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なのは単発-08

JS事件から半年が過ぎた。
一時期はミッドチルダ中を震撼させた事件も、一般人の間ではもはや過去の事件となりつつある。
そして連日ニュースを騒がせた逃亡者である彼らもまた、民間の記憶から薄れつつあった。


ミッドチルダ屈指の、とある高級リゾートホテル。
暑い日差しが照らすなか、多くのセレブ達が避暑地としてやってくる人々のなかに、どこか異色な雰囲気を纏った人物たちが紛れ込んでいた。
ビーチパラソルの下で二人の青年がビーチチェアに寝そべっている。
一人は艶のある金髪を後ろに束ねた青年だ。女と見紛いそうになる美顔の青年は白いアロハシャツを身にまとい、涼やかな様子で読書を続けている。
そんな彼に、隣から声が投げ掛けられる。

「…………レイ」
「どうした?」

レイと呼ばれた青年はテーブルを挟んでビーチチェアに寝そべる相棒へ視線を移した。
黒髪の青年だ。引き締まった身体を赤いアロハシャツで押し込んだその青年の表情は、サングラスで遮られて読み取ることはできない。
彼――シンはもう何度目かになる同じ問いをレイに投げ掛ける。

「何やってんだろうな、俺たち」
「バカンスだな」

そのままを答えるレイに、シンは口を開きかけるも結局溜息するだけで終わる。
しばし、間。

「楽しそうだな、レイ」
「別に楽しんでいるわけではない」
「お待たせいたしました、ご注文のレジェンドパフェでございます」

どん、とウェイトレスが高さ三十センチもあるパフェをテーブルに置いていく。

「………………」
「………………」

レジェンドパフェを食べはじめるレイを、サングラス越しに敢えて無言で見つめるシン。そんな彼に、少ししてレイは言う。

「気にするな。俺は気にしない」
「…………はぁ」

再び嘆息。シンは持ち上げていた頭を落し、またビーチチェアに寝そべった。
雲一つない空を見上げたまま、再び間が空く。
思い出したようにシンは口を開く。

「…………そういえば、ルーは?」
「あそこだ」

レイがスプーンで示した先に、紫の髪を結んだ少女がいた。少女は浮き輪の上に乗ったまま特に何をするでもなくプールに浮かんでいる。
その様子に、シンは一言。

「…………楽しそうだな」
「ああ、楽しそうだ」

二人は黙って空を見上げる。雲一つない爽やかな青空からは、暑い日射しが降り注いでいる。

ふと、シンは周囲の人間がまばらになっているのに気づいた。
丁度その時、ウェイターがメニューを片手に近づいてきた。

「お客様、何かご注文は……ぐえっ!!」

シンとレイから同時に放たれた蹴りがウェイターを吹き飛ばした。
メニューを落したウェイターの手には拳銃が握られている。
驚きもせず、シンは周囲を見回す。いつの間にか客はいなくなっており、代わりに多くのウェイターがシン達を取り囲んでいた。

「管理局の追っ手か?」

シンの呟きに、背中合わせで立つレイが答える。どうでもいいが、パフェはすでに空になっていた。

「少なくとも管理局員は末端に質量兵器を使わせない。表向きはな」
「じゃあ誰だよ、こいつら」
「さあ。だがナンバーズ全員が管理局に逮捕された今、ドクターの科学力を欲しがる組織が俺たちを狙うのは当然だろうな」
「どいつもこいつも……っ! ルーテシアは!?」

はっと、シンがプールの少女へと目を向けた瞬間、水面から黒い影がこちらへと飛来する。
二人の傍に着地した獣人――ガリューはルーテシアを抱えたままその四つ目でシンを一瞥するとつまらなそうに反らした。
なぜかシンはガリューから「お前のような若造に主を任せられるか」とダメ出しされたような気がした。

