「シンおめでとー」
「あっ、こらスバル! 私が一番に言おうとしたのになんちゅうことをしてくれたんや!」
「主、他の者達も次々とアスカにおめでとうと告げてますが」
「んぐっ! 出遅れてしもた」
「あはは……みんな、ありがとう」
今日は9月1日、シンの
誕生日。 何で私が知っとるかというと、誘導尋――じゃなくて何気ない会話で聞き出したからや。
初めはシンを家に招待して身内だけでパーティーをしようと思うとったんやけど、いつの間にか情報が漏れて
こうして六課の食堂で催す事になった。
まぁ、人数が多い分準備も捗ったし、豪華な料理も作れたしで結果オーライというとこかな。
「おらシン、お前も一杯いくか?」
「ちょ、それ酒じゃないですか!」
「ヴァイス、おめー何酒持ち込んでんだ? 未成年が多いから酒は禁止しただろ」
「お、ヴィータ副隊長。いやぁ二次会で飲もうかと……って姐さん持ってかないでくださいっ!」
あらら、シグナムも手厳しいなぁ。まぁヴァイス君の自業自得やけど。それにしても、
初めにシンがロウソクを消してみんなで乾杯をしてからは主役そっちのけで
盛り上がっとる気がするなぁ。
「シンお兄ちゃん、サンドイッチ取って~」
左隣に座ってるヴィヴィオが俺の服の裾を引っ張りながらねだる。 タマゴサンドやハムサンドなどを
皿に取り分けてヴィヴィオに渡してやる。
「ん……ほら、色んな種類取ったからな」
「えへへ、ありがとっ」満面の笑みを浮かべてから、ヴィヴィオは早速サンドイッチを頬張り始める。
「シンお兄ちゃ~ん、私にも取って♪」
美味しそうに食べてるヴィヴィオを見ていると、右から猫なで声が聞こえてくる。そちらを向くと
「……何言ってんだ。お前は手が届くだろ?」
あまり歳の変わらないスバルがヴィヴィオのようにねだってくるのは何だか微妙だ。
「スバル、ヴィヴィオの真似しちゃダメだよ~」「あぅ、ごめんなさい」
悪ノリしていたスバルを一言で諌めるとは、さすがはなのはさんだ。 時折黒いオーラを発していて近寄りがたいことがあるけど。
「シン、何か言いたい事があるのかな?」
「い、いえ何も!」
――やっぱり恐かった。
《そろそろやな。シャマル、手筈の通りに頼むで》
《了解ですはやてちゃん♪》
念話越しのシャマルの声は心なしか面白そうな感じや。 私もワクワクとドキドキが止まらへんけど。
「さぁー皆さん!パーティーも盛り上がってきた所であるゲームをしたいと思いま~す」
突然食堂に響く声。 見るといつの間にかマイクを持ったシャマル先生がいた。
「ゲーム?そんなことやるなんて聞いてなかったけど……」
疑問符を浮かべているのはフェイト・T・ハラオウン執務官。 すぐに隣に座ってた部下2人に確認を取る。
「じゃあエリオもキャロもゲームなんてのは知らなかったんだね?」
「はい。少なくとも僕達2人は」
「私達は隊長の皆さんが企画したものだとばかり思ってましたけど」
よく見ると、スバルやティアナ、なのはさんまで首を傾げている。 俺が知らないのは当然かも
しれないけど、何だか妙だ。
「さて、このゲームの参加者は5人なんですが、うち1人は本日の主役であるシン・アスカ君で決まりです!」
「んなっ、強制参加かよ!」
「その通り!拒否権はありませんよ~♪」
なんでそんなに楽しげなんですか、とツッコミたい。 参加するのが嫌ってわけじゃないけど、どんなゲームを
するのかってのが全く説明されてないのに二つ返事はしたくない。
「シン、諦めて参加したほうがいいかもしれないわよ。どうやら八神部隊長も絡んでるみたいだし…」
ティアナにそう言われ、俺ははやて隊長に視線を向ける。
「いやー盛り上がってきたなぁ♪」
……なんだろう、今のはやて隊長の発言が棒読みに聞こえたのは。 これはティアナの言うことが
当たってるのかもしれない。
「それでは残りの4人をくじ引きで決めたいと思います。一人ずつ私の所に来てくださいね」
そしてくじの結果、選ばれた4人は――
