「やあ、待っていたよ」
アル・アジフに桜公園の奥に連れてこられたシン。そこには仮面をした長い黒髪の男がいた。
「…。貴様の後ろにあるものに用がある。そこをどけ」
「すまないがその前に少し彼と話をさせてくれないか、『ネクロノミコン』の精霊」
「む、妾を知っておるのか。何者じゃ?」
「そうだな…ローラン、と名乗っておこう」
「ヨウラン?」
「ローラン。フランスの叙事詩『ローランの歌』の
登場人物ね」
エセルがシンに説明する。
「…で、そのローランさんが俺に何の話があるんだ?」
シンは不機嫌に聞く。かつて仮面の男にはとんでもない真似をされたので当然ではある。
「まずはこれを見てくれ」
ローランが手を挙げる。するとその背後に巨大な物体が現れた。
「な、何ですかこれ?」
「モビル…スーツ」
アイシアの問いにシンが答える。そう、それは間違いなくMS,それも…
「ガンダム…」
「このMSからかすかだが特異な魔力を感じる」
「あなたはそれをたどってこんな場所まで?」
楓を降ろした音姫が聞くとアル・アジフはうなずいた。
「君の機体だ、シン・アスカ」
「俺のことも知ってるのか」
「ああ。この場にいる者の中では一番知っている自身がある。過去を中心にね」
シンは警戒を強める。自分の過去を知っているということは少なくとも一般人ではない。
「兄さんの過去…どうしてそんなことを…?」
「別に特別な理由はないよ。私にとっては当然のことさ」
「…」
不信感を募らせる由夢。ローランはシンに向き直る。
「さて、シン。君はこの『力』で何をする?」
「え?」
「スカリエッティのたくらみを阻止するのか、それとも…かつての復讐の続きをするのか…。このMSに乗らないという選択もあるね。今の君に戦うことを強制する人間はいないだろう」
「俺は…」
シンは答えられない。自分でも何をしたいのか分からない、なぜここまで来たのか分から
ない。
「何を迷っておる。さっさと…」
「ここは彼に決めさせてくれないかな?」
アル・アジフに告げるローラン。静かだが魔導書が口をつぐむだけの威圧感があった。由夢たちも多くの疑問があったが黙っている。
「少なくとも君の周りは平和だ。何より君は以前と同じとはいかない。君が行っても何も変わらないかもしれない」
(そうだ…。それにあいつらがいるんだ。俺が行く必要はどこにもない)
ポケットからピンク色の携帯電話を取り出すシン。薄汚れたそれには亡き家族との思い出が詰まっている。少し前まではこれを見る度悲しみと怒りが溢れてきたが今はそうでもない。これは形見であってシンの全てではなくなったのだ。今は「ごっこ」かもかもしれないが家族がいる。自ら進んで戦場へ出る必要は…
(無い…のか? 俺が大切なのは家族だけなのか…?)
シンの脳裏に初音島での日々がよぎる。ここに来たのは3月の終わり。それから大して経過していないし大きな事件があったわけでもない。
(なのにあいつらは俺を『友達』って…奪うことしか出来なかった俺を『仲間』って…)
携帯電話を握りしめるシン。今の自分を見たら妹は何と言うだろうか。生前言われたことを思い出す。「お兄ちゃんはケンカしていつも負けてるけど、カッコ悪いとは思わないよ。だって…」
「「大切なものを大事にしようって一生懸命だから」」
さくらが言っていたことと重なる。さくらは「その一生懸命を否定できる権利は誰にもない。何が間違ってて何が正しいかっていうのはもっと後の人たちが決めること。今生きてる人間が決めることじゃないよ」とシンに言った。
(俺のやってきたことがどうなのかはまだ分からない…。でも俺は…)
「俺は負けたんだ。全部無駄だったんだ…」
『負けた』『無駄』というのは現在のシンの口癖になっている。音姫たちが何に負けたのか聞いても答えをもらったことはない。
「そんなことありません!」
アイシアはシンのこの口癖ともいえるセリフが嫌いだった。
「この世界に無駄なことなんて一つもないって、俺はアイシアが頑張ってるのを知ってるって言ってくれたじゃないですか。そのおかげでわたしは元気になれました。
だから今度はわたしからシンに言います。シンがここに来るまでにしてきた事は無駄なんかじゃありません。どこかで誰かが認めてくれているハズです。もちろんわたしたちだって初音島に来てからのシンには感謝してます」
