大気が震えた。
放たれた一撃がシンの胴体に深々と突き刺さる。咄嗟に間に入れた右腕――ビームガンのカバーでもある小型盾は、その下の銃ごとガラス細工の様に砕け散った。右腕はそのまま不自然に捻じれて、強引に外側へ弾き出される。
多少の勢いを削いだだけで、生身の人間の胴体ならば数十人まとめて引き千切るであろう威力の一撃が、胴体に入った。
「…………、」
身体の中で鳴ってはいけない音が何十回と響く。体内を通過した衝撃は後方へと抜け、背中側で衣服が弾け飛ぶ様に炸裂した。背にある二色の翼に、根元から末端まで細かいヒビが一気に走り抜けた。
「――、――――、……、……」
がくん。
シンの意識に関係なく両膝が折れ、体が斜め前に傾いた。その勢いのままに前へとゆっくり倒れ、前にいる萃香にもたれかかる形になる。
「ふぃー。よーやく一発まともに入れられた。いや手強い手強い」
倒れてきたシンの身体を払いのけることはせず、むしろ頭で上手く支えながら萃香はからからと笑っている。
シンの左腕は既に離され、力なくだらりと垂れ下がる。萃香の腕、その二つはシンの両腰に回されて添えられている。傍目には抱いているように見えるのだろう。
ただ親愛行動ではなくれっきとした戦闘行動の続きである。この状態で萃香が力を込めれば、今度こそのシンの胴体は千切れ飛ぶだろう。
これで”詰み”だ。
数十――もしかしたら百に届いたかもしれない連撃によって保たれていた拮抗は、たった”一”撃で完全に塗り替えられた。
「しかしまあその若さで大したもんだ。闘いが嫌いってのは本当みたいだけど、こんだけ出来りゃ十分誉だと思うがねえ」
喋りながら萃香も重心を僅かに前へ傾かせる。互いに支え合う様な状態に近付く。身長差のせいで不恰好で奇妙な形になっているが。
萃香の頬を伝って汗が何滴か地面に落ちて小さな染みになる。十分人外の粋である攻撃を何十と的確に打ち込まれているのだ。鬼とて生き物である。損傷が無い訳が無い。
(……おー。気がついてみたら、結構キツいねこりゃ)
自身の身体が相応のダメージを蓄えている事に萃香はようやく気がついた。
無論攻撃を受けた事はちゃんと知っている。ただ闘いに夢中になりすぎて痛み自体をほぼ無視する形になっていた。
「――、……っと」
気付いたせいか、消耗に従って勝手に傾いていこうとする身体。萃香はそれを意識して押し止める。
ふいに、首筋に冷たい感触があった。今首を動かすともたれかかっているシンに角が深々と突き刺さりかねないので、目だけ動かしてそちらを見る。
金属できた円筒形が接触している。握っているのは当然萃香ではない。ならばシンでしかない。垂れ下がっていた筈の右腕は、何時の間にか腰からそれを引き出していた。
それはさっき使ったアンカーガン、その先端部である。この装備の主目的は武装回収だが、それ以外の使用方法もある。
”ヒートロッド”。
「ッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
高圧電流が迸る。完全な不意打ちだった。萃香の身体を高圧電流が駆け回り、芯から揺らすような衝撃をもたらす。
弾かれるように二人の距離が離れた。予想外の奇襲に萃香が舌打ちしつつ、即座に体勢を整え、顔を上げる。
シンはさっき落とした大剣のところまで下がり、それを拾い上げていた。ヒートロッドは当然零距離で使う武装ではない。あんな接触状態で使えば当然シンにもダメージがある。事実シンも身体から幾丈か煙を上げていた。
「…………」
それまでの一切無駄の無い動作とは違い、シンは鈍いと言えるまでに遅く、大剣を拾い上げる。
さっき萃香が一撃を入れた地点から、大剣がある間には水たまりの様な血溜りが数カ所点在している。人外ならともかく、人間にとっては文字通り致命的になりかねない出血量。
「たま、るか」
一言呟くだけで足元に血溜まりが出来る。わかっているのかいないのか、知っているけど無視しているのか。自身が瀕死から死へと傾いている中で、ゆっくりとシンは両手で握った大剣を振り上げる。
ここに来て、シン・アスカの定義は完全に変わっている。