「どうする? シン」

レイがいくつものビットを展開しながらシンに問い掛ける。

「決まってるだろ」

シンはサングラスを外す。赤い瞳は、まるで獰猛な獣のようにぎらぎらと輝いていた。
不敵な笑みを浮かべたシンの右手から突如、炎が燃え上がる。

「俺が、全て凪ぎ払ってやるさ!」

シンはISの炎を手に、敵へと突撃していった。
炎で溶けかけたサングラスが青空に踊る。
やれやれと、レイは珍しくその鉄面皮に苦笑を張りつけていた――

*

ソファーに横たわったまま、ぼんやりとテレビの画面を見つめる。
画面ではニュースキャスターが書面を読み上げている。内容は左から右だ。少し前まで画面越しに映っていた自分たちの顔もすっかり見なくなり、世間はまた新しい事件の話題へと興味を移している。それはまあ喜んでもいいだろう。
ただ束の間の平和を噛み締めるには、今の状況は些か退屈過ぎた。
シンは欠伸を噛み殺すこともしなかった。
ずっとこの隠れ家に引きこもっていたが、特になにかあるわけでもなく日々が過ぎている。
視線を移してみる。テレビの前には一人の少女がアイスのカップを片手にじっと画面を見つめていた。
退屈なのは彼女も同じだと思うのだが、特に不平を口にするわけでもなく黙々とスプーンを進めている。
元々感情の起伏に乏しい娘ではあるが、将来を思うとこのままではいけないと焦らせられる。
そこでふと、彼女――ルーテシアと目が合った。だが特に言うことも思いつかず、ぼんやりと見つめ合う形になる。
しばしそうしていると、ルーテシアは首を傾げてアイスのカップをこちらに差し出してきた。

「食べる?」
「いい。ルーが食べなよ」
「うん」

そうしてアイスを再開するルーテシアを見届け、シンはテレビから視線を外すとソファーに横たわったまま辺りを見回した。
自身の足元を見てみれば、その延長には相棒のレイが相変わらずの仏頂面で端末と睨み合っている。
ここでの生活費は全て彼が稼いでいる。言わば稼ぎ頭だ。恐らく今も自分たちの為に資金を捻出してくれているのだろう。非合法な方法で。
すると誰かが立ち上がる気配がした。ここにいる人間は三人しかいない。見れば、ルーテシアは食べ終えたアイスのカップをゴミ箱に捨ててそのまま部屋を後にした。トイレだろうか。
そしてルーテシアが部屋から出るのを見計らったようにレイが口を開いた。

「シン」
「ん?」
「あまりルーテシアを甘やかせるな」
「…………」

相棒のいきなりの言葉に、シンは今までの記憶を思い返してみる。
自分がルーテシアを甘やかすような心当たりはまったくなかった。
食事は栄養が偏らないよう野菜を使っているし、ルーテシアに好き嫌いも無くさせている。
あのアイスも食べていいのは一日一個だと言い聞かせてもいる。
シンが絶対の信頼を置くこの相棒に注意されるほどのことはないはずだ。
だがレイは呆れたような顔で言う。

「冷凍庫が一杯になるほどアイスを買うのは控えろ。何もしなくても半年は暮らす余裕はあるが、これからの事を考えるとできるだけ貯えたい」

それは、シンにも意外な言葉だった。
上半身を起こしてレイと向き直る。

「あのアイス、レイが買ったんじゃなかったのか?」
「……なに?」

レイの顔が――表向きはそんなに変わらないが――怪訝なものへと変化する。
てっきりあのアイスの山は自分たちの都合で自由に出歩けないルーテシアを気に掛けてレイが買ったのだと思っていたのだが、違ったようだ。