アイシアがシンをまっすぐに見つめて力強く言う。シンは確かに以前落ち込んでいるアイシアにそう言った。まさかそれを自分が言われるとは思ってもみなかった。由夢もアイシアに続く。
「勝ち負けなんて死ぬまで分からないんじゃない? ずーっと勝ち続けられる人なんて少しだけ。普通は勝ったり負けたりを繰り返すわけだし。むしろ勝ち続けている人より負け続けている人の方が強いと思うけど?」
お前らに何が分かる、以前のシンならばそう言っただろうがこの島で過ごし、なんとなく彼女たちにも暗い過去や傷があることが分かっていた。
しかしアイシアと由夢が言ったのは「昔のことを気にするな」というものであって、それだけで自分を許せるようなシンではない。
「俺が戦えば人が死ぬ。キラ・ヤマトたちみたいには戦えない…」
「弟くんにしか助けられない人だっているよ」
「え?」
「アイシアちゃんが言った弟くんのしたことを認めてくれる人っていうのはきっと弟くんに助けられた、救われた人なんじゃないかな?」
「俺は誰も救えてなんかいない」
シンの脳裏には守れなかった金髪の少女が浮かぶ。
「楓がいる」
黙っていたプリムラが言う。
「シンがいなかったらずっと前に死んでたかもしれないって言ってた」
「…楓が…?」
なぜか昔のことをあまり覚えていないシン。プリムラの話からすると以前楓と会ったことがあるらしい。だが救ったなどということは信じられなかった。
「誰かと間違ってるんじゃないか? 初音島に来たのは今回が初めてのハズだし…」
正直彼女が人違いをするとは思えないが。
「兄さんが忘れてるだけでしょ」
シン以外も同じ考えのようだ。
「じゃあやっぱり弟くんにも救えた人がいたんだよ」
再び音姫。
「楓ちゃんがいたから私たちは会えた。なら楓ちゃんだけじゃない。今私たちがこうして仲良くなれたのも弟くんのおかげってことだよ?」
「そう考えれば兄さんは最低六人と一匹を救ったことになるわね」
言い返せないシン。楓がいなかったらさくらは肩身が狭くてノイローゼにでもなっていたかもしれない(by本人)し、そうなればこの姉妹やアイシアも路頭に迷っていた可能性がある。プリムラは言わずもがな。
「でも俺には戦う理由がない」
音姫たちを死なせたくないのは確実だが「守る」とはもう言えない。そもそも彼女たちが自分にとってどういう存在なのかシンには分からない。
「じゃ、探したら」
「そうですね。ないなら探せばいいんですよ」
さも当然と小さい二人が言う。
「探すって…」
シンは戸惑う。だがいいかもしれないとも思う。軍にいた頃は理由を与えられていた、押し付けられていた。しかし今は自分で決められる、見つけなければいけない。
「いいのかな…? 戦う理由を探すために戦っても…」
「や、世の中には戦うために戦う人だっているんだから全く問題ないでしょ」
「あ、でも見つけるのは日常の中からだよ。戦争から探すのは軍人さんだからね」
「日常…」
「うん。だからそれが壊れちゃわないよう白河さんたちの所に行ってあげて」
姉妹に背中を押される。
(探す…あの頃は考えもしなかった。いや、そんな気がなかっただけか…)
シンは不器用な微笑を浮かべる。
「そうだな。そうするか」
シンはローランに向き直る。
「ふっ、君には素敵な家族がいるようだね。少しうらやましいよ」
仮面越しではあるがローランは自嘲するような笑顔をしたのがシンには分かった。
「では行きたまえ。二つの魔導書と共に、探すために、この『クライムインパルス』で」
「クライム…インパルス」
名前通りガンダムはシンのかつての愛機インパルスによく似ていた。
「動力以外はマイナーチェンジだがね。性能はほとんど変わっていない。戦果はパイロット次第だ」
旧インパルスは現行主力機と比べると中堅といったところである。前大戦から半年ほどだが技術の進歩は早い。
「出来ればデスティ…って、いない…」
ローランの姿は消えていた。
「転移か…。かなりの使い手じゃな」
アル・アジフは言い、クライムインパルスに近づいていく。
「早く来い! 汝がおらんと動かせんじゃろうがっ」
「何で君(←年下に見えるので)が付いて来るんだ? 俺一人で…」
「私たち魔導書は契約者の力になるのが決まりなの」
「契約した覚えなんてないぞ」
「そういえばまだ私とはしていなかったわね」
言うとエセルはシンに顔を寄せる。