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日々、闘争の果てに-其の伍

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 外に出ると外気がシンに纏わり付く。少しだけ身震いして、シンは歩きだす。
 急いでいた訳では無い。でもゆっくりしていた訳でもない。なので直ぐに鳥居にさしかかった。そのまま歩き続ける。鳥居がちょうど頭上に来たところで、想定通りに声がした。
「やあ」
「何だよ」
 一升瓶傍らに、鳥居の上にあぐらをかく萃香が片手を上げて声をかけてくる。シンは萃香が声をかけようと手を挙げ出した時点で首を上へと傾かせていて、相手と全く同じタイミングで発声する。
「あっはっは。相変わらずの先読みだねえ……まーいいや。一杯やろうぜー。みんなつぶれちゃってさー。紫は霊夢にかかりっきりだし」
「……嫌に決まってんじゃねえか」
 超笑顔な萃香が一升瓶を掲げながら提案してくる。シンは頬を引き攣らせながら吐き捨てるように呟いた。元々シンは酒に強くない。加えて萃香が掲げているのは酒に強い霊夢や魔理沙の人格を崩壊させた”例の”スペシャルである。
「えぇー」
 上から不満げな声が降って来る。ブンブンと風を切る音は一升瓶を振り回す音だろうか。もう上の鬼には構わずに歩を進めた。鳥居を通過、石段を降りる為に脚を下ろす。

 寸前に、右に三十センチ程スライドした。

 左側からドベシャッと言う音。首と視線を動かす。鳥居の上から降って来たと思しき萃香が顔面を強かに石畳にぶつけていた。
「づぉぉぉ…………!」
 鼻っ面を抑えてごろごろと転がる鬼一匹。位置関係とタイミングから測るに、シンの背辺りを狙って飛び降りたのだろうか。この痛がりっぷりを見るにシンが避ける事は想定していなかったと見える。シンが回避と察知の分野では”それなり”だと、萃香は知っている筈なのだが。
「何やってんだ」
「いだいぃー」
 涙目で呻きながら萃香が上体を起こす。鼻っ面が少しだけ赤い。鳥居の上から完全に無防備で落下して石畳に激突した訳だが、あまり大した事なさそうである。
 ビーム兵器の直撃を受けても『熱い』で済ます種族相手に気にしてもしょうがないのかもしれないが。
「あー……もー……」
 普段なら、鬼相手に近付くなんてのは御免である。ただこの場合、避けたシンに責任がある気もする。故に決定。一応助け起こすくらいはしておこう。
 頭の中は静まり返った外界と真逆に熱暴走の如き回転を続けている。無数に吐き出され続ける最悪。その算出結果を適当に押しのける。
 確かに萃香は危険である。
 ただ、その一点に囚われ過ぎても正確な判断は導けない。脅えるに対しても正しく脅えなければならないのだ。力関係のみで判断すれば可能性なんてものは無数に発生し、人間の脳程度は直ぐに飽和してしまうだろう。
 ここで重要なの萃香が鬼という種族であるという事。
 鬼は正々堂々を好む。というかそれ以外無いと言っていい。萃香は若干変わりものではあるが、その本質は大きく外れてはいない。
 萃香がシンを殺そうと思っている場合になったと例えよう。萃香は間違いなく『今からお前を殺す』と宣告してくる。名乗り上げも間違いなくやるだろう。逆に言えばそれらがなければ萃香はシンを殺す気が無い事になる。よってこの場は危険ではあるかもしれないが、その規模は低い。

 これだけ無駄に考えて。ようやく身体を動かす事が出来るようになる。

 思考の奔流は一瞬だ、実際時間はさほど経っていない。ただこんな当たり前の事をするためにもこんな事を考えてからでないと行えない、その事実が酷く嫌だ。
「仕方ないなー……」
「いやー悪いねー」

