動した。
「おお」
 小さな感嘆の声は萃香のもの。シンは未だ一言も口に出さず、ただ初めて”手に”取った”慣れ親しんだ”武装(ライフル)を、様子を確かめるように数回振る。
 赤黒二色の翼が開く。こぉんと甲高い音が鳴って、光の残滓が周囲に舞い散った。
 否、噴き出した。
 散る等と生易しいものではない。間欠泉のように勢いよく、翼から膨大な光が溢れ出す。光が翼を形作る。蝶の羽の様にも、もう少し禍々しいものにも見えるそれが、夜闇の中で狂ったように輝いている。
 翼を模った光ががまるではばたくように震えながら上下する、体勢を低くする。飛びかかる一歩手前、ばねを活かすための充填体制。
 それが明らかな戦闘態勢なのだと気が付いて、萃香が口の端を吊り上げる。解いていた構えを取り直して、拳を握る。

「――そうかい。ようやくやる気って訳かい」

 限界まで引き絞られた状態から解放され、シンの身体が爆ぜる勢いで前進する。踏み抜いた足元で土砂が放射状に撒き散らされる。
 交差に要したのは数瞬だけ。ただ普通に振り上げられる右側の大剣、迎え撃たんと引き絞られる鬼の拳。ヒトの領域を超えた膂力でもって振り下ろされる光盾斬撃武装。人外の中でも格別抜けた規格でもって撃ち出される妖拳。
 この場に観客が十人いたとして、おそらくその内九人程はこのまま両者が激突するのだろうと思うのだろう。
 赤い瞳が見開かれる。その映る総てを――それ以上を取得せんと。
 そして現実はその当然を裏切ってみせる。接触はした。瞬間的にだけ。ぶちあたるかに見えた刃は、その拳を掠めて”通り過ぎる”。右拳の側面を掠って、細い腕を滑る様に振り下ろされる大剣が行き着く先はただ一つ。腕と繋がる胴体だ。
 とんでもない速度で振り下ろされた金属の塊はその要素に裏切らない威力を出力する。低く重たいインパクト音を響かせながら、途方も無い一撃が萃香の肩口に叩き込まれた。腕と大剣ではリーチが違い過ぎる。萃香の拳がシンまで届く事は決して無い。
 状況だけまとめれば酷く簡単な事だ。接触の瞬間に少しだけ刃先をずらしただけ。だがそれを実行する事は決して容易では無い。高速での交差の瞬間、その接触の刹那の一コマを完全に掌握せねば不可能な所業といえよう。
「ッ、」
 最強と無敵は似て非なるものだ。強大にして屈強であっても、一撃が決まれば当然そこには影響が発生する。肩口から身体中に渡る斬撃の余波で萃香が一瞬停止する。
 翼の光が偏った。光が右側だけ強くなり、崩れた推力に従ってシンの身体も唐突に旋回する。その勢いのままに、いまだ剣と接触したままの萃香を放り投げた。すっ飛ぶ様に転がっていく小さな鬼。旋回途中で左腕で鳴る金属音。ケルベロス42の折り畳まれていた砲身が”一段階”展開(ランチャーモード)。ちょうど一回転し終える所で翼から光が膨大に噴き出し、シンの身体をその位置に縫い止めた。
 左手の大砲を前に突き出して、一切躊躇い無く撃つ。高熱の光の帯が砲身から吐き出される。空気を焦がし、草木を焼き、地面を熱し、夜闇を引き裂く様に熱量の塊が一直線に突き進む。
「っぶな!」
 自身に迫った光の帯を察知して、萃香が空中で身を捻った、その身体を掠めていく光の帯が衣服の端をじりじりと焦がす。
「っと、とっ――うおっ!?」
 宙でくるくると身を捻り、萃香が着地――した地点に大剣が叩き込まれた。光の翼と共に真上から大剣が降る。爆発音に似た勢いで地面が穿たれた。
 萃香が咄嗟に一歩下がる。その前髪の何本かが振って来た大剣に巻き込まれて千切れ飛んだ。地面がめくれあがり周囲に土を撒き散らす。顔に盛大に土砂がひっかかったせいで萃香の視界が一時的に断絶する。ぺっぺっと土を吐き出しながら、土砂が舞っている地点から横っ跳びに離脱する。視界が開けた。
 萃香の眼と鼻の先に砲身があった。萃香と全く”同時”に同じ方向に移動。ちょうどランチャーの砲身の長さだけ後退、そしてシンは無表情のまま引き金を引く。
 萃香の目の前で膨大な熱の塊が充填されて膨れ上がる。その光景を瞬きもせず、一切目を逸らす事も無く、ただ直視しながら、萃香は口の端を吊り上げて笑う。
「っだ!」
 足を振り上げて砲身を蹴る。瞬間発射、光の帯は萃香の頭上を掠めて解き放たれた。チリチリという音は髪の端が焦げる音だろう。再度光の翼が形を変え、シンの身体が独楽のように旋回、足を振り上げたままの萃香に対して脚を叩きこむ。防ぐ手立ては間に合わず、萃香の身体が再度宙を舞った。
 その動作の最中に再度砲身は折り畳まれる。光の翼が形を変える。飛んだ萃香の後を追うようにシンの身体が加速する。突き出すのは左腕。握った銃器の先端、そこにある砲身から光の砲弾が無数に吐き出された。
 威力でなく連射重視。目標は言うまでも無い、空中でかつ未だ体勢を整え終わっていない事もあってか、吐きだされた光弾はそのほとんどが命中した。
 それで終わりでは無い。むしろこれは前座である。撃ちながら加速して急速接近。距離が一定以上詰まる。今度は大剣を横向きに。更に加速。噴出す光の量が増える。その速度のままに、右に握った大剣をすれ違いざまに叩きつけた。

