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悠久幻想曲ネタ-35


「……なぁブラスト、いい加減に機嫌直せよ」
「そうだよ、さっきからずっと元気ないし」

 自警団にダークダガーを引き渡し、インパルスはさくら亭に戻っていた。
 人が増えてくる夕刻まで休んでいていいと言われたのだが、ブラストはその間ずっと黙り込んだままだった。

「……すまない。冷静さを欠いていたようだ」
「ま、いくらなんでもレジェンドが怪しいってのはな」
「そうだね……やっぱりレジェンドさんが言ってたみたいに考え過ぎてたんじゃないかな」

 ……他人どころか、自身一部とも言うべき二人もレジェンドの方を信じているようだった。
 無論ブラストとて最初から今のように疑っていたわけではない。
 彼女なりにすべてを疑ってかかった末の結論であった。
 今となっては自信の欠片もなくなってしまったが

「もう一度、あの襲撃者のことを考えてみるか。レジェンドのことばかりに気をかけていたのは確かだ」
「お、ちょっとはいつもの調子に戻ったか?」
「あぁ。心配かけてすまない」
「よせよせ、お前が沈んでるとこっちの調子が狂うってだけだ」
「あはは……でもブラストちゃんが落ち込んでたのも分かるなあ。
 元マスターが捕まった日のことは私もあんまり言われたくないし」

 フォースの言葉で、ブラストはその日のことを思い出していた。
 あの日はさくら亭でいつものように仕事をしていた。
 客が多く、その対応に追われていたためにあの騒ぎを知ったのはかなり後のことだった。
 現場に辿り着いたときにはすでにシンは取り押さえられ、ストライクフリーダムも観念した様子で両手を上げていた。
 事情を聞こうと連行されるストライクフリーダムに近づいたとき、「悪かったな」とだけ言われた。
 呆気に取られている間に連れて行かれたのでそのときは何も聞けず途方に暮れていた。
 あのときは、なぜもっと早く動かなかったのかと後悔した。
 翌日シンたちが釈放されるまで気が気ではなかったほどだ。
 このときのことを言われては、レジェンドを責めることも……

「――まて」
「あん? どうしたんだよ突然」

 記憶を呼び起こし、あの日のことを細部に至るまで思い出す。
 そして、浮かんで当然の疑問に今さら辿り着いた。

「レジェンドはなぜあの日のことを知っていた?」
「なぜ、って……」
「あの日、私たちは間に合わなかった。
 騒ぎを知って、慌てて駆け付けたがすでに終わっていた。なぜそのことを知っていたのだ?
 事件そのものだけではなく我々のことをだ」
「そりゃあいつもあそこにいて……アタシらと同じくらいのときに来たからじゃないか?」
「だが私たちはレジェンドの姿を見ていない。我々と同じタイミングで来たのなら、なぜ接触してこなかった? 
 我々はしばらくあの場にいたというのに」
「あ……」

 ようやく二人もその違和感に気付いたようだった。
 レジェンドがいつあの場に来たかは定かではないが、自分たちに気付いていて一声もかけず去ったのはおかしい。
 協力体制を取っているはずなのだからなおさらである。
 だというのに、姿すら現わすことはなかった。
 ――消えかけていた疑念の火が、今度は三人の胸に宿っていた。

「……ふーん、そんなことがあったんだねー」
「お、俺たちはなんとかそこから逃げ出してなんとかここまで来れたってーわけだべさ」

 徳利を傾けて中身をぐい飲みへと注ぎながら、ストライクフリーダムは今しがた聞いた話をまとめる。

 ……2週間ほど前の話だ。
 いつもと変わらぬ日々を送っていたオーガーの集落が突如何者かに襲われた。
 辺り一面に光の雨が降り注ぎ、その場にいたオーガーはすべてその光に撃ち抜かれ絶命した。
 たまたま狩りへ出向いていたこの二匹は集落の惨劇を目の当たりにして動揺しながらも息を潜めて様子を窺っていたが、やがて巣にしていた洞穴から小柄の少女が出てきたのを確認してその場から逃げ出した、というわけだった。

「で、その洞穴から出てきたやつってのはどんな奴だったんだ?」
「あ、あんまよく見えなかったけんど、あ……姐御に似ていたような」
「他には?」
「えっと、なんか背中からいっぱい何か生やしてて……あと服? は灰色だったような」
「……ふーん」

 ぐっと酒を飲み干す。
 どうやら思っていた以上に芳しくない事実が含まれているらしい。

(シンが知ったら……どうするかねぇ)