「こういうのは運がよかったのか悪かったのか、わからないわね」
「まぁ、楽しめりゃそれでいいか」
「どんなゲームなのかな?」
「ふっふっふ、今日は運がいいなぁ~」
「それにしても、最後に八神部隊長が引くまで当たりくじが1つ残っていたなんてね~」
「……たまにはそういう事もあるんじゃないか?」
確かにスバルの言うとおり当たりくじが最後まで残ってる事なんてかなり低い確率だろう。
いや、でも……止めよう。 くじが細工されてたなんて考えるのは。
「では、参加者はこちらのテーブルへどうぞ」
俺達がそのテーブルへと移動すると、そこには様々な種類のケーキが。
いつの間に準備したんだろう? などという疑問を頭の隅に浮かべながら席に着く。
「それではルールを説明します。参加者のみんなは順番を決めて1人ずつこのテーブルを回していき、
自分の目の前に止まったケーキを残さず食べる。これがルールです」
クルクルとゆっくりテーブルを回しながらシャマル先生は説明してるが――
「あの、勢い良く回したらケーキが吹っ飛ぶんじゃ?」
思わず手を上げて質問してしまった。 いや、誰もが考える疑問だろこれは。
「…………」
沈黙が流れる。 あれ、俺別に変な事言ってないよな?
「管理局の技術力、嘗めてもらっちゃ困るなぁ。 遠心力を無視するなんて朝飯前やで!」
「そ、そうなんですか……」
どうやら心配することでもなかったらしい。 力説するはやて部隊長の言葉を聞き流しながら
テーブルのケーキを見る。
ケーキは全部で12種類。 ポピュラーなものもあれば高級感漂う、洒落たケーキもある。
「ちなみにこのケーキはなのはちゃんの実家が経営してる、喫茶『翠屋』からの提供でございまーす」
シャマル先生の言葉に少々照れながら微笑むなのはさん。 そういえば実家が喫茶店ってことは前に聞いたな。
目の前にあるケーキはどれも美味しそうだ。 けど、ただ自分の目の前に来たケーキを食べるだけでは
ゲームとして面白くなさそうなんだけど、何かあるんだろうか。
そんな俺の疑問を吹き飛ばしてくれたのはティアナの質問だった。
「あの、もしかしてケーキに何か仕込んであったりするんですか?」
「そりゃあもちろん♪ 何が仕込んであるかは秘密ですが、そのケーキを食べてしまった人は
失格で以降ゲームには参加できませんのでそのつもりで」
随分と単純なゲームだ、などと思いながら順番を決める。
――ジャンケンの結果、ヴァイスさん、キャロ、俺、ティアナ、はやて隊長という順になった。「んじゃ、行かせてもらいますぜ。うおりゃっ!」
ヴァイスさんが威勢のいいかけ声と共にテーブルを回す。 なるほど、ケーキが吹っ飛ぶような様子はなかった。
少ししてからテーブルの回転が落ちていき、ゆっくりと止まる。 ヴァイスさんの目の前に止まったのは――
「これは、モンブランか」
フォークを手に取り、一口サイズに切ってから突き刺し、口に入れる。「さぁ、先陣を切ったヴァイス陸曹が食べたケーキはモンブラン
です。 果たしてどうなるか!」
「さぁ、先陣を切ったヴァイス陸曹が食べたケーキはモンブランです。 果たしてどうなるか!」
シャマルは随分と熱のこもった実況をするなぁ。 ちょお意外だったわ。
さて、そろそろヴァイス君に変化が現れるはずなんやけど。
「むぐ……ぐっぎゃああああああっ!口がっ!舌がぁぁっ!」
「ちょっ、ヴァイス陸曹!?」
「水っ!水をくれえぇっ!」
結局ヴァイス君はコップ4杯の水を飲んでようやく落ち着いた。 でも、いきなりの脱落やな。
「なんという不運!ヴァイス陸曹が食べてしまったのは激辛モンブラン。 その辛さは未知の領域です!」
厳密に言うと、この辛さを味わったのはザフィーラくらいやろ。 あ、シンが青ざめてるな。
心配しなくてもシンにハズレのケーキは引かせへんよ。 絶対にな……。
なんつーゲームだ。 まさか転げ回るほどの激辛ケーキが混じってるとは。
心臓に悪いってレベルじゃねぇぞ!