 とりあえず起こすくらいはせねばと萃香に手を伸ばす。萃香の方もにへらと笑いながら腕を伸ばしてくる。後はその手を掴んで、引っ張るだけだ。
 ”ぐわし”。
 反応は無意識の内に。萃香の手がシンの手を通り過ぎたところで背中で翼が開いた。示すのはデスティニーの起動。それは”回避”より”人の規格から外れる事”を優先すべきであるという判断から。
「………………」
「まあ」
 差し出されたシンの腕を萃香が思いっきり、握りしめるように掴んでいた。
 シンは今、こう、それを解かんと腕を力の限り引いているのだが、微動だにする気配が無い。というか掴まれている部分から明らかにメギメギとかやばげな音が響いている。通常状態のままで今の状態に突入していたら、腕が楽しい事になっていたに違いない。
 脂汗を流しながら無言の抵抗を続けるシンに構わず、萃香が空いた方の手に持った一升瓶をゆらゆら揺らす。表情は夏の太陽の如き笑顔だった。今秋だけど。

「――飲めや」


◆◆◆


 脳内が過熱する。

 四肢の武装を振りまわしながら、シンは脳内の警鐘を聞いた。
 先を想像の上でも想定するためには、それこそ無数の要素が必要になって来る。故に想像とは別に、可能な限りの取得は継続され続けている。その上で空気の流れが変わったのを感じ取った。経験よりも直感の域。
「――――」
 四方八方を囲まれた状況だが、既に数手先までは掌握している。この小さな”萃香”は数が多いが単体では大した脅威は無い。ドラグーンが小さな人型をしているようなものか。そう考えるとあしらう事は難しくない。それに加えて、シンは”こういうモノ”の完全な上位互換を知っている。
 アリス・マーガトロイド。七色の人形遣い。
 彼女の繰る人形の動作精度に比べれば、萃香のこれは随分と”大雑把”だ。攻撃のパターンもさほど多くない。
 とはいえアリスと萃香では前提が違うのもま事実。人形が完全な攻撃の主役のアリスと違い、萃香の本命は恐らく”本体”の攻撃だろう。
 予測に従った行動というものは酷く繊細だ。些細な変化で道筋はそれこそ無限に変化する。それを承知の上で、シンは今だけはそれを総て捨てた。
 光で出来た翼が大きく広がり、シンの身体がその場から弾かれる様に移動する。進路上に居た”萃香”が轢かれた衝撃で爆発した。衝撃こそ伝わってくるが、装甲は抜かれていない。衝撃を振り切る様に加速する。
 結果として、その判断は正解だった。

 砲弾の着弾音。

 モビルスーツのパイロットだったシンは生身で戦場に出る事はさほど多くなかった。けれども間近に砲弾が着弾すればどうなるか位は心得ている。
 そして今がそれだった。
「――ッ!!」
 鼓膜が震え、空を翔けている最中だった身体が不自然に揺さぶられる。姿勢制御。左手を前面に翳す。シールド中央の発生機が僅かに持ち上がり、ビームシールドが発生する。
 砲弾とはいかずとも、銃撃の如き石つぶてが”爆心地”から円環状に飛び散る。シンに直撃するはずだったそれらはシールドに阻まれて煙を上げる。
 周囲を埋め尽くしていた土煙が唐突に晴れる。中央――爆心地から突風が吹いたからだ。クリアになる視界で、シンは地面に生まれたクレーターを見た。
 そう、クレーター。地面がぽっかりと抉られている。
「…………」
 それを成したのはその中央にある者だ。”地面に拳を突き立てた伊吹萃香”が居る。見た瞬間理解する。