これまでは今まで通りの戦い――戦争の延長だ。もしシンが今まで通りだったなら、ここは逃走が正解だ。死にたいのではなく、死んではいけない。罪が多いからこそ、安易な逃げ(生存)は許されない。
殺されるのは”いい”。だが諦めるのは”駄目”だ。
絶対に勝てないのだとしても、命が潰えるその瞬間まで諦めない事。一見前向きに見えるが、シンがそうしているのは”それが一番辛いから”だ。
だから、もう絶対に勝てないと解った以上、残された手段は逃走しか無い。逃げるにしろ戦うにしろ、たぶんこのままでは死ぬだろう。
でも戦いを選ぶよりは”長く”生きられるだろうから。
だから、これは既に戦いではない。
振り上げた大剣を握る両手が音を鳴らす。砕けながらも指はその機能を放棄せず、大剣の柄を握りしめている。大剣を振り上げるという簡単な動作に身体は悲鳴を上げる。
ただそれだけで、身体の各部で音が鳴って色々なものが零れていく。
伊吹萃香がやっているのは戦いではなく闘いだ。響きが似ているが、シンが思い描いているもの――凄惨な戦争とは全く違う思想のもとに行われる。
しかしシンはそれを知らない。そもそもシンは”闘い”を知らない。無数の戦場を駆けて来たが、結局それを理解する機会に恵まれなかった。
だから萃香がやっている行為が理解できない。戦いを求めるその姿勢が理解できない。
故に、全力で否定する。いや、否定せねばならない。
身体はかつて無いほど壊れているというのに、精神はかつて無いほど燃焼していた。血反吐を吐く度に高揚する。バカなことをしているとわかっているのに、何故か酷く気分が良かった。頭の中で加熱し続ける感覚を強引にねじ曲げてまとめ上げて、最後の一手を導き出す。
勝ちたいのではない。
ただ自己の姿勢を示したいだけ。
どれだけ歪んでも、最後まで保ち続けた、シンの原型ともいうべきその姿勢。
”戦いを認めない”。
「いいだろう」
眼前の”それ”を見上げながら、萃香は静かに呟いた。軽く握った右拳に急速に力がまる。探るまでも無く、見れば相手の”最高の一撃”が降ってくるのがわかる。
ならばこちらも最高で答える。それは鬼とか人とかそういう細かいことよりも前に、闘いに生きる者にとって礼儀のようなものである。
例え結果的に、どちらかが潰えたとしても。それはきっと曲げてはいけない事だろう。
「来い……!」
鬼気として吠えるは鬼一匹。
伊吹萃香はその持つ能力によって自己のサイズを巨大化させることができるが、この場ではあえてそれをしなかった。
その方が”与し易い”とわかっていても、眼前の”それ”に対して”薄める”方向の技を使いたくなかっただけ。
それに決して次の一撃が劣っているわけではない。むしろ逆だ。ただでさえ規格外の力が一点に萃めに萃められているのだ。間違いなく本日最高の爆発力であろう。
「ああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「っだあああああああああああああああああああァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
光景から動作だけを抜き出せば、そうおかしな光景ではない。
人間が握った剣を上段から振り下ろしただけ、そして鬼がそれを拳で迎え撃っただけ。
強いておかしな点を挙げるのならば、
振り下ろされる大剣は十メートルを超えている。
迎え撃つ拳は比喩でなく真実に山をも砕く。
その日最期にして最大の激突でもって、その闘争は締め括られた。
先程までひっきりなしに轟音が響き続けていたその場所を、今では静寂が包んでいる。何処かへ去っていたであろう小さな生き物たちの囁きは既に復旧している。ただ元に戻ったのは音だけで、大地は形を大きく変えている。辺り一面凄惨たる状態だった。
人影はないが、月光を受けて周囲に影を落とす物がひとつだけ。
半ばで真っ二つに折れた大剣の刀身である。大地に深々と突き刺さったそれは巨体故の存在感を誇示していた。それが端から赤い光となって解けていく。数分も経たぬ内に、その鋼塊は空気に溶けるように跡形もなく消えてしまった。
消えた刃の下に投げ出されるように横たわる身体がある。
見ればわかるが、それは伊吹萃香である。
一見首なしであるが、ちゃんと首は繋がっている。ならば何故無いように見えるのか。