 ぼんやりとそんなことを考えていると、オーガー――弟分の方だろうおそらく――がおずおずと手を上げた。

「あ、あんのー、ちょっと聞きたいことがあるんだけんども」
「んー?」
「えっと、あそこにいる娘っ子はほっといていいんだか?」

 指差す方を見やると、よろよろとデスティニーが起き上がる姿が見えた。

「あー、いいのいいの。手を貸す気はないし。ってか貸したところで突っぱねられるだけだろうし」
「そもそもおめたち……あ、いやお二人はいったいどういう関係なんで?」
「どういう、ねぇ。そうだなぁ」

 呟きながらストライクフリーダムは口を右手で覆う。
 何か考えているのか、と思ったが二匹のオーガーはあることに気付いた。
 添えられているだけかと思われていた右手だったが、よく見れば何かを抑えているように力が入っている。
 まるで、顔の形を崩さないようにしているかのような。

「ま、一言で言うならだ」

 そう言ってストライクフリーダムは振り返る。手のひらに隠されていたその顔を見たオーガーたちは、見なければよかったと後悔した。

「――食う側と、食われる側の関係かな」

 おぞましいほど喜悦に歪んだ笑顔を浮かべたストライクフリーダムは、そう言ってデスティニーの方へと視線を移した。

 ……ベッドに寝そべったまま天井を見つめる。
 その行為自体には何の意味もないが、物思いにふけるときは決まって何かを見上げているような気がする。
 そんなことを何となく思いながら、シンはレジェンドのことを考えていた。

(ブラストの言ってたこと……確かに証拠は何もないけど、だからって勘違いでは済ませられないよな)

 あの場はレジェンドが強制的に話を切ったが、思い返してみればどちらの主張も何の確認も取ってはいない。
 一方が疑いをかけ、もう一方がそれを自ら否定しただけだ。
 だからといってどう確かめるのかは現状では何も思い浮かばないのだが。

(そういえば、S・Fのやつもレジェンドには気をつけろって言ってたっけ)

 今さらあの忠告を思い出す。そのときはまだ疑う要素がなかったから深く考えないようにしていたが、今にして思えばその頃から――少なくともストライクフリーダムがこちらへ忠告してくる程度には――怪しい動きがあったのかもしれない。
 あるいはもっと詳しく何かを知っている可能性もある。

(けど……)

 初めてレジェンドと会ったときのことを思い出す。
あのとき見た彼女の姿と、フリーダムを襲ったドラグーンを操っていた相手が結び付かなかった。
 レジェンドは、自身を含めたこの世界に現れたMSたちを哀れんでいた。
 そしてあのとき襲ってきた相手は明らかにフリーダムを弄ぶことを愉しんでいた。
 だから、あのときの相手は少なくともレジェンドではないと考えた。

(……結局、俺も根拠のないことでしか信じられないんだな)

 自嘲気味に笑う。だが自分がもっとも納得できる答えがそれだった。
 今は、それが間違いでないことを信じるしかない。

「ますたー、わぁ……わたしがぁおまもりするですぅ……くー」

 デスティニーの寝言に苦笑する。
 何をしてきたか知らないが、あれだけボロボロになって帰ってきたくせに目だけはいつもより輝いていた。

(まったく……心強い奴だな)

 ふと、デスティニーはレジェンドのことをどう考えるのか気になった。
 だが答えはすぐに出た。
 疑おうとすらしないだろう、と。

(なら、俺もそうするか)

 ――いつかまた会えたなら、いつもと変わらず接しよう。
 ――他愛のない話でもして、「またいつか」と別れよう。
 シンは目を瞑る。
 ゆっくりと遠ざかる意識の中、レジェンドの姿を見たような気がした。
 遠く離れた友達にとてもよく似た雰囲気を持つ、少女の姿を。

 ……図書館の騒動から3日という時間が流れた夜。
 街外れの森の中に少女はいた。
 大木に背を預け、腕を組んで目を伏せている。
 眼鏡が月明かりを反射し無機質な輝きを放っていた。
 まるで彫像のように微動だにしなかったが、不意にスッと目が開かれる。

「――来たか」

 吐息のように囁いた直後、風が吹いたわけでもないのに遠くの木の枝が揺れた。

「よっ! はっ! とりゃー!」

 黒い影が次々と枝の上に飛び移る。
 やがて眼鏡の少女の近くの枝が一際大きな揺れを見せ、目の前に降ってきた。

「ぶへぇ!?」

 べちゃっ! という音と共に、顔面から着地して。
 しばらくゴロゴロとのたうち回っていたが、しばらくしてようやく影が起き上がった。

「お、お待たせしました」
「いや、一応定刻通りだ」

 月の傾きを確認して、少女――レジェンドは視線を影へと降ろす。

「だが、もう少し静かに動いた方がいいのではないか? 他人事ながら目に余る」
「いやだなぁ、忍者はハデに目立ってなんぼですよ」

 パンパンと汚れを払い、影――ダークダガーが少しずれたバイザーを直した。

「……それでは本末転倒だろう」
「いやはや、さすがに檻の中に閉じこめられっぱなしだと身体が鈍ってキッツイですわ。
 リハビリがてらちぃーっとばかし運動ってこってす」
「それで、目的は果たせたのか」
「えぇ、バッチリ手に入れましたよコレ」