 あの鬼は特別な事をした訳では無い。”ただ力の限り拳を叩きつけただけ”。何か能力や武装を用いた訳では無い。ただ純粋に己の”性能”だけで、この惨状を造り上げた。
「……肩書どおりってか」
 四肢の武装は一切光を発していない。ビーム兵器は強力だが、発生デバイスには相応の負荷がかかる。戦闘はまるで終わる様子を見せないが、先の萃香の一撃で無数の”萃香”は巻き込まれて姿を消していた。故に武装を停止させても問題は無い。
「どぉっ」
 たぶん、跳躍の為に脚を踏み締めた、それだけなのだろう。だというのに、シンの視界は異常な光景を映している。萃香の足元の大地がそれこそ巨大な足に踏みしめらたかの如く重低音と共に陥没している。
「せ――――――い!!!!」
 爆発した。ただでさえ陥没していた大地が更に深く大きく、踏み込みによって抉り取られる。そして萃香の小柄な身体が横殴りに飛ぶ。もはや跳躍なのか飛翔なのか区別不能だ。わかっているのはただ一つ。その先端にある拳は、後瞬き一つの間でシンの身体に突き刺さるという事。
「ッ!!!!!」
 光の翼が大気を叩き、シンの身体が宙を滑るように移動する。
 そしてクレーターがまた一つ。轟音に晒された鼓膜がビリビリと震え、脳髄が余波だけで揺さぶられる。飛び散る土砂が身体を叩く。
 今度はシールドを使わない。防御の為に一瞬でも足を止める時間が惜しい。故に優先順位は下げる。土砂は可能なだけ避け、萃香と距離を取る為に推力を繰った。
 妖怪の生態なんてシンは知る訳が無い。だからあの細身の体からどうやったらこんな破壊力が生まれるかも知り得ない。
 解る事は単純に、あれに当たったら死ぬという事だけ。
 ボッ! と、突風が吹いた。弾丸の如き移動速度によって、土煙の幕に穴が開いた。接近すしてくる破壊の権化(萃香)が目に入る。
(攻撃の間隔が速くなってやがる……!)
 光を撒き散らしながら急上昇。体勢を無視した移動により身体にも負荷が走る。後回し。構っていたら引き千切られる。
 暴風に煽られた木の葉のように空へ舞い上がる。加速に翻弄されながらも左手のライフルを下方の萃香に向けようと試みる。
 ガゾゾゾゾザザ! という耳障りな破砕音。萃香が地に足を叩き込み、急制動をかけている。地面が陥没。撃ちこんだ脚に力が込められている証。萃香の顔は上空のシンへと向けられている――裂ける様な笑みだった。
 交差するだけでも命の危険がある。距離を取るのが正解だ。推奨される回答は回避。けれど追撃がそれを許さない。反射的に後方から突撃してきた小さな萃香に右手の大剣を叩きこんでいた。
 失策。反射的な迎撃が仇になって体勢が崩れる。立て直す時間は無い。思考の奔流は一瞬。結論が回避なのは変わらない、だが行えるのは迎撃のみ。
 ガガンと左手のケルベロス42が最長展開。
(間に、合え…………!)
 砲身に熱量が蓄えられると共に紫電が散る。先制は諦めている。地面が吹き飛ぶのが見えた。瞳を可能な限り開いて、接近する萃香を捉える。攻撃失敗は死だ。

 発射(バースト)。

 吐き出された光の帯は寸分違わず萃香へ向けて突き進む。命中まで刹那も無かった。熱量の光帯と萃香が激突する。激突地点はケルベロス42、その砲身から数メートル先。
「撃ち抜けえええええぇぇぇ!!!!」
 咆哮。左側の方に電力を注ぎ込む。砲身がオーバーヒートする危険性は除外。今はただただ砲が吐き出す熱量を加速させる事のみに傾注する。
 赤い瞳を爛々と輝かせて吠えるシンを見て、萃香が酷く満足げに笑う。
「温い」
 一呼吸。
「――ねえええぇぇぇぇぇ!!!!!!」
 ”押し戻される”。縮小されているとはいえ、元は対艦規模のビーム兵装。その最大出力が、咆哮と共に突き出された”拳”に打ち負けて押し返される。
 轟音が響く間もなく、一瞬で銃口と拳の距離が零になった。マイナスに突入。拳が銃口から砲身内部へ侵入する。金属で構成された砲身が、拳を受けてまるで飴細工の様に折れ曲がっていく。悲鳴のような破壊音と共に、長大な銃身が粉砕された。

