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Crimson × Innocent Blue ~ファーストコンタクト~ 前編

 わたしの名前は――ELLIE。
 住んでいるところは――液晶の中。
 だから、誰とも話さない。
 だから、誰とも会わない。
 人と会うのも話すのも、苦手。
 誰かと文字で会話することはあるけれど、声で話す相手は――ひとりくらい。

 ――だった。
 今日は今度発売する新曲のプロモーションの打ち合わせに同伴させてもらった。
 やはり実際に働いている姿を傍らで見ているだけでもかなり勉強になる。
仕事から半歩外れれば純然たる変態であり、この間も「これは間違いなく売れる(キリッ」と大真面目な顔でやよいにスモックを着せたような人でも、仕事のときにはまるで別人のようにその敏腕を振るう。
まだまだ学ぶべきところは多かった。
 レコード会社を出て駅へと向かう道中、そろそろ昼飯にしようか、とプロデューサーが言った。
 時刻は正午をわずかに過ぎた頃。
打ち合わせも滞りなく終え、あとは事務所に戻るだけとなった今、確かに
タイミングとしては良い時分だ。

「そうですね、ちょうど腹も減ってきたと思ってたところです」
「どこか行きたいところはあるかい?」
「特にはないですけど……」

 あたりを見渡す。
繁華街の中ということもあり、その手の店には事欠かない。ファーストフード店から高級料
亭までなんでもござれだ。

「シン君、一応言っておくけどあんまり高い店だと割り勘だからね」
「……いや、別に奢ってもらおうなんて思ってないですよ?」
「そうか。じゃあ早くこっちに戻っておいで」

 言われて気付く。
いつの間にかプロデューサーから離れて巨大な蟹のオブジェが蠢く店に足を向けていた。
 なんという狡猾なトラップだろう、と額に浮かんだ汗を拭いつつそそくさとプロデューサーの傍に駆け寄る。

「プロデューサーに任せます」
「む、そう来たか。それじゃあ……ん?」

 右に左にと目を向けていたプロデューサーの視線が一点に止まる。
珍しい店でも見つけたのかとシンも倣うように同じ方向を見る。
 そこには、店ではなく二人の女性がいた。
 一人は20代あたりだろうか。遠目からでもかなり整った容姿だと分かる。
飾りっ気のない長髪にラフな格好をしているが、その割に自信に満ちた立ち居振る舞いの端々に生真面目さが垣間見える。
 もう一人は10代、おそらくは自分とさほど変わらないであろう少女。
休日だというのに何故か学生服を着ている。
どこかおどおどした態度のせいでやや陰りがさしてはいたが、こちらも765プロのアイドルに引けを取らないほど目を引く魅力があった。

傍から見た印象は、気の強い姉に無理矢理外に引っ張り出された弱気な妹といった感じだ。
あの二人がどうかしたんですか? と尋ねようとしたところで、長髪の女性がこちらに気付いた。

「あら、久しぶり。珍しいところで会ったわね」
「やっぱり尾崎さんでしたか。お久しぶりです」

 こちらに歩いてくる女性と軽く会釈するプロデューサーを交互に見やる。
二人の口調からある程度の親しい仲であることはなんとなく察しがついた。

「プロデューサーさん、この人は……?」
「尾崎玲子さん。フリーのプロデューサーだ。ちょっと前に世話になったことがあってさ」
「と言っても、彼が右も左も分からなかった頃の話だけど。はじめまして、尾崎玲子です」

 差し出された手を少し躊躇しながらも握り返す。
美人には見慣れているつもりだったが、さすがにここまで近づかれると緊張する。

「あなたが噂のマネージャーね。いろいろと聞いているわ」
「は? 噂?」

 身に覚えのない話を振られて反射的にプロデューサーの方を振り返る。
彼も心当たりがないのか首を傾げていた。

「この業界に長くいると裏方の人間のことも耳に届くのよ。あなたくらい若い子となると話題にもなるわ」

 なるほど、と胸を撫で下ろす。
確かにアイドルはともかくマネージャーで自分と年の近い人間と会ったことはない。
それだけでも噂にもなるのだろう。

「他にも『あの小悪魔系アイドル水瀬伊織に顎で使われてる』とか『いつも菊地真に殴られたり蹴り飛ばされている』とか『なぜか天海春香と一緒に行動していることが多い』とかね」
「すいません、その情報源を教えてくれませんか」