「では、あれは誰が……」
「ルーにお小遣いはあげてるのか?」

察しはついていたが、一応聞いてみる。案の定、レイは首を振って否定した。

「俺たちじゃないなら……」

シンとレイの脳裏に、今はこの場にいない自分たちのまとめ役である“姉”の顔が思い浮かんだ。だがレイはこれも否定する。

「彼女が帰るまでまだ日がある。そもそも、アイスが冷凍庫に詰まっていた日には彼女はすでにここを出ていたはずだ」
「だよな……」

いよいよおかしな話になってきた。まさかガリューがルーテシアのために盗んできたのだろうか。
とにかく、まずはルーテシアに聞いてみよう。そう結論を下した頃、ちょうどルーテシアが部屋に戻ってきた。
早速訊ねてみようとシンが視線を向けると、すぐ目の前にルーテシアが立っていた。両手には段ボール箱が抱えられている。
思わず面食らっていると、先にルーテシアが口を開いた。

「これ、届いた」
「届いた?」

これとは、やはりルーテシアが持った段ボール箱のことだろう。受け取った箱にはトラウマヤマトと書かれている。

「宅配便が来たのか?」

レイも怪訝な顔で箱を覗き込んできた。送り主の名前は書かれていない。

「ここを知ってる人間は俺たち以外いないはずだ」
「あいつからってのは?」
「シンは彼女だと思うのか」
「全然……まさか爆弾じゃないよな……」

シンの言葉にレイが箱を凝視する。答えは十秒も待たずに出た。だが相棒の声は普段冷静な彼には珍しく、迷いが含まれていた。

「機械の類が入ってはいるようだが、これは…………少なくとも危険な物ではないようだ。シン、開けてみろ」
「? 分かった」

ガムテープを剥がし、箱を開けてみる。おそるおそる開いてみると、中には手のひらサイズの機械が入っていた。
思わず、シンはレイと顔を見合わせる。この機械には見覚えがあった。
自分たちが知っているのはもう少し大きかったが、間違いないだろう。見間違えるはずもない。

「まさか……」

真っ先に脳裏で心当たりに行き着く。
とりあえずシンは箱の中から出そうと手を入れてみた――瞬間。

――パンッ!

機械からの突然の破裂音に、シンの肩が跳ねる。
クラッカーの音だと気づいた頃、機械は同じ破裂音を二度三度と続ける。そして大音量の音楽が流れだした。
この曲も知っている。結婚式で流れていそうな、お約束なアレだ。なぜか機械からはウェディングメドレーが流れ出していた。
しかしうるさい。あまりのうるささに部屋中の家具が震えている。ルーテシアも顔をしかめて耳を塞いでいた。
シンは音を止めようと再び機械に手を伸ばすが、だが機械はシンの手から逃れるように宙に浮かび上がった。
機械――ガジェットドローンは自身の存在を誇示するようにカラフルな光を発した後、男の声が狭い部屋に響き渡った。

『やっと起動してくれたようだね! 何時間もスタンバイしていた甲斐があったよ!』

「…………」
「…………」

シンは黙ってレイに視線を向ける。どうやら予想はしていたらしい。相棒は特に驚いている様子も見せず肩をすくめてみせた。ルーテシアはぽかんと機械を見上げている。
そんなシンたちに、ガジェットは構わずしゃべり続ける。

『いやまったく、ちゃんと届いたのか心配になっていたところだよ。せっかく監視を潜り抜けたというのに、君たちの元に届かなければ意味がないからね。期日も迫っていたし――』
「えーと……あのさ」

このままほおっておいてもいつまで経っても話の本筋にたどり着けそうになかったため、仕方なくシンはガジェットに――正確には機械を通じて話している人物に声をかけた。

『なんだい? シン』
「色々聞きたいことはあるんだけど……まず、なんで俺たちの隠れ家が分かったんだよ?」

まさか自分たちの身体に発信機でも取り付けられているのだろうか。
身体の八割が機械である相棒のこともあり、あり得そうな話ではあった。
そんなシンの質問に、声の主――現在どこかの拘置所に投獄されているはずのジェイル・スカリエッティは答えた。