 拳を振り抜いた萃香の脇をゾッ、と音を立てながら赤刃が通り抜ける。撃ち負けた時点でシンは砲身を連結部から廃棄。そのまま前方へ加速、膝のビームサーベルをすれ違いざまに叩きつけながら傍らを通り抜けた。
 再度距離が開く。
「おー、あちちちち」
 萃香が”少し”煤けた拳の先をぷらぷら振りながら呑気に呟いている。サーベルが通った地点は少し煙が上がっている。が、まるで気にした様子が無い。
 片方のシンも、身体自体には大した損傷は無い。ただ左手に握ったライフル、その二と三の砲身――普段は下部に折り畳まれている――が消失している。廃棄したから当然だ。
 廃棄は接触して即座に行った。ライフルもまだビームライフルとしてなら使用可能だろう。先読みに近しい決断は武装の破損を最小限に抑えている。
 が、一瞬のの接触で左腕が感覚を無くすほどの衝撃を受けている。
(…………肩書通りにも、程ってもんがあるだろうがッ!!)
 悪態は心中でのみ。口に出しても状況は変わらない。
 変えられるのは四肢にくっついた武器だけだろう。変えられる可能性は酷く低いが。
 光で出来た翼が膨れ上がる。
 加速開始。単純な速度ならばある程度は拮抗出来る。
(呑まれたら死ぬ)
 ただ冷静にその現実を飲み込んだ。思考はここにきて過去最高の域にまでその演算速度を上げている。ただ導き出される結果、そのほぼ総てが敗北(死亡)だ。
 故にこの流れは変えねばならない。どんな手段を使ってでも。
 勝ちたい訳では無い。
 負けたい訳でも無い。
 ただ、”諦める事が許されていない”だけ。
 光の翼から翼の形をした余波を零しながら、萃香目がけて一直線に加速する。自身に向かってくるシンを萃香は迎え打つ事を選択した。
 轟音。
 迫ってくるシンを叩き落とさんと上から下に振り抜かれた拳。大振りな一撃は威力こそ絶殺の域だが、高速戦闘を最も得意とするシンには脅威では無い。
 当然回避――けれどそのまま通り過ぎなかった。
「ッ!?」
 萃香の表情が歪むのと同時に、その頭部がガクンと傾いだ。
 高速の最中で棄てられた大剣が流れていく。それによって空いた右手が力の限り握りしめているのは萃香の頭――そこにある二本の角、その片方。
「っお、お――!?」
「――――」
 更に加速。傾いだ姿勢を戻せぬまま、萃香はシンに連れて行かれる形になる。頭を思いっきり引っ張られた状態から、萃香が直ぐそこにあるシンの身体に叩きつけるように腕を振った。これでもう必殺である。
 光の翼が形を変える。空中、最大加速の最中でシンが”荷物”を振りまわすように回転。右手に握った物を、振り下ろすように地面に叩きつけた。
「ぶっは!?」
「ッ!!」
 声は二つ。萃香の若干間抜けな声と、勝手に漏れたシンの声。
 身体の各部で軋む音がする。音を発しているのがシンの骨格なのかデスティニーのフレームなのか、判別は不能だが。
 今は加速の真っ只中にある。右手の先のモノが地面にめり込んだ障害程度では、その勢いは殺しきれない。
「おおおおおああああああァァァ!!!!!!!!」
 ゴガガガガガリガガガ!!! と地が抉れる音が鼓膜に響き、手の先から伝わった振動が腕全体を震わせる。角を掴んだまま。叩きつけた萃香を推力任せ、馬力任せに前方向に擦り付けるように”引き摺る”。
「ああああああぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
 左手のライフルを突きつけて引き金を引き続ける。可能な限りの連射速度で発射し続ける。零距離の状態、照準は必要無い。
 発射発射――数瞬後に蹴りが来る――発射発射発射発射発射発射手放す。蹴り飛ばされたライフルが呆気無くひしゃげ、空高く舞い上がっていった。
 予測は正しかった。ライフルを保持したままの回避をしなかった理由は一つ。ギリギリまで発射を優先しただけ。蹴りは身体を逸らしてやり過ごす。眼前に伸びきった脚がある。それに跳び乗って――力の限り踏みつけた。