答えは単純。埋まっているだけである。
「……! …………!! ――ぶッはぁぁぁ!!!!」
残された四肢がジタバタともがく事数十秒。ガボァ、と土を掘り返しつつ萃香の頭部が飛び出てくる。顔をぶるるると勢い良く振るい、付着した土砂をふるい落とした。
そのまま勢い良く立ち上がろうとするも、よろめく身体を支え切れずに崩れ落ちる。へたり込む姿勢になりつつも、萃香は声を大きく張り上げる。
「どんなもんだぁー! 鬼の力を見たか!!」
激突の結果、Aアロンダイト(ノーマルサイズ)は真っ二つに粉砕された。直後落下してきた刀身(折れた方)の下敷きになるというアクシデントこそあったものの、勝負自体は萃香の勝ちであるといえるだろう。
故に萃香は嬉々として勝ち鬨をあげる。
「…………あれ?」
返答は無い。そもそも声を浴びせる相手が居ない。
さっきまでは確かに居たはずの人間が居ない。
周囲の破壊された大地、萃香の身体の傷、そして点在する乾ききっていない血溜まり。そのすべてがさっきまで戦っていた相手の存在が嘘でないと証明している。
だが誰も居ない。
「……あっれぇー?」
「あっれー、じゃないわよ。全くもう」
首をちょこんと傾げた萃香に対し、上から声が降ってきた。萃香が見上げるまでもなく、声の主は地面――萃香の近くに降り立った。
「ったくうるさいったら。騒ぐにしても時間考えなさいってのよ」
紅白で構成され、若干特殊なデザインの巫女衣装をの少女である。顔立ち自体は可愛らしい部類に入るのだろうが、表情や声から気怠げさが出ているせいか、魅力は相応に減少している。
「あっはっはっは。何言ってんのさ霊夢。妖怪にとっちゃ夜こそ本領発揮さね」
「あっそ」
からからと笑う萃香に対し、霊夢は心底どうでもよさげな様子である。笑い続ける萃香を放っておいて、霊夢は首を巡らして周囲を眺める。
「……何? もしかしてもう終わった?」
「あー、終わった終わった。一足遅かったねえ」
「なんなのよもー、無駄足じゃない」
「霊夢ー。瓢箪取って瓢箪」
頭をがしがし掻きながら、溜息。そのまま飛び立とうとした霊夢を、萃香が引き止める。少し離れた位置に転がっている瓢箪を指さしながら。
「そんくらい自分で取りなさいっての」
「いやー、ちょっと今動けなくてさー」
笑いながら言う萃香。改めて見れば確かにあちこち黒焦げである。霊夢はやれやれと瓢箪を拾い上げて萃香に投げる。
「……しっかしまあ随分派手にやったわねー。何? 紫とでもやらかしたの?」
「いや、通りがかりの人間」
「人間ねえ」
霊夢が改めて周囲をぐるりと見回す。
地面は広範囲が毟り取られて茶色の土を露出していて、砕け散った岩石の周囲が散在している。そして極めつけに萃香が座り込んでいる位置の地面は一層巨大かつ深々と抉り取られていた。
その惨状を改めて確認して、霊夢はくるりと萃香に向き直った。
「人間?」
「人間人間」
///
「死ねる」
悪酔いで。
白米を咀嚼しながら、シンはげんなりした様子で呟いた。
結局あれから文字通りの鬼畜に付き合わされ、何とか解放された時は既に早朝だった。
場所は再び博麗神社――というか結局移動出来ていない。
縁側の先でゴミの如く転がっているところを、目障りだという理由で霊夢に回収され今に至る。そして何か流れで朝飯を食っている。
現在居間には霊夢と魔理沙とシン、そして八雲紫の人間三人妖怪一匹。アリスは帰ったらしい。魔理沙は廊下の端で縮こまって爆睡していた所を霊夢に叩き起こされたらしい。
それで何で朝飯を食べているのか。
朝飯を作ったのは霊夢である。萃香は残る、シンはいなくなるとの予想から朝食は四人分用意された訳だ。けれど実際は萃香が姿を消していて、シンが庭先に棄てられていた。
それで余らせるのものなんだから食っていけ、となった。
(今度何か茶菓子でも放り投げとこう)
頭痛と狂騒が止まない頭でぼんやりとそんな事を考える。借りはさっさと清算しておきたい主義である。
「もうやだあの鬼。本当やだ」
「お前は常にそれだよなあ」
沢庵をボリボリやりながら呟くシンに対して、隣の魔理沙から呆れた声。
「しょうがないだろ。実際問題物騒なんだし」