『ルーテシアに教えてもらったんだ』
「ルーに?」

自然とシンの視線はルーテシアに向かう。彼女は視線を受けて、こくんと頷いた。

『私とルーテシアはメル友なのだよ。ふふふ、うらやましいかい?』

自慢気な声に、ルーテシアに変な人に家を教えたらいけないと言いつけていなかった自分の迂闊さに軽く後悔する。そんなシンの内心を知ってか知らずか、スカリエッティは続ける。

『シンを驚かせるためにルーテシアに秘密にしておくよう頼んでいたんだが、その甲斐はあったようだね。ああ、お礼に送ったアイスは届いたかい?』

あのアイスの山はそういうことだったのか。ガジェットを見上げて頷いているルーテシアを見て得心する。

「じゃあもう満足したよな。壊すぞ」
『別に壊さなくてもいいと思うのだが……ああ、待ちたまえ。これからが本題だ』
「言ってみろよ」

右腕から炎を燃え上がらせながら、シンは一応聞いてみる。
スカリエッティは特に焦るわけでもなくあっさり言う。

『ハッピーバースディ、シン』

一瞬、この男が何を言っているのか理解できなかった。

『ん? ああ、そういえば君たちの記憶は私が消したんだったね。実はもうすぐシンの誕生日なのだよ』
「……そうなのか?」
『そうだとも。普段なら人の誕生日を祝おうとは思わない私だが、あまりにも獄中の生活は退屈でね。暇つぶしに誕生日を祝うことにしたんだ』
「……そうかよ」
『しかし相変わらず察しが悪いね君は。誕生日の音楽も流したというのに』
「ドクター。あれは結婚式に流すものです」
『そうなのかい?』

レイのツッコミもスカリエッティは別段驚くこともなかった。実際どうでもいいのだろう。

『まあそんなわけで、私から君たちにささやかながらプレゼントを用意させてもらった。箱の中を見てみたまえ』

言われて、三人は箱の中を覗き込む。ガジェットのインパクトに意識を持っていかれていたため気がつかなかったが、中にはいくつかの衣類が入っていた。
それぞれ赤と白のアロハシャツと、セットになる男物の水着が二着。ご丁寧にサングラスも付いていた。
その下には女物の水着だ。大きさからいってルーテシアに用意されたものなのだろう。

「これは?」
『うむ。リゾートホテルに予約をいれておいた。姉弟でバカンスでも楽しんできたまえ』
「いや……俺たちの立場知ってるだろ」

自分たちは今や管理局に追われる身だ。各地に手配書も回っているだろう。
そんな自分たちが、なぜ呑気にバカンスを楽しめるというのか。

『なに、もうあれから半年も経つんだ。目立たなければ気づかれないさ』

気楽に言い放つスカリエッティ。
今の状況も元はといえばこの男のせいでもあるのだが。半眼でシンはガジェットを見やる。

『ふむ……まあ君が言いたいことも分かる。だが隠れ続けるのもそろそろ限界ではないかな? ルーテシアのことも気がかりだっただろう?』
「………………」

図星を指される。確かにこのままルーテシアを押し込めておくのも気になっていた。
自分たちが連れてきてしまったことで、ルーテシアが堂々と陽の下に出るチャンスを失わせてしまったのではないか。
そんな疑問が、ずっとシンの胸の中で重石となっていた。

「レイも情報収集や資金稼ぎに奔走していたのだろう? いい休暇だと思って、ここは羽でも伸ばしてきたまえ。」

レイの顔を見ると、相変わらずの無表情で迎えられる。判断は自分に委ねると言うことだろう。
元々自分のサポートとして調整されているとはいえ、この相棒はすこし自分を優先し過ぎている気がする。
実際、何度か自分の我侭につき合わせてしまっているため世話になりっぱなしというのも気が引けた。

「……ま、たまにはいいか」
『決まりだね。いや、楽しみだよ』
「て、アンタもついて来るのかよ?」
『寂しいことを言ってくれるね。何のために私自ら君たちの水着を選んだと思っているのだね?』
「?」

そこで箱を見つめていたルーテシアが不意に中へと手を入れた。取り出したのは、ここにはいない最後の一人に用意されたのであろう水着――なのだろうか、これは……?