 ゴドン、と響いた音を無視して急上昇。
 身体が何箇所か悲鳴のような破砕音を上げている。上昇してから数回回転し、後方へと落ちた。殺しきれなかった衝撃分だけ、シンの身体が地を滑る。
 腰で金属音、出現するサイドアーマー。元はスラスターだったそれは、今では別の装備に換装されている。噴射口だった場所から円筒形の物体が勢いよく発射される。
 ワイヤーを伴って後方へと飛んで行くそれが、目当てのものへと到達した。この装備本来の目的は”武装の回収”。強力なマグネットになっているアンカー先端部が、金属の塊であるAアロンダイトに接触して鈍い音を立てる。
 引き戻す。少しだけ間をおいて、大剣がシンの右腕に舞い戻る。それを両手で力の限り握りしめた。
「ぺっぺっぺ! 砂が入った!! うぇぇ!!」
 一方、萃香。地面に刻まれたのは、萃香の身体の幅くらいの”溝”。その暴虐の後の最果てにて、鬼は何事も無かったかのように立ち上がり、口の中の砂を懸命に吐き出していた。身体のあちこちから上がる煙は恐らく零距離射撃の名残だろうか。
「ぺっぺ――――」
 ごぉん。
「……」
 異音。自然の中では絶対に発生しない音。視線の先には人間が一人。萃香はその場に突っ立って、両手で握りしめられた大剣が振り回されるのを眺める。
 回転速度は瞬く間に上昇する。最初は途切れ途切れだった音だが、今では連続して暴風の如き響きを夜闇の中に振りまいている。
 光輝く台風は、回転のたびに萃香の方へと迫って来ている。
 既に目前。
「は、」
 ッド、と地に打ち付けられた足が数センチ陥没する。身体全部を捻って右拳を思いっきり後方へと引き絞る。
 萃香の眼前に迫るは光輝く台風――だったもの。振って振って振って振って振って――遠心力と速度を乗せに乗せた高熱大重量の光盾斬撃武装。その結果たる一撃。
 握り締めた拳がぎちちと音を鳴らす。
「ッははっはははははははああああ!!!!!!」
「ッらああああああああああぁぁぁ!!!!!!」
 ゴッ、とこれまでの攻防で最も低く重い音を伴って、愉悦と決死が衝突した。
 数十メートルの助走と膨大な熱量を持った決死の一撃は、数歩の助走でただ力任せに撃ち出された右拳に阻まれる。
 ギッ。とその日初めて萃香側で異音が鳴った。拳から肘、肩――右腕全体が膨大な衝撃を叩き込まれて音で持って異常を示す。
 シンの方ではもう何度目とも知れない異音。衝突箇所、刀身にて、ビギッ、と歪な音ともに陥没するAアロンダイト。
 互いが互いの必殺を引き戻す。轟、と空気がかき混ぜられ、その奔流を再度乱す勢いで両者が次撃を発射した。
 萃香の左拳がシンの顔面目指して突き進む。直撃の前に轟音と共にAアロンアイトが萃香の身体に捻じ込まれる様に直撃した。萃香が右手でその刀身を掴む。掴んだ箇所が萃香の指の形に陥没した。刀身に亀裂が幾丈か奔る。
 掴まれる前の時点で、シンの手は柄から離されている。そのまま手を畳んでくるりと一回転するように滑り、萃香の懐に潜り込む。
 密着寸前から放たれた肘鉄が萃香の胸の中心に叩き込まれた。インパクト音は自動車事故のような轟音。 
 横殴りに振るわれた萃香の腕が空ぶった。しゃがむ形で左腕をやり過ごし、ビームサーベルの噴き出した脚を振り抜いて萃香の足元を払う。
 転ぶまではいかない。だが少しだけ傾く萃香の身体。萃香が体勢を直す間にシンは即座に立ち上がりながら、アロンダイトの刀身に左手で手をかける。
 右手が向く先は刀身を掴んでいる萃香の指。ビームガンの掃射。萃香の指から手首にかけて光弾をほぼ零距離で叩きつけながら、左手で剣を引く。
 再度手に戻ったAアロンダイトを宙で右手に持ち替えながら、僅かばかり距離を取る。
 がくん、とシンの膝が折れた。全撃絶殺の相手の前で、数瞬だけシンは立ち尽くした。視界が歪み、身体が勝手に下を向く。ぱたたたと血の滴が数滴零れる。
(…………機体じゃない! 俺の身体の方か!!)
 奥歯を噛み締めて、状態を戦闘へと無理矢理に復帰する。デスティニーの”機体”はアラートこそいくつか出ているが深刻な物は少ない。シン・アスカの肉体の方が、想定されていない活動に耐えきれず悲鳴を上げている。

「くそ、ッが、ぁ……!」
 その事実に気が付いたせいか。身体が思い出したかのように過負荷を訴える。血の塊が勢いよく転げ出て、足元の草が盛大に真っ赤になった。続いてあふれ出そうになるものを全部飲みこむ。
 このままではいずれ死ぬだろう。
 だが下を向いていたらすぐ死ぬのだ。