「というかだな。普段あれこれ言ってる割に、私はまだ一度もお前と萃香が実際に戦ってるトコ見たこと無いんだが」
「まあ俺逃げるしな……実際あの鬼がどう考えてるかなんざ知りゃしないけど」
魔理沙の疑問に即答してから、シンは少し言葉を濁した。
萃香は自分の密度を薄めて霧になる事が出来る。シンと萃香では速度以前にカバー出来る範囲に圧倒的な差がある。つまりシンがいくら高速で動いても、常に補足され続ける事になる。故に、シンが萃香から逃げ切るのは不可能の筈だ。
その割に萃香は積極的にシンを探そうとはしない。顔を合わせれば別だが、それでも逃げれば追ってはこない。
再戦自体が実はどうでもいいのか、それとも何か考えがあるのか。どっちなのかシンには判別の仕様が無いが、個人的には前者であって欲しかった。
「まあ今回は単に」
ふいに会話に声が新たに混ざる。声の主――紫を眼だけ動かして見やる。
相変わらずというか、いつも通り例の胡散臭い笑みだった。普段なら扇子でも取り出していそうだ。最も、今両手には箸と茶碗があるのだが。
ちなみに未だ発言の無い博麗霊夢は、現在進行形で納豆を猛然と掻き混ぜていた。
「状況が整っていないだけ。本調子じゃない相手に勝負を挑むのは不本意なのでしょう」
「…………」
「何だそりゃ。こいつは別に普段通りだろ?」
魔理沙が親指だけでぴっとシンを指す。まあそれは間違いでは無い。
だが正解でもない。
首を傾げる魔理沙を横目に、シンはどう答えれば無難に済むかと逡巡する。
満足行く粘り具合になったのか、霊夢が箸で納豆を伸ばしていた。
「幽香に千切られた右腕。まだ治りきって無いんでしょう?」
「うん? …………いや、くっ付いてるくっ付いてるぜ」
「千切られたんじゃ無くてこっちで千切ったんだ。ってそうじゃないか、何でアンタ知ってんだそれ」
「あ――!?」
何か横で魔理沙が絶叫している。そして魔理沙の口から噴き出た米粒が、シンの顔面に思いっきり飛んでいる。普段なら顔をしかめて文句の一つでも怒鳴るのだが、今のシンは違う事を考えていたからしなかった。
「あれだけ派手にやれば嫌でも気付きますわ」
「…………へえ。そうです、か」
箸を握る右手に僅かながら力が籠る。魔理沙が最初に言ったとおり、確かにシンの腕はちゃんと”ある”。だが千切ったというのが嘘な訳でもない。
ならば解は単純だ。再度くっ付けただけである。
だからシンの腕は元通り在るべき場所にくっ付いている。だが、まだデスティニーの方が直りきっていない。総合的に見れば確かにシンの腕は”直りきっていない”事になる。
千切れ飛んだ腕が綺麗に元通りになる事は十分異常だ。
けどそれは永遠亭の医療技術の水準が”おかしい”だけで、そこは驚く事では無い。今心に引っかかっているのは少し違う事だ。
何か魔理沙がシンの箸を握る右腕を手に取って眺めたり突っついたりしている。若干鬱陶しい。そして相変わらず会話に参加する様子の無い霊夢は納豆をご飯にかけていた。
最初シンは自分の右腕が元通りになっているのを見て、”再生させた”と判断した。腕は千切った後放っておいたから、戦闘の余波で消炭にでもなっているだろうと思ったのだ。
だが蓬莱の薬師からの返答は”くっ付けた”だった。何でも落し物を届けに来た暇人が居たらしい。結局誰かは教えてくれなかったのだが。
だが、周囲が焦土と化す規模の中、誰にも気付かれずに腕を持ち出せる芸当が出来る者。条件を考えると、それが可能な者は限られてくる。
そしてその疑問は、おそらく今この瞬間に解決している。
(……………………)
胡散臭いではなく、『してやったり』的にえらいにやにやとした笑み。紫はシンをとても満足げに眺めていた。恐らくシンの心中は手に取る様に解られているのだろう。
礼を言わねばならないとわかってはいる。だがどうにも小馬鹿にされた悔しさが先立つので皮肉を言う事にした。ネタは都合良く昨夜に入手済みである。
こういう部分は、脳みそがぶっ壊れても変わらないものだと、余計な事を考えた。
「……スキマ使いやがった訳か。相変わらず神出鬼没だな、ゆ――」
空気が震えた。
室内で暴風等吹く筈が無いが、まるで台風の最中に突っ立っているかの如き圧迫感に襲われる。何処から放出されているかなんて探るまでも無い。