 萃香の方は腕を前面に翳して大剣を受け止める。重低音と共に接触。クリーンヒットは阻止したが、完全に受け切れたわけではない。大剣に押しのけられるように、その小さな体躯が弾き飛ばされた。
 シンはそのまま直進――ただし左腕を無造作に後ろに突き出して光弾を無数にばらまいた。しっかりと狙った訳では無い故に直撃こそ少ないが、それでもいくらか当たった弾が萃香の身体を空中で弄ぶ。
 光の翼が形を変える。可能な限りの最少半径で旋回して、再度の急加速。方向転換の最中に砲身はランチャーモードに切り替わっている。
 着地した萃香が両腕を左右に目一杯振る。それに呼応するかのように周囲で光が弾けた。大小様々な光の弾。弾幕。萃香を中心としたそれが放射状に広がる。中心の萃香もまたおの手に妖気の塊を発生させている。
 ケルベロス42が吠える。夜闇を鼻で笑うかの如く、解き放たれた光の帯が周囲を禍々しい輝きでもって染め上げる。無数に展開されていた弾幕を光の帯が押し退ける。加速。照射したビームで開けた道を光翼と共に進む。
 最初の掃射の範囲外だった光弾がシン目がけて殺到してくる。Aアロンダイトを逆手に持ちかえながら右腕を軽く振る。出現した赤い手甲が腕に取り付いた。手甲の下から二つの砲身が覗く。左手のライフルは既に折り畳まれている。
 両手を前に突き出して、その両方から断続的に放たれるビームでもって迎撃とする。右腕と左腕が別の意志の元にあるかのように、それぞれ酷く有機的に可動する。
 腕と同時に背の翼も忙しなく動く。光の翼が常時その形を変える。シンの身体が上へ、下へ、回転、急停止、加速と風に煽られた木の葉のように宙を跳ね回る。攻撃という回避を完璧にこなしながらも進行方向が前である事は変わらない。弾幕を潰しながら掻い潜る。
 シンは萃香を目指して進んでいる。そして萃香がその場にとどまっていない以上、遭遇は速く訪れる。宙に浮いたままアロンダイトを力の限り突き刺した。最大加速。
 爆発する拳を光盾が受け止める。刀身から加わる重圧を光翼の加速でもって可能な限り軽減する。接触してから拮抗は数瞬。左の拳が撃ち出された。握る大剣の柄を支点に、身体を捻りながら回し蹴り。シンの膝の辺りからビームサーベルが迸った。接触では無くすれ違い。交差。爆炎を掻い潜る熱量の刃。腕の下を通過して萃香の脇腹に直撃する。
「あぁちぢぢぢぢぢあっづあっづ!!!!!????」
 困惑の絶叫は萃香のもの。奔っているのは鉄を溶かし切る規模の熱量。そんなもので構成された刃が接触したら、人間ならそのまま焼き切られるだろう。けれども鬼である萃香はそれを耐久する。現に上げた声こそ大仰だが、切羽詰まった様子はあまり無い。
 ただし無事という訳ではなく、服は焼け焦げて千切れ飛び、肌もゆっくりとだが確実に焼かれ続けている。光景だけ見ればシンが有利に見える。だが萃香の表情は苦悶でなく不敵である。突き出した左腕、その下には今もシンの脚がある。ならば、
「つかまえぇ――」
 叫ぶ声は意気揚々。萃香が左腕でシンの脚を抱え込もうとした直後、正確にはその数瞬前。シンの背の翼だけが下を向く。上下逆さの噴水のよう。噴き出る光翼がシンの身体を蹴りの体勢のまま持ち上げる。当然、脚を掴もうとしていた萃香も付き合わされるように上昇した。
「った――――ぁれ――――!?」
 萃香が自身の急に身体が持ち上がったと認識した直後、シンが身体を振りきった。振り抜かれた蹴りの結果として、萃香の身体は困惑の絶叫と共に飛んで行く。
 シンの方は空中で一回転した後に自由落下。急上昇の障害になると判断して手離していた大剣を握り直して引き抜く。動作は単一では無い。平行だ。剣を握り直している間に背の翼が進行方向を調整し、左側で砲が展開する。
「っ、のっ!!」
 爆音、地に向けて放った拳の圧力でもって急停止。弾け飛ぶ様に飛んで、未だ距離の離れきっていないシンへと飛ぶ。即座に詰まる距離。萃香の攻撃は飛び蹴り。シンの迎撃は大剣でも大砲でもなく蹴り。
(おかしい)
 鬼の力でもっての攻撃は打撃では無く破城槌の如きものである。シンはその蹴りを”踏む”。否。出したのは蹴りでなくただの脚。迫りくる萃香の脚の速度に併せて、蹴りの先端に脚を突き、そして思いっきり踏み抜いた。
 シンの身体が後方へくるりと一回転しながら流れ――体勢が再度前方へ戻った際に、シンと萃香の間の距離はぴったりケルベロス42の”砲身”の長さ。
 発射。身体を捩じ切らんばかりの回し蹴り。萃香の脚が光の帯の腹を叩く。身体が射線から外れる。その先で大剣が待っていた。