「……ってこれが狙いかアンタって人はああああああっ!!」
『はーはっはっはっはっ! 実に楽しみだよ!』

破壊しようとするシンの攻撃をガジェットは意外な運動性でかわし続ける。
ルーテシアが取り出した、姉に用意された水着。股間から肩までをV字布で一貫するだけのその水着は通称Vストリング。水着という名の紐であった。









そして少し時間は流れ、場所は高級リゾートのビーチに移る。

「……で、なんでこうなるんだ?」
「さあ?」

自らの炎で溶けてしまったサングラスを投げ捨て、代わりにレイのサングラスを受け取る。
サングラスを通して周囲を見回すと、何人ものウェイターが倒れている。もっとも、銃を手に襲ってくる人間をウェイターと呼んでいいのかは疑問だが。

「ルーテシアは怪我は……ないか」
「うん」

少し離れた位置からルーテシアは頷く。彼女のすぐ後ろで、ガリューがルーテシアを襲って倒されたウェイターをプールに投げ捨てていた。

『終わったようだね』

そこへ見計らったようにガジェット――スカリエッティがふよふよと呑気に浮いてやってくる。

「で、なにが気づかれないって?」
『ふぅむ……どこで情報が漏れたのだろうね?』

半眼で睨むが、スカリエッティは特に悪びれる様子も見せなかった。
レイが言う。

「恐らく、ドクターがいる拘置所から出る荷物をチェックされていたのでしょう。元々以前から自分たちの居場所を探られている形跡が何度かありましたから、今回の件が決定的となったようです」
「結局アンタの持ち込み企画じゃないかよ!!」
『はっはっはっ。これは参ったね』

シンが放つ炎から飛んで逃げるガジェット。しばし続けていたが、レイに制止される。

「シン。遊ぶのはここまでだ。ここから離れよう」
「アジトに戻るのか?」
「いや、アジトも既に特定されているだろう。ここは別のアジトに向かおう」
「ったく、とんだ誕生日だな……」

ルーテシアを手招きし、三人(と一機と一体?)はビーチから出ようと歩き出した。
その時だった。

「一体なんの騒ぎ!?」
「大変だティア! 人がたくさん倒れてるよ!? わーっ!? 溺れてる人もたくさん!!」

水着姿の二人組みの少女が飛び込んできて、シンは眼を丸くした。

「あ」

その二人と眼が合った瞬間、シンは数秒間、時間が静止したような気がした。

そして次の行動に移るのは、ほぼ同時だった。

シンはルーテシアを抱えると、レイとともに即座に少女たちとは反対の方向へと駆け出した。

「ま、待ちなさい、あんた達!!」
「ななななのはさん、フェイトさーん! 大変です!」

壁を飛び越えながら、シンはそんな声を聞き届けた。
悲鳴じみた声でシンは叫ぶ。

「なんでアイツらまでいるんだよ!?」
「どういうことです?」

こんな時でも冷静なレイは隣を飛ぶガジェットに訊ねる。

『ふむ……いや、彼女たちが特別休暇でリゾートに行くとは噂で聞いていたが、まさかここだったとはね。ちなみにシンの誕生日を祝おうと思い立ったのもその話が切っ掛けだったのだよ』
「アンタ本っっっ当に面倒事しか持ってこないな!?」

スカリエッティに怒鳴りながら、シンをこれからの行動を思索する。
どうするか。相手は空戦魔導師もいる。機動力ではこちらが圧倒的に不利だ。せめて、この場から離れるだけの足があればいいのだが――

「……シン」
「……ああ」

相棒の呼びかけに、シンは頷く。目の前からジープが近づいて来ていた。運転席には水着にパーカーを羽織った黒髪の女性が一人だけ乗っていた。観光客だろう。

「……ごめん、悪く思わないでくれよ」

シンの瞳が煌紅に輝くと、すぐ目の前に火の玉が発生する。それがジープの手前に落ちるよう視線で設定し、いざ飛ばそうとしたところで中断した。
予想より遥かに速度を出していたジープはシンたちの前でタイヤを鳴らしながら急停止した。
思わず身構えるシンたちの前に、運転席の扉が開いた。そこから顔を出した女性が焦った様子で叫ぶ。

