この学園の情報網は総じて早い。
どういう仕組みかは不明だが、昼頃起きた事件が放課後には記事になって
張り出されていることも珍しくない。
この際、校内新聞を作る連中がいったいいつ記事を書き、
いつ授業を受けているのかという疑問は置いておこう。
それよりも、はるかに扱いの難しい問題がシンの前に迫っているのだから。
はやて「シン、この学園を出て行くってどういうことや! いじめか!? いじめなんやな!!?」
シン「違いますから。何でそうなるんですか」
題名未定 第一話「 転 入 」 中篇
現風紀委員長『八神はやて』が、貼り出された校内新聞を見てシンの教室に飛び込んできたのは
そろそろ放課後にさしかかろうとしていた頃だった。
といっても、こうやって彼女が暴走するのはいつものことなので、シンもいい加減慣れてきていたが。
はやて「なら、一体・・・。は!? まさか、あの凡人・・・」
シン「ティアナは関係ないでしょう。だいたい、何でこっちに来てるんですか。
ここ二年の教室ですよ」
はやて「そんな細かいこと気にしとったらアカンよ。漢はなにがあってもでっかく構えとくもんや」
シン「(でっかく構えるのと常識をわきまえないのとは違うだろ)それと、八神先輩」
はやて「そんな他人行儀な。はやてって呼んでっていってるやんか」
シン「・・・はやて先輩、今授業中なんですけど」
歴史担当のライズ先生はさっきから拳をわなわなと震わせながら睨みつけているし、
クラスメイトのカミーユやロランはまた始まったかと半ば無視している。
そんな痛い空気を平然と吸えるほどシンは逞しくはない。
はやて「それがどないしたん! 私は今人生の岐路に立たされてるんやで!」
一年くらいの転入で大げさなと思うかもしれないが、よく考えてみて欲しい。
彼女は今シンの一つ上の三年生である。来年卒業するのだから、
シンが一年も学園からいなくなってしまえば学内で会うことは二度となくなるのだ。
はやて「距離が離れた二人はやがて心も離れていき、気付けばお互い別々の道へ・・・。
そんなことが絶対にないと言い切れるんか!?」
シン「そりゃ言い切れませんけど、今は授業が進まないので出てってください!
仮にもあんたは風紀委員長だろうが!」
はやて「うぐぐ・・・」
はやての暴走もようやく収まったかとクラスのみんなが安心した矢先、更なる乱入者がドアから現れた。
ティアナ「シン、この学園を出て行くってどういうこと・・・は、チビ狸!」
はやて「遅いおつきやな、ツンデレツインテ!」
シン「なんでこのタイミングで・・・。どんな厄日なんだよ今日は!」
唯でさえ収拾がつかなかったのに、修羅場まで重なって混迷の度合いを深める教室。
もう大半の生徒が無視を決め込み、先生も呆れ返って授業を再開し始めた。
この期に及んで、三人を気にかけている生徒はほとんどいない。
シン「そこまで騒がなくても一年したら戻ってくるから! 頼むから帰ってくれ!」
ティアナ「ああ、なんだそうだったの。・・・ふっ」
はやて「な、なんや。その余裕の表情は」
ティアナ「そういえば、八神先輩は今年受験でしたね。来年の今頃は大学生ですか。
せいぜい大学生活を楽しんでくださいね。・・・シン抜きで」
はやて「・・・どうやら、歴代最強といわれた風紀委員長を本気で怒らせたいみたいやな」
ティアナ「上等ですよ。一騎当千の生徒会役員の実力、見せ付けてあげるわ」
はやて「ティィアナァァァァ!」
ティアナ「ヤァガァミィィィィ!」
シン「先生~、この人物の名前がわかんないんですけど」
カミーユ「シン、止めなくていいのか。拳で語り合っているようだが」
シン「ほっとけば川原で殴りあいした不良みたいになってるって。
なんだかんだであの二人、結構似たもの同士なんだから」
ロラン「そ、そういうものなんでしょうか」
ライズ先生「窓の修理費、ドアの修繕費、机、椅子、備品その他もろもろの修復費。
締めて○十万をすべてシン持ちで・・・」
シン「いい加減にしろよ、あんた達はーッ!!!」
結局、この騒ぎは放課後まで収まることはなかった。
シンは、精一杯戦って健闘を称え合ったはやてとティアナを保健室に運ぶと、
疲れた体を引きずって教室まで帰ってきた。
ホームルームも既に終わっていたため、先生は既においとましており残っている生徒もまばらだ。
それでも、カミーユとロランだけは律儀にシンを待ってくれていた。
シン「た、ただいま・・・」
ロラン「大変でしたね。はい、これホームルームで配られたプリントです」
シン「わるい、ありがとなロラン」
カミーユ「今回はいつにも増して激しかったからな。
クロノ先生がホームルームに来た時の嘆きようは直視できないほどだったぞ」
ロラン「ええ。でもシンがいなくなったなら、こんな風に騒げる機会もこれからはやってこないかもしれませんね」
はやて達ほどではないにしても、転入するという話を聞いてカミーユやロランも少なからず動揺していた。
自分達もあと一年たてば受験生になる。
こうやって集まってたわいない話をすることももうできなくなるかもしれない。
まだ寂しいと実感することは出来なくても、胸の奥に渦巻く何かが彼らを悲しい気持ちにさせる。
カミーユ「それで、いつ出発するんだ?」
シン「一週間で準備を整えて、来週の木曜には向こうの寮に入ることになってる」
ロラン「そんなに早くですか!?」
シン「これでも結構ギリギリらしいんだよ。まったく、勉強だって追いつかなきゃ
ならないのにあの二人は・・・」
理事長によれば、誰を転入させるかで最後までごたごたがあったらしく
(主にシンの昔の素行の悪さで)決めるのが遅れに遅れたんだそうだ。
そうこうしている間に時間だけが過ぎていき、とうとう向こうと予定が合わなくなったらしい。
あちらの学園では、もう始業式の準備中を終えて来週の頭には授業を始めるんだそうだ。
クラスが出来上がりつつある中にのこのこ入って行かなければならないのだから、
シンにとってはいい迷惑である。
カミーユ「そうか。平日じゃ俺達に見送りは無理そうだな」
シン「いいよ、そんなの。どうせ一年後には戻って来るんだし」
ロラン「そうだ。出かける前に盛大に見送りパーティーでもしましょうよ」
シン「パーティーって・・・大げさじゃないか」
ロラン「そんなことありませんよ。きっと楽しいですって」
カミーユ「俺もフォウやロザミアを誘ってみるか。シンはステラたちを呼んでおいてくれ
人数は多い方が楽しいだろう」
シン「本当にやるのかよ。そりゃ、嬉しいには嬉しいけどお金とか大丈夫なのか」
カミーユ「そこら辺はなんとかするさ」
ロラン「せっかくのパーティーですしね。精一杯楽しみましょう」
その日三人は、別れを惜しむように日が暮れるまで笑いあった。
最終更新:2010年05月05日 11:22