順番が回ってこないのに手が汗ばんできた。 何でこんな事にプレッシャーを感じなきゃいけないのか……。
「そ、それじゃあ、次行きますね」
どこか緊張した面持ちでキャロがテーブルを回す。 先程よりもゆっくりとした回転で止まるのも早かった。
そしてキャロの目の前に来たケーキは――
「……シフォンケーキか。 見た目は普通だけど」
「それを言ったら、ヴァイス陸曹が食べたモンブランだって見た目は普通だったわよ」
「キャロ、ちょっとでも変な味がしたらすぐに吐き出すんだよ?」
「大丈夫です。私、頑張りますから!」
「い、いや、頑張るとかそういう話じゃないと思うんだけど」
フェイトさんやエリオの心配も何のその、とキャロは一口大にしたシフォンケーキを口に運ぶ。
そんなキャロを見守る一同。 特にフェイトさんとエリオはハラハラしてるのが目に見えてわかる。
当のキャロはそんなことお構いなし、というように口を動かし、よく噛んでから飲み込む。
「ど、どう?大丈夫?」「うん、とっても美味しいよ」
心配そうに聞くエリオに対しにこやかな笑顔で答えるキャロ。 どうやら普通のシフォンケーキらしく、
あっという間にキャロのお腹に収まってしまった。
これで残りのケーキは10個、次は俺の番だな。
さて、ようやくシンの番か。 ふふふ、そんなかしこまらんでもシンが食べるケーキは決まってるんよ。
誰にも気付かれないような微かな笑みを口の端に浮かべながらテーブルの下に手を伸ばす。
そこにあるのは見なくてもわかる、この日のためにシャーリーに作らせた仕掛け。
これを使う事で誰の前にどんなケーキを止めるのかを選ぶことができる。 稼働テストはしてなかったけど
ヴァイス君に試してみたところ、見事狙い通りのケーキを食べさせることができた。
ちょお気の毒かなぁ思うけどシャマルも着いて行ってるし大丈夫やろ。
その代わり実況がいなくなって盛り上がりに掛けてしまうけど。
「ほら、次はシンの番よ」
「わかってるって。どんなケーキ食うことになるかわからないんだから心の準備させろよな」
なんやシンも可愛いとこあるやないか。 いや、可愛いんは元々か。
シンにはヴァイス君が食べたようなケーキは食べさせへんよ。 シンが食べるのは私の愛がたっぷり入ったケーキやからな♪
「――よし。シン・アスカ、いきます!」
自分を奮い立たせるつもりで気合いの入った声を出しながらテーブルを回す。
ティアナやキャロはビクっと驚いたようだが気にしない。 っていうか変な目で見るなよティアナ。
俺だって好きで言ったわけじゃないんだ。 徐々にテーブルの回転スピードが落ちてくる。
いったいどんなケーキを食べることになるのか。
いや、ケーキの種類は関係ないか。 見た目じゃどれがはずれかわからないのだから。
そして、ゆっくりと止まり、俺の目の前に立ちはだかったケーキは――
「ショートケーキ?随分普通だね」
そう、ごく普通のショートケーキだ。 イチゴが乗ってる以外目立った特徴のない地味なケーキ。
だが、この何の変哲もないショートケーキにどんな物が仕込まれているのかはわからない。
ヴァイス陸曹みたいな目に遭うのは正直ゴメンだ。 とはいえ、食べてみないことには事態は進まない。
意を決した俺は、一度深呼吸してからフォークをケーキに入れた。
「何だか、見てるこっちもハラハラしてきちゃうよね」
「……」
「なのは?どうしたの?」
「フェイトちゃん。あのね、ショートケーキは私、持ってきてないんだけど……」
よっしゃああっ!私の勝ちや! シンに食べさせたショートケーキ、あれにはシャマルに頼んで
特製の薬を仕込んだんや。 そう、私だけしか目に入らなくなり、私に惚れてしまう薬をな。
何でこんなことを計画したかというと、シンに“私”をプレゼントしたいから。
シンにとってシンプル且つ最高のプレゼント、きっと喜んでくれるはずや♪
「シンさん、どうですか?」
「ちょっとアンタ大丈夫? 一口食べたっきり動いてないわよ」
ティアナの言う通り、シンはフォークを持ったまま俯いていて表情が読めない。 おかしいなぁ
一口だけでも効果はちゃんと出るはずなんやけど。
「…………」
そう思っていた矢先、シンが無言で立ち上がり、私の方に歩み寄って来た。 来た来た来たぁっ!
