「あーっははははははははは! アスカの奴、全力全開で頭冷やされてる~」
「あらあら、こちらのアスカさんは――あら? 弾幕で画面が真っ暗ですわ」
「けどこうして色んなシンを観てるとつくづく思うけど、お前さんってほんっとに女運が無いんだねぇ……あ、刺された」
『自業自得です』
「い……イジメだぁっ!!」
スクリーンに映し出される様々な〝シン〟を眺めながら言いたいコメントする蘭花達に、シン・アスカは今にも泣き出しそうな声で絶叫した。
壁際のサボテンの隣で膝を抱えるシンの頭を、ヴァニラが慰めるように優しく撫でる。
ここは地球から遥か何万光年も離れた銀河の果て、トランスパール皇国。
古代文明の遺産〝ロストテクノロジー〟の回収を主な任務とし、銀河の平和と安全を護るために日夜戦い続ける特殊部隊が、彼女達ギャラクシーエンジェル隊である。
……筈なのだが、
「うわぁ、本当にどのシン君もシン君なんですね! どの世界のシン君も皆楽しそうです」
スクリーンを観ながら感動の声を上げるミルフィーユに、シンは最早言い返す気力すら無かった。
全ての発端はブリーフィングルームの中央に鎮座する映写機のような機械、今回の任務で回収したロストテクノロジーにあった。
本体に残る製作者名らしきサインから暫定的に〝スカリエッティの機械〟と名付けられたこのロストテクノロジーは、何と平行世界を映し出す投影機らしいのだ。
何故軍の解析も待たずしてそのような事実が判明したかと言えば、何ということはない、ミルフィーユがうっかり装置を起動させてしまっただけである。
起動した〝スカリエッティの機械〟が映し出したのは、シン・アスカの別の可能性――この宇宙に、エンジェル隊に出会わなかったシンの姿だった。
―――機動六課の一員として次元世界の平和のために戦うシン・アスカがいた。
―――魔導探偵の助手となりアーカムシティの闇を駆けるシン・アスカがいた。
―――螺旋王の尖兵として地上に迷い出た人間を駆逐するシン・アスカがいた。
―――銀の薔薇乙女と契約しアリスゲームに巻き込まれるシン・アスカがいた。
―――全てを受け入れる楽園で吸血鬼の屋敷の執事となるシン・アスカがいた。
―――調律者の少女の護衛獣としてリィンバイムを旅するシン・アスカがいた。
―――個性豊かな仲間達とともに世界を大いに盛り上げるシン・アスカがいた。
―――コジマに汚染され尽くした世界で傭兵として生きるシン・アスカがいた。
―――マネージャーとなってアイドル達に日々振り回されるシン・アスカがいた。
―――ネオ童美野シティの最下層でデュエルに命を賭けるシン・アスカがいた。
―――馬鹿馬鹿しくも温かい狂乱の中で新たな家族を手に入れたシン・アスカがいた。
―――平行宇宙に迷い込むこともなく、ZAFTの軍人として戦い続けるシンがいた。
あり得たかもしれないシンの可能性、今ここにいるシンとは似て非なる〝シン〟達の姿に、ある者は無邪気に目を輝かせ、またある者はその痴態醜態に腹を抱えて笑う。
人は言う、「他人の不幸は蜜の味」と。
それは過酷な任務を忘れるささやかな息抜き、銀河の天使達がその羽を休めるひとときの休息と言えるかもしれない――ただ一人、シン・アスカ本人を除いて。
考えてもみて欲しい。
多少は気心の知れてきたとはいえ――或いは気心が知れてきたからこそ――異性であるミルフィーユ達に、平行世界とはいえ自分自身のあられもない姿を除き見されているのだ。
それは何という羞恥プレイ以外だろうか。
だが世界はどこまでも厳しかった。
羞恥に悶えるシンを余所に、ミルフィーユ達は〝スカリエッティの機械〟を取り合うように弄り回し、更なる平行世界へのチャンネルを繋げる。
当然である。彼女達にとってシンの煩悶などどうでも良い――まさに「他人事」なのだから。
「次はこっちのダイヤルを弄ってみましょうか?」
「あー、ズルイです蘭花さん! わたしにも貸して下さーいっ!!」
「わっ!? ちょ、ちょっと押すんじゃないよミルフィーユ!」
「あらあら。では、わたくしが今の内に――」
「こらーっ!抜け駆けすんじゃないわよミントぉーっ!!」
当人を無視して盛り上がるミルフィーユ達に、ノーマッドが呆れたように『浅ましい』と零す。
そして遂に、シンの中で何かがキレた。
頭の中がクリアになり、感覚が刃物のように研ぎ澄まされる。
「お前らいい加減にしろーっ!!」
怒号と共にシンは立ち上がり、自らも〝スカリエッティの機械〟の争奪戦に参戦するべく大股でミルフィーユ達の元へ歩み寄る。
今こそ戦わなければならない時だった。運命と!