「乗って! 早くっ!!」

一瞬、どういうことか分からず戸惑うシンに、女性は苛立たしそうに続ける。

「“私よ”! 早く乗りなさい!」
「!!」

その一言ですぐに気づいたシン達はジープに飛び込むように乗り込んだ。女はハンドルを急回転して、再びタイヤを鳴らしてジープをUターンさせた。
後部座席から後方を覗いてみるが、今のところ追っ手が迫っている様子はなかった。まだ油断は出来ないが、ようやく一息つけそうだ。シンは溜めた息を一気に吐き出した。
そこでジープを運転する女の黒髪が金髪に変化していることに気づく。いや、元に戻ったと言うべきだろう。女の正体はシンたちの二番目の姉であるドゥーエだった。

「レイから襲われたって通信を聞いて念のため車を調達したけど、正解だったわね……」

どうやらレイが彼女に伝えてくれていたらしい。助手席に座ったレイはレーダーで周囲を探っているのか、まるで聞いてないようだったが。
変わりにシンが答えることにする。

「ありがとう、助かった」
「別にいいわよ。不甲斐無い弟たちに苦労させられるのにはもう慣れたわ」
「…………」

言い返そうとするが、実際ほとんどの面倒事は彼女に任せっきりであるため、結局苦い顔になるだけに留まる。

『はっはっはっ。言われてしまったね、シン』
「アンタにだけは言われたくない!!」

目の前に浮かぶガジェットを捕まえようとするが、身体の上にルーテシアが乗っかっているためうまく動けなかった。

「こら、車の中で暴れるんじゃないの!」


挙句の果てに叱られてしまい、いよいよシンの立つ瀬がなくなってしまった。

「まったく。せっかくドクターが用意した水着を着たのに泳ぐ暇もなかったわ……」

ひらりと、羽織っていたパーカーを軽く浮かせる姉の姿に、思わずシンは噴出した。

「って、あれを着たのかよ!? ていうか今着てるのかよ!?」
「当たり前でしょう。結構大変なのよ? 今も運転中にズレててすごく居心地が悪いわ」
「ズレ……っ!? 恥ずかしいからやめてくれ! ルーが変な影響受けたらどうするんだよ!」
「いいんじゃない? きっと美人になるから似合うと思うわよ」
「シン。嬉しい?」
「全然嬉しくない!! あ、いや、ルーテシアが大きくなるのが嬉しくないんじゃなくて……」
「どうやら逃げ切れそうだな。どうした、シン? 血圧と心拍数が上昇しているようだが……」
『はっはっはっ。シンは相変わらずチェリーのようだね』
「うるさいわっ!」

追われている割に緊迫した風でもなく、車内が騒がしくなる。まるで、本当に何処にでもいる家族が旅行にでも行くように。

だが先が見えない暗闇の中を、彼らは歩んでいる。

この逃避行がいつまで続くのか。どこまで逃げれば終わるのか。それとも一生逃げ続けなければならないのか。先のことは分からない。

だが、これからも彼らは強く生きていくのだろう。家族とともに。

「シン」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
「…………うん。ありがとな、ルー」

決して正しいとは言えない生き方。普通の人間とは違う、いびつな身体。
だがそれでも、彼らの絆は真実なのだから。

『では私からも本当のプレゼントを用意してあげよう。Vストロング・ドゥーエのベストアングル写真集を作る予定だ! しっかり使いたまえよ、シン』
「あら、綺麗に撮ってくださいね、ドクター」
「アンタら一体なに考えてんだあああああっ!!」

彼らが向かう空は、どこまでも青く広がっていた。

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最終更新:2010年09月15日 22:43
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