 ダークダガーが背負っていたものを掲げる。
 ――分厚い本が二冊。どちらもかなり年代が経ったものであるということが見てとれた。

「いやー、想定内のこととはいえちょっと苦労しましたねぇ。お手を煩わせてすいません」
「礼などいらん。私には私の目的があっただけだ」
「いやいや、それでも感謝しますよ。
 何せおかげで本の入手とシン・アスカたちの私への疑いを分散させることがきましたので」

 ――ダークダガーの目的は二つあった。
 ひとつはとある本を入手すること。
 旧王立図書館の閉架書庫にあることはわかっていたが、あまりにも本が多すぎたこと、さらに重要な書物は書庫内の別区画に厳重に保管されていることが侵入した際に判明した。
 故に、ダークダガーは適当な本を取り逃げ出した。その際、別区画の扉の鍵をしっかりと確認していた。
 おかげで今夜侵入したときは早い段階で二つ目の扉までクリアできた。
 もっとも本の多さだけはどうすることもできず、探すのに時間がかかってしまいプラマイゼロとなったが。

 そしてもうひとつ、シン・アスカと接触し可能な限り親しくなるということ。
 今回はその段階まで辿り着いていないが、必要な足場を作る程度には至った。
 連合製MSということもあり、シンたちの心証は決して良くないであろうというのは容易に想像できた。
 腹に一物抱えたまま接触すればただ警戒されるだけなのは火を見るより明らかだった。
 だからこそ、あえて一騒動起こしたのだ。
 ただし奪うのは本当に狙っていたものではなく、さらに動機もどうしようもないものということにして。
 そして、レジェンドに絶妙のタイミングで助太刀させた。
 疑わなければそれでもよし、疑えば自然とダークダガーだけを警戒するわけにもいかず注意を分散させることができる。
 現に、こうして目当ての本を盗み出すことができた。念には念とレジェンドを街に行かせたこともあり、図書館には特別警戒されているということはなかった。

「……ふん。いいから早く例のものをよこせ」
「あいさー。ところでこのあたりのマッピングはしてますかね?」
「既に把握している。エンフィールドから周囲3km圏内は自分で確かめた」
「ならおっけーです。はいこれ」

 ごそごそと腰のポケット――クナイが入っているサイドアーマー――から一枚の紙切れを取り出し、レジェンドへと差し出した。
 二つ折りにされたそれを開くと、数字の羅列が書かれていた。

「座標、か」
「私が知ってる一番新しい情報なんで、そこにいるとは限らないっすよ?
 新しいご主人様に仕えて結構時間が経ってるんで」
「それでも構わんとこの話を持ちかけられた時に行ったはずだ」

 それだけ言ってレジェンドは背を向けて歩き出す。その背中に、ダークダガーは声をかける。

「つかぬことをお聞きしますが、仮にそこにあの人がいたとしてどうするつもりで?」

 レジェンドの足が止まった。

「……ずいぶんと踏み込んだ質問をするのだな」
「いやー、やっぱり気になるじゃないですか。何せ仲間を裏切ってまで情報を欲しがってたわけで。
 それくらい聞いてみてもいいかなーと」

 軽い口調で挑発するようなことを聞いてくる。
 だがレジェンドは気を害した様子もなく振り返る。
 ゾッと、ダークダガーを悪寒が襲った。

「――決まっている。私の手でけじめを着ける。それだけの話だ」

 月が雲に隠れ、辺りが闇に包まれる。
 しばらくして雲が途切れ、月明かりが差し込んだときにはレジェンドの姿は消えていた。
 びっしりと顔に浮かんだ汗を拭い、ダークダガーは乾いた笑みを浮かべた。

「あ、あはははは……こりゃ相当なこって。願わくばあの殺気がこっちに向かないことを祈りますか」

 くわばらくわばら、と呟きながら、少女もまた何処へと歩き出す。

「さて、帰って原稿仕上げますか。どうやらファンが増えそうだし、がんばるぞー!」

 「おー!」と威勢の良い声を上げ、ダークダガーは闇の中に消えていった……


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最終更新:2010年10月18日 00:43
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