「アンタら一体何なんだぁーっ!!」
「わー、シンがキレたーっ!?」
「アスカさん、殿中、殿中ですわーっ」
「怒りで我を忘れています。もう光玉も虫笛も効きません」
「仲間はずれにしてごめんねシン君。シン君にもちゃんと貸してあげるから、だからちょっと落ち着いてーっ!?」
「ちょ……この馬鹿アスカ、変なトコ触ってんじゃないわよ! ぶっ殺すわよ!?」
「上等だこん畜生、こうなったら戦争だーっ!!」
「シンくーん!?」
その場はまさにカオスだった。
かつてない勢いで暴走するシンに、ミルフィーユ達は為す術もなく狼狽えるばかりである。
しかしそれもある意味当然だった。こんな事態は初めてであったのだから。
『普段ストレスを溜め込む人程、限界を超えた時は何しでかすか分からないものですからね』
「溜め込むタイプかぁ、あのウルトラ短気坊主が?」
これまでの鬱憤を晴らすかのように暴れるシンを眺めながら冷静に解説するノーマッドに、ちゃっかり一人だけ非難していたフォルテが茶々を入れる。
その時、ブリーフィングルーム出入口の自動扉がスライドし、エンジェル隊指揮官、ウォルコット中佐が血相を変えた表情で駆け込んで来た。
「た、大変です皆さん! 先程回収したロストテクノロジーについて、とんでもない秘密が判明しました!!」
切羽詰まったようなウォルコットの声に、シン達は思わず動きを止め――次の瞬間、ミルフィーユの肘が〝スカリエッティの機械〟にぶつかった。
バランスを崩した〝機械〟が斜めに傾く、このままでは横倒しになるのは必至である。
「あ……」
「「「「「「あ!?」」」」」」
一同の狼狽の声がブリーフィングルームに木霊する中、〝スカリエッティの機械〟は勢い良く床に叩きつけられ――、
――粉々に砕け散った……。
「あー、やっちゃった……」
「ったく、何やってんだよマユ」
ばつの悪そうな顔で天井を仰ぐ妹を叱咤し、シン・アスカは床に散らばる破片を拾い始めた。
不幸中の幸いと言うべきか、割れてしまった皿は特に高価な名器でも、別に家族の思い出の品という訳でもなく、単なる安物の大量生産品である。
だがそれでも、母親の小言は免れないだろう。思わず溜息を吐きたい衝動に駆られながら、シンは床に身を屈めた姿勢のままマユに声をかけた。
「ほら! 大きい欠片は俺が拾っとくから、お前は掃除機取って来いよ。うっかり踏んで怪我するんじゃないぞ?」
「わ、分かってるよお兄ちゃん!」
兄に急かされ、マユは小走りでダイニングルームから出て行く。シンは今度こそ嘆息を零した。
いつまでも危なっかしさの抜けないあの妹の将来が、少し不安になってくる。今年で幼年学校も卒業だというのに。
不安と言えば自分自身も同じである。ハイスクールを卒業し、今は二年制のカレッジに通っているが、そろそろ本格的に進路について考えなければならない。
モルゲンレーテ社の系列企業への就職を目指すのが妥当だろうが、訓練校に入学して軍人を目指すのも一つの道かもしれない。
身体の頑丈さには自信があるし、数年前の戦争から未だ人手不足にある国軍は「就職先」としては狙い目だろう。
それに何より、シンも「オトコノコ」である。モビルスーツのパイロットへの憧れが無い訳ではない。
問題は国の軍縮政策による雇用の減少と、両親を如何にして説得するかなのだが――、
「――っと、いかんいかん。今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ」
脱線した思考を現実に引き戻し、シンは作業を再開した。
ある程度の大きな破片を拾い集めたところで、掃除機を抱えたマユがダイニングルームに帰ってきた。
シンは残りの片づけをマユに任せ、食器棚から新しい皿を取り出す。
壁のカレンダーに目を移すと、今日の日付に大きな赤い丸印がつけられているのが見える。今日は両親の結婚記念日だった。
共働きで普段忙しい両親の結婚記念日を祝うため、シン達兄妹は協力して夕食を準備しているのだ。
「……よし」
テーブルに食器を並べ終え、シンは安堵したように息を吐いた。
料理も完成し、食器の準備も済んだ。マユの方も床の掃除が終わったようである。
全てにおいて準備は完璧、あとは両親の帰宅を待つだけだった。
「ばっちりだね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだなマユ」
両親の驚く顔を想像し、兄妹は仲睦まじく笑い合う。
しかしこの時、シンは気づいていなかった。〝自分〟達を待ち受ける過酷な運命を、間近に迫る破滅の足音を。
――種は弾け、欠片は数多の大地に散らばり、無限の色の花を咲かせた。
――時の迷い子が傷を癒し、血塗れの羽根が生え揃う時、終わりの始まりの鐘は鳴る。
――憎悪の炎が天を焦がし、嘆きの叫びが花畑を枯らす。
――無限の運命が交わる場所で、世界はただ一つの明日を選びとるだろう。
世界の崩壊が始まろうとしていた。
――To be continued...
最終更新:2010年12月13日 00:33