「っはははははははは! あっはあはははあっは――――ッ!!!!」
「――――――――――――――――ッ!!!!!」

 "ゴガドガボガグゲガギガゴキ"と、重低音が音楽の様に連続する。大規模な工事現場の最中のような音を生み出しているのは、ヒトガタたった二つ。
 数十撃の撃ち合いのもと、再度間合いが開く。
「――ッ、――ッ、ふ、は――ッ! ぜ、は――ッ!」
 息と同時に血を吐きそうになるのを堪えながら、シン・アスカは剣を構える。
「いいねえいいねえ! こんだけ暴れられるのは本当久しぶりだ!!」
 対する萃香は拳を打ち合わせながら喜々として吠える。
「さあ、もっともっと楽しもうじゃないか!!」
 萃香が意気揚々と、シンを指さしながら宣言する。
 がらんがらんがらんと音を立てて、シンの右手から大剣が落ちた。
「……たのしい?」
 首を傾げて、間の抜けた表情で呟くような一言。
 ふら、とそれまでの機敏な動きとは異なり幽鬼のような足取りでシンが前に一歩踏み出した。萃香は様子の変化を感じ取り、むと口を尖らせる。
「そりゃ楽しいさ! 鬼にこんだけ付き合える人間が居たって事も嬉しいけど――何より強い相手と腕を競い合うのは自然と昂るもんだろう!? お前さんは違うのかい!?」
「は、ははは、そうかたのしいのか、おまえたのしいのかそうか、はは」
 シンの赤い瞳、その瞳孔から光が消えた。
「ふっざ」
 瞬間移動に見紛う高速移動。翼の煌めきは一瞬、進行方向は前方。
 相手の出方も、この後の事も一切考えず、前へ踏み出す。
 技巧は無く、ただ感情だけがある。思いっきり振り被った右拳を、前へ。
「ッけんなああああああああああ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!!!!!!」
 ゴドッォ! と爆音と共にシンの右拳が萃香の顔面に突き刺さった。ただ突き出されただけの拳は攻撃と呼ぶほど洗練されてはいない。拳の激突と同時、右拳でみぢりと何かが千切れる音、続いて肩の辺りで軽い音がした。
 意志をそのまま表現しただけの動作。絶叫と共に腕が振り抜かれ、直撃を受けた萃香の身体がぐわんと揺れた。
「ふッ!!」
 左手でぶらぶらと揺れる右腕を掴み、勢いよく”押し込んだ”。
 堅い音。衝撃の負荷で打撃と同時に外れていた肩の関節が再度勘合する。砕けた指は砕けたままで再び握りしめられ、再度拳の形を取る。
「……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! こんなものが……」
 右拳を引き戻しながら、左拳を突き出した。これもまたさっきのように轟音と共に突き刺さる。異音と共に何本かの指があらぬ方向に曲る。
「こんなものがぁッ!! 楽しくくあって、た、ま、る、かああああァァァ!!!!!」
「――えた」
 左拳を引き戻そうとして、小さな呟きが耳に入る。
 今までシン・アスカの攻撃が総て必中していたのは偶然ではない。
 それが必然となる様に組み立てられた動作であったからである。
 その点、攻撃予測と行動構築の点においてみればシン・アスカは人外に匹敵――場合によっては圧倒すらする。

 でも今現在の一連の動作は、それを基にしていない。

 だから、本当は命中する訳が無い。スペックで劣っている以上、我武者羅に放たれた攻撃が当たる方がおかしい。
 引き戻そうとした左腕が動きを止める。正確には止められた。戻りかけているシンの腕を伊吹萃香の右腕ががっちりと握りしめている。
 腕を握る手に力が籠るたびに、ぎぎぎいいいいと金属が歪むような音が鳴る。シンの左拳が本人の意思とは関係なく、歪む様に解けていく。


「つーかーまーえーたぁ」

 煤で汚れた幼い顔立ちを朱で染めて、蕩ける様な笑顔の萃香。
 甘さを含んだ声色で、嬉しそうに囁きながら、萃香が左拳を撃ち出した。





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最終更新:2009年12月21日 02:32
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