「シ、シン?どないしたん?」
できる限り心配そうな声で聞いてみたけど、内心ウハウハ。 意識して表情作ってなきゃ今にもニヤけてしまそうや~。
「――はやて隊長」
「なんや? ってひゃっ!?」
と、突然肩を掴むなんてちょっと大胆やな。 けどそんなシンもええなぁ。
どこからか殺意が滲み出てるのを感じるけど、そんなこと気にせえへん。 今は目の前のシンだけに集中や。
「はやて隊長、あんたって人は……」
うんうん、私がなんや? シンにならちび狸って呼ばれてもええよ。
「あんたって人は……なんつーもんを食わせてくれたんだぁっ!」
食堂中に響きわたるシンの叫び。 と、次の瞬間、私の肩に体重がかかってきた。
何事かと思ったら、シンが脱力し、そのまま倒れてしまっていた。 へ、倒れた?
「んななななっ! シンどないしたんや!?」
「は、はやて落ち着いて! 見たところ気絶してるだけだから!」
「ザフィーラ、すぐにアスカを医務室まで運んでくれ!」
「心得た」
人間形態になったザフィーラがシンを医務室に運んで行ってから、ようやく落ち着けた。
なんでや、なんでシンが倒れてしまったんや?
「あの、シンが倒れた原因って」
「このショートケーキじゃ」
うっ!やっぱり皆そう思ってるんか。 いや、考えてみればそう思うのが自然やけど……。
「……ちょっといいかな?」
「なんだよなのは。 手なんか上げて」
「フェイトちゃんにはもう言ったんだけど…私…ショートケーキ持ってきてないよ?」
「はい?何言うてるん。シャマルに確認したらちゃんとショートを含めた12個のケーキ……」
そこまで言ってから、ある一つの考えが浮かび上がった。
「なぁ、シグナム。もしかして」
「言うな。私も同じ事を考えた……」
そう、我が八神家は何度も経験し、何度も(主にザフィーラが)被害に遭ってる――
「シャマルのせいかぁぁぁぁっ!」
先程のシンに負けず劣らずの絶叫。 せっかくの作戦が台無しになってしもたんや! 叫びたくもなるよ。
「あ、主……どうか気を落とさず」
そうは言うけどなシグナム、シャマルの料理は見た目はまともでも味はヤバいんよ。
時折上手く作れるくせに酷いときは毒物並やからな。
「はぁ、主役がいない以上ゲームは中止やな。そのケーキは好きなの食べてええよ」
「本当ですか!?やったぁ♪」
「ちょっとスバル、何が入ってるかわからないのよ?」
「へーきへーき。私頑丈だし。いっただっきまぁ~す」
言うが早いかチーズケーキをパクつくスバル。まぁ、激辛ケーキと例の薬以外はそんな変なもん入れてないし大丈夫やろ。
けど、現実は非情やった……。
突然飛びついてきたスバル。 床に押し倒された私は抵抗してみたけど、さすがはアタッカー
わたしの力じゃびくともせえへん!
「何あれ?」
「スバルお姉ちゃんとはやておばさんプロレスやってる~」
「は、はやておばさん……プッ」
ヴィヴィオ、私はまだ“お姉さん”な歳やで。 フェイトちゃんには後でラグナロクかましたる。
って、今はそんなことよりも――
「はーやてさん♪ 好き好き大好き~」
「ちょ、わかったから離れんかい! はっ、やっぱ離れんでもええ! スバルの胸柔らかいわぁ~」
「お二人とも幸せそうでよかったね」
「う……うん。いや、それでいいのかな?」
「エリオ、細かいことを気にするのは男らしくないわよ」
「はぁ、そうですか」
ふふ……八神部隊長、そう簡単にシンはあなたの物になりませんよ。
最終更新:2008年08月07日 23:57