早々に手を打たなければならない、今後の自らの立場のためにも。
というか今日の仕事先で名刺交換したときに「あぁ、あの……」とか微妙な顔をされたのはそれが原因かこの野郎ォォォォォォ!!という言葉と激情を胸の内になんとか封じ込める。

「ところで、今は何をしてるんですか? 久しぶりにプロデュースを始めたって聞きましたけど」

 こちらの気配を感じ取ったのか強引にプロデューサーが会話に割って入ってきた。

「え? えぇ、そうなんだけど……」

 と語尾を濁らせながら尾崎さんは背後を振り返る。
そういえばもう一人誰かいたような、と思い出す。
しかし周りを見渡してもあの少女の姿はどこにもなかった。

「ほら、あいさつ」
「……うん」

 小さな声が聞こえてくる。どうやら尾崎さんの後ろに隠れるようにしていたらしい。
 しばらくしておずおずと顔を覗かせた。

「ちゃんと出てきなさい」
「う、うん」

 観念したように少女が全身を現した。

「はじめまして……水谷絵理、です。一応、アイドル?」

 ともすれば往来の喧騒にかき消されそうなか細い声がかろうじて耳に届く。
彼女が名乗っている以上――いや疑問符がついてはいたが――彼女が尾崎さんが担当しているアイドルなのだろう。
 とはいえ、とてもではないが人前で歌ったり踊ったりができそうな性格には見えなかったが。

「水谷……あぁ、876プロの」
「知ってるんですか?」
「何度かオーディションで聞いたことのある名前ってだけだよ。実物を見るのは初めてだけど」
「まぁ、まだEランクだから知名度は765プロのアイドルほどじゃないわね」

 肩をすくめながら尾崎さんは自嘲気味に告げる。
傍らの少女が表情を曇らせるのが見えた。

「じゃあ尾崎さんは今876プロに?」
「えぇ、絵理の担当としてね。数は少ないけどこっちのアイドルも将来有望な子が多いわよ?」

 もちろんこの子もね、と言って尾崎さんが絵理の背中を押す。
突然のことで驚いたのか、絵理は転びそうに
なりまがら2、3歩進み出てきた。
 ちょうど、自分の真正面にあたる位置に。

「ひぅ!?」

 目が合った瞬間、小さく悲鳴を上げられた。
どうしていいか分からず少女の後ろにいる尾崎さんに目を向けると、溜息をつきながら髪をかき上げていた。
 が、次の瞬間何かを閃いたように瞳を輝かせた。

「そうだ、久しぶりに会ったんだから少し話をしましょう。プロデューサー同士で。時間は空いてる?」
「え? はぁ、まぁいいですけど。特に急ぎの用事は……」

 そう聞くや否やプロデューサーの手を掴み、尾崎さんはくるりと背を向けた。

「そういうことだから、絵理? しばらくその子と話でもしてて。はいこれお昼代」
「え……えぇ?」
「ちょっ、プロデューサー!?」

 あれよあれよという間に引きずられていくプロデューサー。
そして人ごみ目指してまっしぐらに突き進む尾崎プロデューサー。

「たまには同世代の異性の子と話してみなさい。話が済んだらメールするわ。それじゃあね」
「お、尾崎さん!?」

名前を呼ばれるも振り返ることなく、二人の姿は雑踏の中に消えた。
ぽつんと残された少年と少女はただ互いの顔を見つめるしかない。

「……とりあえず、どこかに行くか」

 コクンと頷く絵理から目を離し、結局どの店に行くか自分が決めなければならないのかと嘆息した。

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最終更新:2010年07月17日 06:45
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