(これは、)
 萃香が心中で抱いた疑問など眼前のシンは知った事ではないし、また知る由も無い。萃香が翳した腕に金属の塊が叩き込まれる。重低音。間髪入れずに萃香が脚を振る。攻撃動作は蹴り。ただ蹴りの為に振った萃香の脚が、振っている途中――蹴りの体裁を持つ前に蹴りによって強引に中断させられた。
(動きが、)
 萃香の心中で疑問が増殖する。先程――具体的にはシンが大筒を取り出してから。そこから攻防の質が完全に変化している。シンが攻めに転じたのは一目瞭然。ただその動きに対して萃香は違和感を覚える。
 言うならば攻撃が潰される感覚。拳を放つにしろ、蹴りを放つにしろ、弾を撃つにしろ、その総てが的確に潰される。その動きが総て的確なのは、ただシンの技量を物語っているだけだ。問題はそこでは無い。数回の攻防において違和感と感じた事。萃香の攻撃の瞬間――もしかしたら前かもしれない時点から、シンが”動き出している”。まるでそう来るとわかっていたかのように、当然のように迎撃の手を打って来る。
 それが意味するのは、
「う、」
(読まれ、)
 大剣から熱を伴った閃光が奔る。ビームサーベルよりも遥かに高圧高温、接触している萃香の腕全体を焼き切らんと――呑みこまんと猛る盾の名を持つ光熱の刃。
 今度こそ萃香の顔が苦悶に歪んだ。
「おおおおりゃああああああああああァァァ!!!!!!」
 絶叫では無い咆哮だ。腹の底から力の限り、その内に秘める凶暴な猛りを可能な限り表現するかのように。
 そしてその一撃はただの力任せだ。そこに技術などは存在しない。否不要。ただ内にある意欲に従いただただひたすら単純に己が腕を振る。それだけの動作
 形容するなら”渾身”だ。
 刀身の先に居た鬼の事などまるで意に介さず、力の限り地に堕ちるのは光盾斬撃武装アドヴァンスドアロンダイト。人では無い、機兵の規格でもっての一撃は地面を砕くのではなく吹き飛ばす勢いで着弾する。刀身から噴き出ていた高熱の刃によって吹き飛ばした土砂が焦がされる。燃え盛る。荒れ狂う。残存するものは何も無い。在った総てが押し除けられて――地面が数メートル程”縦一文字”に破壊された。





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最終更新:2009年12月21日 01:28
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