「…………ゆ。何かしら」
たぶんこういうのを嵐の前の静けさというのだろう。酷く慈愛に満ちた笑顔で八雲紫が囁いた。算出した逃げ道総てに待ち構える様に開きかけたスキマがスタンバっている。
身体と心と直観と本能で理解した。
――『紫お母さん』と言えば、殺される。
たぶんシンの想像した通り――下手したらそれ以上に無残な方法で。なんせ相手は妖怪だ。思考の根幹が人間とは異なる。
「ゆ、ゆ――――」
だが止める訳にもいかない。
ここで言うのを止めてしまえば、逆にシンが何を言おうとしていたのかを特定されてしまう。流石に処刑まではいかないだろうが、何かしらは覚悟せねばならないだろう。
前の話だが、異空間に閉じ込められた揚句、訳のわからない歌の様なものを延々と聞かされ続けた時は本格的に死を覚悟した。
「ゆ、ゆゆゆゆ――!」
冷や汗を滝のように流しながら、シン・アスカの脳髄は過熱する。普段ならそこは周囲の状況すべてから発生しうる最悪を算出し続ける部位だ。でも今ばかりはゆで始まり、かつこの場を無難に乗り切る単語を算出する事に費やされている。
そうして未来予知に近しい事すら可能になり始めている、その狂騒理論が一つの答えを導き出す。算出するのと同時、シンはその単語を高らかに叫んでいた。命がかかっているのだ。恥や外聞は捨てざるを得ない。
「ゆかりん!!」
「よろしい」
「あ、壊れた」
「普段からこんなんじゃなかったっけ?」
「乗り切った……!」
横の会話はさておいて、息を吐き出しつつ力の限り脱力した。飯時に生命の危機が振りかかる事態に嘆きつつ、シンは食事を再開する。
(それにしても本調子じゃないから、ねえ)
白米をもぎもぎと咀嚼しながら、さっきの会話の内容を考えていた。
確かに言われてみれば納得は出来る。鬼は正々堂々に拘る傾向があるのは周知の事実だし。最も萃香はその辺アバウトとの説もあるが。
(案外、俺のことどうでもいいっての、本当かもなあ)
手元の爪楊枝を指先で掴んでくるくる回しながら、シンは小さく唸った。
此処には規格外が多い。人とは根本から異なる妖怪達もそうだが、それは人間の方にも当て嵌るのだ。
例えばここに居るシン以外の二人。
博麗霊夢は博麗の巫女という肩書の元、異変が起これば相手がどれだけ強大でも必ずボコにしてくるらしい。実際見たこと無いから詳しくは知らないが。
霧雨魔理沙は――シンに言わせればもっと凄い。というか一番凄いと思っている。横で霊夢にあれこれ一歩的に話しかけている白黒の魔法使いは、”人間”だからだ。
才能、能力、武器、種族。それらのアドバンテージが一切無い状態から、完全に己の努力だけでそれらを持っている存在と肩を並べているのだから。
(……ていうか)
先の二人以外で、人間の知り合いをぽつぽつ思い出してみる。
時間をほぼ自在に操る能力者。
神力の元に奇跡を行う現人神。
人の可能性の先へと至った純粋種。
「うん」
後方に爪楊枝を指先の力だけで弾き飛ばす。
どうにも此処は人間にしても規格外が本当に多い。そんな中でシンが匹敵するようなマネが出来るのは、デスティニーという規格外の武装があるからに過ぎない。それがなければ本当にただの人間だ。
これだけ他に、強いというか飛び抜けた存在が居るのだ。萃香がシンに対し特別拘る理由が見当たらない。
「……やっぱ俺、そんな大した事無いわ」
「何を急に訳の解らんことを言い出してるんだぜ?」
「俺が世界に対していかに矮小かを改めて認識してたんだよ」
「暗!」
「ほっとけ!」
背後にある柱の真ん中。
爪楊枝で縫い止められた蠅が一匹、手足をバタつかせてもがいている。
///
「で、結局どうして放っておいているのかしら?」
「あーそりゃ簡単簡単」
愛用の瓢箪を傾ける萃香の横。
前触れ無く開いた隙間にもたれかかりながら、八雲紫は問いかける。
「強いのとやりあう度にどんどん強くなっていくから、今はちょいと様子見してんのさ。人間の時間は短い分大きいし。こっちの時間はそれに付き合える程度には長いしねえ」
翠香の方は赤ら顔をふにゃふにゃ歪めながら、さも当然と返答する。
「――まあ。頃合見計らって、決着はつけるけどさ」
最終更新:2009年12月21日 02:45